②そして歴史は創られた(試合終了10分前の攻防・後半)
時間 80’03” スコア【29-32】
エディ・ジョーンズは時計が後半40分を経過していることもあり、ここではショット(ペナルティキック=3点)を指示する。
日本代表の予選プランで、南アからの勝点は予定していない。引分けによる勝点2を取りに行け。
エディ・ジョーンズ、予選突破のための冷静な判断だった。
フィールド内のキャプテン、リーチマイケルには、エディの「ショット」の指示は聞こえていた。
ふたたび訪れる、PKによる同点試合終了の誘惑。
しかし、同点では、屈辱のラグビー日本代表の歴史は変わらない。
リーチは、屈辱のラグビー日本代表の歴史は南アフリカに勝利することでしか変えられないのだと固く信じていた。
フロントローの木津、稲垣、山下も、そして、それを支える他のフォワードメンバーのトンプソン、真壁、ブロードハースト、アマナキもそうだった。
もう、善戦だけでは報われない、強豪を倒してこそジャパンの評価は変わるのだと、ギャンブルと言われてもスクラムトライを取ろうと気持ちを一つにしていた。
時間 80’17” スコア【29-32】
ジェローム主審が短いホイッスルとともにスクラムを告げると、スタジアムが囂々と唸りを上げる。
「カモン、ジャパン!」
「日本っ、頑張れ!」
スタジアム全体がジャパンコールに揺れる。
勝負のスクラム。うまく入ってスクラムを日本がコントロールする。会場が騒然とする中、スクラムは次第に中央寄りに移動し、そこで南アのスクラムが崩れる。
スクラムアゲイン。
日本ボールでスクラムの組み直しだが、フーリー・デュプレアが日本が故意にスクラムを回したと主審に詰め寄るものの、当然に認められない。
時間 81’50” スコア【29-32】
ゴールポスト左10メートルほどの地点で、日本ボールのスクラムが組まれる。
ポイントが中央にずれた分、アタックスペースが両側にでき、日本としては攻撃のオプションが増える有利な状況になった。
最後のスクラムで南アフリカは仕掛けてきた。
スクラムはフロントローの3人が平行にぶつかり合うように組むこととされているのだが、南アの3番ヤニー・デュプレシーは外して当てて日本の左サイドに少しズラし気味に当ててきたのだ。
そのため、スクラムは一回では組めずに、二回目に安定したが、焦点をズラされたスクラムによって、日本の一人多いフォワード陣が下から押される形になる。
ジェローム主審も見えていたのかは分からないが、そのまま流して、ボールはどうにかアマナキが確保してゴール前7メートルの地点から、再び不安定なフィールドプレーに移行する。
もし、南ア側にターンオーバーされれば、タッチに蹴りだされて試合終了。
また、日本側にノックオンなどのミスが出ても、南アボールとなって試合終了。
もう一つのミスも許されない中、日和佐篤はラックの中からボールを拾い上げた。
時間 83’02” スコア【29-32】
日和佐は狭い左サイドに走りだして、ニアサイドのスタンドオフの位置にリーチマイケル、ファーサイドにカーン・ヘスケスのラインを確認すると、ためらわず、リーチーマイケルにボールを渡し、まっすぐ左サイドを突く。
しかし、リーチマイケルはフーリー・デュプレアに倒されてゴール前5メートルラインを超えられず、次に日和佐はニアにいた稲垣を飛ばして、右ファーサイドのブロードハーストを走らせる。
ここでも、依然として日本のアタッキングラグビーの象徴「シェイプ」は2列の攻撃ラインを用意できていた。
ブロードハーストが南アディフェンスを引きつけてタックルを受け、トンプソンがポイントを作る。
すると、日和佐はボールをピックして、そのままサイドチェンジしてポジショニングしているリーチにパスを出し、ミスマッチになっているスタンドオフのハンドレ・ポラードめがけて突っ込ませる。
そこに、アマナキとヘスケスが一緒に押し込み、ハンドレ・ポラードを倒してポイントを作る。
ゴールポスト付近でポラードの後ろにいたスカルク・バーガーが日本の飛び出ている接点に手を入れてターンオーバーを狙うが、ラックの中にポラードが倒れこんだままになっており、逆にオフサイド気味のバーガーにジェローム主審が「ノー・オーバー・ザ・ラック(ラックを超えるな)」と再三、大声で注意を促す。
ペナルティ覚悟で同点で終わらせようとする南アに対して、攻撃を継続しなければならない日本は、決して有利な状況ではなかった。
加えてラインブレイクする身体能力という点で劣る日本は、ペナルティキックを重ねていけば良い状況では通用するが、トライを奪わなければならない状況では、どうしてもフェーズを重ねて、敵のディフェンスの乱れを待たなければならない。
世界一のアタッキングラグビーを標榜する裏側には、スピードと運動量で負ければ、身体能力で劣る日本に勝ち目はないという裏事情があった。
時間 83’26” スコア【29-32】
日和佐はリーチの作ったポイントから、真壁、立川と並ぶラインから、身体の大きい真壁にボールをパスして、マットフィールドに突っ込ませる。
次に真壁の作ったポイントから、日和佐は俄然、右に大きく展開し、バックスの立川を使う。
今日、何度もラインブレイクしている殊勲のファイター立川は、ジャン・デビリアスを引きずりながら、5メートルライン手前で大きくゲインラインを切れずに沈む。
しかし、この立川の作ったポイントに敵のディフェンスが集まったことで、ショートサイドの右にディフェンスの間隙が生まれる。
そこから日和佐は、クロス気味にリーチを右コーナーに走らせる。外には松島が走りこんでいて、ストラウスとカルシュナーが守る南アと2対2の状況に持ち込んだ。あとは、どちらかがデコイとなって敵を引き付け、どちらかがゴールラインに突っ込むことになる。
しかし、流石にスピードのやや落ちたリーチがゴール前5メートルラインを割って入ってくると、南アのブライアン・ハバナ、スカルク・バーガーらが、もう、ゴール右ポスト前に集まっている。
仮に、突破が難しいとなると、ウイングの軽い松島よりもリーチが突っ込むほうが、ボールをキープできる確率は高い。
松島が抱え込まれると、ターンオーバーされて試合終了になってしまう。
理論的にはどうであれ、キャプテンシーの強いリーチは自分でゴール前3メートルまで運んでポイントを作った。
時間 83’46” スコア【29-32】
ラックから日和佐が球出しをしている間に、五郎丸と稲垣が右ゴールポストにボールを持たずに突っ込んでデコイとなって南アのディフェンス陣を右翼に引き付ける。
日和佐は、逆目に立川理道とアマナキのアタックラインを確認すると、立川に長く鋭いパスを送る。
パスを受けた立川が、さらに左サイドのライン、アマナキに長いパスを送る。
ジャパンは、69メートルのフィールド幅を正確無比の二つのパスで一気にサイドチェンジに成功し、南アのディフェンスを窮地に追い込んだ。
もともと、南アのディフェンス陣は大きく右に寄らされた上、五郎丸らのデコイに気を取られるあまり、パスを受けた左翼のアマナキ・レレイ・マフィの突進にまともに対応できたのは、ジェシー・クリエル、JP・ピーターセンの2人だけだった。
そして、ジェシー・クリエルのタックルをハンドオフで突き離したアマナキは、左サイドに走りこんでくるマレ・サウ、ヘスケスに対し、守備側はJP・ピーターセン一人という数的優位をつくりだす。
アマナキ・レレイ・マフィ、フォワードながら、バックス顔負けのスピードで味方を引っ張っていく。
最後にトライを確信したかのような笑顔で、アマナキがマレ・サウを飛ばして、絶妙のタイミングでヘスケスにパスを出す。
パスを受けたヘスケスは、ボールを抱えて沈み込むような低い姿勢で突進をかける。
カーン・ヘスケスは、エディージャパンで、センターバック候補として2014年に招集され、リザーブとして31人の代表枠に収まった最後の男である。
ヘスケスが、ほぼ腰の高さで、低くゴールラインに突っ込むところを、JPピーターセンがラインぎわに掬って出そうとするようなタックルを仕掛けてくる。
しかし、ヘスケスの逆転トライを阻止することは出来なかった。
その瞬間、主審のホイッスルも聞こえないほどの歓声がスタジアムを包む。
トライを決めた若きヘスケスはインゴールから、跳ねるようにスタンドに向けて喜びを表す。
あとから追いついたマレ・サウが抱きつき、アマナキが手洗い祝福を加える。
ジャパンの戦いに日本中が歓喜し、世界が驚嘆した。
時間 83’56” スコア【34-32】
トライの瞬間、ブライトン・コミュニティ・スタジアムの各国の放送ブースは一気に沸騰した。
日本の放送局のアナウンサーの中には涙を流しながら、絶叫している者もいる。
「やったー、やったー、やりました。日本代表、やりました」
「いや、これはすごい。南アフリカが相手ですよ」
「行けー、行けー、行ったー。日本代表、逆転っ」
「日本が南アフリカを破りました!」
海外のメディアも興奮を隠せない。
「ジャパンのトライはエディジョーンズと選手が起こした奇跡だ」
「おめでとう、日本ラグビー史上最高の瞬間です」
「これぞ、まさに衝撃だ!」
スタジアムの歓声とともにジャパンの偉業は世界を震撼させた。
時間 84’28” スコア【34-32】
五郎丸が軽くルーチンを終えて、難しい角度のコンバージェンスを無理せず外すとノーサイドのホイッスルが鳴った。
ジャパンの新たな歴史が作られた瞬間だった。