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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第九話 エグゼリオの守護騎士
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エグゼリオの守護騎士5

(速い……!)


 ルクトは走っていた。それも集気法を駆使して全速力で。ここまで必死に走るのは随分と久しぶりだ。そのせいか呼吸が乱れ喉の奥が痛い。しかしそれでも少し前を走るヴィフレン・マーブルと、彼の横を走る巨大な白い狼には追いつけない。


「辛そうだね。少し休むかい?」


 隣を併走するセイルハルト・クーレンズがルクトに声をかける。こちらは至って涼しい顔だ。そしてきっとヴィフレンも同じように涼しい顔をしているに違いない。


 迷宮(ダンジョン)の外はマナの濃度が薄い。そのため集気法でマナを集めて烈を練り身体能力強化を施しても、それは低いレベルで頭打ちになり、熟練者と素人の間に顕著な差は生まれ得ない。それがこの世界の常識である。


 しかし現実はどうか。巨狼のロロはともかくとして、セイルとヴィフレンの二人とルクトの間には明確な差がある。ただそれは武芸者としての差ではなく、短命種(ラテン)長命種(メトセラ)の差、存在それ自体の差と言ったほうがいい。長命種が超越者であることは知っていたが、その差をこうもまざまざと見せ付けられるのはやはりいい気分ではない。子供っぽい話だとルクト自身思うが、意地の問題である。


(くそ……!)


 声に出さずに悪態をつき、ルクトは走る速度を上げた。マナの濃度に関わらず使えるブースト、レイシン流が教える〈練気法〉である。


「へえ……」


 突然速度を上げたルクトに、セイルは感心したような、あるいは面白がるような声を出した。そして涼しい顔をしたまま彼もまた走る速度を上げ、すぐに併走状態に戻す。ヴィフレンのほうも、後ろを振り返ることすらせずにルクトが速度を上げたのを察知し、彼もまた速度を上げロロもそれに倣う。結局、変わったのは速度だけで、三人と一匹の位置関係は変わらずじまいだ。


 ルクトが横を見れば、そこにはやはりセイルの涼しげな顔。しかも彼にはにっこりと笑みを浮かべる余裕すらある。もう一度声に出さずに悪態をつくと、ルクトは前を向いて疾走に集中した。そんな彼を見て、セイルはやはり面白がるような笑みを浮かべる。


(負けん気の強さだけは一人前……。さすがはメリアージュの秘蔵っ子ってところかな?)


 面白い子だ、とセイルは思う。メリアージュがどこまで入れ込んでいるのか分からないが、たしかに先を見てみたい才能ではある。もちろんそれは個人能力(パーソナル・アビリティ)を含めて、だ。


(手元において育ててみたい気もするけど……。いや、それはメリアージュが嫌がるかな?)


 そんなことを考えながらセイルは走る。目指すエグゼリオはまだ遠い。



▽▲▽▲▽▲▽



 八月二日の午後、セイルら三人はカデルハイト商会の所有する倉庫の一つに来ていた。案内してくれた商会の職員が鍵を開けてから中に入ると、倉庫の一角に物資がまとめられている。あれがセイルの注文した物品であろう。


「結構な量ですね……」


「こうして改めて見ると、ね。これを一度で運べるんだから、ルクト君には感謝してるよ」


「うむ。〈プライベート・ルーム〉なしでは何往復すればいいのやら、見当もつかぬからな」


 用意された物資をざっと眺めて見ると、その種類は多岐に及んでいた。小麦やトウモロコシなどの穀物。ベーコンや干し肉、ジャム、ドライフルーツなどの保存食。オリーブオイルなどの油や酒類が入っていると思われる大樽もある。薬や包帯などの医療品に、布生地と針などの裁縫道具。大工道具、食器類、紙、ペン、インクなどなど。高価なものというよりは必需品や消耗品といった印象だ。


 そんな物品の中に、ルクトはあるものを見つけた。それは魔石からマナを取り出す〈抽出機〉と呼ばれる魔道具だ。これを使って魔道具のカートリッジにマナを充填するのである。ちなみにカートリッジはそれぞれの魔道具に合わせて作られるのでサイズは千差万別だが、共通点として中に〈昌石〉と呼ばれる透明な結晶体のドロップアイテムの粉末が入っている。より厳密に言えば〈昌石〉の粉末にマナを充填しているのだが、まあそれはそれでいいとして。


「他は往復して運ぶか、あるいは無くてもなんとかなるものなんだけど、コレばっかりはねぇ……」


 セイルは苦笑気味にそう言った。彼の個人能力(パーソナル・アビリティ)〈バルムンク〉は機動力に秀でた能力だ。そういう意味では、ルクトの〈プライベート・ルーム〉とはまた別の意味で輸送に向いていると言える。


 だが今回運ぶ抽出機は大きな魔道具だ。高さは2メートル近くあるだろう。幅と奥行きもそれぞれ1メートル弱はありそうだ。これを背負って飛ぶのは、少々無理がある。


「エグゼリオのほうでは作れないんですか?」


「能力的には十分可能だろうね。ただ、職人が偏屈で自分の興味が向いた物しか作りたがらないのと、あとはそもそもお願いしている仕事量が多すぎてそっちにまで手が回らない」


 それで他所から調達できるのであればそうしよう、ということになったらしい。


「最初はどうやって運ぶつもりだったんですか?」


「馬車を買って、解体してそれに乗せて運ぶつもりだった。ただ、馬車で未開の森を突っ切るとか馬鹿らしいくらいに面倒だろうからね……」


 最悪、心臓部のパーツだけ運んで、後はエグゼリオで作るつもりだったと言う。


「抽出機三台と、予備パーツがさらに三台分。これを我らだけで運ぶとなると……」


「恐ろしいくらいに面倒くさいだろうね」


 その労力を想像したのか、セイルとヴィフレンはそろって顔をしかめた。この世界で道無き道を行くのは本当に大変なのだ。キャラバン隊や旅人たちは目的の都市に直接通じている街道が無い場合、最短距離ではなく幾つかの都市を経由してでも街道を進む。その方が安全だし道に迷うことも無いからだ。また、結果としてその方が早く着く場合もあるくらいである。


 一通りの確認を済ませると、三人は荷物を〈プライベート・ルーム〉に積み込み始める。重い荷物も多いが、三人は全員が武芸者。身体能力強化を駆使し作業は順調に進んだ。


「さてルクト君、ここで一つ問題です」


 小麦の詰まった麻袋を三つまとめて抱えながら、セイルがいきなりそんなことを言い出した。無言で単純作業をするのがつまらなかったのかもしれない。


「なんです、問題って?」


 特に頭を使う作業をしているわけでもない。ルクトはそう聞き返した。彼が食いついたことが嬉しかったのか、セイルの声が少し弾む。


「抽出機は何のための道具?」


「魔石から、マナを抽出するための、道具でしょ? っと」


 医療品の入った木箱を持ち上げながらルクトはそう答える。彼の答えにセイルは「その通り」と言った。


「だけど、抽出機それ自体も魔道具」


 当然、抽出機もマナを動力にして動いている。そしてそのマナは魔石から抽出してカートリッジに充填されたものだ。


「では問題。最初の抽出機はどうやって動力を得ていたのでしょうか?」


 その問題にルクトは少し考え込んだ。抽出機がなければ魔石からマナを抽出し、カートリッジに充填することはできない。しかし抽出機を動かすにはマナが充填されたカートリッジが必要になる。


 卵が先か鶏が先か。ルクトは鶏が先だと思っているが、まあそれはそれとして。


 論理的に考えて、抽出機は魔道具なのだから動力であるマナがなければ動かない。逆に言えば、マナさえあれば動くのだ。ということは、必ずしもカートリッジに充填された形でなくともよいのだ。カートリッジが使われているのは、充填をしやすくして魔道具の利便性を向上させるためなのだから。


 魔道具はマナさえあれば動く。では、どうやって魔道具を動かすのに必要なマナを確保すればよいのか。


「集気法でマナを集め、人間が直接マナを供給していた」


「おお、凄いね。それを思い付くとは。正解じゃないけど花マルを上げよう」


 出来のいい生徒を褒める教師のような口調でセイルはそう言った。実際、ごく初期の魔道具はルクトが言ったような方法で動かしていたらしい。ただ、それだと不便だしなにより出力が小さい。


「そこで次に考えられた方法が、魔石から直接マナを得ると言う方法」


 つまりカートリッジの代りに直接魔石を装着していた、と考えればよい。ただし、この方法にも問題があった。


 第一に、魔石の大きさや形は様々である。だからどんな魔石であっても魔道具に使えると言うわけではなかった。この問題の解決策として、「魔石を砕いて粉末にし、それをカートリッジに詰めて使う」という方法が考えられたが抜本的な解決にはならなかった。


 なぜなら、マナを抽出したあとの〈黒石〉ならともかく、魔石は非常に硬くて衝撃にも強く、これを粉末にするのは一苦労だったのだ。魔石を粉末にするために魔道具が必要な状態で、全体の労力を考えれば効率は非常に悪く、結局この方法が一般的になることはなかった。


 また第二に、魔石を直接動力源として用いた場合その出力が高すぎる、という問題もあった。この問題は致命的だ。なにしろ、魔道具が爆発してしまうくらいの高出力だったのだから。水車を回すのに大瀑布を使うようなもので、水車が用をなす前に壊れてしまうのは当たり前だ。当然、これではまともに使えるはずもない。


 この高出力に耐えうるように魔道具を設計すると、明かりを得るためのランプがベッド並みのサイズになったと言う。しかも出力の大半は捨てなければならない。つまり出力の大半を捨てるためにサイズが巨大化しているのだ。馬鹿らしいことこの上ないだろう。


「……で、紆余曲折あり今の方式に落ち着いたってワケだね」


 つまりドロップアイテムの一種である〈昌石〉を粉末状にしてカートリッジに詰めてそこにマナを充填する、という方式だ。そしてそのために必要になった魔道具こそ、魔石からマナを抽出する〈抽出機〉なのである。


「最初の抽出機は、やっぱり大きかったらしいよ」


 小部屋一つ分程度の大きさだったと言う。それは魔石を直接動力に用いていたからである。ただしこれは最初の特用であり、次に作られた分からは随分とサイズダウンしたそうだ。動力源を変えたおかげである。


「だから問題の正解は、『魔石を直接動力として用いていた』だね」


「……よくそんなこと知ってますね」


 ルクトは感じる若干の悔しさを呆れた口調で紛らわしながらそう言った。武芸者である彼にとって魔道具云々は完全に畑違いの分野。「魔道具は問題なく使えればそれでいいや」位にしか考えてはおらず、その歴史や変遷については完全に埒外であった。


「この程度のことは調べればすぐに分かるよ」


 セイルはこともなさげにそう言った。言外に「勉強不足だ」と言われている気がして、ルクトは苦笑する。セイルはまた「都市ごとに順番や着眼点が微妙に違うこともあって、それがまた面白い」と付け加えた。


「……長く生きてるとね、知識は自然と増えていくんだ」


 知識だけはね、とセイルはどこか寂しげにそう言った。ただルクトが彼に視線を向けたときにはその表情はすでに消えており、その顔にはいつもの穏やかな笑みがあるだけだった。


「……そういえば知ってる?」


 セイルの話す雑学を聞きながら、荷物の積み込み作業は続く。集気法と身体能力強化のおかげで、肉体的にはそうつらい作業でもないのだが、如何せん荷物の量が多い。作業が終わった時間も中途半端で、結局この日に出立することはせず、出発は翌日の早朝ということになった。


 そして翌日、八月三日の早朝。都市の門のところで待ち合わせた三人は、挨拶もそこそこにエグゼリオへ向けて出発した。向かう方角は東である。


 十五分ほど走ると、三人は踏み固められた街道を外れうっそうとした森の中にいた。木々に視界をさえぎられ、カーラルヒスの姿はもう見えない。


 先頭を走っていたヴィフレンが突然足を止める。ルクトがいぶかしげにセイルのほうを見ると、彼はただ面白そうに笑うだけ。どういうことなのかさっぱり分からないが、ひとまず不測の事態が起こったわけではなさそうだと判断し、ルクトは緊張を解いた。


 ルクトが見守る中、ヴィフレンが指笛を吹いた。ピーッ、という甲高い音が森に響く。しばらくすると、ルクトは大きな気配がこちらに近づいてくるのを感じた。


(……来る!?)


 ルクトがそう思ったのとほぼ同時に、脇の茂みから大きな影が一つ飛び出してくる。巨体に似合わず軽やかに着地したソレは、巨大な白い狼だった。大型の馬と同じくらいの巨体である。


(魔獣……!? しまった、武器が……!)


 愛用の太刀は〈プライベート・ルーム〉の中である。ひとまず後ろに飛び退こうとした彼の肩を誰かが軽く抑える。それだけで彼は動けなくなった。振り返れば、そこにはセイルの顔があった。


「大丈夫だよ。敵じゃない」


 セイルの穏やかな声に促されるようにしてルクトが視線を現れた白い狼の方に向けると、魔獣と思しきその動物は甘えるようにしてヴィフレンに顔をこすり付けていた。彼が耳の裏をかいてやると嬉しそうに目を細めている。


「息災じゃったか、ロロ?」


 ヴィフレンの声も明るく弾む。彼らの様子はまるっきり飼い主とペットのそれだった。ただし、ペットの巨体に目を瞑れば、だが。飼い主も巨体だが、ペットはそれに輪をかけて巨大なのだ。


「魔獣……、ですよね……?」


 ロロと呼ばれた白い狼に視線を向けながら、ルクトはセイルにそう尋ねた。巨狼から感じる威圧感は、冬に見た〈ベヒーモス〉に勝るとも劣らない。いや、ともすればそれ以上に感じられた。こんな危険な獣が、ただの野生動物であるはずがない。


「そうだよ。ロロは魔獣だ」


「信じられない……」


 ルクトが「信じられない」と言ったのは、ロロが魔獣であったことではない。魔獣がこうして人に懐いていることが信じられないのだ。ただの野生動物ならばまだしも、魔獣が人に懐くなど聞いたこともない。


「ヴィフレンさんの二つ名は〈魔獣使い〉って言うんだ」


「魔獣を使役する能力、ですか?」


「それは少し違うのう」


 ルクトの問いかけに答えたのはヴィフレン自身だった。その後ろにはロロが控えている。近づいてきた白い狼は、ルクトなど頭から丸呑みにしてしまえそうなほどの巨体だ。そして恐らく、それは実力の面でも可能であろう。つまりロロとまともに戦えばルクトは負ける。少なくとも迷宮の外では。そのことを直感的に理解して、彼は身体を少しだけ硬くした。


「ワシの能力は、意思疎通のための能力なのじゃよ」


 身体を硬くしているルクトに気づかない振りをしながら、ヴィフレンは自分の能力を説明し始める。


 彼の個人能力は〈心話〉といい、魔獣を強制的に支配下に置くような力はない。ただ、言葉にするよりもより直接的に自分の意思を相手に伝えることができ、また同じようにして相手の意思を感じる取ることができるのだという。


「ただ、人間相手の場合はよほど直接的な感情でもない限り、やはり言葉にしなければ意思は理解されないし、動物が相手であればやはり簡単なものしか理解できぬ」


 また〈心話〉は使うために集中力を要するため、戦闘中には使えない。伝わるのは伝えようと思ったことだけだし、受け取れるのも相手が伝えようと思っていることだけ。だから重要なのは信頼関係であり、〈心話〉はそれを構築するための補助に過ぎない、とヴィフレンは話す。


「じゃあ、魔獣が人に懐くってことは……」


「それ相応の信頼関係があれば、有り得ぬわけではないな」


 ただし、普通はその信頼関係を築く前に敵対関係になってしまう。ほとんどの魔獣は獰猛で、人間を見れば襲い掛かってくるのだから。人間のほうも相手が魔獣となれば飼い慣らそうとは考えず、さっさと討伐してしまうのが普通だ。


「さて、と。ルクトをロロに紹介せねばな」


 ヴィフレンがそういうと、ロロがゆっくりとルクトに近づいてくる。ちなみに、ヴィフレンは最初彼のことを「ルクト殿」と呼んでいたのだが、本人が「お願いだから呼び捨てにしてください」と頭を下げ呼び捨てと相成った。


 間近で見るロロはやはり大きい。その上、感じる威圧が並みではない。被食動物の気分を味わいながら身を硬くするルクトに、ロロは湿った鼻先を近づけてフンフンと彼の匂いを嗅いでいく。最後にザラリとした舌先で彼の顔を一舐めすると、さっさと踵を返して離れていった。


「へえ、気に入られたみたいだね」


「……そう、なんですか?」


「うむ。気に入らない相手ならば、ロロはもっとそっけない態度を取る」


 ともかくロロとの顔合わせは無事に済んだようで、ルクトは安堵の息をついた。これから数日間一緒に旅をするのだ。その間ずっと睨まれていたら、ルクトは〈プライベート・ルーム〉に引き篭もって出てこない自信がある。もっとも、それでは旅も終わらないのだが。


 ちなみにセイルの場合は「ロロのほうが萎縮して近づいてこなかった」そうだ。超越者としての彼の実力を感じ取ったのかもしれない。


 まあそれはそれとして。顔合わせが済むと三人と一匹は再び走り出した。目指すエグゼリオはまだ彼方である。



▽▲▽▲▽▲▽



 ルクトが練気法を駆使して走り始めた、そのおよそ三十分後。ものの見事に彼はバテていた。荒い息を幾ら繰り返しても呼吸が楽にならない。全身からとめどなく汗が流れてくる。頭の奥がゆだるようで痛い。練気法を使うために高い集中力を維持していたせいだ。


 そんなわけで一行は休憩中だった。場所は小川のほとり。ルクトは生い茂った木の葉の下に適当な岩を見つけるとそこに腰掛けた。木陰で日差しが遮られ、また風が吹いているおかげで随分と涼しく感じる。


「大丈夫かい、ルクト君?」


 そう言ってセイルが水筒とタオルを差し出す。ルクトはそれを受け取るとタオルで汗を拭き水筒の水を飲んだ。水筒はどうやら魔道具だったらしく、冷たい水は乾いた喉と火照った身体に心地よい。


「…………すみません。足引っ張っちゃって」


 息も絶え絶えな様子でルクトは謝った。セイルとヴィフレンはルクトと同じ速度で走っていたにも関わらずまるで呼吸を乱していない。ロロに至っては退屈そうにあくびまでしていた。


「いやいや。三十分近くも練気法を使い続けたんだ。大したもんだよ」


「……やっぱり、セイルさんたちも練気法を使ってたんですか?」


 そうでなければ同じ速度で走れるわけがない。迷宮の外では身体能力強化は低いレベルで頭打ちになるのだから。しかし、あろうことかセイルは首を横に振った。


「いや。使えるけど使ってはいなかったよ」


 絶句するルクトにセイルは種明かしをする。


「長命種はね、体内にマナを圧縮して蓄えておけるんだ」


 魔獣が体内に魔石を持っているのと同じように、とセイルは説明する。実際に長命種の体内に魔石が存在しているわけではないが、イメージとしてはそれが分かりやすい。そしてそのマナを使うことで、例え迷宮の外であっても強力な身体能力強化が使えるのだと言う。


(それが短命種と長命種の差、か……)


 ルクトは驚くより先に納得してしまった。それくらいの理由がなければ、今のこの状況には納得がいかない。


 十分ほどの休憩の後、一行は再び走り出した。今度は練気法を使わずに走る。三十分ごとに休憩していてはかえって遅くなってしまうからだ。


 ただし、一行の速度を上げる方法はある。ルクトがロロの背に乗るのだ。そうすれば彼の速度に合わせる必要はなくなり、移動速度は格段に上がるだろう。


 ルクトはその方法に気が付いていたが、しかし自分からは言い出せなかった。セイルとヴィフレンも気づいてはいたのだろう。だが彼らもまた、自分たちからは言い出さなかった。


 それは優しさかあるいは酔狂か、はたまたそのどちらでもないのか。必死に走るルクトに、それを考える余裕はなかった。


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