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殺刃鬼《the edge of crow》 -後編-

 ロデオはリーンズが言っていたとおり、心優しい少年だった。

 彼が最初に同行した葬儀屋の仕事は[モルモット殺し]ーーモルモットという名の少女を殺す依頼だった。

 モルモットが人間であることにロデオは驚いていた。人殺しをやめたくてついてきた彼に最初に見せる仕事が[人]を殺すものとはーー皮肉にも程がある。

 しかし、予想外に、標的の少女は衰弱し、わざわざ俺が手を下すまでもなく、息絶えそうな状態だった。

「どうしてわざわざ俺に依頼した?」

 依頼人の老婆に俺は問うた。ロデオは一度俺を見た後、老婆に視線を向ける。答えをじっと待っているようだ。

「……その子は、あたしの娘さねぇ。これまで、あたしの研究のためのモルモットとして扱ってきたが、いざ殺そうとしたら、できなかった。こんなところばかり親心なんて働いて……あたしにゃもう親名乗っていい資格なんてありゃしないのに……ははは」

 嗄れた声で笑う老婆にロデオは切なげな視線を向けた。

 俺はそれから目線を外し、老婆に言い放った。

「随分と勝手なものだ。自分でこんな風にしておきながら、娘だから殺せないのか。そもそも、娘を実験動物に使うなんて、あんたの言うとおり、親失格だ。いや、それどころか、[人でなし]だ」

 俺の言葉にロデオがはっと肩を跳ねさせる。

 これは、宣告だった。

 安心しろ、あんたも一緒だ、と。

 別に、殺すわけではない。もう誰も殺さずとも、両名とも、そう刻限は残っていないのだ。

 俺は、花を供えるだけ。オレンジ色の弔花を。

 俺の言葉に安堵してか、ゆっくり目を閉じ、倒れ伏した老婆を見、俺は立ち去った。

 ロデオがついて来ないのが気になり、ちらりと後ろを見やると、彼は長い長い黙祷を捧げていた。


 本当は、殺し屋なんてするべきではない少年なのだ、ロデオは。


 俺はロデオと仕事に行くたびにそんな思いを募らせていった。


 ロデオと行った仕事の中で、最も奇妙で、印象的だったのは[人形殺し]の仕事だ。


 人形館、というところから届けられた依頼だった。

「人形を五百体、殺してほしい……だってさ。どうする? 葬儀屋」

 もちろん、断る理由などない。さすがに、訝しいとは思ったが。

 ロデオに依頼の内容を話すと、彼は何も言わず、花摘みを始めた。

 オレンジ色の弔花摘みを。

 オレンジ色の花の海の中で摘みとりをするロデオの姿は絵に描いたような美しさがあった。

 五百、とまではいかないが、かなり多くの弔花を摘み、ロデオは花束にした。

 土や埃などの汚れを落とし、小綺麗になったオレンジの花々は白い包装紙に包まれ黒いリボンが結ばれ花らしい愛らしさを放っていた。

 リーンズが微笑ましくその様子を見守り、俺たちを見送った。


 依頼人の名は人形館の主のアルルという人物だった。

 俺はリーンズから引き受けたときに聞いた話を思い出した。


「実はこの人、ローくんにも依頼出してるんだよね」

「……殺刃鬼《the edge of crow》にってことか?」

「うん」

 ぴらり、と一枚の紙を差し出す。俺への[人形殺し]の依頼文書と同じ上質な紙にこう書かれている。


 殺刃鬼様


 私は人形館の館主アルルと申します。

 今回私は、私の暗殺を貴方に依頼いたします。

 お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします。


 人形館館主 アルル


「自分の暗殺依頼……?」

「そうなの。ボクも不思議に思って依頼人に訊いたんだ。なんでこんな依頼を? って」

「なんと答えたんだ?」

「……受けていただけなくても構いません。おいそれと人に話せる理由ではありませんからーーって」

「……なるほど」

 そう言われてしまえば、リーンズは深く問い質せない。いまいち腑に落ちていないのに、情報が手に入らなかったため、リーンズは表情が冴えないわけだ。

「同時に葬儀屋の方の依頼もあったから、ローくんには話してないんだけど……」

「なら、理由は俺たちで確かめてくる」


 人形を殺してほしいという依頼も奇妙だが、自分を殺してほしいというのは更に奇妙だ。

 人形館に辿り着いた俺たちは、それ以上に奇妙なものを見た。

 そこでは、五、六歳くらいの背丈の少女の人形たちが、動き回っていたのだ。

 ……殺してほしい人形、というのは、間違いなく彼女らだ。

「葬儀屋様に、お連れ様ですね。お待ちしておりました」

 人形のうちの一人が丁寧に挨拶した。しなやかな動作だ。肌が布製でなければ、人間と見紛うほどだ。

「こちらへどうぞ。アルル様がいらっしゃいます」

 人形の少女に導かれ、俺とロデオは長い廊下を進んだ。

「どうぞ」

 大きな扉を開け、少女は中に入るよう示した。

 一歩足を踏み入れ、俺とロデオは固まった。

 白いテーブルクロスが敷かれた長テーブルの向こう側で、椅子に座るロデオと同じ年の頃の少年。布でも木でもない肌。つまりこの館で唯一の人間。それは彼がこの館の主であることを示していた。

 問題は、彼が右手首と首元から大量に出血していることだ。

 自殺……

 彼が左手に握ったナイフを見れば、すぐに察しがついた。ーー柄とテーブルの上に置かれた鞘の装飾は豪奢でありながら、あまり派手には見えない素朴さがある。

 鮮やかな赤色に染まった少年には既に生命の気配はなかった。服が白いシャツなのは、わざとなのだろうか。赤色がより一層引き立つ。

「館主は、自ら?」

 俺は努めて冷静に人形の少女に訊ねた。少女は表情を動かすことなく頷いた。

「半刻ほど前、私にこの手紙を託して逝かれました。……葬儀屋様、貴方にと」

 俺は手紙を受け取った。少女の手にはもう一通の手紙。

「……それは?」

 衝撃から立ち直ったロデオが問う。

「殺刃鬼《the edge of crow》様に、とのことです」

 ロデオが自分の通り名に身を硬くする。

 受け取りそうにないことを察した俺は、ロデオに俺の手紙を渡し、もう一つの手紙を預かると言って受け取った。

「葬儀屋さん、この人……殺刃鬼ぼくにも依頼出してたんですか……?」

「そのようだな」

 手紙の内容はこうだ。


 葬儀屋様


 せっかくいらしていただいたのに、直接事情を話さない無礼をお許しください。

 まず、この仕事の報酬についてですが、この館から少し離れたところに小さな物置小屋があります。そこからお好きなものをお持ちください。


 さて、続いてですが、ここからは蛇足のようなものです。私がこのような依頼をした動機をお話しします。興味がないようでしたら、お読みいただかなくとも構いません。


 私は以前、遠くの街で母と二人で暮らしておりました。その街で、布製の人形と出会いました。

 その人形は人のように動き、喋る人形でした。雨の日に路地裏で濡れそぼっているのを拾ったのです。

 彼女が動き、喋ることに最初は驚きましたが、すぐ仲良くなりました。私はその人形を[メイ]と呼びました。

 メイは私の唯一の友達でした。けれど、私の母は呪いの人形だと、メイを痛めつけ、私の居ぬ間に彼女を路地裏に捨ててしまいました。

 私は慌ててメイを探しました。けれど、メイは見つかりません。誰かが見つけて拾ってくれたのかもしれない……私はそんな一縷の望みにすがり、メイを探しました。

 その最中、人形好きだった祖父のことを知り、祖父の昔のつてを使って探せないかとこの館に住むことにしました。

 そうして人形について調べているとき出会ったのが、今館にいる彼女たちです。

 人形のことばかり調べていた私は祖父と同じく人形好きになっていました。だから、偶然見かけた彼女たちが、見世物として扱われるのがとても不憫に思えて、買い取りました。

 彼女たちもメイと同じく動き、喋る人形でした。[呪いの人形]と呼ばれる彼女たちのことも救ってあげたいと思った私は、更によく人形について調べました。

 最近、ようやく見つけました。彼女たちの正体についての情報を。

 [人形使い]という超能力者をご存知ですか? その中でも、人形たちを殺しの道具として作り出す者がおりました。その本人は既にこの世を去っていますが、彼の遺作は世にまだ残っています。

 お察しのことと思いますが、今館にいる彼女たちは、そう、彼の遺作だったのです。

 彼が作った人形の中でも特に危険視されている[道連れ型]というのが、彼女たちの正体です。

 [道連れ型]の人形は、自分が壊れ、動けなくなるときに、側にいる人間を巻き込んで自爆します。そんな目に、彼女たちを遭わせたくない……だから、彼女たちを、この館ごと葬ってほしいのです。


 長い話になりましたが、これが人形殺しの依頼理由です。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

 彼女たちを、頼みます。


 これは、俺宛の手紙だ。殺刃鬼ロデオ宛の方も目を通す。大体は同じ内容だった。

 ただ、ロデオには俺と同じ報酬に加え、自らの命を絶ったナイフを、と書いてあった。

 更に依頼理由には、館内の人形たちのことに留まらず、メイの行方についても書かれていた。


 [道連れ型]人形は、その存在を知る誰かによって捜索依頼が出されており、その人形の姿かたちと回収済かどうかが書かれたリストがありました。

 その中に、メイの姿もありました。そして彼女の欄には[回収、処分済]とありました。

 私は、信じられませんでした。メイが、もう、いない……そんな、そんな!!

 もう、会えない……? なら、僕にはもう、生きている意味なんてない。

 だから、もう、いたくないんです。この館の人形たちと運命をともにします。

 貴方が来るのを待てなくて、申し訳ありません。

 僕は、メイに会いたかった……


 丁寧な言葉で綴られていた文章は終わりに近づくに従って、館主のありのままの言葉で語られた。

「葬儀屋さん……」

 両方を読み終えたロデオは、悲しげに碧の瞳を歪めていた。

「僕は、殺刃鬼《the edge of crow》としてここに来るべきだったんでしょうか……」

「さあな」

 俺は答えながら、館主の元へ向かい、その手に握られたナイフをそっと抜き取った。そこについた赤をポケットから出した白いハンカチで拭い取る。刃を鞘に収め、それをロデオに渡す。 ロデオは無言で受け取り、人形の少女に向き直った。

「これ……どうぞ」

 オレンジ色の花束を渡す。少女はありがとうございます、と淡々とした口調で応じると、館主の元へ向かった。

 動かぬ主の血を拭き取り、シャツ以外は全て綺麗に整えて、その膝の上に花束を置いた。

 それが終わると、少女は俺たちに振り向いた。

「もしよろしければ、昼食を摂っていかれませんか? アルル様の命で、用意は既にしてありますが」

 ロデオはきょとんと俺を見た。俺は任せるという意を込めて頷いた。

「……じゃあ、いただいていきます」


 人形たちと、物言わぬ館主との奇妙な会食を終え、俺とロデオは館を出た。

 館を振り向く。

 めらめらと燃え上がっていた。ーー火を放ったのだ。

 人形たちは自分たちが死に逝く運命さだめであることを受け入れていた。


「アルル様と逝けるのです。これ以上の幸せはありません」


 そう言ったあの人形の声は何故だかとても嬉しそうだった。


「葬儀屋さん」

「なんだ?」

 ロデオはナイフに目を落とし、続けた。

「こんなことに、意味があったんでしょうか?」

「さあな」

 俺はいつもどおりの言葉を返した。

「そこに意味があろうとなかろうと、俺はただ弔うだけだ」

 俺は、葬儀屋だから。


 帰ったら、オレンジ色の弔花を摘もう。

 また何かを、弔うために。



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