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正義の鎖  作者: カイト
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プロローグ

「朝だよー」


おっとりした声が、遠くから聞こえる。

耳に刺さらない、柔らかくて、甘い声。多分、起こす気は無いんだろうな。

「早くー、起きてよー、クーラ」

ゆさゆさと揺さぶられる。その力はあまりにも弱くて、あまりにも優しい。多分猫と比べても変わらないぐらい。


「ふあぁ……今日学校休む?」


いっそ休んでしまいたい。このオフトンの温もりに一生浸っていたい。頬をつつく、すべすべの細い指がとてもくすぐったく感じて、もぞもぞと身体をよじる。しばらくもぞもぞしていると、乗っかっていた物体がバランスを崩し、寝っ転がるような体勢になった。


「ふみゅ………僕も眠い〜……」


布団に、新しい温もりを感じた。モゾモゾと何かが入って来る。私より少し大きくて、私より細い。少し悔しい。ダイエットしようかな……やめた。


「やっぱり僕も寝る………」


小さな寝息が、すーすーと聞こえてきた。やっぱりこのまま寝ちゃおう。それが多分一番いい。一番それが幸せなんだから、その選択肢をとって何が悪い。入って来た何かを軽く抱きしめ、もう一度寝る体勢に入った。


「起こしに来た人が、なんで布団入ってんの?」


日常は、気持ち良さそうな寝顔と、やさしい目覚ましの声から始まった。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「あ、メル。おはよ〜」


「おっせぇよ、ケイ。遅刻すっぞ」


ケイの挨拶を無愛想に返すのは、エプロン姿のメル。

茶髪の小4で、この家の料理係。

最初の頃はエプロンを恥ずかしがって、

「く…………殺せ…!!」

とか言っていたけど、今じゃなかなか似合っている。ネットに流したらいい金になりそうだ。

この間は学校の出し物で、主役の姫を演じたらしい。見れなくてとても残念だ。絶対可愛かっただろうに。

………あぁ、そうだ。お約束を言わないとね。


だ が 男 だ 。


「えへへ〜、ごめん。ちょっと寝ちゃってた」


「お前クー姉を起こしに行ったよな?」


行動と結果の矛盾に、すかさずメルが突っ込む。でもこんなことは、ケイに限ればよくあることだ。結構な頻度で、何かを食べながら寝たり、どこか抜けた行動をする。

本人は自覚がないようだが、それ故にタチが悪い。可愛いから構わないけどさ。


「まぁいいや。早く飯食えよ。マジで遅刻すんぞ」


「うん。………いただきます」


いつの間にかケイが席についていて、朝食を食べている。

私も、慌ててイスに座った。


「うん、やっぱり美味しいね。毎日、メルの作った味噌汁が飲みたい」


「お前それ意味わかって言ってんの?」


なんでメルが知ってるかも不思議だよ。お前小4だろ。味噌汁をすすりながら、心の中で叫ぶ。美味い。

あ、知らない人ように言っとくと、「結婚して下さい」って言うメッセージだから、みんなもクラスの女子に片っ端から言うとリア充になれないよ。現実を見ろ。

「…………?」

半笑いで、ケイが首をかしげる。

こう言う動作は、激しく母性本能をくすぐられる。クラスの女子がケイを「天使」とか呼んでたのも少し分かる気がした。ヤベェかわいい。撫でたい。


「…なんつー顔してんだ?早よ食え。冷める。」


「そんな顔してたかな…」


メルに神妙な顔で言われ、少し落ち込む。

あぁ、ご飯美味しい。やっぱこの国最高。好きだ。結婚したい。


「コロコロ表情変わって、変な奴だな」


メルに笑いながら言われた。

でも、それを聞いても私の心は落ち込まなかった。

この国に来てから、表情が明るくなった。

明るくなったというか、レパートリーが増えた。

もちろんそれは私だけじゃない。ケイも、メルだってそうだ。この国は、とても平和で、退屈で、でもそれがとっても楽しい。


でも、この日常はいつか崩れるかもしれない。そんなギリギリで成り立っているんだ。


「そういやクー姉、あの話だけど…」


「あぁ…もう来てるの?」


数ヶ月前、世界中である動きが起こり、私たちはそれに対抗するために、ある物を、ある人に注文した。


「おう、今日中に届くらしいから、今日は学校休んでそっち行く」


「分かった。でもゲームはやりすぎないようにね」


「ん、なんの話…?」


ケイが混乱している。そう言えば、前にこの話をした時、ケイはソファーで寝息を立てていた。

…口にポッキーを咥えながら。


「説明すると長くなっちゃうけど、要するに色んなところから敵が来たから、みんなで頑張ろうって言う話。がんばろーおー」


ちゃんと話すと、かつて戦争や紛争で活躍し、今では引退し、平穏な日々を送っている元傭兵。

つまり私達のような存在を狩ろうと言う動きが、世界中で起きている。世界中と言うとすごい強そうだが、多分来るのは数十人程度のはずだ。………数十人程度のはずだ。多分。

「ん…。がんばろ〜」

何も気合いの入っていないケイの掛け声に、苦笑する。多分何にも分かってない。

まぁいいや。最悪、私とメルでどうにかしよう。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「ごちそうさまー」


この国特有の挨拶的なアレをする。食材と作った人に感謝し、手を合わせる。とてもいい文化だ。


「クー…早く行こ……」


「うん。ハンカチ持った?ティッシュは?」


「持ったよ〜」


「お前はおかんか……」


あまりにも日常的な会話に、メルが呆れる。

やっぱり平和だ。気が抜けるほど。そしてそれは、ただの油断なのかもしれない。

でも、それでいい。

油断して、失敗して、守って、笑って、そういう日常を生きていこう。

最後の戦いから、今日でちょうど一年。

徐々に不穏な空気も出て来たが、きっと大丈夫だ。そんな根拠なんてない自信が、なぜか心地よく感じた。





♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


そろそろプロローグっぽくいこうか。


この物語は、何かを作る物語じゃない。

全てを壊し、全てを捨てて手に入れた、この日常を壊させない物語。守る物語だ。

過去を背負い、傷を背負い、それでもこの国で「日常」を生きると決意した、私達の物語。

それじゃあ、最後に決め台詞。


この世界に、正義はない。

ただ、それ以外の何かで溢れている、そんな世界の物語。



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