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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Star-crossed

作者: 莉絵

(君に会うのは、これで最後かな)




久しぶりだね。

二年ぶりの同窓会、店は食べ放題飲み放題のお好み焼き店。遅れて来た水野が席を決めようとしたら懐かしい人に肩を叩かれて、思わずそこに腰を下ろした。


「林か」

「そうそう。覚えててくれたんだ」

「たかが二年くらいで忘れるわけないだろ」


学校にいる間はほとんど喋らなかったけどねぇ。切れ長な目を細めて優しく笑う男は少し饒舌で、ほんのりと赤く染まった耳が彼が酒を飲んでいたことを示した。その手に握っているのは黄金色のカクテル。


「水野は最近どうしてるの」

「どうって?」

「サークルとかバイトとか、八組メンバーと連絡とってるのとか」

「あぁ、そういうことね。山口とか香川とかとは今でも連絡取ってる」


ぽつり、ぽつり。林の相槌に合わせて少しずつ言葉と離れていた時間がほぐれた。拙い近況報告だったはずの会話は、林が笑って質問を挟むからまるで壮大なストーリーのように膨らんでいく。


「ねぇ、そういう林は?」

「俺?」

「俺の話聞いてばっかで、林は全然喋ってない」

「……俺は話すの下手だからさ」

「いいよ別に」


今更。

笑えばつられたように林も笑う、その掠れたような健気な笑顔に覚えたばかりの酒が進んだ。五杯目。飲み放題を決めた元クラス委員の判断は正しい。

ぽつり、ぽつり。今度は林が話し始める。彼みたいな相槌は打てないけれど、高校時代一度も縮まったことのない距離を縮めるには拙いもので充分だった。




少しずつ皆が帰っていく。大矢と山口が立ち上がるのが視界の端に見えて、アルコールで麻痺した脳がさっと覚醒した。


「悪い林、俺あいつらと二次会行く予定だから」


慌てて立ち上がろうとすれば笑って見送ってくれると思っていた当人の視線がゆらりと揺らぐ。シャツの袖を掴まれてしまえばそれを振り払うことなんてできなくて、水野は不思議そうに首を傾げる山口を見ながら呆然と立ち尽くした。


「ごめ、後から追いつく」

「おー。部屋番号連絡するわ」


どうしたの。

再び腰を下ろしてそっと尋ねると、これまでに一度も聞いたことのないような甘ったるい声で林は強請った。


「なぁ、あとちょっと……ちょっとでいい、から、いて?」

「いいけど……水飲むか、だいぶ酔ってんだろ」

「いい、いらない。あと一杯飲む」


くてんと頬杖をついてカクテルを注文する林に付き合って同じものをもう一杯。空いたグラスはもういくつかわからない。お互いに相当飲んだなぁと自嘲気味に笑えば、林がごめんねと呟いた。


「何が?」

「付き合わせて。二次会邪魔しちゃったね」

「別にいいよ。あいつらとはいつだって連絡とれるし。そういう林は二次会ないの?」


かねやんとか二次会めっちゃ好きそうじゃん。学生時代を思い出して笑いをくすりと漏らせば、そっと笑う林の視線が水野を捉えた。


「断った」

「……そうなんだ?」

「そこでなんでって聞かないところ、水野らしいね」


ドライでさ。人のこと深く踏み込まないようにいつも気をつけててさ。軽薄そうに見えて、好きな人にしか全然関心が向かなくてさ、その代わり好きな人にはほんと一生懸命で、そういうところ。

酔っ払いの愚痴の割にその指摘は的確で、思わず視線をそらせば彼の目の上に張っていた膜がゆらり。


「水野、」


今にも泣き出しそうな声で名前を呼ばれて背筋がぞわりと甘く震えた。そうだ、なんでこの人は、友達も多いのに、ただ自分の隣に仲良くもなかった俺を座らせたんだっけ。

自分の中でうっすらとたどり着きそうな答えを拾うより、林が言葉を紡ぐ方が先だった。


「俺、昔、そんな水野のことが、好きだったんだ」


たった一言。たった、一筋。その二つを零すために何杯の酒が必要だったことだろう。こんなにも情熱的な告白を水野は知らなかった。


「ーーありが、とう」


あぁ、俺も酔っている。

自慢ではないが水野はかなりモテる方だった。された告白は数知れず。泣きながら告ってくる女も、振られて大泣きする女も、ラブレターを渡してきた男だっていた。いきなり抱きついてキスをされたことも、あるにはあった。

だけど。だけどこんなに情熱的で。こんなに全身が震えるような。こんなに甘くて、こんなに切なくて、こんなに哀しい告白は、知らない。

溢れ出す涙が水野の視界を歪める。そんなに泣かないでよ、笑いながら指先を頬に伸ばそうとした林の指に自らの指を絡めた。

溢れ出そうな声を殺しながら話すのはこんなにも難しい。


「ありがとう、林」


察したように、笑う。一途な水野を目で追い続けた林は、どういたしましてとそう笑う。頬を伝った涙はもう乾いていて、その跡だけが真実の痕跡を残していた。

二年越しの三年間。想いは降り積もって、降り積もって、まるで雨を溜め込んだ海のように大きく育っていって。その想いを、この手で掬い上げることもできるはずなのに、それでも水野はそれを突き放すことしかできなかったのだ。

一途な水野だから。


「よかった」


今日、二人で話せてよかった。伝えられてよかった。ありがとうって言ってくれて、本当によかった。きちんと呂律の回っていないたくさんの『よかった』が紡がれていく。よかった。よかった。震える口下手な唇が、涙の代わりに、泣き言の代わりに、『よかった』を零し続ける。

もういいよと言ってあげたい。もう強がらなくていいよと言いたい。でもそれを自分に言う権利はない気がした。

代わりに、喉が鳴る程一気にたくさんの水を飲む。

それから。


「林」


頬に指を伸ばす。作り笑いがゆっくりと崩れて、折角の端正な顔が今にも泣き出しそうに歪んだ。


「ーーキスしていい?」


おね、がい。

明らかに震える声で林は囁く。

目と目が合う。そっと林の目が伏せられた。長い睫毛に滴がラメみたいにきらきら光って、どんなマスカラよりも美しく目を縁取っていた。

挟み込むように頬を手でなぞる。ぎゅっと抑え、耳に指を差し込んで、唇を緩く開きながら散々強がりを吐いていた唇を塞いだ。


「ーーん……んっ、」


舌で唇を軽くなぞってやれば、吐息を漏らしながら林も水野と同じように緩く唇を開く。この世で一番大切なものを舐めるかのようにその微かな隙間から舌を差し込んで、くちゅり、柔い音が頭に響いた。

歯列をなぞる。林の手が恐る恐る背中に回るから、いいよって意味を込めて舌を絡ませた。カクテルの甘い匂い。ごくりと林の喉が動いて水野の唾液を飲み下す。ぎゅっと、まるで本物の恋人同士のように背中をかき抱く林に思わず目から熱い液体が流れた。


「っは、」


息継ぎのために唇を離した彼を再び捉えるかのように追う。両頬を挟んでいた手の片方を後頭部に差し込むと抱きしめ合う形で深く口づけた。

頬の濡れた感触にそっと目を開けると、目を閉じたまま、一筋、二筋、涙が垂れてくるのを見た。




唇を離す。

一体どれだけの間こうして口付けていたのだろう。時計なんか見ている余裕もなくて、ただその時間の尊さに打ち震えていた。

時はいつだって無情だ。


「林、」

「ーーありがとう、」


二度目はできない。

二度目はいらない。

間合いを図ったかのように二人同時に席を立つ。


「じゃあね」


また会おうね。

そんなifの話で笑った林に、とびきりの笑顔で返すと、水野は携帯の電源を切って帰路についた。




(さようなら、水野)

息抜きに書いてました。めっちゃ楽しかったです。後日談あるといいなぁ。

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