脱出。2
マイケルが何処か別のところに漂っていくのを横目に私はアームズギアの胸部へ跳ねた。幾百もの銃弾が近くを過る音を聴きながらやっととりつけたコクピット。ギアの操作は世界共通規格な筈だから、前に習った手順で起動を試みてみる。
案の定、すぐにエンジンが始動した。軍用も思ったより楽勝だ。
「ええっと、音声入力。コクピットハッチ閉鎖。コマンド、アクティブ。対人兵装ロックそのまま、その他の武装ロック解除。周囲確認、機体固定装置、ボルト破砕! お願い、前に進んで……ッ!」
動いた!
コクピットが揺れる。G制御システムのオンオフを忘れたが、他の起動はバッチリだ。これなら逃げれる。
「マイケルさん、聞こえますか!? やりましたよ、さあ逃げましょう!」
『ちょっと遅かったな、こっちはもう得るもん得たぞ。先に行け』
刹那、モニターに1隻の巡視船が現れた。ちょっと狭い格納庫で暴れるにはかなりでか過ぎる1隻だ。
そいつは格納庫の隔壁へ体当たりして吹き飛ばし、中に溜まった酸素が一瞬のうちに宇宙へと飲み込まれていった。その急な減圧にギアも放出され、いつの間にか私は宇宙漂うデブリに混ざっていた。
『久しぶりの宇宙だ! こんな何もない真空空間がここまで開放的だ何て思わなかったなぁッ』
凄くうれしそうなマイケルの絶叫が聞こえる。思わずインカムの音量を落としたがそれでも鼓膜が痛い。レーダーを見ると放出された機材やシャトルやらでノイズだらけだがしばらくすればそれも落ち着くだろう。
だがまずはここから離れて最寄のコロニー惑星所有の軌道エレベーターに急がねばならない。この基地のことを早く通報するのだ。
『よし、あとは急いで撤退だ。コロニー惑星に進路を向けて全速力で逃げよう』
「了解です」
『ついて来れるか?』
「自信はありませんが」
『つまりもしかしたら出来るってことだな。初めての実戦でギアを扱うにゃ上出来だ』
そういって巡視船はお尻の噴射剤に火をつけた。船体が巨大なせいで吹かす推力も桁が外れている。全速力で追いかけるのが精一杯だった。
だが遅れはしない。今乗っている軍用ギアも恐ろしいほどの速力を持っており何とか巡視船に随順できている。そのスピード感は素晴らしいの一言だ。
『なあ水無月リン、今回の仕事はどうだった』
「なんですか突然?」
『悪かったな、こんな目に遭うなんて正直予想外だったんだよ』
インカムの音量を元に戻す。落ち着いたマイケルの声はとても静かだった。
「私は別に気にしていません。いい勉強をさせていただきました」
『それにしても歯が2本取れるってのは手痛い勉強代じゃないか』
「あれ? なんでそのこと知ってるんですか」
『スパイの嗜みだよ。どんな状況でも周りの人間を観察するのがプロってもんだ、特に仲間のステータス管理は事欠かないほうがいいぞ? 大事なモノを見落としてると、いざって時に閻魔様と謁見してる自分を見る羽目になる』
「閻魔? え、その言葉って確か」
『ああ、君の故郷の神様だろ? えぐい奴を崇め称えてるなんて変な種族だよジャパニーズって奴は』
呆れた。マイケルはこの任務の前から私の出自を調べ上げていたらしい。出会った当初の「わお、俺のパートナーはなんて可愛らしいお嬢さんだ。聞いてないぜ」ってセリフが今なら白々しく聞こえてしまう。
「八百万の神様って言葉があるぐらいですから。うちの故郷」
『地球か……、俺達の住む惑星独立共鳴連合と敵対する地球国連政府軍の人間がなんでトリニティに』
「内緒です」
『あとで調べ上げてやるよん。ヘヘヘ』
気持ち悪くほくそ笑むマイケルの声にまぎれてアラートが鼓膜を刺激した。
デブリにでもぶつかってどこか壊れたのかとアームズギアのステータスを確認したが何処にも異常は見当たらない。どうしたんだと計器を全て見回していると妙なランプがチカチカ瞬いている。
なんだろう、これ。
『まずいぞ、リンの機体ロックされてる!』
「え、普通に操縦が利きますが?」
『そうじゃない! ミサイルに狙われてるんだ、今すぐブレイクだ! ミサイル用のまきびしを撒くんだッ』
「え、ちょま、うえええええ!?」