手のひら
「それじゃ、いってきまーす」
「いってくるね、メル」
玄関でメルに見送られながら、私とケイは通っている高校に向かう。
入学した方法は企業秘密。金と権力って大事だね。
「おう、気をつけてな。特にケイ」
「うん、大丈夫。クーラがいるから」
「他力本願は良くないと思うぞ?」
気をつけるつもりがさらさらないケイに、メルが呆れ顔の忠告をする。
まぁケイが気をつけたところで、その気は道端のてんとう虫に持ってかれて、それを追いかけ回して、車に轢かれそうになるだけなんだけど。しかもその後、
「あ、行っちゃった…」
とか言って、全く気づいてなかった。一人で歩かせたら絶対ダメだ、と強く誓った瞬間だった。死ぬ。
メルは今日、ちょっとした仕事があるから学校はお休み。
そうじゃなくてもよく休むけど、
「あんな猿といつも一緒にいたら頭おかしくなる。いつも一緒なのは、お前らだけで……なんだよこっち見んな!」
というデレにより許可。
その後メチャクチャなでなでした。
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「ねぇ、クー…」
通学路を歩いてしばらくすると、ケイが話しかけて来た。どこか落ち込んでいる雰囲気だ。
「どうしたの、ケイ?」
「課題、やるの忘れちゃった…」
泣きそうな顔で言ってきた。やっぱそんなとこか。
まぁ課題と言っても、『レポートを書け』という担任が勝手に出したよく分からないものだから、別に出さなくても問題はないはずだ。私はやったけど。
なぜか泣きそうなケイを安心させようとして、
「大丈夫だ。あの課題マジで訳わからないから、学校で適当に誰かの写せばいいだろ」
そう言ったのは私、ではない。
驚いて振り向くと、ショートヘアの女の子-アオギがぶっきら棒に立っていた。
肩に届かない位の短髪と吊り目。一般的には、クールと言うのだろうか。まさにそんな感じだ。その格好良さから、学校では男女ともに結構な人気がある。
でも、彼女の性格は見た目とはまるで正反対だ。影が妙に薄かったり不真面目だったりするところはあるが、それでもとても優しいし、何よりかなり打たれ弱い。豆腐メンタルという表現が正しいか分からないけど、まぁそんな感じだ。
影の薄さも相まって、時々私が気付かない時がある。それで一回無視してしまった時があるんだけど、その途端に、
「無視すんなよ、馬鹿……」
と、泣きそうな声で言って、後ろから抱きついて来た。正直言って、本気で惚れるかと思った。クールな子がデレを見せると信じられないくらい可愛い。そしてそれと同時にこの子…アオギの闇、暗い部分も垣間見た気がした。
屋上で初めて会った時、アオギは、
「あんたも何か抱えてる目をしてたからな。もっと楽に生きなよ、その方が絶対楽しいぜ。」
と言っていた。秘密はバレてないみたいだから安心したが、あの言葉はつまり、アオギも何かを抱えてるってことだ。
それが何かは分からないし、無理に聞くつもりもないが、多分いいものじゃない。
無視されて泣きそうになるくらいだし、何よりあの時私が無視してしまったのは普通の、ただの日常的な挨拶だ。それだけで涙を浮かべるというのは、よっぽどそれが…一人が辛いのだろうか。
過去の傷は、一生癒えない。そんな言葉を何かの本で読んだ気がする。癒えないし、言えない。傷を持った人達からすれば、それはただの皮肉にしか聞こえないものだった。
「なに考えてんだ?クーラ」
「ん?いや、人生って皮肉だなって思っただけだよ。全然大丈夫。」
「大丈夫なのか、それ…?」
アオギが怪訝そうな顔をする。つい言葉に出てしまった。間違ったことは言ってないからしょうがない。……しょうがないんだ。
「アオ姉、おはよ」
ケイが笑いながら言う。
基本的に、ケイは人を呼ぶ時に『兄』か『姉』をつける。何故かは知らないが、一種の癖のようなものらしい。今のところ例外はメルだけで、曰く、
「弟がいるのも、悪くない気分だから」
らしい。その時のケイは、 いつもとは違う笑顔のような気がした。幸せを噛み締めているような、そんな顔。その後、メルに頬擦りしてるケイが可愛すぎてうひょおおってなってたのは別の話。
照れてるメルも可愛かったな。
「おはようさん。今日も可愛いな〜」
そう言いながら、アオギがケイの頭を撫でる。その動作はまるで猫を撫でるようで、とても優しい手つきだ。…なんか卑猥な気がするのは、きっと気のせいだろう。
「ん…男に、そう言うの、あんまり、よくない♪…。」
文句を言っているが、途切れ途切れになっている。撫でるのが上手いからか、とても気持ち良さそうだ。時々頭をよじっている。
「やばい可愛いい…!クーラ、お持ち帰り」
「却下」
速攻で断る。絶対に許さないしそもそも今は通学中だ。帰るのが早すぎるし、不真面目もいいところだ。あとケイは私のものだ。
ふくれっ面になりながらも、アオギはケイを撫で続ける。
「ねぇ、もういいでしょ、くすぐったい…♪」
ケイがなでなでに抵抗する。しかし、その声はどちらかと言うと嬉しそうだ。頭をポンポンしてから、アオギが撫でるのを止める。
こういう所が、アオギがモテる理由なのかもしれない。
選ばれたものしか使用を許されない技、頭ポンポン。並大抵の者が迂闊に使えば、その後の人生に大きく影響する大技である。
「デュフフw」とか言っているやつが使うのは言語道断。数分以内に死に至る。
そしてこの技は、大抵は男が使うものだ。
それも選ばれた男のみ。
しかし彼女は、普通に使ってしまう。使えてしまうのだ。人は見た目なんて言うつもりは微塵もないし、むしろ重要なのは中身だとも思うが、しかしそれでも頭ポンポンに限れば、彼女は選ばれた者なのかもしれない。
……私は、一体何を熱く語っているのだろうか。
わけも分からないことを語ったが、それは今の私の感情とは全く関係ない。
ケイの頭を撫でているアオギに嫉妬しているというか、少し拗ねているんだ。別にケイを独占したいわけじゃない。でも二人でじゃれて、私が無視されるのはちょっと寂しくなる。
アオギの後ろを、ケイがてくてくとついて行く。横でその光景を見ていた私に向かって、
「僻むのは、よくないぞ?」
そうアオギは言った。別に僻んでないし。ちょっと寂しくなっただけだし。別にいいもん、私は一人でいいよーだ。ばーかばーか。
「ったく、拗ねた顔すんなよ。…ほれ」
「?」
アオギが私の手を取り、自分の頭の上に乗っけた。そしてその手を、自分でゆっくり動かした。
「ほら、いいのか?こんなことあんまりないぞ?やってほしくないわけじゃないけどさ。」
よく見ると、結構照れている。いつもの口調だけど、正直な本音が出てしまっている。そういうとこも、この子のいいとこの一つだと思った。
ゆっくり、アオギの頭を撫でる。たまにケイやメルを撫でることはするが、アオギほど上手くは出来ない。そんなスキルは、私にはない。…欲しいわけじゃないけど。
「ん…なかなか、悪くはないな。繋がってる感じがする、暖かい」
すりすりと、アオギの頭を撫でる。いつものクールな顔が、子猫みたいに見えてしまい、つい笑顔が漏れる。
手のひらを通じ、お互いが通じ合う。そんな異能はこの世界にはないし、まして私たちにあるはずもない。
「そろそろ、いいか?通行人が増えてきた…」
気づけば、学校近くの少し広い通りまで来ていた。やっぱり距離の感覚が掴めない。特に話し込んでいたりすると、気付いたら着いてたなんてことがしばしば。もし遅刻したら屋根を飛び越えて行くから問題ないが、何となく気になるところだった。
「クー姉…」
小さい声で、ケイが後ろから呼んできた。小さい声っていうことは、アオギに聞かれたらまずい呼びかけ、つまり警戒だ。
それに素早く反応し、辺りを見渡す。
……いた。この道の先、あと150m位のところで、サラリーマンが靴紐を結んでいる。しかし、様子がおかしい。いや、別に靴紐を結んでるのが変ってわけじゃないよ?
ない。あまりにも無い。気配が、普通では考えられないくらい薄い。おそらくアオギは、足元まで近づいても気付かないだろう。それくらいの薄さだ。
そして、そんなことができる人間の種類を考えれば、大体この後は予想がつく。
多分殺し屋。どっかの国から来た優秀な奴だろう。狙いは勿論私達。殺せば名を売れるし、何より懸賞金で一生遊んで暮らせる。
普通なら別に戦ってもいいんだけど、生憎と今はアオギがいる。まともに戦えば巻き添えにしてしまうかもしれないし、何より秘密を言わなくちゃいけなくなる。それだけは絶対に避けなきゃいけない。
故に、今できる戦いは、誰にもバレないように、そしてアオギが巻き添えにならないように戦う、つまり超短期戦。長くても一秒以内。そこでやられれば終わり、仕留め損ねても終わり。且つ気付かれてはいけない。
これだけ見れば、状況はかなり厳しい。と言うかほぼ無理だ。
でも、私ならできる。やれる。一秒以内に敵を倒し、アオギを危険に巻き込まず、そして誰にも気付かれない方法。そういう意味では、この戦いは私には適任かもしれない。
サラリーマンまでの距離、あと50m。
世界最短の戦いが、幕を開けようとしていた。