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男装の麗人な彼女と男の娘な僕  作者: くまあめ
0章.女装をした僕はとてもかわいい
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8

 鏡に映った僕の姿があまりにもかわいかったものだからついつい見惚れてしまい、けれどもガザンに注意された事で時間の浪費は少なく済んだ。

 見惚れるくらいにかわいらしい女の子の格好をした僕の姿はとても心が和むけれど、僕自身はスカートというものに慣れていない。大股で歩こうとするとスカートの裾が足に絡まって邪魔をしてくる。とても動きにくい。

 剣術をはじめとした体を動かすことが得意な、運動神経の良い兄たちであれば、あるいはドレス姿でもスカートに足をとられるという事はないだろう。けれども今ここでワンピースのスカートに足を取られ、ゆっくりとしか歩けない僕は、兄たちとは違い動けない。

 白状してしまうが、僕は運動というものが不得意で、兄たちの師でもある剣術指南の男に、受け身と最低限の護身術だけをがんばれば良いと言われてしまった程に運動が不得意なのだ。


『何にイラついているのかわからんが、そこに見えてる籠の中にある物は質が悪いが治療薬だ。もらっておけ』


(あの棚の上にあるかごの事かな。わかったよ)


 外側から板を打ち付けふさいである窓の側の棚へと、足にまとわりつくスカートによって少しもたつきながらも僕は近づく。

 棚の上には乾燥した草の蔓で編まれた籠があって、その中には青い液体の入った僕の手よりも小さな瓶がたくさん並べて入れてあった。

 両手を使っても全部は持てないけれど、この大きさのものであれば四本か五本くらいは持てる。

 籠ごと持っていければ一番いいのだろうけども、僕の両手で大きく丸く円を作るよりも大きな籠であり治療薬の入っている小瓶がその籠いっぱいに入っているのだから、かなり重い。

 それでもどうにか籠を持ち上げる事はできるけれど、僕は体力に自信がない。この重い籠を持って行ったとしたら、僕は途中で疲れて倒れてしまうだろう。

 もうひとつ言えば、ただでさえスカートが足にまとわりついていて歩きにくい状態なのだから、転んでしまった時に両手がふさがっていては危ないのもある。

 なので、籠ごと持っていくという選択肢が、僕にはない。


『それと、二本くらい……中身を捨てては見破られるな。ヤハル、その治療薬を二本分程度なら飲めなくはないだろう? 飲め』


 持っていこうと思った瓶を一本を残して他は籠へと戻し、蓋をあける。

 ほのかに香ってくるのは花だろうか。

 口にするのに抵抗のない甘い匂いに、僕は瓶の中身を飲み干した。

 甘い匂いに反して、その液体はほろ苦い。

 でも飲めない程ではなかったから、もう一本を籠から取り出して、同じように飲み干した。


 口の中の苦さに口直しのできるものはないかと辺りを見回すと、外側から塞がれている窓に、涙目になった僕の顔が映り込んでいた。

 涙目でもかわいいなと思いながらも、ある物が目に付いた。

 それを上手に使えば、両手をふさがずに瓶をたくさん持っていくことができる。


「持てるだけ持って行った方がいいんだよね?」


『……ん? まあ、そうだな。ないよりはある方が良い』


 一応ガザンに聞いてから、僕は考え付いた事を実行することにした。


 手を伸ばし、僕の頭に結ばれているリボンの端を持ち、引っ張る。

 衣擦れの音がしてリボンは抵抗なくほどけた。

 リボンの両端をそれぞれの手で持って長さを確認する。

 思っていたよりも長いそれに僕は気分を上昇させた。


 とりあえずリボンも籠の中へと入れ、小瓶を割らないように、慎重に籠を床へと下ろす。

 床へ置くその時に少しだけ瓶同士がぶつかる音がしたけれど、割れるほどではなかったようだ。

 割れずに済んでよかったと、緊張で少しの間止めていた息をはいた。


 籠からリボンを取り出し、広い幅のそれをぐるぐるとねじっていき、細いひも状にする。

 それから小瓶を一本取り出して、瓶の液体の入っている部分と蓋がはめ込んでいる部分の間にある窪みにリボンを一周巻いてからきつめに結ぶ。

 リボンの端を持って揺らしてみても、リボンがほどけて小瓶が床へ落ちるような事はなかった。

 思った通り、これなら手で持つよりもたくさん小瓶を持っていけるだろう。

 次々に、リボンの長さが許す限り、たくさんの小瓶をリボンへと結びつけていった。


 それでも籠の中の半分も結べなかったけれど、僕が手で持っていくよりは多い数の治療薬を持てたのだから、上出来だろう。

 リボンの端と端を固く結んで輪っかにし、それを首へとかけた。

 これで、小瓶を持った上で、さらに両手もしっかりと使う事ができる。


『器用だな』


 僕の行動にガザンが感心したのがわかった。

 ちょっぴり照れくさくて、でも嬉しくて、僕の頬が緩んでしまう。

 僕のそんな気持ちもガザンには筒抜けで、こういう時は少し困るなとも思ってしまった。


『良い良い。ならば魔法の準備をするぞ。ヤハルが魔法を使った事はすでに伝わっているはずだ。遠くない未来、犯人はヤハルを封じる対策を持ってここへと来るだろうからな』


(む? すぐにここから出るんじゃないの?)


『忘れたのか? 何度も言っただろう?』


(僕がまどうしである事は、まだ隠さなくてはならない)


『その通り。だから、魔法使いの魔法の準備をする。詠唱の基本は覚えているな?』


 魔法学の内容を思い出す。


 魔法を使うためには、適性、詠唱、魔力の三つが必要である。

 適性がなくては魔法を使う事はできず、詠唱がなければ魔法は発動しない。

 そして魔力がなければ魔法が発動をしたとしても望んだ効果は得られない事が多い。それでも効果が出ないだけならいい方で、魔法の種類によっては魔力不足によって暴発する事があり、魔法を暴発させた魔法使い自身が死んでしまう事も少なくない。最悪な事態になると村や町、大きければ国ひとつが消滅する事もあるので注意が必要だ。


 魔力がたくさん必要な魔法は宮廷魔法使いと学院によって厳重に管理されていて、学院の魔法学科で一定の基準を満たすまでは教えてもらえない。なので、この国に魔法を暴発させて村や街を壊滅させてしまう魔法使いはほとんどいない。

 必要な魔力が大きい魔法ほど、暴発時の破壊力が大きく危険である為、それは尤もな事である。

 僕はガザンにどんな魔法でも使えると言われていたので、魔力が足りなくて暴発させるという事はないだろうと思っていて、その話を聞いた時から学院へ行ってその魔法を教えてもらうのが楽しみだった。


「まず、使いたいまほうの効果をしっかりとイメージして、そのまほうの鍵言葉(かぎことば)をえらぶ。

 次に、そのまほうを具現化させるための属性を表す変換言葉を、魔力がたくさん必要なまほうであるほど、たくさん並べる。

 最後にそのまほうの効果を自分で考えた言葉にして、魔力をのせて、まほうをどーん?」


 大切なのは効果をイメージする事と魔法を発動させる鍵言葉。

 これがなければ、どんなに長い詠唱であっても、そもそも魔法となる事はない。

 極端な話、しっかりと魔法効果をイメージ出来ていれば、鍵言葉だけでも魔法は発動する。


 けれど、話はそれで終わらない。

 世の中、少ない数と言われる魔法使いではあるが、それでも世界を見渡せば、それなりの数が存在する。

 そして魔法の腕も、一流と呼ばれる者から、一般人に毛が生えた程度と言われる者まで、存在するのである。

 全てが全て、しっかりと魔法をイメージできる者な訳ではないし、魔法の威力を調整する為に必要な魔力操作も個によって得意不得意があるものだ。

 なので、二つ目以降の詠唱のための言葉が必要になるのである。


 二つ目の詠唱の条件。

 魔法の属性に関する言葉――変換言葉と呼ばれている――を並べる理由は、

「その属性を使うのだ」「その属性に魔力を変換させるのだ」「言葉を並べた数だけ、魔力が必要なのだ」

 と、自分に属性と魔力量を言い聞かせる為だからだ。


 使用する魔力量を間違えれば、やはり暴発や暴走の危険が出てくる。

 使用する魔力量が正しくても変換させる属性を間違えれば、不発の可能性が一番高いが、少なくない確率で暴発をすることもある。

 ある意味、詠唱の中では、ここが一番重要な部分であろう。

 間違えれば暴発の危険があると思えば、魔力操作に不安のあるものほど、変換言葉部分が長くなる。


 三つ目の詠唱の条件は簡単で、魔法の効果をイメージする事を補助するためのものである。

 最初に言った通り、魔法を発動させる為には、効果をイメージする事がとても大切なのだ。

 イメージできなければ、不発で終わるのだが、それは詠唱で鍵言葉を使った場合のみである。


 二つ目の変換言葉を詠唱に組み込んでいる場合、変換言葉部分の詠唱を終えた時点で魔力はきちんとその属性へと変換されてしまっている。

 なので、最初にイメージができていない場合、不発だなんて優しい結果になる事はなく、しっかりと暴発をする。

 強くイメージをし直して、魔法を発動させやすくし、しっかりと魔力の行き場を作る事が必要なのだ。

 その為の、三つ目の詠唱条件なのである。


『鍵言葉なら私たちも把握している。効果も教える。詠唱は鍵言葉のみで良い』


 イメージと鍵言葉だけで魔法を発動させろというその言葉に、僕は目を丸くした。


『無詠唱の魔法を使えたのだから、詠唱なんて鍵言葉があれば十分だ。ヤハルには長い詠唱なんぞ必要ない。楽勝だ。自信を持て』


 言われてみれば無詠唱の魔法もきちんと発動できたのだし、そこに鍵言葉が加わるだけと思えば大丈夫なような気もしてくる。

 そもそも火と水の属性に関する変換言葉しか僕は知らないので、他の属性を使う場合は鍵言葉のみで魔法を使うしかない。選択の余地がなかった。


「でも、ガザン。知らないはずの鍵言葉を僕がどこから知ったのかなって、みんなふしぎに思うよ?」


 ガザンの事は内緒だからガザンの教えてもらったとは言えない。

 習っていない魔法を使った事が知られてしまって、その事について聞かれたらどう答えればいいのかわからなかったのでそう尋ねたのだが、ガザンから返ってきた答えに僕は仰天してしまった。


『通りすがりの精霊に教えてもらった、とでも言えばいい』


「ガザンの事は内緒じゃないの!?」


『少し声が大きい。落とせ。まだ近くに来ている気配はないが、わざわざ大声で呼び出す事はない』


「あ、ごめん」


『良い。勘違いをさせた私が悪い』


 そう言って、ガザンは考え始めたのか少しの間、無言になった。

 僕もガザンの思考を邪魔しないように口を閉じ、逃げるのに役立つものがないかなと思って、部屋を見回しかけて、何度目かわからないが鏡が目に入る。


 なんとなく鏡の前に戻り、ワンピース姿の僕を見た。

 何度見ても、女の子の格好をした僕はかわいい。とてもかわいい。

 もしかしたら僕は生まれる性別を間違えてしまったのではないかと思えるくらい、可愛らしい。

 どうして今まで、男の格好ばかりをしていたのかと後悔するくらい、僕は女の子の格好をした僕を見るのが好きになっていた。


 でも女の子になりたいとは不思議と思わない。

 家に必要とされない三男という立場は好きではなかったけれど、僕は僕が男であるという事実そのものは嫌いではない。女になりたいと思った事もない。

 ただ、女の子の格好をした可愛い僕の姿に見惚れていたいだけなのだ。


『ヤハル、まとまったが良いか?』


 鏡に斜めに映るようにしてみたり、両手を揃えて俗に言うお澄ましポーズというものを取ってみたり。

 自身の今の状況と時間を忘れて楽しんでいた僕を、考えがまとまったのか、ガザンが呼ぶ。


「あ、うん。ごめん。大丈夫だよ」


『謝る事はない。心の余裕があるのは良い事だ。まだ気配も来ないから問題もない』


「うん」


 僕の五感を基準に気配を探っているような事を前に言っていたけれど、僕自身が感じ取れない犯人の気配をガザンはどうやって感じとっているのかな。

 ふと疑問に思ったけれど、それはまた後にした方が良いだろう。

 まずはガザンの言葉をちゃんと聞こう。


『精霊が見える事と精霊と契約をする事は、必ずしも同じ事ではない。

 私は少し特殊だから隠す必要があったが、精霊と会うということ自体は魔法使いであればそれほど珍しい事でもない。

 通りすがりの精霊に教えてもらった、と言えば後はヤハルの家族がなんとか(ごまか)してくれるだろう。

 だから、逃げきれたらまずは家族にそう言え。

 精霊の属性を聞かれたら、闇だ。闇と答えれば良い。

 この結界の中にいて、犯人に気づかれない精霊がいるとすれば、闇の精霊くらいのものだからな。何より闇の精霊は全ての子供を愛している。

 だから闇の精霊に聞いたと言えば、お前の両親は納得する。

 両親以外に聞かれた時、それ以外の出来事については、わからないと言えば良い』


 そう言ってガザンは闇属性の魔法の効果と対応する鍵言葉をいくつか教えてくれた。

 一応、他の属性の魔法と鍵言葉も何個かずつ教えてくれたが、今回は火と水と闇の詠唱魔法だけで乗り切るようにと念を押された。


 でもこれ、教えてもらった魔法なんだけどさ。

 学院で管理されていそうな威力の高い攻撃魔法もあるんだけど、それは使ってもいいのかな。

 ガザンは特に気にしていなさそうだし、闇のなら闇の精霊に聞いたって事にするのだから、闇だけなら使った事がばれても大丈夫かな。


『そうだ、ヤハル』


「なあに?」


『シーツを水の詠唱魔法で少し切り取って、口を覆って頭の後ろで結べ』


「わかった」


 風じゃないのかなと一瞬思ったけれど、火と水と闇で乗り切るようにと言われていたから、だから水なのだなと納得をする。

 火ではこげてしまうし、闇で物を切断する魔法を僕は知らないからだ。


 僕は言われた通りに、水の切断魔法を鍵言葉のみで使用した。

 暴発が少しこわかったけれど、暴発もせず、不発に終わる事もなかった。

 水の切断魔法だからか、ベッドの綿とシーツが少し湿ってしまったが、考えた通りに布を三角形に切り取る事ができたので良しとしよう。

 と言っても複雑怪奇に切り取った訳ではなく、シーツの角を一つの角を手前にして、角から少し上の部分を一度だけ、斜めに一閃させたのみである。


 切り取った布の細い角を両手で持って、鼻も口と一緒に覆ってから、耳の後ろの方で布端を結ぶ。

 できたよと伝えれば、鍵言葉だけでも魔法が使える確認もできたから、安心だなと言ってきた。

 暴発が少しだけ怖かったけれど、ガザンの言う通り鍵言葉だけで思った通りにちゃんと発動できたので、僕はそうだねと頷いた。

 今のところ魔法で失敗したことがないから、もしかしたら僕は魔法の天才なのかもしれないと、少しだけうぬぼれる。自信を持つ。


『これで準備はできた。いいか、私はいつでも顕現できる。ヤハルに大きな怪我はさせない。だからお前は安心して、この屋敷から脱出する事だけを考えろ。いいな』


「うん、がんばる」


『良い。では、いくぞ』


 歩きやすいようにスカートの裾を少しだけ手でつまみ、僕とガザンの脱出作戦がはじまった。

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