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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

病棟にて

作者: 古澤深尋


「まったくもう、いやになっちゃうわよ」


私の前でプリプリ怒る女性。

仮に亜美さんとしておこう。

都内の病院で看護師をしている彼女は、いわゆる『視える』人だ。


「毎回毎回、違うものばかりなのに、皆亡くなっちゃうの」


彼女が視るのは、幽霊ではないとのこと。


「何が視えるのですか?」

「いろいろよ!」


詳しく話を伺ってみる。


亜美さんは、最初から視えていた訳ではないらしい。

はっきり自覚したのは看護師の資格のために学校で勉強していた頃。

バイトと勉強、実技で毎日ヘトヘトになっていた。

そんな時、近所のお宅の前に門松が立っているのを見た。

時期は梅雨。

訳がわからず、思わずマジマジと見てしまった。

とはいえ勤労学生の時間は有限で貴重である。

バイトに遅れないよう、先を急いだ。


その数日後、そのお宅に『忌』の提灯がかかった。

そして、これを皮切りに様々なものを視ることになった。

共通しているのは、人の死に関わること。

視るものは紅白幕、雛壇に飾られた立派な雛人形、一斗樽、桜吹雪。

もちろん悪いものも、死神みたいなフードの骸骨、人魂、『忌』の記された短冊、餓鬼みたいな黒い人影。

こうしたものが視えると、数日後に人が亡くなるのである。


「どんなにお目出度いものでもダメなのよ。一度なんか宝船を見たのに、私の担当していた男性がね・・・夜中に急変して亡くなられたのよ」

「それは・・・」

「逆に死神っぼいのは分かりやすかったわ」


意識のない高齢男性を、ずっと覗き込んでいた黒いローブ姿が見えなくなって数日後、男性は亡くなった。

長く寝付いていて、かなり苦しい思いをしたようだ。


「幽霊は視えないのですか?」

「あー、その手の人に話を聞いたことがあるんだけど」


亜美さんの視えているものは神に属するものだとか。

幽霊は基本波長が合わなくて視えないらしい。

怪談系としては、よくある話だ。

ただ、視えるものが少々変わっているだけだ。

そう思い、撤収しようと思った時、爆弾が投げ込まれた。


「今までで一番怖かったのは、行列よ」

「行列?」


秋も深まった日のこと。

亜美さんは夜勤の巡回中、個室エリアに来た。

角を曲がって廊下に入った瞬間、亜美さんは異常に気がついた。

ある個室の部屋の前を先頭に、裃姿の人影が列を作って並んでいる。

部屋の扉を挟んで二列縦隊。

誰かが通れるように、扉の前は人一人分空いている。

まるで誰かが部屋から出てくるのを待っているかのようだった。

今まで幽霊自体は見たことがない亜美さんも、さすがに薄気味悪く感じてしまう。

人影は皆ヴェールのようなもので顔を隠し、表情は見えない。


「怖がっていても仕方がないし、仕事だからね」


女は度胸、と覚悟を決めて部屋に入った。


「拍子抜けしたわ」


何も起きず、普通に検温等できた。


「人影は幽霊ではなかったんですか?」

「幽霊は見ないって言われてたからね」

「なるほど」


それで納得してしまう亜美さんもすごい。


「でも、本当に怖かったのはここからだったの」


その行列は、人数が増えていったのだ。

お行儀よく、廊下にきちんと並び、日に日に列が長くなる。

そして廊下の突き当たりに達した後の、亜美さんの夜勤日。


「行列が居なくなってたの」


亜美さんは、今までの経験から数日後に患者さんが亡くなるのだろうと首を振り、個室に入ろうとした。

だが、できなかった。

病室の扉をすり抜けて、人影が飛び出てきた。

口を大きく開けて笑い、踊るような振りで歩いていく。

声は聞こえない。

しかし心底嬉しそうに笑っている。

ヴェールのようなものも、今はかかっていなかった。

その容貌は、人ではなかった。

角のあるもの、一つ目のもの、牙の生えているもの、爬虫類、両生類、鳥、牛、豚、犬猫。

それら化生の一群が、行列のまま踊り進む。

祭りのお囃子が聞こえてくるかのようだった。

そして、行列の最後に首のない馬が来た。

その背には、個室の患者が縛られて載せられていた。

血の涙を流し、絶望に慟哭するその様は、その後が容易に想像できる。

亜美さんはへたり込み、行列を見送った。

行列は廊下の突き当たりでいきなり現れたドアを開け、悶え苦しむ患者を迎え入れ、その後全員中に入って消えた。

しばらくへたり込んでいた亜美さんだったが、慌てて立ち上がると個室に入った。

患者は恐怖で叫んだような表情で事切れていた。

蘇生措置とナースコール、院内PHSでの連絡。


結局、患者が蘇生することはなかった。

遺族も誰も来なかった。


「聞いた話だと、身内は誰もいなかったって」

「誰も、ですか?」


亜美さんは顔をしかめて頷き、手刀で首をすいっと切るふりをした。

私は急に、背筋が寒くなった。




私は取材を終え、帰宅した後話をまとめていた。


「最後の行列、百鬼夜行なんだろうな・・・」


一族の最後の生き残りが、百鬼夜行に連れて行かれる。

どれ程の恨みを買っていたのか。

私は何気なく百鬼夜行について調べていた。

行き逢った者は、病を得たり、最悪は死ぬ、とあった。

・・・亜美さんは、普通にしていた。

違うのかな、と思い直し、パソコンを閉じた。


しばらく後、話の確認と公開の許可を頂くため、亜美さんの勤務する病院に連絡を入れた。

しかし、話が噛み合わない。

亜美という看護師などいない、というのだ。

録音を聞き直してみると、私のセリフしか入っていない。


亜美さんが勤務していると言っていた病院に行ってみた。

見舞いの振りをして該当の病棟まで行く。

エレベーターを降りたところで、思わず足が止まった。

大部屋の前に、門松が立っている。

向こう側が若干透けて視える。

亜美さんの言っていた門松と同じ・・・?


(次は、貴方)


耳元で囁くような、頭に響く声。

亜美さんの、声。

次は、私が視ることになる。


そういう、事なんだろう。





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