5
精霊樹の精霊と名乗るガザンと契約し、いくつかの約束事を決めた後。
ガザンが両手を合わせるように叩き、その音の大きさに驚いた僕が目を瞬いた直後。
あの不思議な白い空間の名残りも何もないままに、祈りの間の奥にある広い部屋の魔法陣の中心に僕は居た。
白い空間に行く前の、透明な玉に両手をのせた状態のそのままで立っていた。
ガザンとのやり取りは夢だったのかなと思いかけたけれど、思いかけた瞬間、その事に抗議でもするかのように僕の中から何かあたたかい反応があったので、夢ではなかったのだろう。
夢でないとしたら、魔法の適性検査というものは不思議の上のさらに不思議で、子供の僕には少し刺激的だったなと僕は納得する。
「……おお。おお!」
自分の中で結論を出して頷いた僕の後ろから、何かに感激したかのように大きく、そしてわずかに震える声がした。
僕が振り返る前に、その声の持ち主である司祭が僕の側へと寄ってきて、眉毛と髭によって小さく見える目を大きく見開いて、僕が両手を置いている透明な玉を見ている。
いや、透明だったはずの玉はすでに透明ではない。
「……にじいろ?」
あらゆる色が並び絡み合い、いくつもの色がマーブル状になり、虹の帯を両手で無作為に丸めたようになっていた。決して混ざらないと思えるたくさんの色は、けれどもその虹色の塊の中心部分では混ざり合い、白色と黒色を繰り返しながらほのかに光っていた。
「これはとても素晴らしい事です、ヤハル様」
首を傾げる僕に気が付いた司祭が髭と髪の毛の隙間から見える耳をわずかに赤くさせ、興奮したように僕へと告げる。
「ヤハル様。あなたの魔法適正は全部……邪属性以外の九つの属性全てに適性があります。これは素晴らしい事です。初代様以来の快挙です。長く聖教会におりますこのウルレイも初めて拝見しましたぞ」
元透明な玉――現虹色の玉を見て司祭がそう言ったと言う事は、ガザンと出会ったあの空間は魔法の適性検査のための空間ではないのかもしれない。
だから、だからか。
あの空間でガザンと出会い、契約をした事は、司祭にはもちろんのこと、父母や兄たち家族にも秘密にするようにという約束を僕にさせたのは。
言い訳になってしまうけれど、僕は魔法が使えるという事に多少どころか、かなり、目がくらんでいたのかもしれない。
ひょっとしなくても、契約ってとても重要で大切で大変な事なのではないだろうか。
「しかし。しかし、そうですな。ヤハル様のご両親と相談をした上で、使う属性をいくつかに決めましょうか」
ひとしきり興奮をし、適性が複数ある事への賛辞をしていた司祭が、少し考えるように僕に言う。
ガザンにも他人へと開示する事になる所持適正は、二つか三つに絞って他は隠すべきだと言われていたので、司祭の案に否はない。
けれどもどうしてそんな事をするのかと、不思議に思っていたから聞いてみた。
「ヤハル様は聖マケドルテ国の事は知っていますかな?」
「はい。聖霊王様の教えを守り、奉る教会を起こした国で、聖教会の聖地です」
「その通りです。まだ小さいのによく学んでおりますね。素晴らしい事です」
司祭曰く、史実に記録されている限り、邪以外の九つの属性全ての適性を持った存在は初代聖マケドルテ王以来、生まれた事は確認されておらず、事実上、僕が二人目の存在であるそうだ。
そして、それはとてもめでたく、世界にとって良い兆しではあるのだけれども、良い事だから良かったね、と祝って話を終わらせる者ばかりではなく、むしろその逆の行動をとる者も少なくないのだと言う。
「僕がここのつの属性を使えるぞっていう自慢をしたら、僕は殺されてしまうのですか?」
「ええ、その通りです。全てを使えるとは言ってもまだ幼く、力もまだ未熟なヤハル様では対抗できず、狙われればそのまま殺されてしまうでしょう」
邪属性を持ち、全ての属性を憎む組織があって、その組織からすれば九つの属性を持つ僕は、天敵であり抹殺すべき存在なのだそうだ。
それ以外にも、国同士の争いを制する為にさらわれてしまったり、僕の大切な人を人質にとられて悪行の手先にされてしまったり、ある国では複数属性を持つ者の身体を切り刻み何かの実験材料にしていたりするのだと司祭が教えてくれる。
あまりの恐ろしさとおぞましさに、僕の顔が青ざめる。
青ざめた僕に気が付いた司祭が「あっ」と間の抜けたような声を出し、それから僕の頭に手を置いた。
母よりは強く、父よりは少し弱い。そんな力加減で司祭は僕の頭を撫でてくれる。
「そうならない為に、隠すのです。それでも一つだけにしてしまうと折角の複数属性なのに同時展開を学べなくなってしまいますからな。二つか三つ……多くても四つくらいまでなら、多くはありませんが何人か複数属性持ちは存在しておりますし、そこまで大事にもなりませんでしょう」
「……うん。ありがとう、ございます」
頭を撫でてくれる司祭の手に自分の手を重ねて止め、司祭を見上げる。
とてもやわらかい眼差しは、もう大丈夫ですか? という気遣いの言葉が見えた。
「ありがとうございます、ウルレイ司祭」
二度目はしっかりとした声で、はっきりとそう告げる。
僕の様子に、僕はもう大丈夫だと司祭は判断したようで、もう一度軽く僕の頭をなでると、杖を持っていない方の手で、僕の手をとり扉を示した。
「では、これからの事の相談もせねばなりませぬから、外へとまいりましょう。きっとヤハル様のお父様もお母様も、首を長くして待っていらっしゃいますよ」
司祭の言葉に僕は「はい」と頷き、父と母のもとへと急ぐのだった。