脱出。1
スパイはどんなに過酷で長期的な任務でも耐え忍ぶことが仕事だ。仕事のほとんどで監視などの体力仕事が多いのもあり、足腰を鍛えるのはスパイとしての義務である。そうして作り上げた体は決してじっとするためだけに機能するに限らない。全力で追いかけてくる相手から逃げるためにより長く全力で走ることの出来る体も作り上げられるのだ。
「リン、まだ走れるか!?」
「喋らなければもっと走れます!」
尋問部屋から脱出した私達はまずこの基地にあるデータセンターを目指した。そこには今までにやってきた悪行の数々がデータとして保管されており、それを持ち帰ることが出来れば明日にでもこの組織のオーナーに成り替わる事だって出来る。でも私達はそれを金にするために盗み出すことに決めた。スパイは決断してからの行動が早い。ものの数分で組織の人間から2人分の身包みを確保しデータセンターに忍び込んだ私達は難なくファイルを頂戴し格納庫のシャトルでとんずらを決め込むはずだった。
だが私の顔に浮かび出たあざは言い訳するには苦しい材料だ。
すぐにばれてしまった私達はこうして逃げ回り、ほぼ強行的に格納庫へと向かっている。
「くそう、いくら悪党でも女の子に手ぇあげるたぁ感心しねぇな!」
「私はまだ生易しいぐらいですよ、それよりここの奴隷さんのほうがもっと酷いんですからっ」
「知ってるよ。みんな知ってる、知らなかったのはお前ぐらいだ」
「どういうことですか!?」
「俺はお前の教育係にされてるんだ、実地の下見ぐらい済ませておかないとな!」
呆れた。まさかこの状況になることが予測されていた?
「さあな、そこまでは知らないよ」
「何故です、あなたは個人のスパイじゃないんですか?」
「ああ、スタイルはね。でも俺今は雇われだかんね」
「何処の?」
「喋るな、体力使って息切れするぞ」
「後ほど追及しますのでそのつもりで!」
幾重もの妨害を潜り抜け、遂に目的地まで到達できた達成感は表現しづらい。内心は喜びと気持ちよさで満ち溢れているが、また別に差し迫るピンチやこれからの状況への心構えでその心情を満足に味わえないのが玉に傷。喜びだけを感じたいなら学校の運動会に出場してみるといい。
格納庫へたどり着いた私達はメカニックからの激しい工具の雨に晒されながら乗ってきたシャトルへと全速力で向かっていた。
だがマイケルは途中で何か面白いものを見つけたらしく、いきなり進路を変えるので物凄く焦った。なんとか追いかけたけど。
「リンよ、あいつを頂こう!」
「え、シャトルじゃないんですか!?」
「シャトルに鉄砲が付いてるか? みんな外したろう」
「そうです。でもそれって」
「そう、人型制宙兵器。アームズギアだ!」
マイケルの走る先に仁王立ちで固定されている巨人の姿が目に付いた。
宇宙でも目立たない黒い塗装にブルーグレーの散りばめられた配色は軍用の特殊迷彩だ。おまけに武装もガッチガチ。警察の大型巡視船レベルならあれ一機だけでも撃ち落せそうだ。それが可能な大型レールガンもこの目ではっきりと確認できる。全ての装備が軍用のものだ。
全長8~14Mの大きなロボット。世界中でそのサイズの人型ロボットをアームズギアと呼んでいる。それ以外だとただ単純にロボットだ。
「リン、君はギアを操縦できるか?」
黒い巨体の足に身を隠れ操縦権をハックするマイケルが言った。
私はうなずく。経験があったから。
「一度乗ってみたほうがいいと、トリニティの教習で教わりました」
「源チャリ感覚だな。お前さんとこ、どういう感覚でギア扱ってるわけ?」
「知りませんよ」
「まあそうだろうな。俺は陽動を仕掛けるから君はこいつを動かせ」
「でも軍用は初めてです」
「基本操作はレバーとペダル、あと音声操作だ。これだけだと車と変わらないだろ? 違うのはタイヤの付いた箱じゃなくって足の付いたスーパーコンピューターって事だけだ」
そう言ってマイケルはリモコンのようなものをポケットから取り出しその手の親指を立てた。
「簡単にコクピットに取り付けるようにしてやる。後は任せた。ついでに追っ手も足止めしてやるよ」
親指がリモコンのボタンに吸い込まれる。刹那、遠くで爆発音が轟き至る所の照明が消えた。そして重力も無くなり、色んな物が浮かんでいく。
「わ、なにしたんですか!?」
「爆弾だよ。もう忘れたのか? そんじゃ、またあとで」




