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男装の麗人な彼女と男の娘な僕  作者: くまあめ
0章.女装をした僕はとてもかわいい
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3

 聖教会と呼ばれる教会の一室で行われる魔法の適性検査は、とても簡単なものだった。


「お久しぶりです、トルトネール伯爵様。奥方様」


 僕たち家族の住む屋敷に一番近い街の中心部にある立派な建物。

 聖教会と呼ばれるそこに両親と僕は降り立った。

 教会の入り口には白地に銀糸の刺繍をした貫頭衣と呼ばれる袋のような服を着て腰の辺りに僕の腕よりも太い幅の帯を巻いた男たちが立っていた。

 その中のひとり、男たちの中では一番の年を取っているであろう白髪交じりのグレーの髪と立派な口ひげを生やした男が、父へと挨拶をする。


「久しいな、ウルレイ司祭。息子のヤハルを頼む」


 ウルレイ司祭と呼ばれた男へ頷き、父が司祭へ挨拶するようにと僕の肩を押した。


「はじめまして、ヤハル・トルトネールと申します。よろしくお願いします」

「お初にお目にかかります、ヤハル・トルトネール様。私はウルレイ・ロ・カズルシェと申します」


 僕の視線の高さに合わせるように、司祭は床に膝をつき、僕と目を合わせる。

 幼い僕には父も母も背が高く、それ以上に背の高い司祭たちを見上げるのは大変だ。だから、司祭のその行動は僕にとってとてもありがたかった。

 こちらこそよろしくお願いしますねと司祭が手を出したので、僕はそこに自分の手を重ねて握手をした。

 僕と視線が合うと司祭は目元をゆるませてほほ笑み、立派過ぎる口ひげによって隠された、どこにあるのかわからない口を開いた。


「聡明な息子様でございますね」

「そうでしょう? とても良い子でわたくしたちの自慢の息子なのよ」


 司祭の言葉に母が嬉しそうに同意する。

 褒められる事は大好きだけれど、僕は少し照れてしまう。

 家に必要とされない身ではあるけども、父も母も僕の事を認めてくれているのだとわかるから。

 愛というものが何なのか、僕にはよくわからないのだけれども、この照れてしまう時に胸の辺りに感じる春の優しい日差しのようなぬくもりが、愛であるといいな、と僕はずっと思っていた。


 照れる僕の傍で司祭や司祭の周りにいる男たちと父が何かを話し、それが終わると僕は司祭に手を引かれて建物の中へと入る事になった。

 もちろん僕だけでなく、父も母も途中までは一緒に、僕と司祭の後ろを歩いてついてきていた。


 祈りの間と書かれた扉の前までくると、司祭は僕の両親へと振り返る。

 扉の横に並ぶ椅子を指し示した。


「では、トルトネール伯爵様も奥方様もこちらでお待ちください」

「ええ。ヤハルの事を頼むわね。いってらっしゃい、ヤハル」


 司祭の言葉に母は頷き、がんばるのよと僕へと声をかける。

 父は無言で僕の頭を撫でた。いつもより力がこもっている手のひらに、それが言葉替わりの応援なのだろうと僕は理解をした。


「とう様、かあ様。僕、絶対にてきせいを出してきます!」


 いきましょう司祭! と大きな声で言うと、両親は何とも言えない表情になり、それでも僕が笑顔でいたからか、仕方がないなとでも言うように、笑ってくれた。

 司祭の顔にも怖いものは浮かんでおらず、笑顔だけがある。


「では、参りましょう」


 そう言うと祈りの間への扉を開き、くぐったのだ。




 期待と不安に僕の心臓は大きな音で脈打っていたのだが、扉をくぐったすぐそこで、僕は目を丸くする事になった。

 期待も不安も心臓の大きな音も忘れ、目の前のさらに大きな扉を見上げる。


 祈りの間と呼ばれたその部屋は思っていたよりも小さく、大人だったら十人も入れば窮屈に思えるだろう広さしかなかった。その代わり、天井はとても高く、司祭を三人か四人くらい縦に積み上げてたくらいの高い位置にぼんやりと天井が見える。壁にはランタンと呼ばれる照明具があるだけで、窓はひとつもない為、薄暗いのは仕方がない事だろう。


 後ろで扉の閉まる音がして振り返ると、真面目な顔をした司祭と目が合った。

 司祭も僕も無言のまま、うるさいくらいに僕の心臓が鼓動を刻む。


 入ってきた扉の正面にあるさらに大きな扉の前に司祭が立つ。

 いつの間にか司祭の手には長い棒に木の根っこが絡みついたような物が握られていた。

 先端には丸に近いけれどどこか歪な形をした綺麗な透明な石がついていて、ランタンの光を取り込んでいるのか夕焼け色の光を反射させていた。


「我が信命(しんめい)において、祈りまする。

 和が真命(しんめい)において、願いまする。

 七行(ななぎょう)がひとつ、二行にぎょうがひとつ。

 (よこしま)たるを滅し、安らかたる九行くぎょうを歩む我らが道。

 新たに歩む者への道しるべを示したまえ」


 祈るように歌うように、朗々と部屋に響く司祭の声。

 詠唱と呼ばれる魔法を使うための言葉が紡がれた。


 それと同時に目の前にある大きな扉の隙間から虹色の光が漏れ出し、こぼれる光が増えるほどに両開きの扉がゆっくりと開かれていった。

 人の手はなく、カラクリと呼ばれる仕掛けがあるようにも見えない。

 生まれて初めて見た魔法のその光景に、僕は見惚れる事しかできなかった。


 音もなく、けれども扉がしっかりと開ききると、虹色の光は治まった。

 大きな扉の先に見える部屋の中はとても広く、ここから見る限り窓もランタンもないように見えるのに明るい。

 特徴があるのは床で、さきほどの扉が開くときほどに強くはないのだが、虹色に光る何かで、三つの円とその中にいくつかの星の印のような線がいくつも引かれていた。

 司祭によると魔法陣と呼ばれる、特定の魔法を安定して使うためのものであるという。


 その魔法陣の中心部には台座があり、台座の上には不思議なほどに角のない、どの角度から見ても真円にしか見えない完全なる円い透明な玉が置かれてあった。


 長い棒――杖と呼ばれる魔法を使う時の補助道具を持った司祭に手を引かれ、祈りの間から、不思議なくらいに明るい――でもまぶしくはない部屋へと一緒に入る。

 司祭は透明な玉の前まで僕を連れていくと、僕にその玉に触るようにと促した。


 どういう事なのかよくわからなかったけれど、触る必要があるから触れと言うのだろう。

 僕は僕の手と玉を見比べ、司祭の顔を見上げる。

 大丈夫とでも言うように司祭が強く頷いてみせるものだから、これで触らないのは臆病者だと白状するようなものだろう。

 おそるおそる、手をあげて、玉の上へと両手を置いた。


 ひんやりとするだけで何もない。


「―――っ!?」


 何もないと安心したのは一瞬だけで、すぐに透明な玉は光りはじめ、影のひとつも許さぬように部屋を白く染め上げた。

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