表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男装の麗人な彼女と男の娘な僕  作者: くまあめ
0章.女装をした僕はとてもかわいい
2/15

1

 騎士の国とも呼ばれるナーリエリア。

 ナーリエリアの端っこの中の端っこ。隣国との国境を持つ辺境の地を治めるトルトネール伯爵の三男として僕は生まれた。

 三男というからには、僕には兄が二人いる。

 跡継ぎである長男のユサードと、その補佐にしていざという時の予備である次男のフェイネル。

 どちらも騎士の国の名に恥じないほどに剣術に精通した立派な男子である。

 身体が弱い事もなく、心が弱っている訳でもなく、健やかに育つ長男と次男。


 自分で言うと調子に乗っていると窘められてしまうかもしれないけれど、僕の心は少し早熟であった。

 早熟な影響で考える事が少しだけ得意だった僕は、けれど考えても僕の存在理由がわからなかった。

 跡継ぎでもなく予備でもない。長男でも次男でもない、三男。

 男であって女ではないから、嫁に行き家と家の縁を繋ぐこともできない。

 兄たちの事はもちろん好きだったから、兄たちを追い落として自分が跡継ぎにとも思わない。

 けれど、立派な跡継ぎにと言われ、期待されている兄たちの姿と、何もない僕を比べて、僕は毎日落ち込んだ。


 考えないようにすればするほど考えてしまい、考えれば考えるほど僕の必要の無さが浮き彫りになって、僕は毎日が憂鬱だった。


 ある日、屋敷に画家がやってきた。


 長男であるユサードが学院へと行ってしまう一年前くらいだったかな。

 僕たちの住んでいる辺境から学院のある王都までは遠く、トルトネール伯爵家は王都には屋敷を持っていないから、学院を卒業するまでは学院付属の寮暮らしになる。

 長期休暇に帰ってこれるとはいえ、それでも子供が遠くへ行ってしまうのは父も母も寂しかったらしい。

 だから、家族の集合図を描かせる為に画家を屋敷に呼んだのだ。 


 その頃の僕も僕の必要の無さを心の中でいつも嘆いていたけれど、僕たち家族に必要とされている画家というものに、僕は興味を持った。

 家業を継ぐ、という以外にも必要とされるものがあるのだと、気が付いたからだ。

 

 画家が来た最初の日、僕ら家族は画家の前に並んだ。

 僕はまだ幼かったから、椅子に座る母上の膝の上に座る。

 母のすぐ横に兄二人が並んで立ち、その斜め後ろに父が立つ。

 画家は僕ら家族をよく見ながら、何も書かれていない羊皮紙の上に木炭を滑らせていた。


 次の日からは、僕以外の家族は画家の元へは行かず、それぞれがそれぞれの予定をこなしていた。

 両親は仕事。兄たちは家庭教師による勉強。

 幼かった僕はまだ、兄たちのように勉強をする必要がない。仕事だってない。

 画家に興味を持った僕が、親鳥についていくヒヨコのように画家について回るのは自然な事だった。


 画家の手が羊皮紙に筆をのせる度に、少しずつ完成へと近づいていく様が魔法のようで、不思議で、でもとても素敵な事に思えて、それを見るのが毎日の楽しみになっていた。

 僕はおとなしいと言われるくらいには大人しい子供だったのと、雇い主の子供であったから、画家も僕を邪険に扱う事はなく、いつも自由に見学をさせてくれたし、質問をすれば快く答えてくれた。


 それでも今思えば、仕事中だろうが休憩中だろうが、どこへ行くにもついてくる僕は邪魔だっただろうなと思ってしまう。あの画家はとても親切でよい人だったのだろう。

 何度思い出しても感謝しかない。


 そんな画家と僕の毎日であったが、画家が絵に色を乗せ始めて二日目辺り。

 絵具をのせる板の上に、画家は少しずつ微妙に色味の違う緑色をたくさん作っていた。

 どうしてそんなにたくさんの緑色が必要なのかわからなくて、首を傾げたのを覚えている。

 不思議そうな僕の様子に画家は気が付いたのだろう。

 優しく笑って、数日前に僕と家族が並んでいた方に生えている大きな木を指さした。


「よく観察してみてください。そうしたら、わかりますよ」


 屋敷の屋根に届くか届かないかくらいの高さの大きな木。

 大きな木とは言っても、小さかった僕が背伸びをしてもその木の一番下にある枝に手は届かないが、両親や画家、使用人の手は一番下の枝くらいには手が届きそうである。

 いつから生えているのかは知らないが、秋になると夕焼け色に変わる葉が、冬になると全て落ちてしまう事は知っている。

 僕が僕を認識する前から生えている、僕より長く生きている植物。

 今は春だから、冬を超えて枝についた芽から黄緑色の葉がたくさん生えてきて、青々と茂っている。


 そこではじめて、僕はその木の名前を知らない事に気が付いた。

 見える事は知っていたけれど、見えない名前は知らなかったし、知ろうと思った事もなかったのだ。


 必要かどうかで言えば、木の名前なんて必要なく思える。

 けれど、僕は僕の名前が好きだから、僕にとって僕の名前は必要で。

 だから、木にとっても木の名前は必要なものなのかもしれない。


 新しい考え方に驚き、けれども嫌な気持ちにはならない。

 とても新鮮で、嬉しい気持ちになった。


 けれど、その事とたくさんの緑色を作った事の意味がつながらない。

 新しく今気が付けた事があったのだから、まだ気が付けていない新しい事があるに違いない。

 腕を組んで考えて、でもわからない。


 ヒントをもらおうと画家の元へ行き、けれども答えを聞く事はしなかった。

 なぜならば、そこに答えが描いてあったのだ。


「一枚一枚、はっぱの色が違うんだね!」


 全ての葉っぱが同じに見えていたけれど、よく観察してみれば、葉っぱの生える位置、光の当たり方、色の見え方、虫食いがあるかないか、葉の成長具合による違い。

 見えているのに、見えていなかった。

 同じに見えたけれど、全部違う葉っぱだったのだ。


 僕は見えているものを全て見ているつもりで、実はそんなに見ていなかったのだ。

 答えはひとつだけと思っていたけれど、ひょっとしたら違う答えがあるのかもしれない。

 僕は僕が存在する意味がわからなかったけれど、僕が気が付けていないだけで、存在する意味があるのかもしれない。


 憂鬱だった気持ちが晴れた気がした。

 僕が僕の価値を見つけられなくても、葉っぱが画家に個を見つけてもらえたように、僕も誰かに僕の価値を見つけてもらえるかもしれない。


 新しく、嬉しい発見に僕は笑う。

 そんな僕を見て、画家も「正解です」と笑ってくれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ