10話
地獄を見た。
それは大袈裟に過大解釈したわけではないし、地獄という言葉ですら控えめな表現かもしれないけれど、地獄という言葉以上にあの悲惨んさを現す言葉を、表現を俺は知らない。
昨夜はいいだけ泣いて泣き疲れて、ワトスに抱きついたまま寝てしまったらしい。気付けば俺は翌朝の日の出頃に目を覚ました。
目覚めはスッキリしていて、あんな出来事があった翌日とは思えないくらいの清々しさだった。もしかしたら、昨日流した涙と一緒に、悲しみや怒りなど様々な負の感情が俺の体から出ていったのかもしれない、と何とも安易な考えが浮かんだが、あながち間違っていないのかもしれないと思ったーー泣いた後って何だかスッキリするし、精神的にも何だか安らぐし。
けれども記憶が無くなった訳ではないので、昨日の出来事を思い出せば胸の奥からフツフツと感情が溢れ出て来る。しかし、昨日のように泣き喚いたりはしない。それは別に気持ち的に割り切れたからとか、そんなじゃなくて、昔からそういう環境にいたから慣れているのだと思う。
生きるためにモンスターを狩る。それはつまり逆を返せば、
俺達もモンスターに狩られる側ということになる。
事実、何人もの村人がモンスターを狩りに行って殺されている。
もちろん悲しかったし、すごく泣いた。けれど、それに恐怖し狩りを止めれば村では生きてはいけない。
そんな死との隣り合わせの生活だったが、そんな生活だったからこそ、今をどうするかを考える事ができる。
まだ俺は死んでいないし、ワトスもルットもいる。
だから、たとえ薄情者と言われても、残された家族を守るために俺は前を向く。
精一杯強がって、ワトス達を心配させないようにしないとーーあの強い親方に育てられたんだ。きっとそれができるはずだ。
俺がいつまでもそんな感じではワトスやルットに迷惑がかかってしまう。
だからワトスとルットの前では精一杯強がるし、俺が家族を守る。
だけど、これ以上泣き喚く訳にはいかない。失ったものより今あるものをどうするか、それを考えるべきだーーもしここでワトスやルットを失えば、俺はもう正気を保ってはいられないだろう。
それは偏に親方の教えのせいだろうと思う。
それは、小さい頃から親方に狩りのやり方とモンスターの狩り方と心構え
モンスターを狩るということ。
それはつまり自分達もモンスターに狩られる側だと。そう教えてくれた。
仲間が死んで動揺したり焦ったりすれば、
ルヘルムへ向かう途中、役人が大人数の騎士を引き連れ俺たちの村がある方へ向かって行った。
ルヘルムに到着すると真っ先に東区の隠れ家に向かった。
レオはいないようだったが前に貰った合鍵を使い中に入ると荷物をその辺に放り投げベットに飛び込んだ。ベットで目を瞑ると肉体的疲労と精神的疲労が大きな波になって押し寄せてくる。今は何も考えたくはなかった。ワトスやルットの様子も気になったがそれを思う前に深い眠りに落ちた。
「起きろー桜花!」
何事かと思いばっと勢いよくベットから起き上がる。
部屋にはレオがおり、何やら鬼の形相をしていた。
「なんだレオかびっくりさせるなよ」
「なんだじゃないわよ。あんた人の家で何してるのよ」
「あーごめん。勝手に使わせてもらったのは悪かった。ちょっと事情がありまして」
表情は変わらず、レオはこちらに詰め寄ってくる。
「そう。なら、これはどんな事情か説明してもらえるかしら」
レオはそういうと俺の横を指さした。
そこには全裸で寝ているワトスとルットがいた。
ちなみに俺も全裸ではあるが布団で下半身は隠れているのでセーフである。
「私の可愛いワトスちゃんとルットちゃんに手を出すなんて、しかも人様の家で。覚悟はできてるんでしょうね?」
「待ってくれ。誤解だ!そもそも家族に手を出すわけないだろ」
問答無用とばかりに腕を掴まれ放り投げられた。
こいつ、どんな力してやがる。
背中から床に落ちるとすぐさまレオは馬乗りなり殴りかかってくる。
「嘘だろ!本気?」
「うぉぉぉ!死ね!桜花!」
レオの殴打に対し顔面を防御し守る。
腕の隙間から馬乗りになるレオを見るとちょうど目線がスカートの中が見える位置であった。どうやらレオは股下まであるピッチリとした衣類を身につけているらしい。スパッツというやつだろうか。殴打を防いでは隙間から見る。何とか履いているパンツが透けて見えないかと角度を変えて防いだりもするがなかなか手強い。
「はぁはぁ、どうした!早く事情とやらを言ってみたらどうだ」
こいつこんな悪党みたいなことも言うのか。
先ほどよりも手数が少なくなってきた。殴るたびレオの汗が俺の顔に飛んでくるようになった。
汗…、そうかこれか!
「そんな攻撃じゃ俺は殺せないぞ!もっと激しくこい!」
レオはニヤリと笑うと、やってやろうじゃん!っと、先ほどよりも早く、勢いをつけて殴りかかってくる。
腰を使い大きく振りかぶり、より強い一撃を放つ。それを何度も繰り返す。
よし!理性を失っているレオなら挑発に乗ると思った!
俺は再び腕の隙間からスカートを覗く。
すると先ほどまで見えてこなかった景色が見えてきた。
この作戦成功の鍵は2つ。
1つ目は汗である。汗を吸収したスパッツが濡れることで透けてくる作戦。これは股下という蒸れやすい部位を活かした作戦だ。
2つ目は繊維の隙間を利用したものだ。
レオを挑発し体の動きを大きくさせることで、スパッツは引っ張られ繊維の隙間が大きくなることで見えてくる作戦。
この2つが合わさったとき、大いなる目標が達成させるだろう。
実際に作戦は成功した。レオが大きく振りかぶった瞬間パンツが見える。
見えてしまうのだ!
レオの履いていたパンツは一般人が履くような安物ではなく、どこか高級感を漂わせるものだった。おそらくこのパンツ一枚で俺たちの数週間分の生活費になるくらいの物だろうと想像できてしまう程の物である。
何とかじっくり見たいがレオの殴打が凄すぎて一瞬しか見えない。
何か方法はないかと考えていると横からワトスの声が響いてきた。
「桜花ヲイジメチャダメー」
ワトスが全裸でレオに飛びかかろうとしていた。
俺はその光景に目を奪われ防御するのを忘れると、次の瞬間、レオの拳が俺の顔面にのめり込んでいた。
「ごめーん。私早とちりしちゃったみたいで」
気絶している間にワトスとルットが事情を説明してくれたらしい。どうやらベットで寝てしまった後、服が汚れていたのでワトス達が脱がし、自分達はお風呂に入ってから一緒にベットで寝たっと説明してくれた。
普段ワトスに家に帰ってきたら汚れた服を脱げっと教えていたのがこのタイミングで実行されたらしい。
何というタイミングだろうか。
「まあそんなことより戻ってくるの早かったね」
話をすり替えられた。
レオに村の惨状を説明した。あの地獄のような惨状を。
ワトスやルットにはルヘルムに来るまでに説明してあるが村の詳しい状況までは説明していない。盗賊に襲われて村を焼かれて人も物もみんな燃えてしまった。と言ってある。あの悲惨な光景は俺だけが知っていればいいし、わざわざ教える必要もない。
「そう、大変だったのね」
「あんまり慰めてくれないんだな」
「それはもうワトスちゃんがしてくれたんでしょう。私にできるのは、これからのこと」
いつにもなく真剣な表情だった。
「実は桜花の村だけじゃなくてルヘルム周辺の村が被害にあってるの。ただ桜花の村…が今までで一番酷いわね。圧倒的に」
俺は他の村のことは正直どうでもよかった。今は家族が守れればそれでいい。
「ちょっと相談なんだけど、もし行くとなかったら私の家に来ない?」
家?ここは隠れ家って言ってたし別に家があるのか。
「貴方達も私にお世話になりっぱなしで気が引けるでしょう。だから私が雇ってあげる」
レオはまた突飛押しもないこと言い始めた。