勤労学生の懐事情6
迷宮に入ってすぐは半円状の大きな広場になっている。ハンターたちが〈エントランス〉などとも呼ぶこの広場は、半径はおよそ100メートルと言ったところだろうか。おかげで混雑して身動きが取れなくなることもない。
この場所に立つたび、ルクトは〈迷宮〉という空間の不思議について思わずにはいられない。ここから迷宮内を眺めてみても全ては闇のなかに消えていき、果てがどこにあるのかは知ることはできない。上を見上げても〈シャフト〉の先端が霞むばかりで天井を見つけることはできず、下を見下ろしても同様だ。ただ〈シャフト〉が闇に溶けるように消えていくばかりで底を目視することはできない。そもそも、迷宮攻略が成されるようになってからどれほど経つのかわからないが、迷宮の最深部に到達したなどという話はついぞ聞いたことがない。
明らかに都市よりも大きな空間が、都市の地下に存在しているのである。しかしだからといって、例えば深く掘った井戸などが迷宮の天井を突き破ってしまった、などという話は聞いたことがない。まるで都市の地下には何も存在していないかのように。
(きっと空間が歪んでいるか、あるいはそもそも別の空間なんだろうな………)
その考え方は〈プライベート・ルーム〉という個人能力をもっているルクトにとって納得しがたいものではなかった。ここではない別の空間というのは、彼にとって身近な存在なのだ。
決して理解できているわけではない。しかしそうとでも考えなければ〈迷宮〉という空間の異質さは説明がつかないように思える。なにもこの無限とすら思える広さだけの話ではない。そこで出現する擬似生命体、ドロップアイテム、魔石、時間や季節に左右されず常に一定な環境。迷宮のなかはあらゆる事柄が普通ではない。それこそ〈異世界〉とでも言われたほうが納得しやすいくらいに。
「ま、いっか………」
迷宮とはなんであるか。それを考えるのは偉い学者方に任せておけばいい。ルクトにとって重要なのは迷宮攻略を行えば手っ取り早く多額の金が手に入る、ということである。ただし、命の危険と引き換えに、ではあるが。
さて、と呟きルクトは攻略に意識を向けた。〈エントランス〉からは三本の道が枝分かれしている。ルクトはその内の真ん中の道に足を向けた。
しばらくの間、ただひたすら歩く。ときたまモンスターが出現するが、歯牙にかける必要もないほどに弱い。太刀を使うこともなく文字通り蹴散らしながらルクトは進んだ。ドロップする魔石は小さすぎるため拾う気にもならない。
しばらくすると、白い通路が交差している箇所に来た。ルクトは腹の底に落とし込むようにして深く息をし、迷宮に溢れている〈マナ〉を集める。〈集気法〉だ。集めた〈マナ〉を〈烈〉に変換すると、筋肉が膨張したかのように感じ体内に力が満ちていく。
十分に〈烈〉を練り上げ体内に充足させると、ルクトは跳んだ。上の通路から下の通路まで落差はおよそ五メートル。〈烈〉によって強化された身体であれば、危険などまるでない高さである。
トン、と軽い音と立ててルクトは下の通路に着地した。このあたりはすでに第二階層だ。ルクトはゆっくりと立ち上がると、そのまま何事もなかったかのように歩き始めた。
ルクトがしたのは上の通路から下の通路に飛び降りるという実に簡単なショートカットだが、彼以外にこういうショートカットをするハンターはほとんどいない。なぜならハンターが迷宮に潜る場合それはほとんどが遠征であり、受付で会ったパーティーのように多くの荷物を抱えているからだ。
ルクトのように身軽な状態であれば、ハンターにとって五メートル程度の高さはないにも等しい。しかしトロッコに満載された荷物を持って跳ぶとなれば話は違ってくる。跳躍に失敗すれば最下層まで真っ逆さまだし、そうでなくとも物資を失えば遠征を続けることはできなくなる。
たかだかショートカットのためだけにそこまでのリスクは負えない。まともなハンターであればそう考える。ルクトだって〈プライベート・ルーム〉という個人能力を持っていなければ同じように考えただろう。
「ホント、便利な能力だこと………」
自分のことながら呆れたようにルクトはそう呟いた。迷宮攻略はモンスターと戦うことによって成立する。そして戦闘をするには身軽なほうがよい。しかし必要な物資を持っていかなければ遠征は行えない。その矛盾を〈プライベート・ルーム〉は一挙に解決してくれる。
モンスターに遭う事もなくしばらくそのまま進んでいくと、右手に巨大な〈シャフト〉が現れた。巨大すぎるその岩の柱は、近づいてみるともはや“壁”だ。
その“壁”は床のようにツルツルではない。むしろ自然の岩山のようにゴツゴツとしており、歩いて昇り降りすることもできそうである。
ルクトは再び〈集気法〉を使って身体を強化すると、目の前の“壁”に向かって跳んだ。着地すると足もとに気をつけながら白い通路から離れるように移動する。そしてそのままカモシカのように〈シャフト〉を下へ下へと降り始めた。
迷宮攻略では基本的に下へ下へと潜っていく。しかし、基本的にハンターが移動できるのは白い通路の上だけで、その通路は曲がりくねり縦横無尽に広がっていくので思うように下へ向かうことはできない。
そこでルクトが思いついたのが、迷宮内に乱立する〈シャフト〉を使ったこのショートカットである。これを使えば通路を移動するよりもはるかに早く下の階層へ到達することができる。日帰りで五階層まで行って帰ってこられるのは、このショートカットを使っているからにほかならない。
もちろんこのショートカットも、使っているのはルクトの知る限り彼一人である。多くの荷物を抱えていてはこんな切り立った崖のような場所を身軽に移動できないというのも一つの理由であるが、これ以外にも実はもっと大きな理由があった。
迷宮には〈飛行タイプ〉のモンスターも存在するのである。
「グゥルルルルゥゥゥゥ!」
その鋭い鳴き声を聴いた瞬間、ルクトはすぐさま集中力を高めて戦闘に備えた。〈集気法〉で〈マナ〉を集めて〈烈〉を練り上げる。それからルクトは辺りを見渡して敵の姿を求めた。
「いた………!」
強化された視力はすぐに敵を見つけた。案の定、飛行タイプのモンスターだ。広げた翼の端から端までが3メートルはあろうかという怪鳥である。頭の上には立派なとさかをつけており、広げた翼には炎のような燐光が輝いている。
ハンターたちが〈シャフト〉を使って移動しない最大の理由は、こういう飛行タイプのモンスターである。〈シャフト〉のような足場の悪いところで襲われては満足に戦うこともできない。戦うことができたとしても足を滑らせて落下してしまえば、それだけで死んでしまう。
「〈シャフト〉を移動するだけならともかく、そこで戦闘なんてできないしやりたくもない」
それが常識的なハンターの意見だ。しかしルクトは〈シャフト〉を使って移動する。それはつまり、そこで戦闘になっても対処する方法が彼にはあるということだ。
ルクトは注意深く怪鳥の動きを目で追う。大きな翼を広げて悠然と飛んでいた怪鳥は彼を見つけ獲物と認識したらしく、もう一度鋭い鳴き声をあげてから急加速して一直線に向かってきた。
それを確認してからルクトは左手の指を“パチン”と鳴らして〈ゲート〉を開き、〈プライベート・ルーム〉の中に退避する。そこは先ほど着替えたのとはまた別の空間だ。ルクトの〈プライベート・ルーム〉は、創り出せる空間の容積は決まっているが数は決まっていない。上限の容積内であれば、いくらでも部屋を用意できるのだ。
転がるようにして中に入ったルクトは、起き上がるとそのまま奥の方に退き腰を落として敵を待つ。そして鋭い威嚇の声を上げながら開けっ放しになっている〈ゲート〉から敵が中に入ってきた。
ルクトの個人能力〈プライベート・ルーム〉は、彼に空間を提供する能力である。ルクトはいつでもその空間に出入りすることができ、言うなればそれは決戦用の空間、あるいは退避用の空間が常にすぐ傍に用意されているということだ。例え〈シャフト〉が戦闘に向かない場所だとしても、一度〈プライベート・ルーム〉の中に入ってしまえばそこには平らな足場が用意されており、いつもと同じ感覚で戦うことができるのである。
(それに………)
と、ルクトはほくそ笑んだ。〈プライベート・ルーム〉はそう広い空間ではない。特にさっきまで迷宮の広大な空間を自由に飛びまわっていた怪鳥にしてみれば、狭い鳥篭の中に閉じ込められたようなものであろう。ここで戦うことは、怪鳥の機動力を封じることにも繋がるのである。
もちろん不利な点もある。〈プライベート・ルーム〉の中は決して迷宮ではない。つまり〈マナ〉の濃度が薄いわけで、それは〈集気法〉によって十分な〈マナ〉を、ひいては〈烈〉を補給できないことを意味している。先ほど練り上げた〈烈〉がなくなれば、ルクトは怪鳥に対して劣勢をしいられるだろう。一応“保険”はあるが、それはあまり使いたい手段ではない。
必然的に、ルクトが狙うのは短期決着になる。そのために取るべき手段は言うまでもなく〈抜刀術〉。ルクトが持つ最高にして最速の一撃である。
「武器を壊さないようにしないとだな………」
腰を落とし太刀の柄に手をかけた状態でルクトは小さく呟く。なにしろこの予備の太刀が壊れてしまったら、残っている武器は腰のダガーが一本だけである。さすがにダガー一本で迷宮攻略をする気にはなれないので、太刀が壊れてしまった場合はここまでで切り上げ撤退し、もう一本予備の太刀を買うなりしなければならなくなる。つまり今日の稼ぎはなくなり、そのうえ余計な出費が増えるのだ。
(節約が裏目に出たか………!?)
収入が減る。出費が増える。借金が増える。そう考えただけで体温が二度くらい下がったようにルクトは感じた。
背中に冷や汗を流す彼の動揺を感じ取ったわけではないだろうが、怪鳥が鋭い鳴き声を上げてルクトに襲い掛かった。怪鳥が動いた瞬間にルクトも内心の動揺を外に追い出して目の前の戦いに集中する。
獲物を丸呑みせんと、怪鳥が巨大な嘴を広げてルクトに迫る。その嘴が閉じられる瞬間、彼は素早く横に飛んでそれをかわした。標的を見失った怪鳥が〈プライベート・ルーム〉の壁に頭をぶつけて墜落する。
横に飛んだルクトは、勢いそのままに壁を蹴って鋭角に移動し怪鳥の後ろに回る。一回の攻防でルクトと怪鳥の位置が入れ替わった形だ。そして壁に頭をぶつけて動きを止めている怪鳥の背中に向けて、ルクトは太刀を鞘から走らせる。
――――カストレイア流刀術、〈抜刀閃〉。
なんということはない。ただの居合い、ただの抜刀術だ。ただし、カストレイア流の〈抜刀閃〉は基本の刀技で、これをもとにした派生技がいくつか存在する。
背中を大きく切り裂かれた怪鳥は耳障りな絶叫を上げる。しかし絶命する様子はない。それを見たルクトは切り上げた太刀の柄に鞘に添えていた左手を持っていき、右手と合わせて両手で握った。そして切り上げた太刀を今度は垂直に振り下ろし、怪鳥の翼を切断する。さらに振り下ろした太刀を体にひきつけ、大きく一歩を踏み出すと同時に怪鳥の胴体に太刀を突き刺した。そして太刀に込めてある〈烈〉を開放する。
――――カストレイア流刀術、〈螺旋功〉。
太刀から解き放たれた〈烈〉は螺旋を描くようにして吹荒れ怪鳥の肉体を内側から破壊していく。
「グルルゥゥエエエェェエエエ!!!」
一際かん高く耳障りな怪鳥の絶叫。体をのけぞらせて翼を大きく広げていた怪鳥は、そのままの姿で〈マナ〉へと還りそして消えていった。
「ふう………」
怪鳥の姿が完全に消えてから、ルクトは大きく息を吐き出し太刀を一度払ってから鞘に収める。何とか武器を破壊せずに戦闘を終えられた、と彼は満足そうに頷いた。
それからルクトは怪鳥が残したドロップアイテムを確認する。モンスターが必ず落とす魔石が一つと、炎のような燐光を放つ大きな羽が三枚。魔石の大きさはたいしたことはないが、燐光を放つ羽はなかなか出回らないレア物で、結構いい値段で売れる。これを加工した羽ペンがお金持ちの間では人気なのだとか。
ちなみになぜ〈羽〉が、というより飛行タイプのモンスターのドロップアイテムがなかなか出回らないのかというと、単純に討伐個体数が少ないからだ。それに加え、倒せたとしてもドロップアイテムが回収可能な場所、つまり迷宮の通路の上に落ちてくれるとは限らない。そのままヒラヒラと手の届かない場所に行ってしまう、などということも多いそうだ。
そんなわけで〈プライベート・ルーム〉内で飛行タイプモンスターを倒せるルクトにとって、それらのモンスターが落とすドロップアイテムはなかなか割のいい収入源になっている。
嬉々としてドロップアイテムを回収するルクト。全部拾い上げると、ルクトはおもむろに右手の指を“パチン”と鳴らした。すると部屋が広くなり、さらに隅っこのほうには先ほどまではなかったソファーやテーブルなどが現れる。
つまり二つの〈プライベート・ルーム〉を繋げたのである。二つ別々の〈プライベート・ルーム〉を用意できるのだから、それを繋いで一つにすることなど造作もない。少なくとも努力してできるようになった芸当ではないから、これは自分の個人能力の基本的な部分なのだろうとルクトは思っている。
いつものように手に入れたドロップアイテムをテーブルの上に置く。それからルクトがもう一度右手の指を“パチン”と鳴らすと、〈プライベート・ルーム〉はもともとの大きさに戻った。先ほど怪鳥と戦った空間を消したのである。
それからルクトは〈プライベート・ルーム〉の壁に触れてそこに〈ゲート〉を作る。黒い空間が渦を巻くように見える〈ゲート〉は相変わらず不吉だ。が、見慣れているルクトはそんなことはお構いなしに頭を突っ込んだ。
ルクトの個人能力〈プライベート・ルーム〉には、幾つかのルールがある。その一つが「〈ゲート〉を挟んだ向こう側は目視できない」というものだ。そこでルクトは頭だけ〈ゲート〉の外側に出して、外の様子を確認してから出てくるようにしている。特に迷宮ではこの確認作業は必須だ。
ルクトが外を確認すると、そこは相変わらず〈シャフト〉の側面だった。「出るときは入ったときと同じ場所に出る」というのも〈プライベート・ルーム〉のルールの一つである。
足元をしっかりと確認してからルクトは〈プライベート・ルーム〉の外に出た。彼が外に出るとすぐに〈ゲート〉も消える。
再び〈シャフト〉の側面に立ったルクトは、〈集気法〉を使って身体に〈烈〉を満たす。身体に力が満ちるのを感じ、一つ頷いたルクトは再び〈シャフト〉を下へ下へと降っていくのだった。
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一度怪鳥に襲われたあとはモンスターに遭遇することもなく、ルクトは順調に〈シャフト〉を下へ下へと降っていく。そうやって10分ほど経ったころ、ついにルクトは〈シャフト〉の側面から迷宮の白い通路の上に降り立った。
時々襲い掛かってくるモンスターを倒しドロップアイテムを回収しながらさらに30分ほど歩くと、ルクトはようやく今日の目的地へとたどり着いた。そこは迷宮の中に生まれた湖、俗に言う〈地底湖〉である。直径はおよそ20メートルくらいだろうか。その地底湖は満々と豊かな水を湛えていた。
(ホント、何でもありだよな………、迷宮って)
地底湖の水がどこから来るのか、はっきりとしたことは分っていない。モンスターと同じように〈マナ〉が寄り集まって“そこ”に突然生まれるのだろうと言われているが、なぜ特定の場所を狙ったように水が生じるのか、説明できる人は誰もいない。
多くのハンターたちにとって、このような地底湖は厄介な難所である。なにしろ地底湖の中には魚型のモンスターがいることが多い。そもそもハンターたちは泳ぐことを想定した装備などしていないし、荷物を満載したトロッコを持って湖を渡るのは無理がある。
だから迷宮攻略の際、ハンターたちは自然と地底湖を避けてルートを選ぶようになる。水の補給のためにやってくるパーティーは少なからずいるが、言ってしまえばそれだけである。
しかしだからこそ、見方を変えれば人気の少ない地底湖は格好の穴場でもある。
さて、と呟きルクトは右手の指を“パチン”と鳴らして〈ゲート〉を開く。そして注意深くその〈ゲート〉を操作して地底湖の水中に沈める。
すると地底湖の水位が下がり始めた。〈ゲート〉の向こうの〈プライベート・ルーム〉の中に水を移し変えているのだ。もちろん、水を入れる〈プライベート・ルーム〉は新しく作った空の空間である。
地底湖の水位は順調に下がり、そしてほとんど空になったところでルクトは〈ゲート〉を消した。目の前の水深が5メートルほどの地底湖だった場所は、粗く抉り取られたかのようなくぼ地になっている。くぼ地の中は迷宮の通路と同じく真っ白だが、滑らかな通路とは異なりゴツゴツとした岩肌のようになっている。
ルクトは軽く跳躍するとそのくぼ地の中に降り立った。見れば魚型のモンスターがビチビチと跳ねている。鋭い牙を持ち水中を自由自在に動き回るそれらのモンスターは、確かに水の中で戦おうとすれば難敵だ。しかしこうやって水を抜いてしまえば、一転して跳ねるしか能のないザコモンスターになってしまう。しかもドロップする魔石の大きさは変化しないのだからおいしい話である。
ルクトは太刀を抜くと、魚型のモンスターたちを一体ずつ丁寧に倒していく。とはいえ跳ねる魚を足で押さえつけ太刀を突き立てるだけなので、戦いというよりは作業だ。このように水を何とかする手段さえあれば、地底湖は格好の穴場なのである。
全てのモンスターを倒してドロップアイテムを回収すると、ルクトはそれを〈プライベート・ルーム〉に放り込んだ。確認のために辺りを見渡しても、まだ倒していないモンスターも回収し損ねたドロップアイテムもない。
これでこの場での〈狩り〉は終わりだ。次は〈採取〉である。
地底湖だったくぼ地の中には、大きな白い石が幾つも転がっている。石の大きさは人の頭よりも少し大きいくらいだ。
ルクトは腰に挿してあったダガーを抜いて逆手に持つと、おもむろにその石の一つにそのダガーを突きたて始めた。何度かダガーの刃を突きたてていると、白い石に亀裂が入り二つに割れる。そしてその石の中から、明らかに金属と思しきものが転がり出てきた。ルクトはそれを拾い上げると満足そうに頷き、また別の白い石にダガーを突き立てる。
これがモンスターを倒す〈狩り〉とは別に迷宮からアイテムを得るための、〈採取〉あるいは〈採掘〉と呼ばれる方法である。身も蓋もない言い方をすれば、迷宮に落ちているアイテムを拾ってくるという、ただそれだけのことである。
モンスターは不特定の場所にランダムで現れるから、狩りは基本的に迷宮内ならばどこでも行うことができる。しかし採取を行うためには、まず〈採取ポイント〉と呼ばれる場所を発見しなければいけない。
採取ポイントとは、そのまま「採取を行うためのポイント」である。迷宮内でアイテムが落ちている(いや生成されるというべきか)場所、と言い換えることもできるだろう。今回であれば地底湖が採取ポイントになる。
採取ポイントの見分け方はひどく簡単だ。明らかに周りと違っている、今回であれば表面がゴツゴツしていて白い石が落ちている、そういう場所は採取ポイントである可能性が高い。
あえて言うまでもないことだが、採取は非常に割がいい。なにしろ戦わずしてアイテムが手に入るのだから。だから基本的に、ハンターは自分が見つけた採取ポイントを秘匿する。教えるとしてもパーティーやギルドといった仲間内だけだ。
ルクトもこの採取ポイントのことは誰にも教えていない。もっとも地底湖に満ちていた水を何とかしなければ、ここまで簡単にアイテムを採取することなどできないだろうが。〈プライベート・ルーム〉は本当に使い勝手のいい個人能力である。
地底湖跡に転がっていた白い石を次々に割っていくルクト。アイテムが入っているものもあれば入っていないものもあった。ただ、経験則的に前回から時間が経っているほど、採取できるアイテムの量は多くなる。今回は二週間ほど時間を置いたのだが、だいたい五割くらいの確率でアイテムが入っていた。金属インゴットに加えアクアマリンと思しき原石もあって、上々の結果といえる。
採取アイテムをドロップアイテムと同じように〈プライベート・ルーム〉に放り込んで片付けると、ルクトは跳躍してくぼ地から出る。そしてまた右手の指を“パチン”と鳴らすと、一瞬にしてくぼ地に水が満ちて地底湖は元の姿に戻った。水を移し替えておいた〈プライベート・ルーム〉を消したことで、水がこちらの空間に戻ってきたのだ。
「本日の予定はこれにて終了、と………」
ルクトはそう呟いて軽く背伸びをし身体をほぐす。あとは帰るだけなのだがその前に少し休憩でもするかと思いルクトは〈ゲート〉を開いてその中に入った。
いつも使っている〈プライベート・ルーム〉の中、放り込まれて床に転がっているアイテムを無視してルクトは隅っこの休憩スペースへと向かう。ブーツを脱ぐのが面倒なのでラグをしいたすのこの端っこに腰掛けそのまま仰向けになる。
「あ~」
伸びをした格好で気の抜けた声を出すルクト。〈ゲート〉を閉じてしまえば〈プライベート・ルーム〉は完全に外と隔絶された空間だ。モンスターに襲われる心配はないので、緊張を解いて思いっきりダベることができる。
「………静かだな………」
寝転がって味気ない天井を見上げていたルクトがポツリとそう呟いた。〈プライベート・ルーム〉の中の静寂は、上手くいった攻略の熱をまたたく間に冷ましてしまう。ロイたちとパーティーを組んでいた頃もこうして休憩したが、その時は他愛もないバカ話や攻略の成果について語り合い盛り上がったものである。
「ホント、ここ〈シングル・ルーム〉だなぁ………」
自嘲気味にルクトはそう呟いた。最近ルクトは、〈プライベート・ルーム〉のことを〈シングル・ルーム〉と呼んでいた。そこにはホテルで一人部屋を示す〈シングル〉と、ソロで攻略を行う〈シングル〉の二つの意味が込められている。ただし自嘲的に、だが。
決してソロが辛いわけではない。むしろパーティーで攻略を行うよりも稼ぎの効率はいいくらいだ。
しかしそれでも。〈シングル・ルーム〉の中の静寂は、好きになれそうにもなかった。