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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第九話 エグゼリオの守護騎士
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エグゼリオの守護騎士7

 全身をくまなく覆う鎧。無駄な装飾を一切省いたその鎧は、まさしく戦うための装備だ。しかしその一方で無骨さはまったく感じさせない。むしろ優美にして流麗。名工の手による芸術品のようだ。


 顔もまたフルフェイスの冑によって覆われている。当たり前だが、そのデザインは鎧と似通っていた。ただ唯一の装飾として、まるで銀糸のような飾り毛が一房、冑の頂点から後ろに流れている。


 右手に持つのは一振りの槍。左手に持っているのは盾だ。どちらともシンプルなデザインで、やはり装飾の類は見受けられない。だがどちらも極限まで洗練されており、至高の一品であることは素人目にも明らかだ。


 少しだけ毛色が違うのは、鞘に収められ腰間につるされた剣だ。刀身は見えないが、鞘には装飾が施されている。だが全体のバランスを損なうものではなく、むしろその剣が特別なものであることを際立たせていた。


 すべての装備は白銀だが、放ち輝く光は黄金で、冷たさではなくどこか温かみを感じさせる。だがその立ち姿は荘厳にして神々しい。近寄ることは憚られ、畏怖を覚えずにはいられない。


 それが〈ジークフリード〉。800年以上の年月を生きる長命種(メトセラ)、セイルハルト・クーレンズの力である。


「ルクト君。これを持っていなさい」


 そう言ってセイルが寄越したのは、彼が左手に持っていた白銀の盾だ。思わずそれを受け取ってから、しかしルクトは困惑した表情を浮かべる。


「いや……、でも、オレが持っていても……」


 普通、個人能力(パーソナル・アビリティ)はその能力の持ち主にしか使えない。いろいろあって頭がうまく働いていないが、この白銀の盾はセイルの個人能力のはずだ。ならばルクトが持っていたところで役には立たない。


「僕が許可した人間なら大丈夫だよ」


「でも、戦うのはセイルさんですし……」


「いいから。じゃないと君、余波に巻き込まれて死ぬよ?」


 それは脅しというより、むしろ客観的な警告だった。ゴクリ、とルクトは言葉を失いつばを飲み込む。普通の人間であれば余波に巻き込まれただけで死んでしまう、そんな戦いがこれから始まるとセイルは言っているのだ。


 ルクトが黙って盾を構え、ヴィフレンがその後ろで頷くのを確認すると、セイルは〈キメラ〉のほうに向き直った。〈キメラ〉は獅子と羊そして狼の三つ首を地面すれすれにまで低くして唸り声を上げている。手足の爪は大地を十分に掴み四肢には力が満ちていて、いつでも飛びかかれる体勢だ。


 そんな〈キメラ〉に対し、セイルも悠然と構えを取る。槍を両手で持ち、その切っ先を若干下に向けた。そして腰を落とし、すぐに動ける姿勢をとる。


 睨みあいは一瞬。〈キメラ〉が圧されるようにして前足を少しだけ後ろに引いたその瞬間、セイルが動いた。


 前に出て、一突き。言葉にすればそれだけだが、その速度は尋常ではない。少なくともルクトは目で追えなかった。しかし〈キメラ〉は前足で槍を振り払っている。そして、その勢いのままにセイルに飛び掛った。三つ首の真ん中にある獅子の顔が大口を開けて牙を覗かせている。


 槍を払われたセイルは、足を踏ん張ると四肢に力を込め力任せに槍を振るう。振るわれた槍はちょうど飛びかかろうとして上体を起こしていた〈キメラ〉のわき腹を直撃。ふわり、と〈キメラ〉の体が浮いた。


 閃光が幾筋も走る。特別な攻撃ではない。ただ、セイルが白銀の槍を縦横無尽に振るっただけ。速すぎるその攻撃の軌跡が、閃光として見えるのだ。


 並みのモンスターや魔獣であればそれでバラバラになっていただろう。しかし相手は特異体。身体に傷は残っているが、そのどれもが浅い。セイルが手加減をしたわけではないだろう。単純に〈キメラ〉の体躯を支える筋肉が、鋼よりも強靭なのだ。


 攻撃の勢いに圧されて〈キメラ〉が後ろに吹き飛ぶ。ただ〈キメラ〉は空中で体勢を整えると、隙なく四足をほとんど同時に地面に触れさせて着地した。


 セイルは追撃の手を緩めない。〈キメラ〉が着地した瞬間、彼はすでに間合いを詰めていた。振りかぶった白銀の槍を大上段から振り下ろす。着地したばかりの〈キメラ〉は前足を使ってその槍を振り払うことはできない。しかし〈キメラ〉は真ん中の獅子の首を右に、そしてその隣にある羊の首を左に逸らし、二つの首の真ん中を通る槍を上手くかわした。


 攻撃をかわされたセイルは、しかし焦ることなくさらに前に出る。今度は突き。ただ、槍の切っ先が地面に触れるか触れないかの位置にあったので、その攻撃は前に出つつ穂先ですくい上げているようにも見えた。


 その攻撃を〈キメラ〉は後ろに飛び退いてかわす。しかも、ただ飛び退くだけではない。背中から生えた黒く禍々しい翼をはためかせ、空中へと逃げたのである。


 木々の梢を越えて上空へ。地面を這う翼なき身を、〈キメラ〉は三つ首それぞれで嘲笑う。しかし人の身に翼はなくとも、空を駆ける力をセイルは持っている。


「〈バルムンク〉!」


 セイルの足元が輝いたかと思うと、彼はもうそこにはいなかった。ルクトが慌てて視線を上にあげれば、そこには白き天馬〈バルムンク〉の背に跨るセイルの姿。黄金に輝く白銀の装備を身に纏い光の翼を持つ天馬を駆るその姿は、まるで神話の一篇を見ているようだった。


 空を駆け上がってくる白銀の騎士に対し、〈キメラ〉は獅子の首が咆哮を放つ。放たれた咆哮は衝撃波となってセイルを襲うが、彼は〈バルムンク〉を急上昇させてそれを回避した。


 セイルは回避したが、それで〈キメラ〉の咆哮が消えたわけではない。放たれた衝撃波は木々をなぎ倒してルクトたちにも迫った。


 反射的に目を閉じてセイルから渡された白銀の盾を構えるルクト。しかし風が吹き荒れて木々がなぎ倒される音はするのに、肝心の衝撃はいつまで経ってもやってこない。周りが静かになってから不思議に思って目を開け、ルクトは絶句した。


 正面と左右では木が折れたり吹き飛ばされたりしている。〈キメラ〉の放った衝撃波が尋常ではない威力であった証拠だ。「余波に巻き込まれて死ぬ」とはよく言ったもので、確かにこんなものをまともにくらえばルクトは重症を負っていたであろう。


 だが、今の彼は無傷である。ルクトの後ろ、より正確に言えば彼が構えた白銀の盾の後ろは、衝撃波による影響をまったくなにも受けていない。すべてこの盾が無効化してしまったのだ。


「いやいや、とんでもない威力じゃのう」


 絶句しているルクトにそう声をかけたのはヴィフレンだ。彼の後ろには白い巨狼のロロもいる。恐らく彼らは自力で先程の衝撃波を防いだのだろう。だが、共に土ぼこりで多少汚れているが、一見して怪我をした様子はない。


 分かっていたことではあるが、実力差がありすぎる。目の前の壁は巨大で、決して越えられないようにすら思えた。大きすぎる差は、いっそ清々しいほどの諦めを人に与える。だが、ルクトは内心に感じる忸怩たるモノを抑えることができなかった。


「さすがはセイル殿じゃな。おしておる」


 この分ならさほどかからずに決着じゃな、とヴィフレンは上空を眺めながら呟いた。彼の視線を追うようにしてルクトも視線を上げる。そこでは〈バルムンク〉に跨ったセイルと〈キメラ〉が激しく何度もぶつかり交差していた。優位に立っているように見えるのは、ヴィフレンの言うとおりセイルのほうだ。


 セイルと〈バルムンク〉の動きは、速く滑らかで、そして正確だった。その身に翼を持つ〈キメラ〉と比べても、その動きは格が違っている。ルクトの素人目から見ても、だ。もっともそれは、動きにそれくらい大きな差が出るほど、セイルのほうが優勢であることの裏返しでもある。


「……セイルさんって、空中戦得意なんですか?」


迷宮(ダンジョン)の中ではしょっちゅうやっておるらしいぞ」


「……それってつまり、空中にいるから〈飛行〉タイプのモンスターに襲われる、ってことですよね?」


 じゃろうな、とヴィフレンは苦笑気味に答えた。迷宮のなかでも〈バルムンク〉は大活躍らしい。


「……と、そろそろ決着が付くぞ」


 ヴィフレンの声と視線が鋭くなる。見れば、〈バルムンク〉に跨ったセイルが上空から〈キメラ〉目掛けてほとんど垂直に向かっていく。その勢いは雷のようである。そして勢いそのまま、すれ違いざまに槍を振るって一撃を入れる。


 その一撃ですら、〈キメラ〉に有効な傷を負わせることはできなかった。やはりその身体を覆う筋肉は、ともすればダマスカス鋼よりも強靭である。


 だが、傷が付かなかった分、〈キメラ〉は攻撃の衝撃をもろに受けることになった。もはや空中に留まることはできず、〈キメラ〉は地響きを立てて地面に叩き落された。


「〈ホーリーランス〉!」


 セイルがそう言って白銀の槍を掲げると、その周りに幾本もの“槍”が現れた。いや、“槍”というよりは“剣”と言ったほうがいいかもしれない。幅が広く両刃で、無理やりに分別するなら大剣が一番近い。銀色の金属的な光沢が、陽光に照らされて輝いている。


「行け!」


 掛け声と共にセイルが鋭く槍を振り下ろす。その穂先の先にいるのは、地面に叩き付けられいまだ起き上がれずにいる〈キメラ〉だ。セイルが展開した“槍”は、その〈キメラ〉目掛けて放たれ殺到し、そして突き刺さって地面に縫いとめる。


「さて、仕上げだね」


 セイルが白銀の槍を逆手に持ちかえる。その穂先は一際強い、黄金の輝きを放っている。まるでもう一つの太陽、いや太陽よりも強い輝きだ。


「むう! いかん!!」


 それを見た瞬間、ヴィフレンが声を上げた。そして素早くルクトの傍に駆け寄りその後ろに、より正確に言えばセイルの盾の後ろに身を隠す。その後ろにはさらにロロもいる。


「ルクト! 盾を!」


「はい!」


 ヴィフレンに言われるより早く、ルクトは盾を構えていた。そしてそれとほぼ同時にセイルの手から槍が放たれる。槍はまるで箒星のように尾を引きながら飛び、そして地面に縫い止められた〈キメラ〉に突き刺さる。


 その瞬間、巨大な閃光の柱が立ち上がった。同時にすさまじい熱風が吹き荒れる。先程の〈キメラ〉の咆哮など比べ物にならない。


 しかし盾を構えるルクトは、やはり何の手応えも感じていなかった。目を閉じているのに閃光が視界を白く染め、また轟音が絶え間なく耳に届くが、それだけである。危険な場所にいるはずなのに、妙に危機感が薄い。そのちぐはぐな感覚にルクトは少しだけ顔をしかめた。


 やがて閃光は消えて暴風も収まった。ルクトがゆっくりと目を開けると、そこに〈キメラ〉の姿はなかった。死体すら残さずに消滅してしまったのである。


 それだけの威力にもかかわらず、地形はさほど変わってはいなかった。木々がなぎ倒され森が局地的に荒野と化しているが、言ってみればソレだけである。ルクトが想像していたような巨大なクレーターはできていない。ただ〈キメラ〉がいた場所を中心にして浅く地面がへこみ、そして表面が熱を持って所々赤く燃えている。盾を体の前からどかすと、熱気と焦げ臭い匂いが届き、ルクトは顔をしかめた。


「……余波っていうのは、むしろコッチのことだったのか……」


 呆然としながらルクトはそう呟いた。今更ながら身体に震えがくる。盾がなければ防ぐことはもちろん、逃げることもできずにルクトは死んでいたであろう。


「やれやれ……。相変わらずとんでもない威力じゃな。少し焦げたわい」


 振り返ると、ヴィフレンが顔をしかめていた。さらに彼の後ろでは、ロロが自分の匂いをかいでやはり顔をしかめている。焦げ臭かったのかもしれない。


 どうやら彼らは余波を完全には防げていなかったようだが、しかしセイルがルクトに渡しておいた盾は偉大である。足元に緑が残っているのは、ルクトの後ろだけ。森の中に忽然と焼け野原が出来上がった。その焼け野原を囲むように瑞々しい木々が変わらずに立っており、その境目があまりにも鮮明で生々しくまた痛々しい。


「やれやれ、なかなかの強敵だったよ」


 激戦の疲れを感じさせない軽い口調でそう話しながら、セイルの跨る〈バルムンク〉がロロの後ろに着地し、そして勝利を誇るように嘶きながら消える。セイルが顔を覆うフルフェイスの冑を取ると、彼は充実した実に爽やかな笑みを浮かべていた。


「……死に掛けましたよ……」


 一仕事終えて満足げな表情を浮かべるセイルに、ルクトはまず文句を言った。ヴィフレンのほうは苦笑を浮かべつつも何も言わない。どうやら呆れ交じりらしいが、それは彼が長命種として(少なくともルクトより)セイルに近い実力を持っているからその程度で済んでいるのである。


「盾貸してあげたじゃない」


 だがセイルに悪びれた様子はない。確かに彼が貸してくれた白銀の盾のおかげでルクトは無傷だ。だが、もう少し一般人の存在を考慮した戦い方をしてくれても良かったのに、と思ってしまう。


「評価してくれるのは嬉しいけどね。生憎と僕はそこまで強くないし、そしてあの〈キメラ〉はそこまで弱くなかったよ」


 実際に戦ったセイルにそう言われてしまうと、見ていただけのルクトは何も言い返せない。「じゃあ自分で倒せ」と言われたら絶対に無理なので、なおさらだ。


「盾……、ありがとうございました」


「ああ、もう少し持っていて」


 若干の不満を感じつつルクトがセイルに盾を返そうとすると、なぜかセイルはそれをおし留めた。そして、〈ホーリーランス〉の余波が及ばなかった森のほうに鋭い視線を向けて声を上げる。


「いるんだろう、〈御伽噺〉!? 出て来い! それとも森ごと消し飛ばしてやろうか!?」


 出会ってから初めて見せるセイルの剣呑な様子に、ルクトは少しだけ後ずさった。彼の身体からはピリピリとした殺気が放たれている。〈キメラ〉と対峙した時ですら、セイルは悠然とした態度を崩さなかった。威圧はしていたが、そこに敵意はなかったのだ。しかし今の彼は明確な敵意をまだ見ぬ存在に向けている。


「君の場合、それが冗談に聞こえないから恐ろしい」


 そんな笑いを含んだ呆れ交じりの声と共に、森の茂みの中から二人の人物が出てきた。後ろにいる人物を庇うようにして前を歩いているのは、目つきの鋭い青年だ。見た目だけなら年齢は二十代の半ばと言ったところだろう。身長は一七〇の半ばから後半。髪の毛の色は灰色で短く刈り込まれている。端正な顔つきだが、どこか鋭利な刃物を思わせ近づきがたい。


 武器を持っているようには見えないので、もしかしたら無手が得手なのかもしれない。セイルのことを警戒しているのか、雰囲気はピリピリと触れれば切れてしまいそうなほどに張り詰めている。


 その後ろにいるのは、なんとなく胡散臭い気配を感じさせる男だった。年齢は前にいる青年よりも多少上のように感じられる。身長は青年よりも少し低い。ツヤのない黒い髪の毛を無造作に伸ばしている。顔つきはのっぺりとしていてどこか特徴がない。だが丸眼鏡の奥の瞳は爛々とした輝きを持っていて、見る人に対して容姿以上に強い印象を与えるだろう。


 ヨレヨレになった濃い暗褐色のフード付きローブを着込み、手には羊飼いが使うような木製の杖を持っている。一見して戦う者には見えないが、しかし足取りはしっかりとしていて隙がない。


「やっぱりいたか……。〈御伽噺〉、〈シャドー・レイヴン〉」


「当然だろう? 実験は観察してこそ意味がある」


 実験、という言葉にセイルは眉をひそめて舌打ちする。嫌な予感が当たった、と彼の表情は雄弁に語っている。


「じゃあ、さっきの〈キメラ〉、特異体は……」


「ああ、私が合成してこの辺りに放った」


 自慢するかのようにローブを着た男はそう話した。犯人が自白したことでセイルはさらに敵意を深め威圧を強くする。直接それを向けられているわけではないのに、ルクトは圧されるようにしてさらに一歩後ずさる。


「こんなところで……!」


「おいおい、こんなところだからこそ、だろう? 周りを見たまえよ。未開の森のど真ん中だ。ここ以外のどこでやれと言うのかね?」


 エグゼリオに向かってくれれば面白いとは思っていたがね、とローブを着た男は嘯く。セイルの視線がさらに鋭くなるが、恐らくそれを意図的に無視して彼はさらにこう続けた。


「まあ、結果的に〈守護騎士〉殿の戦いを見ることができた。私としては大いに満足しているよ」


「……やっぱりお前は危険だね。ここで消しておこうか?」


「やらせません」


 向けられた白銀の槍の切っ先からローブの男を守るようにして、それまで黙っていた灰色の髪の青年が二人の間に割って入る。


「……そもそも貴方は〈キメラ〉との戦いで消耗しているはず。我ら二人を相手に勝てるとお思いか?」


 試してみるかい、とセイルが獰猛に答えるより先に、青年の後ろにいたローブの男が笑いを含んだ声で彼に言葉をかけた。


「止めたまえ、レイヴン。その男はやると言った以上やるよ。それくらいの余力は残してある。二人掛りでやったところで瞬殺だよ。〈守護騎士〉の二つ名は伊達じゃない」


 それに〈魔獣使い〉もいることだしね、とローブの男はヴィフレンとその後ろにいるロロに視線を向けながら話す。彼らが参戦すれば数の上では二対三。数的な有利もなくなる。しかし、依然としてセイルは鋭い視線のままだ。


「……アレをやられたからね。しばらくは何もできないさ。時間的にも能力的にもね」


 大仰に肩をすくめてローブの男はそう言った。恐らくそれが言質だったのだろう。セイルは威圧を緩めた。


「ところで新顔がいるようだけど、どちら様かな? 長命種ではないようだけど」


 ローブの男がルクトのほうに視線を向けた。その目は好意ではなく好奇に満ちている。ルクトは対応に困ってセイルのほうに目を向けるが、彼は苦笑気味に笑うだけ。おそらく名前を名乗っても害はない、ということだろう。益もないのだろうけれど。


「……ルクト・オクス、です」


 警戒の滲む声でルクトは名乗った。ただし、メリアージュの名前は出さない。恐らくは二人とも長命種で、彼女のことを知っている可能性は高い。だが、どういう関係なのかは分からない。少なくともセイルが警戒を示す相手だ。余計なことは喋らないほうがいい。


「これはこれはご丁寧に。我が名は〈御伽噺〉。もちろん二つ名だがね。本名より気に入っているのでこちらで呼んでもらえるとありがたい」


 そう言ってローブの男、〈御伽噺〉は大仰に名乗りを上げて挨拶をした。ということはもう一人の青年のほうが〈シャドー・レイヴン〉なのだろう。そして、〈御伽噺〉は芝居がかった仕草と口調でさらにこう続けた。


「幻想の王、……を志す、今はただの学士だよ」


 そう言って〈御伽噺〉はクスクスと笑った。自虐的冗談のつもりなのだろうが、本人にはまるで負い目を感じている様子がない。楽しそうに笑う〈御伽噺〉を、ルクトはどこか呆然としてみているしかなかった。


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