襲撃
少年、黄泉崎宗は追われている。
友人と遊んでいて、帰宅がすっかり遅くなったと文句を言いながら家路を急いでいた彼は、深夜12時を回る夜の閑散とした住宅街で、奇妙な男に遭遇した。
この男、一体どこが奇妙なのか。それは”目”だ。この男の双眼は、異常なまでに真紅に染まっていた。その瞳には、生気の光は宿ってはいなかった。
奇妙な点、その2。”爪”である。品のない最近の女子高生(と言えば少し語弊があるが)もかくやという程に伸びた爪が、先端部分が刃のように鋭い煌めきを放っていた。
宗はそんな奇妙な男と遭遇し、目が合った瞬間に命の危険を察知したため、その場から逃げ出したのだ。
そして、現在のこの状況である。
「・・・はあっ、はあっ・・・」
息も絶え絶えに、必死の思いで走り続ける宗。そんな哀れな少年をあざ笑うかの如く、先刻の赤目男が宗の目の前の路地から現れた。
「ーーーッ!!」
急ブレーキをかけたが上手く止まれず、宗はその場で尻もちをついてしまった。男は顔色も目の色も一切変えずに宗に近づき、その刃物のような爪を、宗の首筋へと当てた。
「・・・くそっ、僕がなにしたって言うんだよ!!!」
男は顔色一つ変えない。
「く、くそっ、くそっ!こ、こんなところでは死にたくない・・・!」
「・・・」
一瞬、涙を流している宗を見ている男の表情が緩んだ。気がした。だが、本当に一瞬か、または気のせいだったようだ。
男は、宗の首筋に当てている右手に少し力を込め、一気に引き抜いて宗の頸動脈を切り裂こうとしたがー
突如、弾き飛ばされた。もちろん、この赤目男がである。
「!?」
宗は涙を流しながらも驚きの表情で、弾き飛ばされた男を見た。
よくよく見ると、右の肩口と額の辺りに、銃創らしきものが見える。
「・・・?」
「早くそいつから離れて!」
突然、背後から女の子の声で警告が発せられた。
声の主を知るべく背後を振り向くと、長い黒髪を持った少女が、そこに立っていた。
身長はあまり高くなく、黒く艶のある髪をなびかせている。服装は黒を基調とした制服らしきものの上から、これまた黒いコートを羽織っている。長さ調節を間違えたのか、少女の膝下ほどまであるコートである。町を歩けば誰もが振り返るであろう美少女。もっとも、そんな彼女の容姿は、手にしている2丁拳銃に打ち消されてしまっているが。
「え・・・な・・・」
一人、全く状況を掴めない宗は、こんな言葉しか口から出て来ない。
少女はそんな宗の様子など気にも留めないというように、その場から跳躍。それも、常人では不可能な高さに。
「・・・は?」
宗は、ただ呆然と跳躍する少女を見上げるしかなかった。一瞬、スカートの中身が見えてしまったが、この異常な状況の中では、そんなことは全くメモリーされなかった。
少女はそのまま、赤目男の上へ落下しようとしたが、すんでの所で男がかっと目を見開き、バック転して回避。直後に、少女が凄まじい轟音と共に着地。男は、全く撃たれたという事実を思わせない動きで少女と距離を取った。
「な、なんなんだ、お前等・・・!!」
宗は眼前の少女に言葉を投げかけた。
「話は後!早くどこかに隠れて!」
一蹴された。
宗は言われたように、近くの電柱の陰に身を隠した。同時に、少女がやはり常人では考えられない、爆発的加速で男との距離を詰めにかかった。男はとっさに、両腕を胸の前でクロスし、防御体勢を整えながらバックステップで少女から離れようとする。加速を緩めない少女は、男の手前で大きくステップをとり、左手に自動式拳銃を握ったまま、男の顎へアッパーカットを浴びせる様に体を捻った。男も反応したが、一瞬遅かった。少女の左は、恐らく少女の思惑通りに男の顎へと吸い込まれるように入り、ドン、と、まるで衝突事故でも起きたかのような大きな音を立てて、男の体を宙に浮かせた。少女の左手の拳銃からは煙が出ているのを見ると、恐らくヒットした瞬間に引き金を引き、男の顎を撃ち抜いたということだろう。
「・・・えっ」
宗は冷静を取り戻して考えた。そんなことをしたら、人間は一体どうなるのかを。もちろん、この場合は完全な死を意味している。とすれば、この少女は殺人犯にー
と、少女はまだ男への攻撃をやめていなかった。顎を撃ち抜いた体勢から、今度は右脚で回し蹴りを叩き込んだ。男は2メートル程吹っ飛ばされた。少女はそれを確認し、くるりと回って、今度は右手の拳銃を、空中の男へと向ける。
「待ってて、今楽にしたげるからー」
そう呟いて、手中の拳銃の引き金に指をかけーためらうことなく、引き抜いた。
「ーーー哀れな悪意に安らかな死をーーーラグナロク・バーストッ!!」
少女の叫びと共に、銃口から光が溢れ、一筋の光線が放たれた。その光線は、真っ直ぐに男へと伸びていき、防御の緩んだ胸部を、いとも簡単に貫いた。男は声にならない叫び声をあげながら、粒子となって消滅した。
「な、なんなんだよ、お前・・・」
この異常事態の一部始終を見ていた宗は、恐る恐る先程と同じ疑問文を少女に投げかけた。少女はチラリと宗を見て、はっと思い出したかの様な表情を浮かべてから、くるりと回って宗に相対し、答える。
「私の名前は、夜神結依。御桜高校の2年生で、”ハンター”です!」
「・・・は、”ハンター”?」
「そう。”ハンター”は、さっきの男みたいに、人を襲って喰う化物、”イビルジェム”を狩る人の事。・・・ところで君、名前は?」
「あ・・・黄泉崎宗・・・」
「・・・!君が”マスター”の言ってた”保護対象”の子か・・・」
「ほ、”保護対象”・・・?」
「あ、何でもないよ、こっちの話。・・・宗君、だっけ。ちょっと急で申し訳ないんだけど、」
そう言って、結依は一つ息を吐いて、続けた。
「これからはずっと私と一緒にいることになると思うから、よろしくね!」
「・・・は!?何言ってーーー」
何言ってんだ、と言いかけた宗の口、正確には宗の唇が、結依のそれで塞がれた。一瞬で離れたが、その唇には、まだ柔らかい感触が残っていた。
「・・・!?」
呆然とする宗に、結依は少しだけ頬を赤らめて、とてとてと後ろへ下がりながら、もう一度こう言った。
「よろしくね、宗君♪」
「・・・はぁぁーーーー!?」
こうして、夜の街に響き渡る宗の叫び声とともに、保護者ー夜神結依と被保護者ー黄泉崎宗の関係が始まったのだった。
どうも、おはようございますこんにちはこんばんは、初めまして!ぜすとと申します!
元は小説カキコ様で連載させていただいております本作を、より多くの方々に知ってもらいたいと思い、小説家になろう様にも転載させていただきました!
まだひよっこの物書きですが、この作品で少しでも楽しいと思ってもらえたら嬉しいです!