治安の悪い街
現在、ユウヒ達は王都に向かっていた、だが一つ問題がある、それは相当治安の悪い街を通らなければならないことだ、できれば避けて通りたいところではあるがかなり遠回りになる。
「相変わらず酷い街だな、ここは」
ユウヒがそう呟いても仕方がない、建物は古びていて窓ガラスにはヒビが入っている、ゴミは散乱しており匂いが酷い、道の端では酔っ払いが何人も寝ている、その酔っ払いから財布を抜いている輩までいて所々に血の跡のようなものが残っている、三年前にユウヒがここを通った時と全く変わっていなかった。
このままここの住人に出来るだけ関わらないようにさっさと突っ切ろうと思い、馬を少し早足気味で歩かせる。
「おい止まれぇ!」
町の中央あたりに着いたところで武器を持った男達がぞろぞろと現れた。
「ここを通りてぇなら、金置いていきな!全部だ!」
「うわぁ…出たよ」
よく見る小悪党のようなセルフをはいている男はニヤニヤしながら荷台のナズナ達を見ている、おそらく金を奪った後で奴隷も奪うつもりなのだろう。
「ユウヒ様に楯突く愚か者どもめ…!私にお任せください、1人残らず処理しますっ!」
いつのまにか後ろからぴょこっと顔を出していたミーナ、かなり殺気立っていてゴゴゴゴッと聞こえてきそうな雰囲気を出している。
「いや、相手にするだけ面倒だ、ここは俺に任せろ」
「了解しました」
この数が相手でもユウヒは負けないが面倒なので所持金が入った大きな袋を取り出して馬車を降り全員に見えるように持つ。
「この中には300万ほど入っている、欲しけりゃ取ってこい!」
そう言って《強化》を使って進行方向とは逆の方向に全力で投げる、袋は空に向かって飛んで行く、強盗集団は「ああー!」と言って全員全力ダッシュで走って行く、「ガンバッテネー」と棒読みの声援を送り全員いなくなったことを確認したユウヒは馬車に戻り進み始める。
「ユウヒさん、よかったんですか?300万も…って、え?」
ナズナが荷台から心配そうに顔を出して来るがユウヒの手に先ほど投げたはずの袋があり驚いている。
「ああ、投げて見えなくなったあたりで《回収》スキルで取り寄せた」
ユウヒが投げた袋にはもしも落とした時用に《回収》スキル用の魔法陣を書いていた、そのためほとんど魔力も使わずに回収したため魔力探知にもほぼ引っかからない。
「じゃああの人たちは…」
「何もないのに探し続けてるってわけ」
ユウヒは悪い笑顔でニヤッと笑いナズナに袋を渡して少しした後、次は馬の前に金髪の少女と父親だろうか歯の抜けたおじさんが出てきたので馬を止めた。
「おい兄ちゃん、あんた奴隷商人だろ、こいつ買い取ってくれや」
そう言っておじさんは少女の腕を引っ張りユウヒの下まで連れてくる。
「そいつ、あんたの娘じゃないのか?」
「ああ、そうだ、でもいいんだよ、こんなゴミ、何の役にもたたねぇんだからよ、せめて金にはなって貰わないと、なぁ」
ゲヘゲヘと笑いながらポッケに入った酒を飲み始めるおじさんを娘は少し俯きながらゴミを見るような目をしていた、娘にそんな目を向けられている事にも気付かずに娘の頭をガシガシと乱暴に撫でる、娘の目がさらに険しくなる、そうとう嫌なのだろうか。
「分かった、10万で買い取ってやるからさっさとそこを退け、目障りだ」
おじさんはユウヒから10万を受け取ると嬉しそうに酒を飲みながら「これでまた酒が買えるぞぉ…!」と言いながら街の奥へ消えて行った。
ロクでもないおじさんだった。
そしてユウヒは今度この国に来た時は遠回りでもこの街は通らないようにしようと心に決めた。
「おい、お前もさっさと乗れ、行くぞ」
「うん…」
撫でられた頭を必死に払っている金髪の少女を馬車に乗せてまた少し急ぎめで馬を歩かせる。
そして街を出る寸前にどこにも袋がない事に気付いたのか街の中から大勢の怒鳴り声が聞こえてくる、ユウヒはやっと気づいたかと思いながら街を出た瞬間にスピードを上げて街から離れる。
「で、お前名前は?」
ユウヒが振り向くと先ほどの少女はナズナとミーナぬ身体を拭かれていて服を着ていなかったのでスッと目をそらして「俺は何も見てねぇ」と呟きながら前を向く。
「私の名前は…ない」
「そうか」
ああいう街出身の人間は名前がない事などよくある事だ。
「名前がないと不便だからな、ナズナ、名前つけてやれ」
「え?私ですか!?」
「ナズナ様、頑張ってください」
急に名前を付けろと言われたナズナはオロオロしながら「えーっと、えーっと」と慌てて考えている。
「パッとした思いつきなんですけど…ヒカリ、なんてどうですか?」
「それで…いい…ありがとう…ナズナ」
金髪の少女の名前はヒカリで決定になった。
ヒカリは無表情のように見えるが微かに頬が赤くなっている、嬉しかったのだろうか。
「よし、じゃあヒカリ、これからお前には勉強、体術、魔法を教えるからしっかり覚えろよ、将来役に立つからな」
「うん…わかった」
ユウヒがヒカリを見ていると昔のナズナを少し思い出した、ユウヒの事をお兄ちゃんと呼びずっと離れようとせずユウヒ以外とは誰とも話さなかったあの頃と比べて彼女は明るくなった、この子もそうなってくれるだろうか。
とりあえず途中でヒカリを水浴びさせるためどこかの泉を探そうと思いながら王都に向けて進み始めた。