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ネルソンとイズベリアはしばらくの間揉めていたが、隊への振り分けが終わった教師が静かにするようにと一声叫んだ事で、黙らざるを得なかった。
ネルソンもイズベリアも教師へと謝罪し、イズベリアはそのまま教師の話を聞く姿勢になった。けれどネルソンの方は姿勢だけは教師の方を向いていたが、その視線は教師とイズベリアの間を動いていた。
イズベリアの主張は正論であり、彼女自身が考えて思い至った結論であり、同じ青ネクタイの僕が言うのもなんであるが、今ここで青ネクタイという事は学院に入って三年目。最短と言われている時間で上級学生になれた彼女は騎士たる素質があるのだ。
才能もありそれに見合った望みがあり、それを成す為に努力をしている。
とても立派な事であるのに、ネルソンは何が不満なのであろうか。僕にはわからない。
「――では、散開。各隊はリーダーに従い、協力して事をこなすように」
僕やイズベリア、黄緑色のネクタイの彼――ネルソンとイズベリアがもめていた為にまだ名乗れていない――みたいに今日はじめて隊へと振り分けられた生徒たちへの注意を一通り話した教師は、そう締めくくって話を終えた。
ネルソンの心境を推理するのに夢中になってしまった僕は、教師の話を半分くらいしか聞いていなかったけれど、たしか「個人で判断してはならない」というのと「リーダーや隊のメンバーに相談する事」だったと思う。何を判断する時なのか、何を相談する時なのかという疑問はあるけれど、困ったらとりあえず相談してみれば問題はないだろう。
「それでは作戦の前に改めて自己紹介をしましょうか。ボクは騎士科上級学生二年目のキースです。よろしくお願いしますね」
教師の話が終わると同時にキースが上ずった声でそう言った。
見れば表情は笑顔であるが、額に脂汗のようなものが浮き出ている。ネルソンとイズベリアがまた揉めては話が進まないとでも思ったのかもしれない。
「じゃ、次はオレだね。キースに同じく騎士科上級学生二年目セイズル・ロルトースだ。よろしく!」
キースの気遣いに乗るようにセイズルが続けて挨拶をする。
最後のウィンクはなぜか僕へと向けられていて、その事にガザンが不愉快そうに眉根を寄せていた。
ガザンにはウィンクの意味がわかったのだろうか。
「僕はヤハル・ミトミア・トルトネールです。魔法科上級学生一年目の魔導師で、こっちは木の精霊のガザンです。よろしくお願いします」
ウィンク問題はさて置き、ネルソンがまだ何か言いたそうであったので、僕もキースとセイズルの作戦に乗って続けて自己紹介をした。
ガザンはかしこまったりせず、いつも通り僕の隣に立っている。
「私は騎士科上級学生一年目のジンレイ・マルメイジと申します。騎士科として五年目というギリギリでの昇格でありますが、昇格した以上は足を引っ張らないよう全力で精進したく思います。よろしくお願いいたします」
僕に続いて、イズベリアと一緒にこの場へ来た黄緑色のネクタイの彼が丁寧に自己紹介をした。
同じ上級学生制度のある魔法科にはないのだが、騎士科には騎士科へ入学してから五年以上上級学生になれなかった場合、他の科へ転科するか学院を止めるかしなくてはならないという規則がある。
詳しい理由は知らないが、モンスターの脅威のある世の中と、十七歳で成人と認められる事を考えれば、戦力を遊ばせておく余裕がないという事だと僕は考えている。
狭き門である騎士になるより、戦える大人になったのであれば兵士なり何なりになってモンスターを一体でも多く倒せという事だろう。
「それでは私も自己紹介をしなくてはなりませんね。騎士科上級学生一年目……」
言いかけてイズベリアは口を閉じた。
何か考え、それがまとまったのか首を振り、それから改めて口を開く。
「失礼した。我々はこれから同じ釜の飯を食べる仲間だ。そんな君たちに変な気を使ってもらいたくないので話し方を素のものへ変えさせていただく。改めまして、私はイズベリア・トトル・ナーナリエ。騎士科上級学生の一年目だ。この通りの女の身ではあるが、剣技も生存術もその辺の騎士や兵士には負けないと自負している。よろしく頼む」
王女然とした女性らしい話し方から、角ばったような男らしい話し方への変化に、僕は目を瞬いた。
なんとなく周りを見れば、ネルソンとガザン以外は茫然とした顔で固まっていた。
ネルソンは眉間のしわを指で揉んでいて、ガザンは言わずもがなで知らんふり。
彼女が話を終えても誰も口を開かなかったので、疑問に思った事を聞いてみる事にした。
「イズベリア・トトル姫様は」
「――イズベリアで良いぞ、私も君をヤハル殿と呼ぶ」
「わかりました。イズベリア様は男装が好きなのですか?」
「……は?」
僕の質問が意外だったのか、イズベリアのみならずガザン以外の面々が間の抜けた表情で僕を見た。
そんなに変な質問をしたかなと首を傾げながら、僕は続ける。
「僕以外に性別と違う方の制服を着ている方はイズベリア様が初めてなのです。
女の子の服を着た僕は最高に可愛らしいでしょう? だから僕は女の子の格好をするのが好きなのです。
男子制服を着ているイズベリア様は最高に格好の良い姿なので、イズベリア様もイズベリア様が男の格好をする事が好きなのかなと思ったのです」
男装をしているイズベリア様は各貴族家の領地や中心である王都を巡業している劇団の花形男優に勝るとも劣らない格好良さだと思います。
僕がそう告げれば、イズベリアはきょとんとした年相応の幼い表情を見せ、それから愉快そうに声をあげて笑い始めた。
「ははっ、ヤハル殿は面白いな。そうか、君は女装が好きなのか」
「はい、とっても!」
頷けばイズベリア様はますます声をあげて笑う。
なぜ笑われているのか僕にはわからなかったのだけれど、心底楽しそうな表情であったから、僕もなんとなく嬉しくなって笑顔になる。ふふっと笑いがもれ出てしまう。
「そうだな。格好良いと言ってくれてありがとう。ヤハル殿もとても可愛らしいよ」
「ありがとうございます!」
笑い過ぎて涙が出たのか、それを指で拭うイズベリア。
可愛らしいと褒めてもらえてうれしかったので、僕もお礼を言う。
「いやいやいやいや、そうじゃないでしょ! もっと疑問に思うべき部分があるよね!?」
イズベリアと僕が楽しく笑いあっていると、我に返ったのかセイズルが叫ぶように割って入ってきた。
もっと疑問に思うべき部分? そんなものがあっただろうか。
わからないと言外で訴えてみると、イズベリアはますます声をあげて笑い、セイズルが愕然とした顔になった。
「王女様がなぜ騎士科にいるのかとか」
「――騎士になる為で、もちろん陛下には許しをいただいたぞ」
「うちのリーダーとなぜ婚約しているのかとか」
「――子を作る事はないと一度は断ったのだが、公爵家から是非にと請われたらしいな」
「話し方が最初と違うとか」
「――もともとこちらの話し方が素なんだ。それでも一応王女だからな。相応の話し方というものがある」
「あー……」
疑問を口にする端からイズベリアが簡潔に答えていくと、セイズルは手で自分の目を覆いながら空を見上げてしまった。
うめき声が聞こえたが、何か不都合でもあったのだろうか。
なんとなく僕とイズベリアが視線が合ったが、お互いに不思議そうな表情であったと思う。
「質問はそれで終わりか? 終わりならそろそろ我らがリーダー殿の自己紹介といこうではないか」
イズベリアのその言葉で、僕はともかくイズベリアとジンレイはまだネルソンの名乗りを聞いていない事を思い出した。
全員の視線がネルソンに集まると、彼はひとつ空咳をしてから口を開いた。
「ネルソン・ドミ・クレーチェだ。騎士科上級学生二年目。未だ若輩ではあるがこの三十一番隊のリーダーを務めさせてもらっている。何かあれば遠慮なく言ってくれて構わない。この六名で今年は動く事になるだろう。よろしく」
眉間のしわは取れていないが、それでもきっちりと言い切った。それから最初にジンレイと握手をし、次に僕と握手をする。
「魔導師の称号持ちと組めて光栄だ。だがその為に魔法使いはこの隊へは来ない。魔法についての判断は任せるが、くれぐれも気を付けてくれ」
見回せば他の隊には魔法科の生徒が二人ずついるが、この三十一番隊に魔法科の生徒は僕しかいない。
たぶん、僕は魔導師である上に複数属性持ち――火と水と木と聖の適性があるという事になっている――であるからだろう。
僕の知っている範囲では魔法科に複数属性持ちは、僕しかいない。
「その為に私が付いている。問題はない」
僕がいつも通り返事をする前にあれこれと考えを巡らせている間に、ガザンがネルソンに答えていた。
ガザンが僕以外と話す事はめずらしく、けれど内容が僕の安全についてだったので、僕はガザンらしいなと思っただけだった。
そう思ったのは僕だけであるらしく、ネルソンの顔が少し強張っていた。
「……っ、精霊様がそう言うのであれば安心ですね。トルトネール、精霊様の手をあまり煩わせるなよ」
「はい」
学院へ来てから、見ないふりというのも重要である事を僕は学んでいた。
気付いた事を素直に口に出すと、時々ケンカにまで発展してしまうのだと言う事を。
ネルソンは怒りやすそうであったから、だから僕は気付かないふりをして、素直に頷くだけに止めておいた。
「よーし。じゃ、それぞれ自己紹介も終わった事だし、オレたちが隊を組んで初めての任務の為の話し合いをしようじゃないか。ね!」
頷き合う僕とネルソンの肩に手をまわし、肩を組んだような態でセイズルが陽気に提案をする。
拒否する意思を持つ者はいなかったので、そのまま僕らは話し合いを続ける事になった。