旅
空が青く澄み渡っていた、心地よい風が吹き木々や草はさーと揺れた。
そんな草原の真ん中を土煙を上げながら一つの馬車が走っていた。
馬車の荷台では黒髪の18歳くらいの青年が昼寝をしていたが小さい石を踏んだのだろうか、馬車がすこしガタッと揺れ、ふと目を覚まし青年は周りを見渡す、青年の周囲には同じようにすーすーと寝息を立てて少年や少女が10人ほどが寝ていた。
「あ、ユウヒさん、おはよございます」
ユウヒと呼ばれた青年が目を擦りボヤッとした視界が徐々に開け鮮明に周囲が見えるようになってから声のした方を見る、そこには馬車の操作をしている首輪を着けた茶髪の少女がいた。
「ああ、すまない寝てたみたいだ、交代するよ」
「大丈夫ですよ、ユウヒさんが疲れているのは知っていますから、もう少し休んでいてください」
彼女の名前はナズナ、首輪に刻まれた紋章から判るように奴隷だ、そして今ユウヒの周りで寝ている子供達も全員奴隷である。
ユウヒは奴隷商人、色々な国や街を周り奴隷の買取・販売をしている。
普通の奴隷商人はどこかの街に店を建てて奴隷を売るのだがユウヒは一つの場所に定着するより、いろんな国で商売をした方がいいと思い、旅をしながら売り歩いている。
「ナズナ、そこの木の下で止めてくれ、今日はここで野宿にしよう」
「はい、分かりました」
ナズナはポツンと生えた木の下で馬を止め、ユウヒが荷台から降り馬の手綱を木に結ぶ。
グーっと体を伸ばし完全に意識を覚醒させてナズナと共に荷台の方に入る。
「ほら、みんな起きて、お昼寝はおしまい!お勉強の時間ですよー」
そう言うと子供達は眠たそうにぞろぞろと起き始める、この中で一番年長であるナズナが基本的な子供の面倒を見ている。
そしてユウヒはナズナが子供達を起こしている間にテントなど野宿の準備を進めていく。
少しして子供達はぞろぞろと荷台から降りてくる。
「おはよー」「おはようございます、ユウヒ様」
「ユウ兄、おはよー!」
「ああ、みんなおはよう」
子供達と挨拶をしながら荷台から少し大きめの机と椅子を出しその上に問題用紙をバンッと置く。
「さぁ、勉強の時間だ」
子供達はえーと嫌そうな声を上げる、まあ子供なんてみんなこんな感じの反応である。
「仕方ないな、今日点数が良かった者には飴をやろう」
そう言った瞬間子供達の目の色が変わり、全員が椅子にさっと座った、さすが高級菓子なだけある。
「今日は僕が飴もらうからねー」「私がもらう」「僕がもらう!」「前食べたぶどう味がたべたい」
「私は飴より頭を撫でて欲しいです…」
子供達達はキラキラした目で騒ぎ出す、飴の力恐るべし、一人飴に釣られない子もいるが…
本来、勉強をさせる必要ないのだが、最近は肉体労働のみではなく勉強できた方が何かと需要が高い、少しづつさせているがやはりご褒美でもなければどうしても嫌がられてしまう。
「じゃあみんなが喧嘩にならないようにお姉ちゃんが貰ってあげようかなー?」
『だめー!』と子供達の声が重なる、そしてナズナは冗談冗談、と言いながら笑う。
その間にユウヒも机の端で地図を広げる、今ユウヒ達は目的地であるイギンという街に向かっている。
「次の街まであと四日か…食料は問題なさそうだな」
ユウヒは地図をしまいカバンから油を取り出し右手の手袋を外す。
手袋を外して現れたのは機械仕掛けの右手だった、ユウヒは慣れた手つきで義手のメンテナンスをする、メンテナンスを怠ると動かなくなる事があるからだ、片手がないと何かと不便なのできちんとするようにしている。
「ナズナ、焚き火用の薪を集めてきてくれないか?」
「分かりました、行ってきますね」
ナズナは小さいバスケットを持ちスタスタと歩いていく、ユウヒもメンテナンスを終えて子供達の勉強が分からない所を教えていく。
しばらくしてナズナが帰ってきたところで子供達の勉強も切り上げ夜に備えて準備をする。
焚き火をして魔獣除けの結界も貼る、いつもやっているので慣れたものだ。
そしてだんだんと太陽が沈んで行き空は真っ赤に染まっていき、ヒヤリと少し寒くなってきていた。
夕食を済ませナズナは子供達を寝かしつけにいく、そしてユウヒは真っ暗な空を見上げる。
「いつも夜空を見上げてますが、何かあるんですか?」
子供達を寝かしつけたのかナズナがユウヒの隣に座る、荷台からはすーすーと子供達の寝息が聞こえてくる。
「いや、星が綺麗だなって…」
「確かにすごく綺麗ですよね」
そう言いながらただじっと空を見ているユウヒを見てナズナは静かに微笑んだ。
「私、こうやってユウヒさんと二人でいるの好きなんです、あと何日こうしていられるか分かりませんけど、ユウヒさんと居れる最後の日までこうしていたいです」
「そうか…それなら良かった」
ナズナは少し恥ずかしそうに頬を赤らめ、すっと立ち上がり「もう寝ますね、おやすみなさい」と言って荷台に入っていく。
「ほんと、怖いくらい綺麗だな…」
何もかもを飲み込んでしまいそうな夜空を見ながら静かに呟いた。