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男装の麗人な彼女と男の娘な僕  作者: くまあめ
0章.女装をした僕はとてもかわいい
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2

 長男のユサードが学院へ行った二年目の春。

 今度は次男のフェイネルがユサードと共に学院へと旅立った。

 一年に一度ある長期休暇には二人とも帰ってくるし、今年最終学年に上がったユサードは来年には卒業して父の跡を継ぐ為に帰ってくる。

 それでも帰ってくるのは一年後であるし、その事が寂しいのか、王都へと向かう馬車の方角を両親はいつまでも眺めていた。


 僕は七歳になり、勉強を始めるべき年齢になった。

 領主家には必要のない三男とはいえ、貴族家――それも辺境伯の家に生まれたからには、ある程度の教養は必須なのだと両親が言う。貴族家の義務なのだ、と。

 だから、去年までは兄たちの為に雇われていた家庭教師たちであったが、今年からは僕の為に彼らが雇われる事になっていた。


「そうだ、ヤハル。適性を調べねばならないから、今日は一緒に来なさい」


 見えなくなっても兄たちを見送っていた父が、一緒に兄たちを見送っていた僕を見て、思い出したようにそう言った。

 父の声に気が付いた母が、そういえばそんな時期だったわねと同意している。

 適正、とは何だろう。


 もちろん言葉自体は知っている。

 僕に眠る、もしくはすでに目覚めている何かが、それ(・・)に適しているかどうかという事だろう。

 けれども、それ、が何なのかがわからない。


「怖い事は何もないのよ。お父様とわたくしと、一緒にお出かけをしましょうね」


 母が優しい声をかけながら僕の手を取りつなぐ。

 考える事に夢中になった僕は、そういえば返事をするのを忘れていたな事に気がついて、母を見上げた。

 日の光が透けて光る、さわれば真綿よりもやわらかく気持ちの良い、母の金色の髪。春の空のように澄んだ水色の瞳が、心配そうに揺れている。

 僕が適性を調べるという行為を怖がっていると思っているのかもしれない。


「はい、お母様。おでかけ、楽しみです」


 どう言えば母が誤解をといてくれるかわからなかったから、僕は僕が嬉しいと思った事を口にする。

 意識せずとも心が声に乗り、喜んでいるという気持ちが母に伝わりますように、と。


 僕が心配するまでもなく、僕の気持ちは母に伝わった。

 揺れていた瞳は優し気に細まり、母と僕の口は三日月のように喜びを形にした。

 そんな母と僕を見て、父の武骨で少し怖い顔も穏やかでやわらかい表情になっていた。

 母とつないでいない方の僕の手を、父がとる。


「町へ行くのは久しぶりだろう。何か行きたい場所や欲しいものはあるか」


 使用人と領兵が見守る道を両親と僕の三人で歩く。

 先程まであった寂しさは見えず、父も母も僕だけを見ている。

 僕だけの父と母。

 生まれて初めてそんな事を思ってしまい、なんだかくすぐったい気持ちになった。


「マトトソースのベールスナムイが食べたいです」


 ベールスナムイとは、細かく刻んで潰した肉に色々と練りこんで丸めて平らにして焼いたものに野菜で作ったソースをかけて食べる料理の事だ。

 マトトは少し酸味のある赤い野菜で、トルトネールの名産品のひとつ。僕の大好きな野菜だ。

 肉を刻んで潰すのに時間と手間がかかるので、平民の間では滅多に作られないと聞く。


「まあ。では今日の夜はマトトソースのベールスナムイを作ってもらいましょうね」


 辺境とはいえ、領地持ちの伯爵家。

 専属の料理人がいるし、望めば食べたい物を作ってもらえる。

 もちろん、僕だけではなく兄たちがいるので毎日ではなく、特別な日だけではあるが。


「……そういえば、てきせい、とは何のことですか?」


 食べたい料理を作ってもらえるという事は、適性を調べるというのは特別な事なのだろう。

 特別な適性を調べる、の特別とは何の事なのか。


「魔法への適性だ。ヤハルがよく読んでいる本にも出てくるだろう」


 僕がよく読んでいる本。

 『まほうのお薬屋さん』というタイトルの絵本でシリーズ化しているものだ。

 主人公は森に住んでいる魔法使い。その魔法使いは毎日たくさんの色々な薬を作り、病気や怪我を治し、魔法使いに治せないものはないと言われるほどに腕が良い。

 けれど主人公の魔法使いはそれだけではなく、毒薬や爆薬を作って悪い人をこらしめる話や、作った薬が原因で争いが起きれば原因になった薬を作るのを止め、記憶を封じる薬でその薬の事を人々の記憶から取り上げてしまう。

 まほうのお薬屋さんの魔法は、何でもできる夢の魔法と呼ばれ、それに憧れる子供は僕を含めて、多い。


「まほう、ですか? 僕もまほうを使えるのですか!」


 まほうのお薬屋さんのように色々な事ができたならば、僕もまほうのお薬屋さんのようにたくさんの事ができるようになる。

 魔法の使える僕は、魔法を使えない僕より、価値がある。

 僕を必要としてくれる何かが、誰かが、魔法使いになればたくさんできるかもしれない。


「適性があれば、だ。適性がなければ魔力がどれだけあろうとも魔法は使えない」


 魔力がなければ魔法を発動できないが、魔力があっても適性がなければ魔法は使えない。

 適性があってはじめて、魔法は使えるのである。


 その魔法も属性というものがある。

 光、闇、地、水、火、風、木、の基本の七属性。

 神聖で特別な属性である聖と、禁忌であり使える者は殺さねばならないと言われる属性の邪。

 そして、何ものにも属さないと言われ、使える者が存在しないと言われる無。


 魔法には全部で十の属性が存在し、それぞれに適性が存在する。

 適性のある属性の魔法だけが使える。

 いくら魔法の勉強を頑張った所で、対応した属性への適性がなければ、その属性の魔法は決して使えるようにはならないのだ。


「適性があれば素敵な事だけれど、なくても落ち込む事はないのよ? 普通はないものですからね?」


 父の言葉に少し落ち込んだ僕へ、母の気遣うような言葉をかけた。

 トルトネール伯爵家には魔法の適性持ちが生まれた事はなく、父にも母にも兄二人にも、魔法の適性はなかったのだから、と。

 あれば素敵な事だけれど、なくても何の問題もないのだから、気楽にね、と。

 うんと頷きながら、それでも僕の魔法への興味はなくならない。

 どうしても。どうしても魔法を使えるようになりたい。


 それでも適性がなければ魔法は使えないというのだから。家族の誰も適性を持っていないのだから。

 魔法使いになれる可能性は欠片もないのだろう。


 大好きなマトトソースのベールスナムイを夜に食べられる事も忘れて、僕は僕に魔法の適性がありますようにと強く強く、望み、願ったのだ。

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