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太陽の拳  作者: 文叔
第一章 お姫さま拾った
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第一章 お姫さま拾った 2

 少年は風のようなスピードで山を駆け下り、平地に着いてもしばらく同じ速さで走り続けた。

少年の突然の行動と、常識はずれの身体能力に目を丸くしていた少女だったが、さすがに徐々に慣れて理性が回復してくると、少し頬を染め、上目遣いに彼を見上げる。

「あの……、もう平気だと思うので降ろしてください…」

 しばらく抱かれるままでいた少女が、赤い顔のまま小さな声で少年に頼んでくる。そこにあるのは羞恥が大部分だが、少女自身も気づかない想いもかすかに混ざっていたかもしれない。

 だが少年は、少女のそんな心の機微どころか、羞恥心にも気づいてやれないほど幼かった。

「いえ、完全に撒けたかまだちょっとわかんないですし、ついでですからこのままぼくの村まで行っちゃいましょう。そこなら安全ですから」

 走りながら後ろを振り向いて男たちが追ってこないかを確認した少年は、しかし用心のために少女を降ろそうとしない。その少年の言や心情に他意はないと少女にもわかるのだが、

「い、いえ、その、重くてご迷惑でしょうし…」

「平気平気、羽根みたいに軽いですよ?」

 と、少年はにっこり笑って謝絶する。

「………」

 何を言っても通じそうにない少年にますます頬を赤らめた少女は、それを隠すように彼の胸に顔をうずめる。

 と、少女のその行為に、今度は少年の方がドキリとする。そこで少年は初めて自分がかなり大胆で失礼なことをしてると気づき、そして腕の中にいる少女――絶世といっていい美少女の肢体を実感した。

「………」

 少女と同じように赤面した少年は、少し空を見上げながら、それでもスピードを落とさず走ってゆく。

二人とも、その後はずっと無言だった。



 無言のまま走り続ける少年は、道を抜け、一つの村にたどり着く。

「えっと…、それじゃこのあたりで…」

「え、ええ、ありがとうございます…」

 村の入り口で立ち止まると、まだ少し顔を赤くしたまま、少々気まずそうに降ろすことを少女に伝え、それを受けた少女もまだ赤面したまま、ややぎこちなく応じ、地面に立つ。

「………」

その後も無言のまま、少年は焚き木を担ぎなおし、これも無言のままの少女を連れて村の中を歩く。その息はまったく乱れていない。

そして彼は、一つの建物の前で立ち止まった。

どうやらその建物が少年の家らしいのだが、少女はそれを不思議そうな表情で見上げた。なにしろ見たことのない種類の建物だったのだ。



まず材質がめずらしい。ユリシアの建築物はたいて石材で作られているのだが、目の前の建物は木造である。二階はなく平屋で、屋根はゆるやかな三角形を成しており、どこか山のような形に見えなくもない。そしてその屋根には、見たことのない平たい小さな石(瓦)が何枚も張り巡らされている。さらにドアにはノブが付いておらず、どうやって開けるのかと少女はいぶかしんだが、少年はガラガラと横に引いて開けると、中に向かって声をかけた。

「ただいまー。姉ちゃんいるー?」

「あー、ようやく帰ってきたー!」

 少年の声に応じるように、中から十代半ばくらいの女の子の声が聞こえてきた。それと同時にドタドタと走ってくる音が聞こえ、あらわれたのは声の通りの女の子だった。

「太陽、遅いよ! 待ってたんだからね!」

「なんだエリか。お前でもいいや。お客さんだから、客間に通してくんない? おれちょっとこれ降ろしてくるから」

 走り出てきた彼女を見た「太陽」と呼ばれた少年は、特に驚いた風もなくそう頼むと、助けて連れて来た少女に軽く笑みを見せながら会釈して、焚き木をしょったまま建物の裏へ去ってゆく。



「あ……」

 困ったのは残された少女の方であるが、実は飛び出してきたエリと呼ばれた少女の方も驚いていた。

 少女――エリの年齢は太陽と同じか、一つ二つは下のようである。少し低めの身長に、細身の身体は軽快そうで、その表情から垣間見える気の強そうな性格と相まって、運動は得意そうであった。髪はやや明るめのブラウンで、赤銅色と言ってもいいかもしれない。少し長めのそれを左右で二つにまとめており、そこからも動きやすさを重視する彼女の性格が感じられた。そしてその性格が表面に出過ぎているせいか本人にもあまり自覚がないが、彼女はやや童顔ながら、かなりの美少女であった。

 そのエリから見ても、太陽が連れて来た少女は美少女であった。それも「深窓の」とか「絶世の」とか、エリにはまず付かない形容が付くタイプの美少女である。なによりそんな美少女を太陽が連れてきたことが、エリにとっては大問題であった。

(な、なによ、この女。ま、まさか太陽の……? い、いやいやまだそうと決まったわけじゃ… でもでもい、いきなり家に連れてくるって、普通に考えれば家族にご紹介とかよね、やっぱり。あー、でもいままでそういう相手がいるって太陽から全然聞いてないし、言わなくたって態度を見ればそんなのわかるはずだし… それにこの人、どう見ても普通の一般庶民って感じじゃないし、そんな人とどこで知り合って… い、いやいや、待って待って…)

なにが大問題かといえば、つまりはこういうことである。

 とはいえ太陽が客と呼んだ以上、エリとしてもこのまま突っ立たせておくわけにはいかない。不機嫌さをなるべく出さないように、それでもどこか無愛想に、少女を建物の中へいざなう。

「……どうぞ」

「は、はい、お邪魔いたします…」

 まだ少し困惑気味の少女は、無愛想なエリにも戸惑いつつ、扉を抜けて中に入る。

「あ、そこで靴脱いで。裸足で上がって」

 無愛想ではあるものの、なめらかな石が敷かれた玄関から上りがまちへ靴のまま上がろうとする少女には注意をした。だが靴を脱いで家に上がるという習慣がない少女――というよりこの国そのものにない――は、困惑気味に訊き返す。

「靴を…脱ぐんですの?」

「そ。ここではそうなの」

 そっけなく言うと、少女は板張りの廊下を進み始め、それを見た少女は急いで靴を脱ぐと、エリの後を追って小走りに廊下を進んだ。

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