第二章 お姫さまの家出の事情 3
「水汲み…ですか?」
薪割りの場所から移動した先は庭にある井戸だった。太陽は、そこから弦付きの桶に水を汲んでゆく。
「ええ、水汲みというか、次の仕事のための準備です」
そう言うと、太陽は桶を二つ、弦を両手につかんで持ち上げ、また歩き始めた。
「あ、私も一つ持ちます」
あわててフロルが太陽が左手に持つ桶の弦をつかむが、それだけでズシリとした重さを感じる。
「………」
「無理はしないで。このまま一緒に持っていきましょう」
さすがに自分一人では持てないと察したフロルが黙るが、それをやんわりと受けた太陽が提案する。
「ごめんなさい……」
「いえいえ」
またかすかに自己嫌悪を浮かべたフロルに笑みを見せ、二人はそのまま一つの桶を一緒に持って歩き続けた。
「はいぃっ!? フロルさんを追ってたのはキコラ領の人でフロルさんを連れ戻しに来ただけぇっ!?」
フロルの説明に、さっきと似たような声が上がるが、今度は太陽一人だけである。
「はい……その……すいません……」
フロルは申し訳なさそうに小さくなりながら謝る。
「じゃ、あの、もしかしてあの人たち、全然悪人じゃない…?」
「はい…私の父の臣下ですので…幾人かは私も見知っています…」
愕然としたままなんとも言えない表情をしていた太陽は、フロルのとどめの一言に、さっきのエリのように畳の上にひっくり返った。
「うあ、なにそれえっ!?」
「あの、タイ…ヨウさん、本当にごめんなさい。その、私どうしてもあの者たちから逃げたくて、それで言いそびれてしまって…」
「ふん、女の子の前でいいカッコしようとするからそんな早とちりすんのよ。みっともないったらありゃしない」
エリが横目に嫌味を言ってくるが、太陽としては返す言葉がなかった。
「でも連れ戻しにってことは、フロルさん、ご両親に黙って家を出てきたの?」
弟の醜態にはチラリと目を向けただけで、ティアはフロルに確認する。だとすれば「家出」というべきものだが、フロルの様子からするとそう単純な話でもなさそうである。さっきの「王子さまを捜している」という話に関係があるのだろう。
「はい、その通りです。少し事情はややこしかったり、長くなったりするんですが…」
「構わないわ。きちんと聞かないとこれからのことが決められないし、フロルさんさえよければ。ほら太陽、いつまで寝っ転がってるのよ。長くなりそうだから、とっとともう一杯お茶でも淹れて来なさい」
「へーい……」
「あ、あたしも行く。そんなんじゃ茶碗ひっくり返しかねないからね」
自分の早とちり加減に立ち直れないでいた弟の足をティアがパシンと叩き、太陽はのろのろと立ち上がる。それを見たエリも憎まれ口を叩きながら立ち上がり、テーブルの上にある湯飲み茶碗や小皿を手際よく盆に乗せ、太陽の後について客間を出てゆく。その時にフロルをチラリと見たのは、太陽と自分の親密度を見せつけたかったのだろうか。誤解はとけたとはいえフロルが美少女であることに変わりはなく、ましてやお姫さまである。住む世界が違うのだから安心とも言えるが、どうもそう簡単に割り切れないエリであった。
しばらくして戻ってきた太陽とエリは、淹れなおしたお茶を全員の前に、お茶請けのせんべいが十数枚入った器をテーブルの真ん中に置いて座りなおした。
「さて、それじゃお願いね、フロルさん。おせんべいならいくら食べてくれてもいいから」
「あ、は、はい、ありがとうございます」
初めて見るせんべいを不思議そうに見ていたフロルは、ティアにうながされて話しはじめた。
「私の父には、私の他に子供がいないんです…」