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男装の麗人な彼女と男の娘な僕  作者: くまあめ
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そして魔法は実行された

 空に月が無い夜。

 本来であれば暗闇に沈むはずの城下は燃え、轟々と音を立てて家々が崩れていく。

 平和の象徴であった暗い闇夜でも目立つ真白の城も炎に舐められ少しずつ黒く染まる。

 あちらこちらを燃やし、崩し、染め上げる炎。それは、微かな光を瞬く星々すらも飲みこむほどに、空を赤く染めていた。


 紅い空も見えぬ城の中。

 白い壁、ふわふわの赤い絨毯、金糸に彩られた国旗。銀色に輝く鎧と上等の生地と希少な綿をふんだんに使った豪奢な肘掛け付きの椅子――玉座。


 王の間と呼ばれる、王との謁見に使われる大きな一室の玉座の手前。

 本来であれば王とそれに連なる一族が並ぶ椅子には首のない身体がこの国の王族の数だけ座っていて、驚愕の表情に固まった首はその身体の足元にゴロゴロと転がっていた。

 そこに彼は立っていた。


 彼は無表情で転がる首と、それが過去は付いていたであろう身体を見回した。

 首についている髪を掴み、何かの法則があるかのように、首を床へと並べ始めた。


 絨毯は首と身体から流れ出る赤によってどす黒く染まり、染まった箇所を彼が踏むと水分を多量に含んでいるとわかる水音がした。

 ひとつ、ふたつ、みっつ……。


 全部の首を並べ終え、並べ置いた首の中心に立つ。


 その時、大きな足音が近づき、勢いよく扉が開いた。

 勢いの余った扉が壁にぶつかる音と共に部屋へと入ってきた男が叫ぶ。


「王よ、ご無事で……なっ!?」


 それぞれの椅子に座る首なしの身体。玉座の手前に円く並ぶ生首。その中心にいる、無表情の彼。

 全身鎧を着た男は目を見開き、死んでいる者たちと生きている彼に目を向け、剣を抜いた。


「貴殿がいて、何故っ!!」


 彼は表情を動かさず、けれども男の方を振り返った。

 剣を抜く様を確認すると、彼は口の端に笑みを浮かべる。


「なぜ?」

「聞いているのはこちらだ! 宮廷魔法使い筆頭たる貴殿が居ながら……いや、貴殿が殺したのかっ!」

「そうだよ。だから、何?」


 彼は男の疑問にあっさりと愉快そうに頷き、逆に問い返す。

 開いた扉の向こう側、廊下からいくつもの金属の擦れるような足音が聞こえた。


「何。何だと!? それはこちらの言葉だ! 聞きたいのはこちらの方だ!」


 床を伝わり響く足音が止まり、叫ぶ男よりも若い男たちが数人、部屋の入口で止まる。

 叫ぶ男に驚きながらも部屋の中を確認した若い男たちは絶句した。


「何を聞きたいのかがよくわからないのだけれど、そうだね。王様たちを殺したのは僕だよ。理由は必要だったから。それだけだよ?」


 簡単でしょ? と彼が男たちへと軽く言う。

 そして、質問ばかりの男がまた叫びだす前に、彼は続きを口にした。


「いつだって、僕は僕の為に行動をするよ。

 僕は誰のものでもなく、僕は僕だけのものだから。

 これから行使する魔法にどうしても王様たちの血と首が必要でね。

 だから殺したんだ。

 でも痛いのは嫌だろうからね。一度で首を落としたんだ」


 彼がさらに口を開こうとするが、その前に男たちが動き出す。

 剣先が彼の喉を狙い、頭を狙い、手を狙い、足を狙い、心臓を狙った。


「ふふ。やっと動いてくれたね」

「……なにをっ」


 どの男の剣先も彼に届く事はなく、男たちは切りかかった態勢のまま、固まっていた。

 手も足も、目と口以外の何物も動かないようで、男たちは驚愕を口にした。


 彼は自分の喉元に剣を突き付けている男へ近づき、その兜を取る。

 兜の下から出てきたのは、金髪碧眼の整った顔立ちの中年男性だった。


「僕は君が嫌いだったんだ。でもさ、嫌いなだけでは消す理由にならないでしょ?

 でも君が僕を殺そうとしてくれれば、僕は僕を守る為に君を消すことができる」


 嬉しそうに笑い、彼が金髪の男の喉を指で軽くつつく。男は息を飲んだ。


「ずっと、ずっとね。君が彼女を捨てた時から、君の事が嫌いだったんだ。

 彼女を縛っていた癖に、縛るだけ縛って、なのに、自分勝手に彼女を捨てるだなんて。

 彼女は君との未来を望んでいたのに。

 彼女は君の言動全てに喜びを感じていたのに」


――許せる訳がないよね。

 声には出さないが、彼の眼はそう言っていた。

 金髪の男は震える。

 これから彼にされるであろう何かへの恐怖からか、後ろめたさからか、彼の凶行を止められない己の無力さからか。


「でもまあ、そんな事はもうどうでもいいんだ。

 これから行う魔法によって、すべては変わるのだから!」


 喜びを含む声に金髪の男が何かを言いつのろうとするが、声は聞こえない。

 己の声が封じられたのだと気付いた男は、彼を見る事しかできない。

 けれど彼はもう、男たちを見ていなかった。


 息を大きく吸いこみ、口をひらいた。


「顕現せよ! 全ては僕の為。僕の責任。僕の望み。

 顕現せよ! 全てを揃え、全てを望み、全てを還し、全てを孵す。

 顕現せよ! 全て。唯一つ。全てを唯一つに変えて、行使する」


 詠唱の完成と共に彼の魔法が完成し、全ての者たちの意識が一斉に暗闇へと墜ちた。

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