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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第十話 二人一組

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二人一組3

 ルクト・オクスは同門のラキア・カストレイアとパーティー(というよりコンビ)を組んで迷宮(ダンジョン)の十一階層を目指すことにしたわけだが、しかしだからと言って合同遠征を止めたりはしなかった。なにしろ稼ぎ的にはこっちがメインで、これのおかげで借金完済のメドが立っているのだから。


「別にかまわないぞ。そこら辺はルクトに合わせるさ」


 ルクトが合同遠征のことをラキアに話すと、彼女は気楽な調子でそう言った。ラキアの合意がもらえたところで、ルクトはさらに彼女を連れて行くことを合同遠征の窓口を担当しているギルド〈水銀鋼の剣(メリクリウス)〉のイズラ・フーヤに伝える。合同遠征それ自体には特に関係しないから伝えなくてもいいとは思うのだが、念のためだ。いきなり連れて行くのと事前に知っているのでは、やはり人々の受け止め方が違うのだ。


「それで、ラキア様とルクト様はどういったご関係なのですか?」


 ラキアのことを特に何も言わず了承すると、付け足すようにしてイズラはルクトにそう尋ねた。彼女の様子はいつも通りどこまでも事務的だ。だが、事務的に処理するだけならこれは尋ねる必要のない事柄だろう。それで、これが単なるイズラの好奇心によるものなのか、それとも何か意味のある問い掛けなのか、ルクトには判断できなかった。


「……同郷で同門の幼馴染、ですかね」


 結局ルクトは正直に答えた。するとイズラは「そうですか」と表情を変えずに呟き、「ラキア様のことはこちらで知らせておきます」と言った。


 特に心配はしていなかったが、話がすんなりと進んでルクトは胸をなでおろした。そして、「自分はやっぱり武芸者なんだな」と苦笑気味に痛感する。こういう事務的なことはどうにも面倒くさかった。


 そして迎えた、ラキア初参加の合同遠征。まあ参加するといってもルクトにくっついて走るだけだが。〈プライベート・ルーム〉の中でゆっくりしている権利のないことはすでにラキアにも話してあり、彼女も了承済みだ。


 合同遠征に参加するパーティーの中で最初に迷宮に入るための受付を済ませると、ルクトとラキアは迷宮の入り口のエントランスの部分で他のパーティーを待った。そして受付を済ませたパーティーが一つずつ現れ、ルクトの開いた〈ゲート〉を潜って〈プライベート・ルーム〉の中に入っていく。


 ただ、最初のパーティーは〈プライベート・ルーム〉の中に荷物を置くと、また外に出てくる。彼らが最初の護衛になるのだ。そして今回最初に護衛をしてくれるパーティーはルクトにとって少しだけ馴染みのあるメンバーだった。


「久しぶりだな、ルクト君」


 笑顔を浮かべながら親しげにそう声をかけたのは、ヴィレッタ・レガロだった。スレンダーな身体つきで背も高く、切れ目が印象的な美人だ。彼女は今年の夏休み前、つまり七月の末に武術科を卒業した、ルクトの先輩に当たる人物である。ちなみに学園にいたときには〈赤薔薇の騎士〉の二つ名で呼ばれていた実力者だ。


「お久しぶりです。それと、就職おめでとうございます」


「まあ、就職自体はほぼ一年前に内定を貰っていたがな」


 ヴィレッタは苦笑気味にそう言った。彼女たちのパーティーは実技の卒業要件を五年次の、しかも年が変わる前に達成したいわゆる〈エリート〉である。そんな折り紙つきに優秀な彼らは、もちろん数々のギルドから引く手数多だった。


 五年次の終わりごろに就職先のギルドを決めて内定を貰うと、ヴィレッタたちは六年次の一年間のほとんどをそのギルドに入り浸ってすごした。建前はバイトだったが実質的には新人教育で、そして卒業と同時にこうして即戦力として働き始めたのである。


「じゃあ、パーティーごと引き抜かれたんですか?」


「まあな。おかげで学生気分がなかなか抜けないぜ」


 男っぽい口調でそう言ったのは、ヴィレッタのパーティーメンバーであるセイヴィア・ルーニーだった。男性と比べても長身で、そのせいか一見して分からないが起伏に富んだ女性らしい体つきをしている。長い銀色の髪をした頭には、トレードマークである広いつばの付いた男物の帽子を被っていた。ルクトは去年の夏休みに彼女とパーティーを組んだことがあるが、その攻撃力には特筆すべきものがある。


 ヴィレッタの率いるパーティーとは一度だけ迷宮の中で会ったことがあるが、セイヴィアの言うとおりその時の顔ぶれと今のメンバーはまったく同じだった。とはいえコレは珍しいことではない。ギルドが欲しいのは優秀な個人以上に練度の高いパーティー。〈エリート〉である彼らはそれにピッタリと合致するし、また彼ら自身もそういうパーティーを解散するのは惜しいと思ったのだろう。気の合う仲間とは、そうそう簡単に得られるものではないのだ。


「在学中はフラれてばかりだったからな。こうして君と一緒に迷宮に潜ると思うと感慨深いよ」


「……誤解を招くような言い方は止めてください」


 冗談めかしてからかう様子を見せるヴィレッタに、ルクトは少々げんなりしながらそう応じた。在学中、ヴィレッタは彼のことを自身の所属する学内ギルドに入るよう熱心に誘っていたのだ。もちろんルクトはその誘いを全て断っていたのだが、引き際をわきまえたヴィレッタのことが彼は決して嫌いではなかった。


「それで、こちらがラキア・カストレイア嬢か」


 すでに話を聞いていたのだろう。ヴィレッタはルクトの隣に立つラキアに視線を向けると、「よろしく」といって微笑んだ。


「こ、こちらこそよろしく」


 慌てた様子で頭を下げるラキアの顔は、少しだけ赤かった。そんな幼馴染の様子を見て、ルクトは「そういえば先輩は同性にモテるんだったな」と、どうでもいい情報を思い出していた。


「んで、ラキアちゃんはなんでまたカーラルヒスに?」


「練気法を、習いに来ました」


 軽い調子で尋ねたセイヴィアに、ラキアはしっかりと答えた。それを聞くとセイヴィアは「へえ」と面白そうに笑った。


「じゃあ、同門だな。よろしく」


「セイヴィアさんも練気法を?」


 ラキアがそう尋ねると、セイヴィアは「ああ」と答えた。ただ、先月は色々と忙しく、道場には顔を出せなかったという。


「ま、もう結構落ち着いてきたから、ちょくちょく道場にも顔を出すさ」


 さて、そんな話をしているうちに、合同遠征に参加する全てのパーティーが受付を終えて〈プライベート・ルーム〉の中に入った。それを確認するとルクトは〈ゲート〉を消し、そしてヴィレッタらのパーティーに先導されて迷宮の中を疾走していく。合同遠征の始まりである。


(……そういえば、似てるな)


 前を走るヴィレッタの後姿を見ながら、ルクトはそんな事を考えた。彼女とラキアはどことなく似ているように思える。ただし、容姿が似ていると言うのではなく、雰囲気や人間性といったものが似ているように思うのだ。


(ただ、ヴィレッタ先輩のほうがやっぱり大人、かな……?)


 ルクトの言う「大人」とは、言葉通りの年齢のことではない。人間的な成熟、とでも言うべきもののことである。


 ヴィレッタとラキアは、例えるならば美しくも鋭い剣のようなものだとルクトは思っている。ただし、ラキアが抜き身の剣であるのに対し、ヴィレッタは鞘に収まった剣だ。


 ヴィレッタは確かに優秀な武芸者だが、彼女はそれ以上に有能なリーダーだった。パーティーのリーダーとして、また学内ギルドの幹部として仲間を率いてきた。そして恐らくは、就職したギルドでもすでに将来の幹部候補として名前が挙がっているのだろう。


 ルクトには彼女のそういう経験や能力が、ヴィレッタの立ち振る舞いに自信と余裕を与えているように思えた。それは今のラキアにはないもので、そしてルクトにもないものだ。


(二年……。二年差か……)


 二年後、ルクトは武術科を卒業する。その時自分はどんな人間になっているのだろう、とルクトは考えた。ヴィレッタのようになる必要はないだろう。だが彼女がこの二年で培ったものと同等のなにかを、はたして自分は培うことができるだろうか。


(まったく、追いかける背中ばかりだ……)


 苦笑しつつ、ルクトは目の前の背中を追いかける。



▽▲▽▲▽▲▽



「話には聞いていたが、これはキツい……」


 十階層の大広間に着き、〈プライベート・ルーム〉の中で待機していたパーティーがそれぞれ攻略に出発したのを見送ると、ラキアは途端に疲れた顔を見せた。どうやら今までは多少なりとも強がっていたらしい。


「ルクトは疲れてないのか……?」


 そう尋ねるラキアに、ルクトは「疲れてるさ」と答えた。彼もラキアと同じ速度で同じ距離を走ってきたのだ。疲れているに決まっている。ただルクトに幾分の余裕があるように見えるとすれば、それは彼のほうが合同遠征の回数を重ねていて、この強行軍にも慣れているからだろう。


「さ、休もうぜ」


 そう言ってルクトはラキアを〈プライベート・ルーム〉の中に入るよう促した。数秒の逡巡の後、ラキアは諦めたようにため息をついてから開きっ放しになっていた〈ゲート〉を潜る。そんな彼女の様子を見て、ルクトは少しだけ苦笑した。


 恐らくラキアは、もっと先へ進みたいのだろう。普通の遠征では有り得ない速度で十階層まで到達したことに興奮してもいるはずだ。ただ、疲れきった今の状態で先に進むことが危険であることも分かっている。だからこそ何も言わず〈プライベート・ルーム〉の中に入ったのだ。


 汗を拭いて着替えを済ませると、二人は食事の準備をした。ただ、疲れていたこともあり調理らしいことは何もしない。あらかじめ買っておいたパンなどを沸かしたお湯を飲みながら食べた。


 お腹が満ちると、今度は途端に眠くなってくる。睡魔と無意味な格闘をしてまで起きている理由もないので、二人はさっさと〈プライベート・ルーム〉の中にあるゲルで休むことにした。


 魔獣討伐の一件で報酬としてもらったゲルだが、その中は思っていた以上に快適だった。〈プライベート・ルーム〉の無機質で堅い床とは違って、下には敷物が敷き詰められている。また気密性が高く、暖かくするのも容易だ。


 そしてなにより、窓を閉めてしまえばゲルの中は暗くなる。睡眠をとることを考えればありがたい環境だ。やはりある程度暗いほうが眠りやすく、また疲れも取れやすいというのが経験則に基づくルクトの主張だった。


 ゲルの中に寝袋を敷いて二人は横になった。ゲルの中は完全な暗闇ではないが、目を閉じてしまえばもう光は気にならない。


「なあ、ルクト……」


「ん? どうした?」


「……明日から頑張ろうな」


 ルクトが「ああ」と答えると、それっきり会話は途絶えた。しばらくすると、二人分の穏やかな寝息がゲルの中から聞こえ始める。ルクトにとっては、〈プライベート・ルーム〉で久しぶりに聞く他人の寝息だった。


 さて次の日。早く寝た甲斐もあってか早く起きたルクトとラキアの二人は、簡単な朝食を食べて身支度を整えてから〈ゲート〉を潜った。〈ゲート〉を出た先は昨日と同じ十階層の大広間。モンスターが出現(ポップ)するかもしれないので二人は腰間に吊るした太刀の柄に手を沿えて〈ゲート〉を潜ったが、幸いにして出てすぐの遭遇戦を戦う事態にはならなかった。


「……さて、まずは地底湖だな」


 緊張の度合いを下げ、太刀の柄に沿えていた手を離してルクトはそう言った。それを聞くと、ラキアは不満げに眉を跳ね上げる。


「十一階層を目指すんじゃなかったのか?」


「もちろん。だけど、稼ぎも同じくらい重要だ」


 ハンターにとってより深い階層を目指すことは確かに重要だが、しかしそれだけでは食っていけないのである。不満げな表情を浮かべながらも頷くラキアを見て、ルクトは忍び笑いをもらすのだった。


 さて十階層の地底湖を目指してルクトとラキアは迷宮を進む。ただ地底湖は大広間よりも深い位置にあるので、こうして進んでいても十一階層を目指すことにはなっている。決して大広間から戻るわけではないことを知ると、ラキアの不満も和らいだようだった。


 迷宮の白い通路の上を二人は進む。そして二人が進む通路のその進路上に、マナの収束する輝きが二つ表れ燐光を放ち始めた。モンスターが出現する兆候だ。すでに見慣れた光景だが、しかしやはり目にすると緊張が高まる。


(ちっ……! 場所が悪いな……)


 二つ光が徐々に輝きを増していくのを見ながら、ルクトは内心で愚痴をこぼした。今二人が歩いている通路の幅はおよそ五メートル。決して狭くはないが、広場とは比べようもない。二人が肩を並べて戦うのは、少々無理があるだろう。


(そうなると……)


 そうなると、前衛と後衛に分かれるしかない。そしてどちらがどの役回りをするかなど、ルクトにとって考えるまでもないことだった。


「ルクト! 後ろは任せたぞ!」


「はいはい。気ぃつけてな」


 予想通り飛び出していくやる気に溢れた背中を、ルクトは苦笑気味に見送った。そして飛び出したラキアが見据える先で、二つの光が一際強い光を放つ。ついにモンスターが出現するのだ。


 表れたモンスターはいわゆる〈リザードマン〉と〈スケルトン〉だった。二体とも右手に剣を持ち、左手には盾を装備している。


「ラキ、一体蹴り落とせ!」


 もったいない、と思いつつもルクトはそう指示を出した。通路から蹴り落とせば、当然そのモンスターが残すはずだった魔石やドロップアイテムは回収できない。だが細い通路で複数のモンスターを相手にしていると、人間のほうが落ちてしまう可能性が高くなるのだ。そうなった場合の代償は、いうまでもなく「死」である。


 だからその危険性を下げるため、素早く敵の数を減らす必要があるのだ。倒してしまえればそれが一番いい。だがそのために時間をかけていては本末転倒。そこで突き落とすなり蹴り落とすなりして手っ取り早く数を減らすというのは、安全を考えれば十分に“有り”な選択肢なのだ。


 ルクトの声にラキアが頷く。そして太刀を鞘から抜くと、〈スケルトン〉が振り下ろす無骨な一撃を刀身の上で滑らせるようにして受け流した。


 ガクリ、と〈スケルトン〉が体勢を崩す。その隙にラキアは盾を持っている左側に回り込む。攻撃を警戒したのか、〈スケルトン〉は盾をかざした。しかしそれこそラキアの待っていた行動である。眼前に構えられた盾に、ラキアは乙女らしからぬ強烈な蹴りを叩き込んだ。


 当たり前の話だが、筋肉を持たない〈スケルトン〉は軽い。そして軽い〈スケルトン〉はラキアの強烈な蹴りの衝撃を堪えることができず、そのまま吹き飛ばされた。足をもつれさせつつも堪えようとするが、しかし上体が派手に泳いでいる。結局堪えきれず、後ろに倒れこむようにして墜落した。


 よし、と声には出さすに歓声を上げると、ラキアはすぐに後ろに飛んだ。残ったもう一体のモンスター、〈リザードマン〉が剣を振り上げて迫ってきたからだ。振り下ろされた剣を余裕を持ってかわしたラキアは、太刀を正面に構えて青い鱗を持つ〈リザードマン〉を見据え獰猛に笑った。


「ルクト! 集気法を頼む!」


「あいよー」


 ラキアの楽しげな声に、ルクトの少々気だるげな声がこたえる。モンスターとの間合いが空いており、スイッチして前衛と後衛を入れ替えてもいいタイミングだったが、しかしラキアにその意思はない。ルクトの声を聞き、身体が烈に満たされるのを感じると、彼女は素早く前に出た。


 ラキアは〈リザードマン〉と真正面から切り結ぶ。側面に回り込もうとしないのは、ここが細い通路の上だからだ。いつもの感覚で動けるほど広くはないし、タックルの一つでも食らえばそれだけで落ちてしまいそうな場所なのだ。


 真正面からやり合っているせいか、太刀と剣が激しく打ち鳴らされる。もちろん可能ならばかわしているが、そもそも回避できる範囲が狭いのだ。どうしても受け流したり受け止めたりする回数が多くなった。回避に重きを置くカストレイア流の戦い方からは少し外れている。そのせいか、ラキアは少し押され気味だった。そもそも真正面から切り結んでいる以上、盾を持つ〈リザードマン〉のほうが有利なのだ。


 しかしそれでもラキアは引かなかった。防戦気味ではありながらも時折鋭い反撃を繰り出し、むしろ〈リザードマン〉を後退させている。休むことなく、途切れることなく彼女は太刀を振るい続けた。


 もしこの場にラキアの戦いを観察しているルクト以外の第三者がいたら、その戦いぶりに違和感を覚えたかもしれない。彼女は休むことなく、途切れることなく動き続けている。それはつまり、集気法を使っていないということだ。


 集気法を使って烈を補充しなければ、武芸者は身体能力強化を使うことはできない。それは不変の摂理だ。だが、集気法を使っていないはずのラキアの動きは、しかし間違いなく身体能力強化を使っている。これは一体どういうことなのか。


 仕掛けはラキアの個人能力(パーソナル・アビリティ)だ。彼女の個人能力は〈マーキング〉という。名前の通りマーキングを施す能力である。そして人間にマーキングした場合、マーキングされた者同士の間で烈を共有化できるのだ。


 つまりラキアが烈の補充をせずに動き続けられているのは、その分ルクトが集気法を使い烈を練っているからなのだ。そしてその烈を〈マーキング〉によって共有化し、ラキアが使っているのである。ちなみに有効範囲はラキアを中心として半径四十メートル程度。この先の成長如何ではさらに広くなる可能性もある。


 この能力はパーティーを組んだときに真価を発揮する。六人パーティーの場合、前衛と後衛はそれぞれ三人ずつ。〈マーキング〉によって六人全員の烈を共有化しておけば、前衛は今のラキアのように集気法のための小休止を挿むことなく戦い続けることができる。烈の消費が大きい技も使いたい放題だ。


 閑話休題。話を戦いに戻そう。


 自身の個人能力によって集気法を使う手間を省いたラキアは、〈リザードマン〉の攻撃をいなしつつ果敢に攻め立てる。だがやはり、盾を持つ〈リザードマン〉にはあと一撃が入らない。


(スイッチして、ルクトの抜刀術に期待するか……?)


 激しい戦闘を続けながらも、ラキアの頭の中には冷静な部分が残っている。このままでは時間がかかると判断した彼女が、流れを変えるべくスイッチを叫ぼうとしたその矢先、〈リザードマン〉が大きく剣を振りかぶった。


(ちょうどいい……! これに合わせて後退、スイッチする!)


 そう思いラキアは剣を見据え、スイッチを叫ぶ瞬間を見極めんとする。だが、その剣が振り下ろされることはなかった。〈リザードマン〉は剣を振り上げた姿勢のまま大きく仰け反り、そして断末魔の悲鳴を上げながらマナへと還って行ったのである。


 マナへと還元されて消え行く〈リザードマン〉の向こう側に見えるのは、袈裟切りに太刀を振りぬいたルクトの姿だ。ラキアが〈リザードマン〉を抑えている間に、彼は〈ゲート〉を操作してその背後に回りこみ挟み撃ちにしたのである。〈プライベート・ルーム〉を使った擬似的な瞬間移動の実戦への応用だ。


「よ、お疲れさん」


〈リザードマン〉が完全にマナへと還元されその姿が消えてなくなると、ルクトは太刀を鞘に収めてから固まっているラキアにそう声をかけた。その途端、ラキアの眉が跳ね上がる。「さてどんな文句を言われるのやら」と思ったルクトだが、ラキアが口にしたのは文句などではなかった。


「せめて一声をかけろ。それが基本のはずだ」


 ラキアの言うとおりだった。基本的なコンビネーションであるスイッチとは違い、ルクトがやったのは個人能力を応用した特殊な移動だ。その上、事前に何も聞かされていなかったラキアには予備知識がない。だからルクトの行動はラキアにとってまったくの想定外で、悪くすれば同士討ちになっていた可能性だってあるのだ。


 意思の疎通がなされないのであれば、コンビを組んでいる意味などない。ラキアはそう言いたかったのかも知れない。なんにせよ、ルクトの配慮が足りなかったのは事実だ。ずっとソロでやってきた彼の良くない面が出てしまったのかもしれない。


「悪かった。気をつける」


 ルクトはすぐに謝った。有効だったなんだと言い訳することは簡単だが、それが悪手であることはソロが長い彼でも分かる。それにルクトだって、逆の立場であれば同じことを言ったであろう。


「ならいい。……さあ、先に進もう」


 少し重くなった空気を振り払うように声音を明るくしてラキアはそう促した。〈リザードマン〉が残したドロップと魔石を回収して二人は先に進む。


 目指すは十一階層、ではなく。ひとまずは十階層の地底湖が目的地である。


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