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太陽の拳  作者: 文叔
第二章 お姫さまの家出の事情
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第二章 お姫さまの家出の事情 6

「私個人としては、ローゼさまにも御子を産んでいただきたいと思っています。跡継ぎがどうこうという話ではなく、純粋に子を産んで母になるというのは、女の一つの幸福ですから、それを放棄するような真似はしてほしくはありません。ましてそれが私どものためとなればなおさらです。ですが産まれた御子が男の子であれば、やはり様々に問題が出てくることも必定。必ず女子が産まれてくるとの保証があればよいのですが、それもまた無理な話です。ゆえにこの問題の解決には、わがカールソン家の次代の当主を早々に決める、それもグンバルどのにも介入できぬほど強固な形で決定する、というのが望ましいのです」

 しゃべり続けの唇を湿らすように、フロルは一口茶をすする。この短時間で、茶の飲み方はすっかり慣れたフロルである。

「……でもそれって、どうやるの? なんか全然どうすればいいかわからないんだけど…」

 フロルの話に聞き入って、いつの間にかせんべいに手を伸ばすことをやめていたエリが難しい顔で尋ねる。エリは完全無欠の庶民だけに、こういう上流階級の暗闘についての知識はほとんどと言っていいほどない。それだけにフロルの抱える問題の解決法など、まったく思いつかなかった。

 だがそれはフロルも同様のようで、エリに悲しげな困った表情を見せる。

「ええ、難問です。私も最初はどうすればいいか、まったく思いつきませんでした。ですが様々に考えているうちに、一つの噂を思い出したのです」

「噂?」

 また妙なというか不確定な単語が出てきたといった表情で、湯飲み茶碗を手にした太陽が尋ねると、フロルは彼に向かってうなずいた。

「はい。ロバート国王陛下には、王子時代にもうけた隠し子がいるのではないかという噂です」



 ユリシア王国モーリッチ王朝第十二代国王ロバート三世は今年三十七歳。在位十二年になる。彼は前王フランシス一世の長子ではなく第四王子であった。当然王位継承権も四位であり、よほどのことがない限り彼に王位がまわってくることはないはずであったが、そのよほどのことが起こってしまったのだ。

 遠因は王太子である長男エキュートの精神が繊細であったことにあった。子供の頃から些細なことでも傷つきやすく、また次期国王ということもあって甘やかされて育ったため、繊細さに拍車がかかり、精神を病むようになってしまったのだ。そしてとうとう十九歳の年に、自ら住む邸に火をつけ、建物もろとも焼身自殺をはかり、亡くなってしまった。



 フランシス王の哀しみは大きなものであったが、次代の王を決めないわけにはいかない。当然次男であるハーゲンが王太子となると思われたし、本人もそのつもりであったが、ここで三男のベントラムが横槍を入れてきた。



 ハーゲンとベントラムはそれぞれ王妃の子であったのだが、フランシス一世には二人の王妃がいた。一人目の王妃はすでに亡くなり、元々はフランシス王の愛妾であった二人目の王妃を娶っている。

 エキュートについては、前王妃の時にすでに王太子として立てられており、また兄弟の誰よりも年長でもあったため、前王妃が亡くなったとしても王位継承権に異を唱える者はいなかった。だがハーゲンとベントラムの年齢は同じで、またフランシス王がこの二人については明確に継承順位を決めていなかったことが災いした。

 加えてベントラムは現王妃の息子、ハーゲンはすでに亡くなった前王妃の息子という微妙な現実も、この件を複雑にしてしまう。これでどちらかの能力が明らかに上ということであればまた違った結果になったのかもしれないが、二人とも帯びに短し襷に長しという喩えそのままであり、ここでも決定打は打てなかった。



 フランシス王としては、流れのままにハーゲンに王位を譲りたいと考えてはいたのだが、現王妃にしてみれば、自分の息子を王位に就かせたいと考えるのは当然であり、王になにやかやと息子を立太子させるように頼んでくる。この状況になり、ハーゲンの周囲にも一党というべき取り巻きも増えてきたが、それはベントラムにもいた。だが王妃がいる分ベントラムに優勢で、このまま彼が次代の王位に就くかと思われた。



 さらに不利を自覚したハーゲン派はここで血迷った。ベントラムの暗殺をはかったのだ。だがそれは失敗。ハーゲン派はほとんどが捕らえられ誅殺されてしまった。ハーゲン自身は暗殺計画自体には加わっていなかったが、計画の存在は知っており、見て見ぬ振りを決め込んでいたのが自明で、貴人を収監する地方の牢獄へ幽閉されることになり、そこで自殺した。



 これでベントラムが次の王となることがほぼ決定したのだが、さらに意外なことが起こった。立太子を数日後に控えたベントラムが急死、変死したのだ。普段から暴飲暴食の気があり、肥満気味の青年ではあったため、これは純粋な病死であったと思われるが、「ハーゲンの恨みが兄弟を道連れにした」との憶測が飛んだのも無理はない。



 とにかくこれにより、王太子には外国や国内の地方へ留学中であり、また勢力が弱すぎて兄弟たちからライバル視されず、それだけに政争に巻き込まれることのなかった第四王子、ロバートが立てられることになったのだ。彼がなにがしかの陰謀をたくらんでベントラムを暗殺したのではないかという疑惑が持たれないでもなかったが、治安部隊の全力の捜査をもごまかせるほどの変死に見せかけた暗殺をおこなえるほどの勢力もブレインも彼にはなく、その疑惑はすぐに霧消した。

そして急遽帰国した二十歳のロバートは、まったく思わぬ形で王太子に立てられ、その五年後、相次ぐ息子たちの急死・変死に打撃を受けた父王が亡くなることで、二十五の歳にロバート三世として王位に就くことになった。

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