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僕が君を奏でる理由  作者: 七三八十(シチサンハット)
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第一章#5 『いつだって、きみをおもってる』

恍惚としたその表情は、見た目から推測出来る年齢には見えなかった。 彼女の為だけに仕立て上げられたかの様な和服に、

幼き少女の動きに合わせて、窮屈な所も無く軽やかに舞う袖の先から、小さな手が見え隠れする。


カヤは、爪の先まで良く手入れされた人差し指で、自分の下唇を弄んだ。


彼女の唇は、桃色に煌めき、潤んでいた。



アヤ



呼ぶ相手の方には見向きもせず、当然の態度だと言わんばかりの口調であったが、

紅く長い髪を垂らした少年は何も答えずに応えた。


綾國アヤクニは、少女の両脇を後ろから軽く持ち上げ、自分の胸元まで抱え込んだ。 軽々しく所作に応じるあたり、

カヤの漂う雰囲気とは違い、 見た目はやはり少女なのだろう。


カヤは、綾國アヤクニの腕の中で向き直り、深紅の瞳をじっと見た。

紅い毛先は、この薄暗い部屋の何処からか漏れる照明に透けて、細く、色を付けたビアノ線が宙に垂れ下がる様だ。


目尻を下げながら、妖艶に眼を細める少女は、両の掌で綾國アヤクニの頬を包み、

鼻先が触れるほど近付くと、 そのまま輪郭に添って髪をたくしあげた。


オールバックになった綾國アヤクニの顔立ちは眉目秀麗、一点の曇りも無く、

世に言う美少年に当てはまる部類で、そんな彼の双眸はほとんど白に近く、水に数滴の絵具を混ぜたような透き通る紅に、 光を反射したガラスの水晶の様だった。


かきあげた髪を後頭部で押さえたまま、抱き締める様な格好で深紅に瞬くアヤの瞳を見据え、カヤは言った。


「ほーら、やっぱり。アヤも呼応してる。その子に嫉妬しちゃいそう」



「【調律師チューナー】側か」



「そうね。それも、そこそこのモノよ。久し振りね、こんな才能持ってる子。」



「そうか。しかし調律師チューナー一人じゃどうにもならないな」



「・・・まぁ、さっきからのこの子の発言を聞く限り考えられる線は、一緒に死んだ男の子が【奏者プレイヤー】である可能性も有るけど」



「一緒に死んだからって、そうとは限らないだろ?」



「そうね」



「・・・・・・・カヤ?」



幼き少女は、先程までの大人びた雰囲気など微塵とも感じさせず、

急に年相応といった動きで、ほんのり赤らめた頬を膨らませ、

綾國アヤクニをじっと見ていた。

髪止めを果たしていた両手を、自分の胸の辺りで組み、抱える少年の腕の中で胡座をかきながら、俯きがちに上目遣いで彼を見つめていた。


その態度は正に子供がぶりっこし、甘え、拗ねているそれだった。



カヤ、お前・・・もしかして拗ねてるのか?」



再び垂れる紅い髪の間から覗かせる瞳は、いつのまにか煌めきは失せ、深紅に戻っている。


綾國アヤクニは、まさか。と

驚き半分、呆れて苦笑しながら少女に問うた。



アヤは、カヤのモノだから」



桃色の煌めきが褪せても、可愛らしいその口を尖らせながら、カヤはねだるように、甘えるようにそう言った。



「お前、いつもその可愛さでいれないの?」



「うるさい」



ここまで全く笑う事無く、表情もあまり変えず淡々と横柄な態度をとり続けていた綾國アヤクニが、

初めてはっきりとわかる笑顔を見せた。


とは言え、それでも性格も相まってか、やはりニヒルで、素直じゃない少年の口角を少しあげた程度のものだったが。




***********************




ドキドキさせられた挙げ句、左手の甲が原因不明の事態で蒼白く光出したと思ったら、

そんな私はそっちのけで、何だかんだで信頼しあってる彼氏彼女?の様なイチャつきっぷりを見せられて、

挙げ句会話の内容もさっぱり理解出来ない上に、 拗ねられる覚えも無い。

(寧ろこっちが拗ねたい位だ)

よく解らないがどうやら私は【ちゅーなー】らしく、もしかしたらソウは【ぷれいやー】かもしれないらしい。



槇奏マキカナデは、先程までの動揺は何処へやら。

足を組み、腕も組み、ベットに腰掛け絶讚待機中だ。



美少年と、美少女もとい美幼女のイチャラブ・・・・・・

犯罪だっ!と思った事は、喉の手前でグッとこらえて、

私もソウとあんな感じになりたい。と思った事は胸の中にそっと仕舞っておいた。



と、まあ青春真っ盛りヨロシクな私の感情は一先ず置いておいて。



先程まで手の甲の痣に突如出現した蒼白い光は既に消えていた。

特に痛みを伴うものでも無かったし、恐らく目で確認していなければ、光に気付くことも無かったかもしれない。



ただ、二人の話の流れから察するに、この痣の光は

【ちゅーなー】や【ぷれいやー】といっ た能力

(話振りからすると、それにも個々によって個体値の様なものがあるみたい)

に恐らく関係が有るもので、

【ちゅーなー】は一人では何も出来ず、【ぷれいやー 】が必要なのだ。



ま、各々の単語が持つ意味がさっぱり解らないので、理解したとは言いがたいが、

先程のカヤアヤの雰囲気が、何らかの双方の役割を形で体現しているのは何となくわかる。



「んー・・・。結局、さっぱり解らないんだけど・・・・・・・・どうしたらいい?」



私は素直に聞いた。



綾國アヤクニは、深紅の双眸を此方に向けて言った。



「一つ一つ言っていくから、よく理解しろよ。」


「ここは、世界の最南端に位置する森を抜けた先に ある小屋だ。ただし、ここはお前の知っている世界、まぁつまり日本・・・・もっと言うと地球自体と異なる世界だ。」



「すみません。もう何を言っているかわかりません」



「簡単に今の言葉で言うと、異世界だよ。その前提をまず受け入れなきゃ、何も話が進まないの」


そう言うのはカヤだ。



「この小屋には、お前みたいに前の世界で死んだ人間が次々に送り込まれてくる。」



ソウも?」



「可能性が無いわけではないが、間違いないと言い切れない。世最初に少し話したが、界中の全ての死人が送り込まれて来るとなれば、今の時点でお前の後に何十人と控えがいる事になる。

そんな早さで転生者を何人も相手した覚えはない」


「さらに言えば、今までお前と同じ様にここに来た人間は、年齢・性別・国籍・人種と全てがバラバラで、

この小屋の様に、死後この世界に転生されてくる場所は他にもある。

そこには俺や、カヤの様に、転生されてきた人間に状況を説明する存在がいる。

お前が言うソウはその何処かにいる可能性も有る」



綾國アヤクニは再び椅子に腰掛けていた。

膝に乗ったカヤの、艶のある髪を撫でながら、無感情では決して無いが、いかにも

『説明し飽きた』

といった感じだった。



「・・・・・うーん、まあ理解するのは難しいけど、つまり私は死んで異世界に転生されちゃった訳だ」



「簡単に言うとそうなるな」



「でも実際さ、これは、生きていると捉えるべき?それとも死んでいると捉えるべき?

私は確かに死んだと自分でも思うけど、今ここにいる自分の感覚はどうにも死んだとは思えないんだよね」



「価値観の違いだな」



綾國アヤクニは少しだけ顔を、ばつが悪そうに歪めた。


それは相手に悟られない様な微弱なものだったが、漸く自分が置かれた状況に関する話に進展を見せている中、

この環境を知る人間の話を一字一句逃すまいと構えるカナデ

その変化を見逃さなかった。



「生きてるかもよ?」



答えたのは綾國アヤクニではなく、カヤの方だった。



「かも?」



「おねぇさんみたいに、この世界に来た人間は過去にもたくさんいるの。今もこっちの世界で普通に生活している人も沢山いるの。

そう言った意味では、『こっちの世界では生きている』と言う解釈は間違ってないの」



カヤは、撫でる綾國アヤクニの手をとると、自分の胸元まで持っていき、

抱きつくように腕にすがりながら話を続ける。



「実際、最初からこの世界に生まれた人間も沢山いるし、転生者の数も少なくないから、今となっては珍しくも無いの。

ただ、私達は、生きたまま元の世界を往き来している転生者を一度も見た事ないのよ」



どこか、疑問が残る答え方だった。



「帰ろうとした人がいるって聞こえるんだけど」



「沢山いたわ。誰も帰って来なかったけどね。アヤ以外は」



「ちょっと待って。それは『往き来しなかっただけで、こっちに帰って来なかった』って訳じゃないの?」



黙っていた綾國アヤクニは、

カヤに捕まっていない方の腕をおもむろに上げ、ある方向を示唆した。


私は、彼が指す先には見覚えがあった。


それは、私がまだ目を覚まして間もない頃に、からかわれるかの様に『開けてみれば』と促されたドアの方向だった。




「今現在解っている中で、数ある転生者が訪れる端の小屋の中で唯一、

こちらから意思を持って、各々個人が持つ生前の世界に帰界出来る可能性があるのはここ、

南の端小屋だけだ」



カヤはこっちの住人で、俺はお前と同じ転生者だ。

ここを人は『魂が往き来する場所』なんて呼んだりするが、俺ここで端小屋の門番をやっている間に、

もう何人も、そのドアを開けては塵になる人間をみた」



綾國アヤクニは、また誰にも気づかれない様な程度、ドアに少し目をやり、寂しげな顔をした。



私はそれに気が付いたのだけれども、同じく彼の膝に座る幼き少女が、彼の腕を抱き締める力が強くなっていた事、


アヤカヤのモノだから』


の意味が、私の思う考えよりも、もっと悲痛な感情から出た発言だったのだと何となく感じ取ってしまえた事が、

綾國アヤクニの些細な所作に対して、それ以上何かを聞くのは良くない気がした。




***********************




「なるほど・・・・・じゃあ元の世界に帰るという線はあまり考えない方が良いんだね?」



「まあ、妥当な考えだな」



気が付くと綾國アヤクニは少し偉そうな元の顔に戻っていた。

ただ、私の思い過ごしなのか、最初に見た時よりも随分優しく見えるのは、彼もまたカヤに対し、他人以上の感情を持っている事の現れだろうと思った。



「まあ、受け止めるには時間はかかるけど・・・大体状況はわかったかな。まだ【ちゅーなー】とか、【ぷれいやー】とか、気になる事は多いけど・・・・・・

とりあえず、来ちゃったんだからしょうがない。生きてるならとりあえず生きよう」



「随分前向きだな」



「まあ、空元気だけどね。じっとしてても仕方ないし」



カヤはなにも言わなかったが、大事な彼の膝の上で可愛らしい笑みを浮かべていた。


私はベッドから立ち上がると、腕をうんと上げて伸びをして、体をほぐし、椅子に座る少年幼女の番人と向き合った。



「さて、綾國アヤクニ君。私はこの世界で何をしたらいいの?」




「何って・・・・・・別に小説みたいに何か使命が課されてる訳でも全然無い。

好きに生きればいい。俺達は門番で、最低限の役割は果たした。

なんで今後のお前の生活まで助言しないといけないんだ。お前、大人だろ?自分で何とか生活する方法考えろ。

あと気持ち悪いから君を付けるな。」



頬杖を付き、全くの無表情の上に間髪無しで捲し立てる彼の言葉に、カナデはものの数秒で、空元気+ポジティブな思考をへし折られたのだが、

更にはカヤが我慢の限界だと言わんばかりに吹き出す始末だ。


彼女がそのまま笑い転げていただけなら、

カナデは再びベッドにへたり込んでいたかもしれないと思った。



「君(笑)」



カヤ



「君付けで呼ばれてるアヤ初めて見た(笑)」



カヤ


一度目と二度目の呼び方に明らかな語気の違いを感じたカヤは、それ以上『君付け』をからかう事はしなかったが、

目尻に笑いすぎて潤んだ涙を手の甲で拭いながら、カナデを見た。



「まあ、アヤの言い方も悪いんだけど、カヤ達門番の仕事は、『転生者の選定』が仕事なの」




「選定?」



「この小屋には、さっきからちょくちょく話題になってるあのドアしか出入り口が無いの。

カヤ達は、此処にくる転生者に、この世界の存在について最低限の情報を与え、元の世界に帰りたいと思うか、この世界に残るかを考えさせる」


「さっきも言った通り、元の世界に帰りたいと考えてドアノブを捻る人間は、塵となって消える。

ま、本来死んでるしね」


「この世界で生きると決めてドアノブを捻る人間は、小屋の外、世界の『最南端に位置する森』に出る」


「と言う2択をここで迫られるってわけです」



「でも私、先に答え聞いた様なもんなんじゃ・・・・」



「質問に答えてはいけないという決まりもないし。それに・・・・・・」



カヤは少し上を見上げて、綾國アヤクニを見た。

彼もその目線に気が付いたが、特に何か素振りは見せなかった。



「おねぇさん、探してる人がいるんでしょ?その人、おねぇんにとって大事な人でしょ?

カヤは、そういう人は、結構好きです」



カヤちゃん、優しいね」



「この世界で、何をするか、決まったんじゃないのか?」



相変わらずぶっきらぼうだけど、最初から私がこうなるとわかっていたかの様に、

綾國アヤクニカヤの頭を撫で、目線を落としたままでそう言った。



「そうだね・・・・・・ソウがこっちの世界に来てるかどうか確証は無いけど、せっかくだから探してみる」





カヤは、もう此処からは特に何も言わないことが、転生者の意思を再び揺らがせたりしない際だとよく心得てる様で、

ただにっこりと可愛らしい、愛らしい笑顔で手を振った。



綾國アヤクニもまた無言で、俯いたまま長い髪を垂らし、目を合わせようとはしなかった。

転生者である彼には、彼なりに思う事があるからこそ、こういった態度なのだろうと、今なら理解出来る。




***********************




槙奏マキカナデは小さく手を振って、ドアに近付いた。


正直、元の世界に帰りたいかと言われれば少し未練はある。

それは、自分が元の世界で既に死んでしまっている事実を考慮しても、このドアの先、新しい世界に対する不安が大きいのも要因の1つだと思う。


それでも、


それ以上に、


背に感じる、

同じ境遇を乗り越えて、小さな大事と共に生きる少年と、傍らに寄る少女の関係から合間見える『繋がり』が持つ温かさ。



そして何より自分自身が文字通り、一度『命をかけた』彼の存在を確かめたくて。




彼女は、木の扉に付く金属のそれを左の手で握る。






一度消えた筈の、手の甲の蒼白い痣の光が

先程とは比べ物にならない位に輝き、煌めいていた。



槙奏マキカナデがそのドアノブを離さなかったのは、

この異変でさえも、この世界の理の1つだと、理解すべきだと、意思を揺らがせる事なく、

己に決断すべきだと判断を下す為だった。






ゆっくりと、捻る――――――――――――――――――

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