おっちょこちょいなスパイ達。1
突然だが自己紹介をさせて欲しい。
私の名は水無月リン。ひょんな理由で現在宇宙海賊お抱えスパイ兼学生をワークしている。
やっていることは様々で、時には尾行、時には盗撮、時には不意打ちノックアウトでなんとか今までやってきた。
仕事は好きだ。学生やってる傍らスリリングなことしてる非日常感が毎日のモチベーションを支えてくれてる。仕事は別に危ないものでもないし、ただ上から言われたとおり情報を持ち帰るだけのパシリだからプロ意識があるといわれたらそうでもない。
この活動は私にとって非日常的なゲーム感覚で出来る、いわば天職というわけだ。
おまけに常日頃から宇宙に上がるもんだから学校ではちやほやされる。お嬢様だと学校じゃ思われてて、私は豪華客船会社の娘と言う設定まで付いた。本当は海賊だってこと、周りは夢にも思わないだろう。
実に平和だなぁ。星の上は。
「リン、お前なにしてるんだ?」
「見て分かりませんか? 数学ドリルです」
横に細長い数学の問題集とにらめっこするのは得意なほう。むしろそれに一筆入れるのが大変だ。
かれこれ一問解くのに5分以上は浪費している。この調子じゃテストはマズイ。
「なんだこの位分からないのか」
「うるさいですね、このペンであなたのメットに落書きしてあげましょうか?」
「よしてくれよ、そんなことされたら雑魚の尾行ひとつもままならないぜ」
そう言って隣の運転席に座る宇宙スーツの男は肩を揺らした。
男の名前? いや、私は知らない。この男とはたまたま仕事の都合上一緒になっただけで何処の人間かも聞かされてはいない。
ただ上の人間は『裏切らないから安心しろ』とだけ言って私を小惑星帯に置き去りにしていった。
「それで、『スラブコーポレーション』の秘密基地は見つかりましたか?」
「あー、見えてるよ」
「うぇ!? い、いつから!?」
「ついさっきだ、お嬢さん」
私はドリルを鞄に戻してメットの望遠機能をオンにする。
「うー、何処ですか」
「あ、リンク忘れちった」
男が手首にあるコンソールをなぞると私のメットに赤の四角が出力された。そこに向かって望遠すると、他よりひときわ巨大な石の塊が見える。小惑星だ。
それだけじゃ普通の小惑星と変わらないのだが、男がそれだと確信したのはその石っころに何本も何本もアンテナがきのこのように生えていたからだ。これじゃあ不自然すぎてもろ判り。この小惑星は作り物ですよー、と宣伝しているのと同じである。
「あいつらこんな所に基地があったとは……! 私達海賊のサンクチュアリにクマノミの如く寄生しくさるとは許せない……!」
最近おかしいと思ったのだ。
私達の海賊は一切合切奴隷商売に手を染めていないのに、ニュースや新聞で奴隷を扱ってるとか流されて。
学校でも海賊の噂は立ってその評判はいまやマイナスの域だ。私に寄って集る生徒の皆様は目に涙を溜めながらこの身を毎日案じてくれている。可愛いから攫われないか心配だー、だそうな。
あるわけないでしょ、私がその海賊なのだから。と言ってやりたいのを何とか堪え今日で一週間がたっていた。
「すぐに知らせねば!」
「待ちたまえリン」
手首のコンソールに電話番号を打ち込んでいた私の右腕を男が掴む。
「な、何を!」
「いや悪い。だけど君はもう少しスパイについて勉強する必要がありそうだと思ったんだ」
「見つけたんだから報告するのは当たり前でしょうが」
「まずいよ今この瞬間まで何処に潜んでいるのかすらわかんなかった相手だぞ? そう簡単に自分の居場所を晒す気か」
言われてみればそうだ。
「じゃあ一度戻りましょうよ」
「いや、それもやめといたほうがいい」
「なんで」
男は腕を組んでシートにもたれた。だが顔だけは外の一点を見て離さない。
お互い何処を見ているのかリンクしていたからすぐにわかった。秘密基地の右へ10キロほど離れたところに光る物体が見える。望遠で覗くと、巨大なランチャーのようなものでこちらを狙う人型のロボットの姿があった。
「あわ、あわわわわ……」
「俺もヤキが回ったなぁ。なんちって」