おっちょこちょいなスパイ達。3
「ごめんね新入りちゃん、ここの皆は言葉が話せないんだ」
ふと突然に、私の耳ははっきりとした言葉をキャッチした。
その声は空間を反響し何処からしたものか分からず、何度か辺りを振り向き続けているとまた聞こえた。
「こっち、こっちだよ」
「どっち? どっちなの?」
「こっちだってば、お嬢ちゃん」
そこには檻が一つだけ、空間の隅っこにおかれていた。
まさか、と思わずぼやいて中を覗くと、体を布切れで纏った金髪の女の人がそこでうずくまっていた。
それはそれは大層痛々しく見え、将来の自分もこうなってしまうのではと頭を過る。
「あ……」
「やあ」
「ど、ども」
「君でここの住人は354人目だ。ようこそ、よく来たね」
女の人はやつれた顔で微笑んでいた。赤と青のオッドアイが綺麗なお姉さんだった。
「あのう、どう見てもここの人たちは30人もいないんですけど他の方達は?」
「あぁ、皆僻地に売られたりここで死んだりして減った」
聞かなければよかったと後悔。
だけどこの人はちゃんとコミュニケーションが取れそうで安心した。
ここから脱出の糸口を探して綻んでいかせる方針を取っていこう。それには、まず周囲の状況確認だ。
「もし? 一つ質問があるのですが」
「なんでも」
「他の方々は何処の言語を喋っているんです?」
「みんなここの言葉だよ」
私の知る限りじゃここの星系は言語が統一されていたんじゃなかったっけか。
「え、あのような言葉は聞いたことないのですが」
「みんな舌を抜かれてる」
言葉を呑むとはこのことだ。
あまりにショックに私はどんな顔で周りを見回したのだろう。恐らく、とてつもなく引きつっていたと思う。
「君も抜かれる」
「じょじょじょ冗談じゃありませんよ! べろがなくなっちゃったらどうやってご飯を楽しむんですかぁ!?」
「え、そこ……? ここのご飯は苦くてまずいから、逆にありがたいんじゃないかな。ライスのスープに栄養剤を入てかき混ぜただけだし」
「それで生きていられるんですか?」
「現に私はここで2年生きながらえたよ」
「でもあなたには舌があります」
「ここのオーナーに気に入られてるからね。私だけは時々上等なものが食べれるのさ。でも、他の皆は地獄よね、舌がなくて助かってるのは本当だと思うけど」
うへぇ、本当に地獄な世界だ此処は……。
「最後にもひとつ」
私は両手を合わせ、極力可愛くおねだりしている風に見えるよう努めた。内心、私なりの強がりだ。
「何でもどうぞ」
「ここに出口ってあります?」
スパイの基本はかくれんぼ、とは私を鍛えてくれた教官の一人の口癖だった。
その意味はただ見つからないスキルを高めろというわけじゃあない。どんな所にでももぐりこめるようになれ、という意味だ。
「すご~い、あともう少しです。皆さん頑張って!」
「そーれ皆、もう一息だ。ワン、ツウ、サン、シー!」
「エー、エー、オー!」「エー、エー、オー!」
ここからの脱出を提案したところ、全員が私に協力してくれることになった。
長身の男と女が肩車して天井のダクトをこじ開けてくれている。奴隷用として長~く使われていたこのハンガーだ。誰も備品のメンテに来なかったようで蓋はガタガタになっていた。程なくして蓋はすんなり音を立てて地面に落ちた。
「今日は凄いゲストが来たもんだ」
檻の中のお姉さんはとても嬉しそうに言った。
「海賊の女スパイか……君みたいな可愛らしい子が凄いじゃないよ」
褒められてちょっと口元が緩んでしまう。
「まだまだ見習いです。そう褒めないでくださいな」
「でも言ってよかったんだ。自分がスパイだって教えても」
「本当だったらダメですよ。でも教官が言ったんです。ピンチになったら現場では臨機応変、それで上手くいったら結果オーライだ、て」
それでもスパイ訓練一年延長位は覚悟しなくちゃいけないだろう。でも今は兎に角脱出最優先だ。
「おー、あおん」
「『よう、カモン』だってさスパイさん」
私は走りながら全員に向けて何度も何度も頭を下げた。
今回は私だけ逃げるが、後で必ず助けに戻る。だからもうしばらく耐えて欲しい。
事を起こす前に全員の前でたてた誓いだ。気持ちよく納得してくれたことに私は応えたい。全力でやり遂げてみせる。必ずだ。
「昇りますね、失礼します」
肩車して通風口まで腕を伸ばしてくれている男女に駆け寄った私は、屈強な男にたかいたかーいしてもらって距離を稼ぎ、そこからは男女の体を伝って自力で天井まで登っていった。ダクトに手が届くとお姉さんの声が後ろから響いた。
「頑張ってね、未来の女ルパン」
私は親指を立てて見せ中に入る。少しだけ別れ惜しさを噛み締めていると後ろから何かが閉まる音が。
見るとダクトのフタが元の位置に収まっていた。
「いつか必ず戻ります」
その時まで、皆様どうかご無事で。




