二人一組2
新年最初の投稿ですwwww
今年も「403 シングル・ルーム」をよろしくお願いします。
赤く染まった空の下、二人の男女が並んで道を歩いている。男の名前はルクト・オクス。黒目に黒髪で、身長は平均より少し高いくらいか。一見して細身だが、それは無駄な肉が一切ついていないことの証拠でもある。夏休みが終われば武術科の五年生になり、武芸者らしく足取りは滑らかで隙がない。容姿端麗というほどではないが顔立ちはまあまあ整っている。
女のほうはラキア・カストレイアという。出身はルクトと同じく都市国家ヴェミスであり、また彼が通っていたカストレイア流道場の末娘でもある。うなじが隠れる程度まで伸ばされた艶やかな灰色の髪は日の光の下では銀色にも見える。瞳は黒のようにも見えるが、実際は深い藍色だ。身長はルクトより多少低いが、女性としては長身の部類に入るだろう。ただそのせいか女性らしいふくよかさには欠けるところがある。容姿は整っているが、つり目で、そのため見る人にキツめの印象を与えるかもしれない。
二人はカーラルヒスの郊外にあるレイシン流道場からの帰り道である。その道場の一人娘であるクルーネベル・ラトージュが「是非ウチに下宿してください」と言ってくれたので、ラキアはこれから宿に荷物を取りに行くのだ。
「なあ、本当にノートルベル学園の学生は優秀なのか?」
その道すがら、ラキアがルクトにそんな事を尋ねた。ノートルベル学園武術科の卒業生といえば、ヴェミスでもその評価は高い。だが道場でルクトの同級生であるロイニクス・ハーバンの「十階層を目指す」という言葉を聞いて、ラキアは内心で首を傾げたそうだ。
「わたしはもう十階層に到達しているぞ?」
ハンターの評価基準の一つは、「どれだけ深い階層に潜っているか」だ。だが優秀と名高いノートルベル学園の学生より、ラキアのほうが深い階層に潜っている。これはつまり噂ほど大したことはないのではないか、と彼女は言っているのだ。
「そりゃ、お前のパーティーはベテラン揃いだろ?」
熟練者が揃っていれば未熟者が混じってもカバーし、またフォローすることは比較的容易である。そのおかげで遠征は順調に進み、短期間で深い階層に潜れるようになるのだ。
だが、武術科の学生パーティーはそうではない。全員が同じく未熟なレベルから始めるのだ。時間がかかって当たり前である。
「ラキだって、パーティーの全員が自分と同じレベルだったら、こんなに早く十階層まで到達できてはいなかったんじゃないのか?」
「それは……、そうかもしれないけど……」
そういうラキアは少し不満げな様子だった。ハンターにとって到達している階層というのは、評価するうえで分かりやすい指標。一人のハンターとして自分の方が優秀だという気持ちは少なからずあるのだろう。
ただ、ハンター個人の実力というのは、実のところさほど重要ではない。遠征で重要なのはパーティー全体の練度であって、個人が突出した能力を持っていてもあまり意味はないのだ。もっとも、ここにルクト・オクスという例外がいるわけだが。
「じゃあ、なんでノートルベル学園はそんなことをしているんだ?」
最初から熟練者と組ませれば早いのに、とラキアは言った。実際、そうした彼女のほうがロイたちよりも早く十階層に到達している。
「まあ、そういう考え方もあるな」
ラキアの言うとおり、熟練者揃いのパーティーに放り込んだほうが成長は早いだろう。だが、それではある意味早すぎるのだ。
「全員が低いレベルから始まるパーティーは、当然最初は上手くなんていかない」
実力がなく、経験がなく、ノウハウもない。そんな状態で上手く攻略できるはずがない。だが壁を乗り越えながら前に進み、知識を血肉に換え、一緒に実力を高めていくことで、パーティーは成熟していくのだ。
「そういう奴らは強いぞ」
その強さは闘術ではかれる類のものではない。だから、一見してみると“強い”ことは分からない。だが、その強さは遠征にはどうしても必要なものなのだ。月並みな言い方だが“心”が強いのである。
ルクトの言葉を聞いて、ラキアは「むう」と小さく唸った。まるで自分が弱いといわれているように思ったのだ。だが実際、彼女には未熟な仲間と切磋琢磨しながら攻略を進めていった記憶はあまりない。いつも傍には熟練者がいて、彼らがフォローしてくれていたのだ。
「まあ、どちらかが正しい、ってことはないんだろうけどな」
難しい顔をするラキアを見て、ルクトは苦笑しながらそう言った。どちらにもメリットとデメリットがある。それに学園で未熟者同士がパーティーを組むことが多いのは、意図的にそれを狙ったわけではなくシステム的にそうなりやすいから、ともいえるだろう。学内ギルドなどからも分かるように、経験のあるメンバーがパーティーに居てくれたほうが楽なのは確かなのだから。
「じゃあ、ソロでやっているルクトはどうなんだ?」
「……聞いてくれるな」
意地悪げな笑みを浮かべながらラキアがルクトのほうに視線を向けると、彼はそれを避けるようにして顔を明後日の方向に背けた。
現在ルクトはパーティーを組んでいない。つまりソロだ。そしてソロで遠征を行うというのは非常識極まりないことで、異端と言ってもまだオツリが来る。当然、どれだけ一人で経験を積んでもパーティーとしての成熟など期待できるはずもなく、卒業後にパーティーを組んだら苦労するかも、とルクトは少々諦め気味だった。
「皆それぞれに苦労あり、だな」
うんうん、とラキアは訳知り顔で何度も頷いた。その言葉にルクトも「まったくだ」と内心で頷く。悩みや苦労、問題のない人間など一人もいない。誰一人例外なく、全ての人がそういうことを経験するのだ。
「それはそうと、練気法はどうだった?」
ルクトが話題を変えてそう尋ねると、ラキアはついさっきまでの鍛錬を思い出しながらこう答えた。
「……難しいな。烈を動かし続けるのがこんなに難しいとは思わなかった」
これは手こずりそうだ、とラキアは言った。だが、その言葉とは裏腹に彼女の顔には笑みが浮かんでいる。こういうふうに笑って挑んでいけるのは、あるいはラキア・カストレイアという人間の強さの表れなのかもしれない。
「ルクトは、実戦ではどんなふうに使っているんだ?」
練気法を、という意味だろう。全身に練気法をかけていると、残念ながらその状態では一歩も動くことができない。だから「局部的に、一瞬だけ使う」というのが実戦での練気法の使い方だった。とはいえ全員が同じ使い方をするはずもなく、やはり個人ごとに好みというかクセが現れるのだ。
「オレは、脚にかけて瞬間的な速度のブーストによく使っている」
つまりラキアとの立ち合いで見せたような使い方である。その時のことを思い出しているのか、ラキアは少し渋い顔をして頷いていた。
「あとは、抜刀術に合わせてもよく使っているな。瞬気法とも相性がいい」
「……ああ、なるほど。タメが長いから制御がしやすいのか……」
ラキアの呟きにルクトは「そういうこと」と相槌を打った。烈の制御で難しいのは、烈を動かすことと、そのための道順を作ってやることだ。烈を動かすことは継続しなければ練気法にならないが、道順を作るほうは一度決まってしまえばそれを持続させるのはそれほど難しくない。だから時間をかけて道順を作ってやれば、その後の制御は比較的楽になるのである。
「あと、抜刀術は“待ち”の技だからな」
静止した状態なら練気法は使いやすい、とルクトは付け加えた。そういう意味では、抜刀術に重きが置かれているカストレイア流と相性がいいといえるだろう。
「わたしも早く実戦で使えるようになりたいな!」
ルクトの話を聞くと、ラキアは好戦的な笑みを浮かべてそう言った。ただ、今日習い始めたばかりの彼女にとって、まだまだ先は長いと言わざるを得ない。
「まずは基本だよ」
オレもそうだった、とルクトは逸るラキアを苦笑気味に宥める。それに練気法の基礎訓練には嬉しい副産物がある。それは、練気法を使用していない普通の闘術もわずかながら威力が向上することだ。
「烈の制御能力が高くなるんだろうな」
普通の闘術であっても、技を使うには烈を動かさなければならない。練気法の鍛錬をしているとその制御能力が向上し、結果として闘術の威力が上がる。ルクトはそう考えていたし、ウォロジスやクルルも同じことを言っていた。
「なるほど! いいこと尽くめだな!」
そういうラキアは嬉しそうだった。せっかく武者修行でカーラルヒスまで来たのだ。最大限多くのものを学びたいのだろう。そして彼女はそのために一心不乱に努力するはずだ。そういうラキアの姿勢が、ルクトには少しだけ眩しかった。
▽▲▽▲▽▲▽
「わたしも迷宮に潜りたい!」
十月の初め、夏休みも終わり新学期が始まった頃、ルクトがレイシン流の道場に顔を出すと、ラキアはそう盛大にごねた。
「潜ればいいじゃないか。許可証は取ったんだろう?」
カーラルヒスで迷宮に潜るためには許可証が必要だ。ただし許可証の取得は簡単で、申請すればその日のうちに受け取ることができる。
「取ったけど……。一人で潜ったって仕方ないじゃない」
「ま、そりゃそうだな」
一人で迷宮に潜ったところで、本格的な攻略などできるはずもない。せいぜい一階層か二階層辺りの日帰り可能な範囲をウロウロするか、あるいは四階層のベースキャンプを拠点にして遠征するか、それくらいのことしかできないだろう。当然、十階層など夢のまた夢で、ラキアが満足できないのも仕方がない。
「パーティーを組むアテは……」
「あると思うか?」
あるわけがなかった。なにしろラキアがカーラルヒスに来たのは一ヶ月ちょっと前。しかもその間中、下宿先の道場で練気法の鍛錬に邁進していた。つまりパーティーを組んでくれそうなハンターに心当たりはまったくなかった。
いや、心当たりがまったくないわけではない。レイシン流には少ないがならもちゃんと門下生がいて、彼らとはラキアも顔見知りになっている。だが、だからと言って気楽にパーティーに入れてくれと言える状況ではなかった。
「クルルもロイも自分たちの遠征で忙しいし……」
ルクトやラキアと同じくレイシン流の門下生であるロイは、この十月からノートルベル学園武術科の五年生になった。五年生といえば、そろそろ本腰を入れて実技の卒業要件の達成を目指す時期だ。座学の講義も少なくなり、遠征中心の生活を送ることになる。それはロイたちのパーティーも例外ではなく、そして武術科の学生ではないが彼らのメンバーの一人であるクルルもそれに合わせて忙しい生活を送っているのだ。
「十階層を目指しているのに、そこに新参者のわたしを入れてくれとはいえない……」
ラキアの実力が足りないから、ではない。増えるにしろ減るにしろ入れ替わるにしろ、メンバーの顔ぶれが変われば連携を見直さなければならない。そうなると攻略が滞るのは目に見えている。そして今のロイたちにそんな余裕はないのだ。
「そもそも、わたしは半端者だからなぁ……」
自嘲するようにラキアはそう言った。これもやはり「彼女の実力が足りない」という意味ではない。ラキアは二年後には故郷であるヴェミスに帰るつもりで、パーティーを組んだとしてもその時には抜けることになる。ともすれば、そのパーティーはその時に解散、ということもありえるだろう。
そういう自分の状態をラキアは「半端者」と言ったのだ。恐らく彼女自身そういう輩とはパーティーを組みたくないと思っているのだろう。なればこそ、半端者の自分を受け入れてくれるパーティーはそうそうないと思っているのだ。
「このままじゃあ、またルクトに差をつけられてしまう……」
「ん? オレもカーラルヒスでは十階層より下には潜っていないぞ」
ヴェミスにいた頃は、メリアージュに連れられて十階層より下に潜ったこともある。ただ、その時は完全に付いて行っただけだったが。しかしカーラルヒスに来てからは、ソロでやっていることもあって十階層より下には潜っていない。
「……なんでだ?」
「なんでって、稼ぎ的にもそんなに困っていないし、まあ、無理して下に行く理由がないから、かな?」
合同遠征のおかげもあって、借金完済のメドは立っている。また丁度いいことに十階層には地底湖があり、そのおかげでルクトは随分と楽に稼げているのだ。懐事情にも幾ばくかの余裕があり、今無理をして十一階層を目指す必要はない、というのがルクトの判断だった。
「それは堕落だよ、ルクト」
しかしどうやらラキアの受け取り方は違ったらしい。鋭い視線をルクトに向け、強い口調でラキアはそう言った。
ラキアにしてみれば、今のルクトの姿勢は向上心を失ってしまったようにしか見えない。もちろん勇敢さと無謀が別物であることは分かっているが、ハンターである以上、いや武芸者である以上、常に高みを目指して努力を続けるべきだ、というのがラキアの考えである。もしかしたら、ルクトにはそういう気概を持っていて欲しいという、彼女の個人的願望も混じっているのかもしれない。
「そうは言うが、オレは一人でやっているんだぞ?」
いざという時にフォローしてくれる仲間がいない以上、普通以上に安全に気を使うのは当たり前のことだ、とルクトは反論する。それに、十一階層を目指していないとはいえ、腑抜けてぬるま湯につかってきたつもりはない。迷宮の中でいつもより密度の濃い鍛錬を重ね、研鑽を積んできたつもりだ。
「…………じゃあ、わたしが一緒に行く」
短い沈黙の後、ラキアは目を逸らしながら小さな声でそう言った。その顔が若干赤くなっているように見えるのは、あるいはルクトの見間違いか。
「そ、そうすればわたしは迷宮に潜れるし、ルクトは十一階層を目指せる!」
どちらにも利がある、ということだ。それを聞いて「おいおい」と思う反面、ルクトは「それもいいか」と思った。
ルクトが今までずっとソロでやってきたのは、学園側にパーティーを組むことを禁じられたのが第一の理由である。だがこれは言ってしまえば学園内での話で、「武術科の学生とはパーティーを組むな」ということなのだ。逆を言えば武術科の学生と以外ならパーティーを組んでもいいことになる。それにルクトはすでに実技の卒業要件を満たしている。学外のハンターとパーティーを組んでも、学園側は黙認するだろう。
しかしルクトは、これまでカーラルヒスのハンターたちとパーティーを組もうとはしなかった。それは、一度パーティーを組んでしまうと、そのままズルズルとカーラルヒスに居残る方向に話が進んでしまいそうな気がしたからだ。
これはもちろんルクトの偏見混じりの見方だが、他ならぬ彼自身の気持ちの問題として居残るほうに傾く可能性は十分にあっただろう。居残ることに抵抗があるわけではない。実際、カーラルヒスはルクトにとって居心地のいい場所だった。ただ、帰らないことに抵抗があるのだ。意識してかは分からないが、そういう気持ちがルクトをパーティーから遠ざけていたのは否定できないだろう。
加えて、パーティーを組むとなれば連携を取れるようにしなければならない。そしてそのためにはどうしても時間と訓練が必要だ。その手間をルクトは惜しんだ。無論その分迷宮に潜って稼ぎ、借金を返済するためである。それに、パーティーを組むよりもソロでやったほうが稼ぎの効率がいいというのは客観的な事実だ。
だがパーティー(というよりコンビだが)を組むのがラキアであればどうか。彼女は武術科の学生ではないから、学園の「パーティー禁止」という措置に反することはない。
またラキアはルクトと同じくヴェミスの出身で、二年間の武術修行が終われば故郷に帰るつもりでいる。だから彼女とパーティーを組んだからといって、カーラルヒスに居残るという話にはおよそなりようがない。
最後に連携だが、これも問題ないといえるだろう。なぜならラキアはルクトの同門で、二人は同じくカストレイア流刀術を修めている。道場では一緒に稽古をしていたし、また浅い階層ではあるが同じパーティーとして戦ったこともある。他の者に比べ連携しやすい相手と言えるだろう。
「……まあ、悪くはない、か……」
素早く考えをめぐらせると、ルクトはそう呟いた。それに彼自身、地道な鍛錬に飽きてきたところでもある。いや、それが重要なことは分かっているし、今後も止めるつもりはない。だが、わざわざ迷宮の、それも十階層でやらなくてもいいだろうと思い始めていた頃だ。
またルクトだっていずれは十一階層を目指すつもりでいた。学園を卒業しパーティーを組んでからの予定だったが、前倒しが出来るのであればそれに越したことはあるまい。
(それに……)
声には出さず、ルクトは胸のうちで言葉を続けた。彼の脳裏に浮かぶのは、黄金色に輝く白銀の鎧〈ジークフリード〉を身に纏って戦う一人の騎士の姿。〈守護騎士〉の二つ名を持つ長命種、セイルハルト・クーレンズだ。
ルクトがセイルの戦いを見たのは二回だけ。だがそのどちらもが強烈な印象と共にルクトの脳裏に焼きついている。
彼に追いつけるとは思わない。いや、長命種ならぬ短命種の身では絶対に無理であろう。だがルクトのうちに湧き上がる衝動は、彼にその遠すぎる背中を追いかけさせる。少なくとも手を伸ばすことを諦めたくはなかった。
十一階層を目指す。今がその時期なのかもしれない。少なくともそのための条件は揃っているように思えた。ラキアというメンバーがいて、そしてなによりルクトの中には今までよりも強い衝動がある。
この流れに乗らない手はない。そうルクトは決断した。
「じゃあ、まあ、やってみるか?」
「もちろんだ!」
少し気恥ずかしそうなルクトの声に、ラキアは目を輝かせながらそう応えた。
パーティーと呼ぶのもおこがましいが、こうしてルクトはラキアと二人、迷宮の十一階層へ挑むことになったのである。