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殺刃鬼《the edge of crow》 -前編-

 最近、凄腕の殺し屋として評判の年若い少年がいる。彼の通り名は[殺刃鬼《the edge of crow》]。少年だということは[空の街]では誰もが知っている事実なのだが、実際の彼を見た者はいない。この街の住人であることも確かなのだが、誰も殺刃鬼《the edge of crow》を見たことがないのだ。

 数少ない彼と面識のあるリーンズは、あまり彼の容姿については語らない。ただ、彼を生まれたときから知っているということで、特に気にかけているようだ。

 あまりにも彼を知らない者が多すぎるため、[殺刃鬼《the edge of crow》に会ったら最後、二度と日の目を見ることはかなわない]などという噂がまことしやかに流れている。

 いや、会っているリーンズは生きているのだが……

 俺も、リーンズから話だけは聞いていた。金髪碧眼の綺麗な少年だと。殺し屋なんてやっているのが信じられないほど心優しい少年なのだ、と。

 まだ確証はないが、金髪碧眼の少年なら、俺にも心当たりはある。リーンズの元をよく訪れている少年だ。俺たちより十歳くらい年下なのではないだろうか。まあ、俺は自分の年を正確には知らないので、なんとも言えないところだが。

 リーンズは[ローくん]と呼んで親しげに彼と話している。

 彼の話をするとき、リーンズはいつもより楽しそうだ。

 彼の存在が街で語られるようになってから、リーンズはよく笑う。基本仕様の愛想笑いではなく、心から嬉しそうに。

 俺はいつもそんな彼女をちくりと痛む胸を抱えながら見つめていた。


 夏になると、俺は忙しい。

 ラットなどの動物の死体処理は、素早くやってしまわないと、血の鉄臭い臭いに加え、腐臭まで漂うのだ。俺は決してごみ処理の仕事をしているわけではないのだが、死体の後始末も弔いの一環だ。断る理由もない。ーーしかし、死体処理のためだけに呼ばれるというのは個人的には嘆かわしい現実だ。

 それに、花の季節もやってくる。ーーリーンズが[仇花]と呼ぶ弔花の季節が。

 あの花はどの時期でも咲いてはいるが、最盛期はやはり夏の終わりだ。あまり見かけない時期に探すのは骨が折れる。

 リーンズが親しくしている研究者のカーネーションに摘んだ花をそのままの姿で保管できる箱をくれたので、その箱に詰められるだけ花を、と考えていた。

 ただの殺し屋には不要なものとしか思えないだろうが、俺は[葬儀屋]だ。俺にはどうしても必要なものだった。俺は、葬儀屋だから。


 いつもどおり、オレンジの花を摘んでいたある日、俺は少年と会うことになった。


 その日、リーンズが顔色を変えて俺の元にやってきた。

「葬儀屋、ローくんを助けて!!」

 彼女は開口一番、そう言った。

「……ロー? 殺刃鬼《the edge of crow》のことか?」

「そう! あの子が死んでしまうかもしれない!!」

 殺し屋としては一流の腕前、と耳にしていた俺はリーンズの一言に驚きを禁じ得なかった。

 そんな人物が死にそうなどとは、一体どんな事態が? 葬儀屋にはとても想像がつかなかった。

「黒輝山学園ってところにいるはずだから、お願い、彼を助けてあげて……!」

 リーンズの必死な様子を見て、俺は考えるのを後回しにした。

 俺は[空の街]を出た。


 黒輝山学園。

 この[空の街]から最も近い高等学校だ。 進学校にしては生徒数が少ない学校で、リーンズ曰く、そこに殺刃鬼《the edge of crow》は今、通っているらしい。

 殺刃鬼《the edge of crow》はリーンズからもらった仕事でその学校に通い始めたらしい。

 そのときの仕事は終えたらしいが、それから継続して通っているようだ。


「ローくんがこのまま、普通の生活の中に入っていければいいな……」


 そんなことを言いながら、微笑んでいたリーンズをよく覚えている。

 普通。

 [空の街]には全く縁のない言葉だ。ーー殺しというものを生業とした時点で、それは許されない。この街の殺し屋は、そんなことは百も承知でやっている。

 しかし、殺刃鬼《the edge of crow》の少年は、それを教わる前から殺し屋をやっているらしい。ーー生まれながらにしての殺し屋。彼の保護者であるカーネーションはそう称した。

 それを当然、リーンズは知っている。だからこそ願うのだろう。

 リーンズが願うのなら、俺は叶えてやりたい。

 ーー俺のそんな思いは、問題ではない。

 俺は殺刃鬼《the edge of crow》の姿を見、リーンズがあれほど焦っていたわけを知る。


 黒い羽根の散らばる中に、制服姿の血塗れの少年。眩いほどに鮮やかな金髪は赤く濡れている。それすら美しいと思ってしまう、俺は異常なのだろうかーー

 少年は俺の気配に気づき、振り向く。碧の瞳は赤と陽光の色を返し、オレンジ色の光を宿していた。

 [殺刃鬼《the edge of crow》]ーー彼が[仕事]を終えた後には烏のような黒い羽根だけが残っている。凶器は決まって刃物。ただ刺しただけだったり、袈裟懸けに斬りつけられていたりと方法は様々だが、必ず[刃のついた何か]での殺害だ。しかし、凶器が見つかった試しは一度もない。

 故に、現場に唯一残っている黒い羽根を凶器だったのでは、と冗談半分でつけた呼び名が烏の刃ーーthe edge of crowというわけである。

 その真実は、彼の持つ能力にあった。

「……貴方が、葬儀屋さんですか?」

「ああ」

 俺が答えると、少年は嬉しそうに笑った。まるで絵画に描かれたような綺麗な笑顔だったが、何故か俺の背にぞくりとした感覚が走る。

 少年はそんな微笑みのまま、言った。

「なら、お願いです……僕を、殺してください」

 かちり、と凍りつく。だが、ときが止まってしまったのは俺だけのようで、少年は笑顔で動き出す。

 彼は人差し指をぴんと立てた。瞬間、その指が黒曜石のような輝きを放つ、鋭利な刃に姿を変える。少年はその刃を逆の手の手首に当て、躊躇なく切りつけた。

 ーー少年の手から、赤い液体が流れ落ちることはなかった。

 刃は少年の手首に触れる寸前で霧消し、代わりに黒い羽根が生まれた。

 これが彼の[the edge of crow]という能力。彼は指に限らず、体のありとあらゆる部位を黒い刃に変化させることができるのだ。

 そして、刃は役目を終えると黒い羽根となって、変化させた部位から現れる。ーーリーンズから聞いていた彼の能力の概要どおりの現象だ。

 この世界には超能力者がいる。彼はそんな超能力者の一人だ。

 超能力者は知られているだけでも数は少ない。俺も本物の超能力者を見たのは初めてだ。

 超能力、というと、人智を超えたどこか完全性を備えたものを想起するが、この少年は、危うい。

 一目でそれがわかった。リーンズはこれを危惧していたのだ。

 だが、自分の能力で自分を傷つけることはできないようだ。しかし、ほっと安心しかけたのも束の間、彼は次の行動に出る。

 制服の内ポケットから、彼は小型の折り畳み式ナイフを取り出す。ぱちん、と音を立てて開き、手首をかき切るまでの流麗な動作は、俺に息を飲む間すら与えなかった。

 俺では救えない。止めるには、この少年は傷つける術に長けすぎているーー

 そう思った矢先、今度は切りつけた手首から黒い羽根が生まれる。黒い羽根が落ちると、傷など最初からなかったかのように綺麗な手首に戻っていた。

「僕は、僕の力のせいで自力で死ぬことすら叶わない……[人]という生き物の枠から逸脱した[人でなし]なんです。それに……僕は、友達を、やっとできた大切な友達を、殺そうと、した……」

 ゆるゆると葬儀屋に向けられた碧色は、暗く暗く、沈んでいた。

 やっとできた友達を、殺そうとした、人でなしーーだから、殺してくれ、と。

 ーー俺の役目は、哀れなものたちの魂を弔うこと。

 けれどーーこの少年を、俺は弔えるのか?

 違う。この少年が望んでいるのは死。魂を癒す弔いなどではない。塵芥と消え去りたいーーそんな願いなのだ。

 俺には、できない。

 せめて、この少年を傷つけない言い訳を返そう。

「……確かに、俺は人外を専門とする葬儀屋だが、生憎と俺には人間にしか見えないのだが」

「に……んげ、ん……?」

 かしゃん、と澄んだ音を立てて、折り畳み式ナイフが落ちる。少年は気づいていないようだ。

「僕が、人間……? 本当に、そう見えますか?」

「ああ。そうとしか見えない」

 俺が断言すると、少年はその場に崩れた。

 俺はそっと一輪、オレンジの花を落としてその場を後にした。


 [空の街]に戻ると、リーンズが待っていた。

 リーンズは俺の姿を確認するなり、駆け寄ってきた。

「ローくんは!?」

「……大丈夫だ。生きている」

 立ち去る俺の背に、彼は礼を一言言い、走り出した。おそらく、友人の元へ向かったのだろう。

「よかった……」

 胸を撫で下ろすリーンズ。数秒間の長い息を吐くと、俺を真っ直ぐ見た。

「葬儀屋。立て続けに申し訳ないんだけど、もう一つお願いがあるんだ」

「なんだ?」

「ローくんを……葬儀屋の仕事に連れて行ってほしい」

「……殺刃鬼《the edge of crow》を?」

 俺が訊き返すと、リーンズは悲しげに眉をひそめて小さく首を横に振った。

「ローくんは、望んで殺刃鬼《the edge of crow》になったんじゃない……あの力だって、あの子が望んで手に入れたものじゃないんだ。彼は誰よりも頑張っているけど……でも、本当は泣いてるんだ……ボクは、そんなローくんを、見ていられないよ……」

ぼろぼろと、夕焼け色の瞳からこぼれ落ちるそれは、固い地面で弾けた。

「でも、ボクは情報屋だから、彼への殺しの依頼を仲介するしかできない。それがボクの役割だから。だから……ボクにはローくんを救うことはできない。あの子が救われる道があるとすれば、[人]を殺さない葬儀屋、キミだけなんだ!」

 待て、リーンズ。俺は人を殺していないわけではない。

 お前だって、知っているだろう? 俺は一度人を……お前の故郷を滅びに追い込んだ愚王の道化を殺した。その後も、モルモットや化け物などと称して、[人]を殺させようとする依頼もあった。俺はそれを全てこなしてきた。俺は弔いのため、と思っているが、端から見ればただの人殺しだ。

 それで、いいのか? ーーなどと訊き返すことはできなかった。


 リーンズがそれで笑ってくれるなら。


 後日、少年の方から俺に頼みに来た。

 しばらく葬儀屋の仕事に同行させてほしい、と。

「何かが変わる気がするんです」

 変わればいいな。


「お前、名前は?」

「……ロデオ=クライツェ、と言います。貴方は?」

「俺は葬儀屋だ。それ以外に名はない」


「孤児くん」


 幼かった彼女の声が聞こえた気がした。

 けれども、もう、その声がそう呼ぶことはない。

 だから、俺は葬儀屋だ。


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