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騎士の国とも呼ばれる大国ナーリエリア。その中心である王都ナーナリエの郊外に学院と呼ばれる施設はあった。
学院には、下は十歳の子供から上は百になろうかという老人まで、貴族平民を問わずに幅広く人材が集められている。
騎士科、魔法科、兵士科、政治商業科、貴族科の五つの科に分かれており、それぞれがなりたい職業や学生自身の才能の有無から学院に所属する教師たちによってそれぞれの科へと振り分けられていくのだ。
七歳の時に魔導師の才能を認められ、十歳で学院の魔法科へ入学。
それから三度目であり、十三歳になった僕は魔法科の上級学生になっていた。
魔法科の最初の二年は座学と、実際に魔法を発動させて威力などを制御する方法を学ぶ。
三年目以降に制御がしっかりとできていると魔法科の教師に認められれば上級学生と呼ばれるようになり、魔法科と同じように騎士科の教師に認められた上級学生となる事のできた騎士科の生徒らと一緒に野外学習という名のモンスター討伐へと借り出されるようになる。
「――では、組み分け番号を発表する。新上級学生は呼ばれた番号の隊へ行くように」
上級学生になった僕も今年からはその野外学習へと借り出される事になっていて、僕以外の新しく上級学生になる事のできた生徒らと一緒に校庭に整列していた。
僕らが整列している横には、僕よりも年上とわかる上級生らがすでにいくつかの隊に分かれて、僕らがそれぞれの隊へと振り分けられるのを待っている。
「ヤハル・ミトミア・トルトネール、三十一番へ」
「はい」
名前と番号を呼ばれたので返事をすると、場が少し騒めいた。
なんだろうかと僕の隣に立っていた僕の精霊――ガザンと目を見合わせたのだけれど、ガザンは肩をすくませるだけで何も言わず、さっさと歩きだしてしまった。
慌てて僕もガザンの後を追って、三十一番隊の元へと歩いた。
三十一番隊のもとにたどり着くと、リーダーらしきひとりの生徒が僕に声をかけてきた。
「俺は三十一番隊リーダーのネルソン・ドミ・クレーチェだ。よろしく」
彼――ネルソン・ドミ・クレーチェは騎士科であるらしく男子制服に僕の一年上である証の水色のネクタイに騎士科の証である白色のマントを羽織っていた。
金髪碧眼の彼は頭二つ分ほど、僕より背が高い。見上げるのに少し苦労をした。
「はじめまして。僕はヤハル・ミトミア・トルトネール、こっちは木の精霊のガザンです。よろしくお願いします」
僕はお辞儀をしながら挨拶をするが、ガザンはしない。
ガザンは精霊だから、人の決まりに従う必要はないからだ。
実際、ガザンのそっけない様子を他の先輩方や同級生たちも気にしてはいなかった。
「オレはセイズル・ロルトースだ。トルトネールちゃん、よろしくね」
「キースです。よろしくお願いします」
黒目黒髪のセイズル・ロルトースは僕より二学年上の緑色のネクタイに騎士科のマント。
茶色の髪と目のキースも緑色のネクタイと騎士科のマントであり、平民であるらしく家名はないようだ。
ところで、リーダーは年功序列ではないのだろうか。
「あ、僕らはネルソン様と一緒の年に上級学生になりました。だから、ネルソン様がリーダーなんですよ」
「トルトネールちゃんも三年目で上級学生になれたのだから十分優秀だよね」
考えが顔に出ていたのか、キースがにこにこと言い、セイズルが続いた。
なるほどと納得すると共に、セイズルの言葉のひとつに訂正を入れておくべきかなと僕は思った。
「ところでロルトース先輩」
「何かな、トルトネールちゃん」
「僕、男ですからね?」
「うん、知ってるよ?」
有名だからねと彼は笑う。
ちゃん付けは女の子につけるべき敬称で、いくら女子制服の似合う僕であっても男なのだから、僕にちゃんを付けるのは間違い思うのだけれど、セイズルは知っていて使っているのだと言う。
少し考えて、とくに害があるわけでもないから問題はないかなという結論に僕はたどり着いた。
僕が男だとわかっているなら、僕に魔法で吹き飛ばされるような事はしないだろうし。
そんなやりとりをしている間に、もう二人ほど、このグループへとやってきた。
一人は僕と同じ青いネクタイをした騎士科の男子制服を着た女子生徒で、もう一人は黄緑色のネクタイ――僕より三年ほど上の年――をした騎士科の男子生徒だった。
「三十一番はここでよろしいでしょうか」
「そうだ。俺がリーダーのネルソン・ドミ・クレーチェだ。よろしく」
男子生徒が尋ねてきたので、代表してネルソンが応えていた。
その返事に女子生徒の方が驚いたように口を開いた。
「ネルソン殿と同じグループですか。それは心強いですね」
「イズベリア!?」
女子生徒の言葉にネルソンが驚き、その口から出てきた名前に僕以外の四人が驚いた顔になった。
たしかに騎士科に女子生徒がいるのは珍しい事ではあるが、それでもこの国は騎士の国。彼女が騎士科の生徒であっても不思議ではない。
「ええっと、なぜそんなにも驚くのですか?」
長く艶やかな黒髪に意志の強そうな深い紫色の瞳をした彼女は、器用な事にさわやかな顔のままで困惑してるようだった。
僕と同じ疑問だったようなので、僕も大人しく返事を待つ。
「何故って、君は王女だろう!?」
「ええ、そうですね。それが何の問題でしょうか」
「大ありだ! 君は王女なんだぞ!? 王族の血を繋ぎ――」
「――それは兄や姉上たちの仕事ですよ。第三王女たる私にはその義務も権利もありません」
婚約者であるあなたが一番ご存知でしょうと彼女が言う。
血による継承問題で国を揺らさない為、王族は決められた者しか子を残す事を許されない。
城へ上がる可能性のある学院生徒であれば、必ず教えられる常識。
「それでも私は王族です。国の誉れである騎士となり、兄上や姉上たちの力になりたいのです」
まっすぐにそう口にする彼女は誰よりも凛々しく、格好が良かった。
何より彼女が言っている内容に全力で同意したいくらいに、よくわかった。
僕も、僕の両親や兄たちの役に、力になりたくて学院へ通っているのだから。
イズベリア・トトル・ナーリエリア。
ナーリエリアの第三王女にして、ネルソン・ドミ・クレーチェの婚約者。
女子制服を可愛らしく着こなす僕とは正反対の、男子制服を格好よく着こなす背の高い王女様。
僕とは正反対に見える彼女の、僕と同じ家族の力になりたいという目標。
揉める彼らをすまし顔で眺めている僕が、同じような目標を持った新しい友人ができる予感に浮足立っていたのは、言うまでもない事だろう。