序章『いつだって、』
「サヨナラ人生、ゴメンナサイ。」
柊奏はそう言いながら、全体重を支えていた右手を、錆が少し目立つ白い鉄柵から離した。
出来るだけ、意識しないように。
出来るだけ、すがら無いように。
ふわっとした風が下から吹いてきて、背中を擦って、太股をなぞって、少しだけ膝の裏がこそばくて、ズボンの裾が慌ただしくはためいて、足首が心地よい。
随分とゆっくりとした時間の流れの中で、風が髪を巻き上げる。
揺れた髪の隙間から見えた空は、一面に広がっていて少しずつ離れている筈なのに、微塵ともそれを
感じさせない程雄大だ。
清々しい筈なのに、水色が滲む。
後悔なんて無い筈なのに、涙が溢れてくる。
「何もかもが嫌になったから、僕はこれを選んだんじゃないか」
なのに、
僕は、届く筈の無い空に手を伸ばした-----------------
------------------------光に透けて、ぼやけた僕の指の隙間から、5つの黒い点が現れた。
黒点はぐっと線を伸ばした。
と思えば直ぐに短くなって、手の甲に絡み付く。
何に縛られる事も無く、一瞬の余生を硬いコンクリートに向かっていた僕を突然覆った影と、掌に感じられる確かな温かさが
自殺を図り、仰向けに落ちる人に対して差し出された救いの手だと言う事に気が付いたのは直ぐだった。
しっかりと絡めた指の先、僕と空の間をを無数の線が酷く乱暴にかきむしってる様に見えた。
「長い・・・髪」
未だ風が立てる轟音が、救いの手は間に合わず、僕だけで無くもう1人犠牲者を出す結末になる事にも直ぐに気が付いた。
手遅れ、に直ぐに気が付いた。
なんて言葉遊びを数秒後には砕け散って無くなる(かも知れない)頭で反芻している矢先、
繋いだ僕の右手を横に押しのけて、彼女は僕に言ったのだった。
「いつだって-------------------・・・・・・・・・・・・・・・」
僕はそれを聞き取れなかったし、
彼女が僕の幼馴染の奏だった事は解かったけど、
僕も、彼女も、死んだんだろう。
多分。