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僕が君を奏でる理由  作者: 七三八十(シチサンハット)
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第一章#1『いつだって、ぼくはいやなひと』

―――――――――――――――――――――――――――――目が覚めた。



僕が一番最初に見た景色は、僕が一番最後に見た筈の光景で、大きく違うのは透き通る水色の空は、今はその景観を朱色に染め上げていて、眩しさは無かった。

柊奏ヒイラギソウは、それが夕暮れだと気が付くのに時間はかからなかったが、何故夕暮れを見れるのかには全く検討が付かなかった。


仰向けで寝そべっていた僕は、首を左に傾ける。


数歩でたどり着けるであろう視線の先には、見覚えのある白と錆の合間った鉄柵が、夕暮れに沈む太陽の光を切るように遮っていて、

鉄柵から延びる影が、僕の左腕を肩から指先にかけて縞模様を描いていた。


白いパーカーの袖にピッタリと張り付いた、反対色のコントラストの縞模様が、まるで地面と腕を縫い付ける器具の様にも見える。



状況が殆ど、理解出来ていない。


「死んで―――――・・・・無い・・・? 」



理解出来る僅かな事と言えば、今、影に縛られている此処は、確かに数分前に僕が自殺を決意した場所で、

あの柵を越えて、自分の人生を自ら絶った筈で―――――――――――――――





幼馴染のカナデが落ちる僕に手を差し出して、吹き荒ぶ風の中で、確かにその温もりを感じたまま、

彼女の懸命な救出も虚しく、夏の太陽が熱するコンクリートに身を弾かせて、


死んだ。


筈だ。



僕は同じ体勢のまま、首を逆の向きに変えた。


この屋上に続く非常階段の扉が、少し離れた所に見える。

殆ど自分の影に隠れた右の手の平には、まだあの温かみが感じられるような気がした。

縞模様の錠に縛られる事の無い右腕を肘から折って起こし、顔の前に近づけると、掌は途端に小指の腹から朱色に染まった。


同じく錠を振りほどく様に左腕も起こし、手術開始手前の執刀医の構えさながらになった僕は、交互に両手を見てみた。


そう言えば、どこも痛くない。


外傷を全く感じられない。



「・・・・あ、もしかして、やっぱり死んでるのか」



当たり前だが死んだ経験など有るわけも無く、

掌を見つめながら、飲み込めない状況により思考が停止した脳が拙く絞り出した、間違った答えを、無意識に口に出していた。


僕は、再び目線を空に戻した。


真上には雲がポツリと漂うだけで、柔らかそうなその輪郭も、遥か地平線の先から刺さる赤い光の光線を受けて、くっきりと陰影を浮かび上がらせていた。


あの雲には覚えがあった。


ほんのさっきまでも印象は違えど、伸ばした右手の指の隙間からそれを見ていたし、

カナデの指が、僕の指の間を縫うように伸びてきて、掴み、視界を少し遮るまでは、確かにあの雲はそこにあった。


おもむろに、右腕を空に伸ばした。

先程と同じように。



「あ」



僕の手の甲には、指の付け根から4つ、親指の付け根の間接部分の辺りから1つ、

カナデが力強く握った指の痕が、甲の丁度中心に向かっていた。


比較的白い僕の肌に、くっきりと解るように赤くなっていた5本のそれをみていると、

彼女な対しての罪悪感が沸々と湧いてくる。


救ってくれようとしたのだ。

あの時。



「そう言えば―――――カナデは――――――」




未だ理解出来ない状況が続いているのは確かだが、僕が死んで(?)尚、ここに居るなら、彼女は一体どうなったのか。


慌てて手をつき立ち上がった僕は、辺りを見回した。


が、この屋上には僕以外の人はいない。


遮るものが無くなった横顔が、夕陽が真っ直ぐ照らすのを、痣の残る右手で遮光しながら、嫌な情景が脳裏を掠める。



あの白い鉄柵の先、事実があるかもしれない。



僕が知る限り、僕を救おうとしたが故に、無惨にも僕が命を絶たせてしまった事以外には、地縛する理由も特に思い当たらないカナデ・・・


・・・だったものが有るかもしれない。



僕は、それを知るのが怖いと思った卑しい自分に心底嫌な何かを感じたが、

それと等しく、恐怖を感じて震えが止まらなくなっていた。



一歩。




二歩。





そして、三歩。




白い柵に、ぐっしょり汗に湿った手をかけた。



目線を落とせば、そこに彼女は居るかもしれない。



「ゴメン。ゴメン。ゴメンナサイ。」



何に謝ったのか。

最低な自分か。

カナデを死なせた事なのか。



「いつだって、僕は駄目なままじゃないか・・・」



落とした目線の先に、カナデは居なかった。


正直安堵した僕は、この一時で一気に吹き出た汗を拭う事なく、僕達が散った筈の地面を睨み付けていた。

汗が額を伝って、鼻の筋で落ちる。

一滴の汗は肌から離れ、下へ下へと小さく遠くなっていき、地面に着いたのかどうかも、もう肉眼では確認できなくなった時、

僕は初めてその違和感に気が付いた。



「――――血が・・・・飛び散ってない。」



此処から確認出来るあそこは、まるで自殺なんか無かったかの様に、ただのコンクリートだった。



柊奏ヒイラギソウの額から立て続けに数滴、汗の粒が落ちていく――――――――――





ボツりと1つ。

雲は変わらず優雅に浮いていた。

もう幾らかの時間、彼を真上から見下ろすように。

全くそこから、動く事なく。


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