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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第二話 騎士の墓標
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騎士の墓標1

まだ全部書き上げたわけではないのですが、書いたところまで一日一話のペースで投稿しようと思います。


感想もらえると嬉しいです。


 ノートルベル学園の武術科は〈武芸者〉を育成することを目的とした学科である。そして〈武芸者〉は主に三種類に分けることができる。それは〈衛士〉、〈騎士〉、そして〈ハンター〉である。〈衛士〉と〈騎士〉は主に都市内の治安維持を行っており、それに対して〈ハンター〉は迷宮(ダンジョン)攻略による資源の獲得がその生業である。


 武術科の学生が卒業後にどのような職種につくのか、それは完全に学生の個人的な選択にかかっている。しかし「〈武芸者〉を育成する」というお題目を掲げている以上、武術科の卒業生にはそれ相応の戦闘能力が期待されており、その期待に応えることが武術科には求められている。


 ではいかにして学生たちにその戦闘能力を身に着けさせるのか。そのために行われるのが〈迷宮(ダンジョン)攻略〉である。


 人間にとって戦う術といえば、それはすなわち〈闘術〉である。闘術は大気中の〈マナ〉を吸収して体内で〈烈〉に変換し、それを用いて戦う技術だ。つまり取り込む〈マナ〉の量が多いほど、闘術は強力になる。逆を言えば吸収できる〈マナ〉の量、つまり〈マナ〉に対する許容量が大きいほど、強力な闘術を扱えることになるのだ。


 よって武芸者としてより“強く”なるためには、身体そのものや闘術の技術的な部分を鍛えることに加え、扱える〈マナ〉の量、つまり出力を上げなければならない。


 では、どうすれば扱える〈マナ〉の量は増えるのか。


 迷宮(ダンジョン)にはその外よりもはるかに濃密な〈マナ〉が充満している。そしてその〈マナ〉の濃度は下層へ潜っていくほど濃くなっていく。そして濃密な〈マナ〉を吸収し続けることで、人間のそれに対する許容量は大きくなっていくのだ。


 簡単にまとめてしまえば、迷宮(ダンジョン)攻略を行っていれば自然と武芸者として成長できる、ということになる。無論、それだけが唯一の方法ではないが、攻撃力が高いというのは単純だが重要なステータスだ。


 それゆえにこそ、学園の武術科を卒業するためには迷宮(ダンジョン)攻略を行わなければならない仕組みになっているのである。より詳しく言えば「十階層以下で取れる魔石を一人につき五個以上集めること」が卒業要件として定められている。


 しかしこれだけが卒業要件ではない。これはいわば実技の卒業要件であって、これに加えて必要な講義を履修して単位を修得しなければならないのだ。


 座学というのは迷宮(ダンジョン)攻略に比べ地味で、ともすれば退屈だ。しかし座学をおろそかにした学生は、必ずといっていいほど攻略中に痛い目を見る。


 迷宮(ダンジョン)攻略は攻撃力が高ければ行えるほど容易いものではない。モンスターを倒してドロップアイテムを得ることは迷宮(ダンジョン)攻略の主たる目的だが、しかし同時にそれは攻略の一面でしかないのだ。攻略を成功させるためには戦闘能力以外にも、先人たちが積み上げてきた“ノウハウ”とでもいうべきものを学んでおくことがどうしても必要になる。


 どんなものを持っていけばいいのか。パーティーメンバーの役割分担はどうすればいいのか。出現(ポップ)するモンスターの特徴や対処法は?負傷した際の手当ての仕方は?退き際は?


 これらはただの情報である。しかし、知っておくことで攻略の成功率と生還率を高めることのできる情報だ。


 このような知識を授けることを、武術科の座学は目的としている。それゆえ学生たちの受講態度は比較的まじめである。出席率は高いし寝ている学生もいない。皆、ここで得られる知識の重要性を認識しているからだ。


「諸君も知っている通り、迷宮(ダンジョン)では実にさまざまなタイプのモンスターが出現(ポップ)する」


 例えば人に良く似た〈亜人タイプ〉。例えば動物に良く似た〈ビーストタイプ〉。例えば昆虫によく似た〈インセクトタイプ〉。強さこそ階層によって決まってくるが、迷宮(ダンジョン)内では場所を選ばずに様々なタイプのモンスターが出現(ポップ)する。


「まあ、諸君にとってモンスターのカテゴライズなど、そう重要な話ではない」


 講義を行っている講師は冗談めかしてそういった。カテゴライズというのは調べたことを分りやすく人に伝える手段だ。だからモンスターのカテゴライズを気にしているのは、迷宮(ダンジョン)の研究をおこなっている学者たちのほうであろう。


「ハンターが注意すべきはモンスターの形骸、つまり姿かたちである」


 その理由について説明してみろ、といって講師は一人の学生を指名した。ルーシェ・カルキという名前の女子学生で、ロイニクスと同じパーティーのメンバーでもある。


「はい。それは姿かたちからモンスターの行動をある程度把握、あるいは予測することができるからです」


 例えば〈亜人タイプ〉。この手のモンスターは二本の足で直立し、手には何かしらの武器を持っていることが多い。よって移動方法は二本足による歩行、攻撃は武器による打撃か素手による格闘と考えることができる。


 あるいは〈ビーストタイプ〉。このタイプであれば四足を駆使して素早く駆け回り、牙や爪を使って攻撃してくる、という具合に予測が可能だ。


「よろしい。たとえ初見のモンスターであっても、その姿かたち敵に関する十分な情報を得ることができる。ハンターにとって戦う前にどれだけの情報を得られるかは生死に直結している。よってハンターは観察力と洞察力を常に培っておかなければならない」


 そこまで話すと、講師は少し口調を緩め「もっとも」と続けた。


迷宮(ダンジョン)でモンスターが出現(ポップ)し、そして襲い掛かられるまでに情報を集めて整理するのは大変だ。相手が初見であればなおのこと。よって重要なのはあらかじめ、つまり迷宮(ダンジョン)に潜る前にモンスターの情報を可能な限り集め、整理して対処法を考え頭に叩き込んでおくことである」


 そうしておけばモンスターが出現(ポップ)しても慌てふためくことはない。考えておいた対処法を頭の中から引っ張り出し身構えることができる。その対処法が実際に有効であるかはともかくとして、準備しておいたという心構えそれ自体が余裕を与えてくれるのである。


「さて、迷宮(ダンジョン)出現(ポップ)するモンスターについてだが、一説には、迷宮(ダンジョン)はその内部で死んだ生物の情報をもとに擬似生命体(モンスター)を作り出している、とも言われている」


 迷宮(ダンジョン)で人間が死んだ場合、その遺体は多くの場合迷宮(ダンジョン)内に放置される。担いで外に出てくるだけの余裕がないことが多いからだ。その際、残された遺体は時間が経つにつれて〈マナ〉に分解されて迷宮(ダンジョン)に吸収される。モンスターほど素早く〈マナ〉に分解されるわけではないが、しかしその末路は本質的にモンスターと同じで、そう考えるとやるせない気持ちにもなる。


 まあそれはともかくとして。講師の話を簡単にまとめると、迷宮(ダンジョン)はそうやって吸収した人間の死体からその構造を学び、それをまねて〈亜人タイプ〉のモンスターを生み出している、ということになる。ゾッとしない話ではあるが、そう言われるようになったのにはもちろん理由がある。


 昔、人が迷宮(ダンジョン)に潜り始めたころ、そこに〈亜人タイプ〉、つまり人型のモンスターは出現(ポップ)しなかったのだという。しかし迷宮(ダンジョン)攻略が進み内部で犠牲者が出るようになってくると、次第に人型のモンスターが現れるようになったのだ。


 本当のところはどうなのか、それは誰にも分らない。迷宮(ダンジョン)とは人知の及ばぬ魔境であり、そこについてはまだ何も分っていないといっても過言ではないのだ。


 とはいえ、そう考えておくと良いところがある。


「つまり迷宮(ダンジョン)出現(ポップ)するモンスターは、諸君がよく見知っている動物の姿かたちをまねている場合が多い、ということになる。であるならば、迷宮(ダンジョン)攻略に赴く前にかなりの予習をしておくことが可能だ」


 この“予習”は、なにも知識面だけの話ではない。例えば、都市の外で狼や熊などといった野獣を相手に戦うことだって立派な“予習”になりえる。闘術の修行として立会いを重ねることは地力の底上げだけでなく、人型のモンスターを相手にする上でも役に立つだろう。


迷宮(ダンジョン)攻略を成功させるためには入念な準備が必要だ。ハンターとして長く活動している者ほど入念な準備を行う。しかしその準備は事前に荷物を用意したりルートを決めたり、ということだけではない。日々の訓練や学習、その全てが迷宮(ダンジョン)攻略の成功に向けた準備であることを、学生諸君は肝に銘じておいて貰いたい」


 講師はそういって講義を締めくくった。



▽▲▽▲▽▲▽



 午前最後の講義を終えた学生たちは、それぞれに談笑しながら武術科棟の廊下を歩く。昼休みに入ったこの時間、学生たちにとっては減った腹を満たすことがまずは最優先である。ある者は持参の弁当を手に友人たちと集まり、またある者は学食へ、別の者は弁当の売店へと足を運ぶ。


 ルクト・オクスもその中にまぎれて歩きながら、今日の昼飯は何にしようかと考えていた。新学期が始まって一ヶ月と少しが経ったこの頃、新しく太刀を買ってから日が浅く、またメリアージュへの返済分としてさらにお金が出て行ったため、彼の懐事情はまだまだ厳しいものがある。無論、昼食分くらい問題なく払える程度の額は持っているのだが、節約できるところでしないというのは、なんというか精神的に息苦しい。


(仕方ない。今日も今日とて300シク弁当で節約するか………)


 その節約法は大した節約になっていないと先日判明したが、しかしだからといって400シク弁当を買うのは非常に精神的に負荷がかかる。早い話、ルクトの染み付いた貧乏性はそう簡単に矯正できるものではないのである。


 弁当の中身と引き換えに心の安寧を手に入れたルクトは、弁当の売店に向かうべく少し足を速めた。そうしてとある女子学生の脇を通り過ぎたとき、その女子学生がルクトに少し不満そうに声をかけた。


「ちょっと、挨拶もなしに通り過ぎるなんて冷たいじゃない、ルクト」

「ん?ああ、ルーシェか」


 声をかけられて振り返ると、そこにいたのは講義中に発言を求められていたルーシェ・カルキであった。彼女はロイのパーティーのメンバーであり、つまりルクトも一時期だが彼女と同じパーティーで迷宮(ダンジョン)攻略をしていたことがある。


 ルクトの印象としては、ルーシェはわりとさっぱりとした性格だ。“男勝り”というわけではないのだが、誰に対しても物怖じせずはっきりとものを言う。男には理解しがたい妙な女々しさがなく、遠征中も付き合いやすかったのを覚えている。


「昼飯おごってくれ」


「嫌よ」


 ルクトの割とマジなお願いをルーシェはバッサリと切って捨てる。返答までにわずかな逡巡もありはしない。もはや条件反射とでもいうべき反応速度だ。


「まったく、人の必死のお願いを無下にしやがって………。お前のほうがよっぽど冷たいじゃないか」


「あのねぇ……、ハンターは自助自立が基本よ?お昼ごはんを人にたかろうとするようじゃあ、この先やっていけないわよ」


 芝居がかった仕草で大仰に嘆いてみせるルクトに、ルーシェは呆れたようにそういった。無論、冗談だと分っているので口調はそう厳しいものではない。


「ていうか、稼ぎはルクトのほうが圧倒的に多いんだから、むしろあなたの方がおごりなさい」


「勘弁してくれ」


 苦笑してルクトはそういった。そんな話をしながら歩いているうちに、二人は弁当の売店近くまで来ていた。ルクトはもともと弁当を買うつもりでいたが、ルーシェのほうもどうやら今日はここで済ませることにしたらしく、二人は売店の列に並んだ。ルクトが選んだのはもちろん300シク弁当だが、その隣でルーシェが選んだのはなんと400シク弁当であった。羨望の視線を向けるルクトに、ルーシェは「ふふん」と勝ち誇ったような笑みを返す。


(なんか負けた気分がする………)


 ルクトがそこはかとない敗北感を覚えながらテーブルに着くと、その正面にルーシェが座った。見せびらかしながら食うつもりか嫌な女め、とルクトがかなり一方的な怨嗟を送っていると、ルーシェは苦笑しながら鳥のフライを一つ譲ってくれた。訂正しよう。すごくいい女だ。


「………最近調子は?」


 弁当を食べながらルーシェはルクトに尋ねた。面倒見の良い彼女は、ルクトがソロで活動するようになってからも時折こうして気にかけてくれる。


「十階層の一歩手前でウロウロ、ってところかな」


「うわぁ~、早いなぁ」


 ルーシェは感心したように声を上げた。この調子で行けば三年生の間にルクトは実技の卒業要件を満たすだろう。きっと学園の歴史のなかでもぶっちぎりの記録に違いない。


「そっちはどうなんだ?」


 今度はルクトがルーシェに尋ねた。一時期とはいえ一緒のパーティーで戦った仲だ。その後上手くいっているのか、やはり気になる。


「それなりに順調だと思うわ。この前の遠征も計画通りに六階層まで行ってけっこういい狩り(ハント)をしてこれたし」


 三年になったばかりのこの時期に六階層まで攻略できているパーティーはそうそういない。ましてルーシェたちはルクトが抜けて以来、新メンバーを補充することなく五人のパーティーで攻略を行っているのだ。普通のパーティーはだいたい六人編成だから、贔屓目なしに優秀だと言っていいだろう。


 ただ、ルーシェ自身の感想は違うらしい。苦笑して「もっとも」と続けた。


「ルクトが一緒にいた頃に、八階層まで行けていたことが大きいんだけどね」


 つまり八階層までは一度行ったことのある場所なのだ。例えば休憩に適した場所や難所など、この先がどうなっているのか把握できていれば遠征は随分とやりやすくなる。


「だから『八階層より下が本番だ』って、みんな言ってるわ」


「オレが抜けて、また一からやり直したんだろ?だったら実力だよ」


 だといいけど、と言ってルーシェは曖昧に笑った。それはルクトの「実力だ」という評価を、なかなか信じられないという顔だ。


 つまりルーシェは同級生たちに比べ、自分たちは楽をしていると思っているのだ。ルクトとパーティーを組んでいた頃はもちろんのこと、彼が抜けた後でさえもその頃に得た情報は彼女たちに大きなアドバンテージを与えてくれている。そういう、いわば「恵まれた環境」でいくら攻略が上手くいったとしても、それは自分たちの実力ではないのではないのか、とルーシェは考えてしまうのだろう。


 けれどもルクトに言わせれば、それは彼女の杞憂だ。いかにアドバンテージがあろうとも、実力のない者が戦いぬけるほど迷宮(ダンジョン)はぬるい場所ではない。そしてその“実力”とは単純な戦闘能力だけの問題ではない。パーティー内での協調性であったり、情報の収集や活用の仕方であったり、そういうものを全部含めて“実力”なのだ。


 だからアドバンテージを上手く生かせているルーシェたちにはしっかりとした実力がある、というのがルクトの考えだ。しかし彼がいくらそう言ったところで、ルーシェはその言葉を確信できないだろう。結局実力というのは自分たちで確かめ、そして受け止めるしかないものなのだ。


「ところでタニアの話は聞いた?」


 そういってルーシェは口調と話題を変えた。タニアというのは、本名をタニアシス・クレイマンという同級生のことだ。


「タニアがどうかしたのか?」


 実は、ルクトとタニアはちょっとした顔見知りだ。


 武術科では二年になると迷宮(ダンジョン)に潜ることが許可される。そうすると学生たちは基本的にソロで迷宮(ダンジョン)に潜り、日帰りできる範囲で攻略をして個人のスキルアップをはかり、それと同時に気の合いそうな仲間、つまりパーティーメンバーを探すのだ。


 タニアもまたそのセオリーに則って迷宮(ダンジョン)の入り口付近で修行をしていたのだが、どうにも上手くいかず悩んでいた。そんなときに簡単なアドバイスをして、短期間ではあるが一緒に攻略をしたのがルクトだったのだ。そのアドバイスとお手本のおかげでタニアはブレイクスルーを起こすことができたらしく、その後は順調に攻略を進めていたはずである。


「彼女のパーティー、メンバーが固まったらしいわよ」


 武術科で「パーティーメンバーが固まった」という場合、それはただ単にメンバーが集まった、というだけのことではない。これからずっとそのメンバーで迷宮(ダンジョン)攻略を行っていくつもりで、学園側にパーティーの名簿を提出して申請を行った、ということだ。これによってそのパーティーは学園に承認されたものになり、遠征に必要な物品の割引措置を受けることができるようになる。ちなみにルクトもパーティー申請はしてある。しないと割引措置が受けられないからだ。ただし、名簿に書かれていた名前は彼一人分だけであったが。


「へえ。そりゃ良かった」


 パーティーメンバーが固まれば、次はいよいよ本格的な遠征である。知り合いが武芸者として、そしてハンターとして確実にステップアップしている事を知って、ルクトはひとまずホッとした。


「それでね、どうやらメンバーにすごい個人能力(パーソナル・アビリティ)を持ってる人がいるんだって」


 少し興奮気味にルーシェはそう話した。ただ、その“すごい個人能力(パーソナル・アビリティ)”とやらの中身や、それを使うのが誰なのかは分らないそうだ。しかしそんなにすごいのならしばらくすれば知れてくるだろう、とルーシェは言った。


 運のいいことだ、とルクトは思った。パーティーにどんなメンバーがいるかで遠征の難易度、少なくともその感じ方は大きく変わる。ただメンバーの実力や人間性は、実際にパーティーを組んで見なければ分らないことが多い。“すごい個人能力(パーソナル・アビリティ)”を持つ、つまり実力のあるメンバーと組めるかどうかは、少なからず運に依存しているのだ。


「ていうかルクト、何も知らなかったの?」


「全部初耳」


 ルクトが正直に答えると、ルーシェは呆れたように「はぁ~」とため息をついた。その目は完全にダメな弟を心配する姉のものである。


「あなたはただでさえソロで横のつながりが薄いんだから、もっと積極的に周りとかかわりを持ちなさい」


 じゃないとあっという間に孤立しちゃうわよ、とルーシェは少し脅すような口調でそう言った。


「う……、ぜ、善処します……」


 ルクトとしては心当たりがありすぎる。迷宮(ダンジョン)攻略にいそしむばかりで、同級生からの誘いを断ってばかりいたことは否めない。とくにルーシェたち元パーティーメンバーはことあるごとにルクトを誘ってくれていたというのに、ルクトときたら攻略を優先してばかりだった。


 ルーシェの言葉には、そういう付き合いの悪いルクトへの不満も含まれているのだろう。


「よろしい」


 ルクトの返事を聞くと、ルーシェは満足そうな笑みを浮かべる。しかしその笑みはすぐに悪戯を思いついた子供のそれに変わる。


「そういえば、今度パーティーのみんなでご飯食べに行こうって話してるんだけど、当然ルクトも来るわよね?」


 この話の流れで断れるわけもない。ルクトは苦笑しながら「降参」といわんばかりに両手をあげた。


「安いところにしてくれよ」


「当たり前でしょ。わたしたちだってそんなにお金を持ってるわけじゃないんだから」


「おごってくれるとなお嬉しい」


「え、ルクトがおごってくれるの!?やったぁ!」


「いっ!?」


 思いがけないカウンターにルクトはのけぞる。それを見たルーシェは目じりに涙を浮かべながら腹を抱えて笑い、「冗談よ、冗談」といって手を振った。からかわれたルクトは憮然とした表情で弁当の残りを口にかき込むのであった。



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「ルクトが選んだのはもちろん300シク弁当だが、その隣でルーシェが選んだのはなんと400シク弁当であった」 ルクト、次回からは400シクの弁当を買うと言っていたけど、もう止めたんや。
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