第一章#8 『いつだって、つながって』
「さてと‥‥‥じゃあ引き続き説明するが‥‥‥どこまで説明した?」
綾國は、自分の膝に座り、身体を預ける茅の髪を優しく撫でながら口を開いた。
柊奏は、今は特に何の変化もない自分の右腕を左手で押さえていた。
まだ、微かに温かさが感じられた。
「その、右腕に起きた現象から説明が欲しいか?それとも、さっきの続き、転生者のスタートが違う話を聞きたいか?‥‥‥まあ、結果説明することは変わらないけどな」
特に順序はどちらからでもよかったが、一つ可能性を感じていた部分について綾國に返答した。
「さっき、茅(‥‥‥だっけ?)が言ってた、『僕にはちゃんと説明するんだ』って言うのが気になってる」
「と、いうのは?」
綾國は、奏が質問を返してくると思っていなかったのか、興味を示したかのようにニヒルな表情を見せた。深紅の眼に感情が見え隠れするのがはっきりわかった。
「僕が、さっきの説明だと、【自分で入口を開けて来た者】で、そのケースは稀だで、茅が【僕に試したい事があった(実際に何かを試そうとした)】、更に【僕と綾國には共通する何か】がある。恐らく、茅の発言からは、その【何か】は特別な事に該当すると思ってるんだが、間違ってる?」
紐解くように話したが、質問の意図は単純で、
奏は単純に『特別な力を持つのは嫌』だからだ。
夕陽の屋上からの行動に対する原動力は、『槙奏を探す事』以外には無く、そもそも奏は先程まで自ら命を絶とうとしていたのだ。
理由はどうあれ、今の奏には長く生きる理由も、生きなければならない理由も、槙奏を除けば特になかった。
今おかれている状況下が、自分の知っている世界ではない事は理解していても、そこに自身が存在しなければならない特別な理由は必要なかった。
綾國は、奏の質問の意図を考えるかのように少しの間、こちらをみたまま黙っていたが、少しした後、ゆっくりと椅子のそばにある木造のテーブルの上に、無造作に置かれた蝋燭を手にした。
10円の棒状スナック菓子程ある大きさの蝋燭を、そのままテーブルの上に立てて、火を灯す。
奏は、火を灯すと言うその行為に使われた火器が、間違いなくライターであったために、異世界にもライターが存在するのかと驚いたが、そんな彼の驚きは予定調和かと言わんばかりに、綾國は奏に問いかけた。
「ライター、この世界にあるんだ。と思ったろ?」
「正直ね」
「これはこの世界のもんじゃねぇ。言ったはずだ。転生者は必ずここを通る。これはいつかの奴が落としていった忘れ物だ。‥‥‥本来は身に付けている衣服以外は持ち込めないはずなんだがな。」
そう言って、テーブルにライターを置いた綾國は、再び頬杖をついた形で奏を見る。
「さて、質問もらってた内容だが、結論から言うと、お前が特別かどうかはわからん。」
綾國の曖昧な返答に、嘘がないことは目を見ればわかった。
いつの間にか目を覚ましていた茅は、綾國の腕に抱かれ、こちらをみていた。瞳に先程のような力は感じられず、ただ黙っていた見ているだけだった。
「答えになっていない。と思っただろうからな、順に説明してやる」
「この世界に転生されたものは、必ず何かしらの能力をもってこっちにやってくる。能力は様々だが、この能力の前提には、必ず2つの方向性がある。これをこの世界の住人は【奏者=プレイヤー】、【調律者=チューナー】と呼んでいる」
「ちなみに、この2つの力は必ず転生したものにあって、俺達がここで出迎えた多くのものの中でも例外は無い。必然だ。ついでに言うと、この世界で生まれたものに関して言えば、この能力が100%備わっている訳ではない。」
「次に、この力が何に使えるか。だが、平たく言えば【事情や物体に干渉し、操作する】事が出来る。ただし、能力を持つものでも、その度合いや適合具合は全く異なる」
「で、【プレイヤー】と【チューナー】のそれぞれ役目だが‥‥‥」
「待って、待って!」
奏は、思わず綾國の説明を遮った。
今、深紅の少年が説明する『それ』は明らかに特別だったし、そんなものを付与されても微塵とも嬉しくなかった。
先程の自分の腕の変化を、自身で目の前にしていた奏は、その事実を受け入れざるをえないと頭の片隅で受け入れつつも、そのような面倒事は真っ平ごめんだと感情が否定した。
これでは、これではまるで‥‥‥
「特別な力じゃないか‥‥‥と、思ったか?」
「何か、この世界でなさねばならない事が出来てしまった。と、そう思ったのか?ライトノベルの主人公の様に。」
奏は、はっとした。
いつの間にか手を頭に当て、考えるような仕草をとっていた奏に対し、綾國はそう言うと、少し口角をあげて、見透かした答えが合っていたことを確信したように厭らしい表情を見せ、続けた。
「それは残念だったなぁ。えー‥‥‥と」
綾國は言い淀む。
「名前」
茅が一言続く。
「‥‥あ、ああ。柊だ。柊奏」
「柊奏、おまえの能力は【プレイヤー】側だ。お前の推測通り、俺と同じくな。この世界でしか生きられないお前は、この力を【駆使し続けるしかない】んだ。」
綾國は、姿勢は変えず、目線も一切そらすこと無く、奏をみてそう言った。
茅の目が少し驚いたような、嬉しそうな目をしていた。
「あんた、特別かどうかはわからない。そう言ったよな。今の話じゃ、まるで僕の力が、」
「特別?俺は今お前に『必然』と伝えたはずだ。特別ではなく必然。それ以上、お前が特別かどうかなんて、俺にもわからないけどな。」
「説明の続き、聞く気になったか?早く受け入れて、この小屋を出ないと、彼女と会えないぜ、奏『君』よ」
綾國の『君』は、語感からも皮肉、嫌みがたっぷり感じられた。
なぜ、君をつける事が嫌みに繋がると彼が思い、行ったのかは奏にはわからなかったが、綾國と茅は、槙奏に既に会っている。つまり彼女もまた、この世界に転生されている。という事実ははっきりした。
「やっぱり、さっきの子が探してた男の子だったんだね、この子。『運命』感じちゃう。さっきの子と言い‥‥この子と言い‥‥」
茅が、目線を僕の右腕に移しながらそう言う。
「運命?いや、必然だろ?」
綾國がそう言うと、半分ほどに短くなった蝋燭に灯る火が少し揺らめいて、細く長い深紅の髪が陽炎を見せた。