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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第七話 いと尊し
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いと尊し6

お気に入り登録件数が4200件を超えました!


今後もよろしくお願いします。

 迷宮(ダンジョン)における地底湖というのは、ハンターにとってさしてありがたい場所ではない。


 地底湖というからには、そこには水が張っていて水生型のモンスターがいる。どこにいてどのような形をしているにせよ、モンスターはモンスター。倒せば魔石とドロップアイテムが手に入る。まあ、ドロップのほうは手に入らないこともあるけれど。


 しかし、誰が水の中にいるモンスターをすき好んで狩ると言うのか。限られた使い道しかない水中用の装備を持っていくハンターなどいないし、またのんびりと釣り糸を垂れている時間もない。数自体もさほど多くないし、結果として大半のハンターは地底湖を無視して攻略を行うようになった。


 時たま、地底湖に立ち寄るパーティーもある。多くの場合、水を求めてのことだ。しかしこの場合も注意が必要で、水を汲むために沈めた皮袋が地底湖のモンスターに食いちぎられてダメになってしまう場合がある。そうなると水が不足するので、攻略を切り上げて帰還を急がなければならなくなる。当然、見込んでいた収入は“おじゃん”だ


 水を詰めた皮袋というのはかさむから、持って行く数は少なくして後は現地調達できればそれに越したことはない。ただこういう危険性もあるから、地底湖で水を補給するのはハンターたちの間でも意見が分かれる。安全に補給する手段があるのならやってもいい、といったところか。


 とはいえ、所詮は水の話。最初から十分な量を持っていけば解決してしまう問題なだけに重要度は低い。「迷ったらやらなければいい」といわれているくらいで、つまりその程度にしか考えられていない。


 まあそんなわけで。ハンターにとって地底湖の評価は「どちらかというと迷惑」といったところに落ち着く。


 さて、そんな「どちらかというと迷惑」な地底湖であったが、その評価はあくまでも平均的なものでしかない。平均的ということはつまり、多数の人間の意見をごちゃ混ぜにしてその真ん中辺りから抽出したもの、ということだ。


 つまり何が言いたいかといえば、地底湖に用がある奇特なハンターもちゃんといるのだ。


「いざ地底湖巡り!」


 そんなトンチンカンなことをいうハンターは常識外れな奴だと相場が決まっている。そして、ここカーラルヒスでもっとも常識から外れたハンターといえばルクト・オクスその人である。


 ルクトといえばここ最近、合同遠征以外は積極的には迷宮の下の階層に潜らず、日帰りが可能な浅いところで自己鍛錬を続けていた。ただもちろん、それによる弊害はある。それは収入の減少だ。


 合同遠征はきちんとやっているから、さほど大きな額が減ったわけではない。しかし、減っていることは事実である。覚悟し、また納得してやっていたことではあるが、その事実は予想以上にルクトの精神を追い詰めていた。


「借金! 借り増し! 返済不履行!?」


 夜中に跳ね起きること、数回。ルクトもさすがに思った。これはヤバイ、と。どこかで息継ぎをする必要がある、と。


 ただ、だからといって。自己鍛錬を優先すると言うのが基本的な方針であることに変わりはない。とすれば息継ぎ、つまり金を儲けるための攻略にそう多くの時間をかけるわけにはいかないだろう。


 そこで思いついたのが、「地底湖巡り」である。


 地底湖というのは、そこで狩り(ハント)をする手段を持っているルクトにとって、他の場所よりもはるかに効率のいい狩場なのだ。その地底湖を巡ることで、短時間で効率の良い攻略をしようと考えたのである。


 現在ルクトが知っている地底湖は三箇所。五階層と八階層、そして夏休みに見つけた十階層である。本当は彼の知らない地底湖がまだあるのだろうが、下の階層に向かうためのルートが固定化しているせいもあってこの三つ以外は見たこともない。


 情報を集めれば他の地底湖のことも分かるのだろうが、あまり浅い階層だとそこに行くまでに時間もかかり、あまりうまみがない。それに加え十階層の地底湖で狩り(ハント)をすれば、そこにいくまでの道中も合わせて結構な稼ぎになる。時間的なことも考慮に入れると、この三つでちょうどいいというのがルクトの感想だった。


 さてそんなわけで、地底湖巡り。


 五階層の地底湖でつつがなく狩り(ハント)を終えたルクトはショートカットをしたり、巨大な石の柱であるシャフトを伝って下へとおりたりしながら八階層を目指していた。そして適当なところでシャフトから飛び降り広場に着地。前にここでモンスターと戦ったことがあるが、その時ドロップした魔石からしてこの辺りは六階層のはず。そしてここから少し歩くとショートカットできる場所がある。


「……と、その前に……!」


 マナが収束し、揺らめきながら光を放ち始める。モンスターが出現(ポップ)する兆候だ。数は三つ。


 それだけ確認すると、ルクトはすぐさまそこから動き揺らめく光から距離をとった。そして周りを見渡し、広場のふちから離れていて自由に戦えるだけの広さがあることを確認すると、腰を落として太刀の柄に右手を沿え抜刀術の構えを取った。


 集気法。そして練気法。マナを吸収して身体を烈で満たし、さらにその烈を循環させることで闘術を底上げする。もちろん全身に練気法をかけることはできないので、まずは脚に使う。


 脚に練気法をかけているということは、攻撃よりも回避や移動のほうに重点を置いていると言うことになる。まあ、ここは六階層。出現するモンスターもさほど手強いわけではない。それに攻撃力が足りないことが判明したならば、その時あらためて攻撃のために練気法を使えばいいだけだ。


(よし……! イイ感じ!)


 まだ戦闘は始まってすらいないが、ルクトは手応えを感じ内心で喝采を上げていた。言うまでもなく、練気法が実にスムーズに使えたからである。十階層、六階層よりもはるかに濃密なマナが満ちる場所で、攻略もせずせっせと自己鍛錬に励んだ成果がしっかりと現れたのだ。


 ルクトが自己鍛錬の成果を実感しているその目の前で、揺らめく光が一際強い閃光を放ち、モンスターが姿を現す。その数は予想通りに三体。


 一体は猫によく似たモンスターだった。ただし、その体躯は羊ほどの大きさがある。ハンターたちからは〈化け猫〉などと呼ばれるタイプのモンスターだ。ちなみに〈化け猫〉は下の階層に行くほど体躯が大きくなり、ルクトが遭遇した中で最大のものは牛ほどの巨体であった。


 どれだけ大きくなろうとも、その動きの元となるのはやはり猫だ。そのため〈化け猫〉は素早く滑らかに動き、跳躍など縦の動きも得意としている。鋭い爪も要注意だ。


 二体目は植物に似たモンスター。壷状の、ずんぐりとした胴体を持ち、そこから二本の蔦をまるで腕のように伸ばしていた。〈マンドラゴラ〉などと呼ばれるタイプのモンスターだ。個体によっては頂上部に花を咲かせていたり、蔦の数が三本だったり四本だったりするものもある。だがルクトが見ていたのは、別のところ、すなわち「根」であった。


(よし、根は張っていないな……)


 この手のモンスターは稀に迷宮の床に根を張っていることがある。その場合、〈マンドラゴラ〉はその場から動けない代わりに、ある厄介な特性を獲得しているのだ。それは〈ポット〉と呼ばれる特性で、次から次へと新たなモンスターを吐き出してくるのだ。


 おいしいモンスター、と思うなかれ。〈ポット〉タイプが吐き出すモンスターは、魔石やドロップを全く残さないのだ。つまり、倒すだけ時間と労力の無駄なのである。しかしモンスターではあるので、襲ってくるから撃退しなければならない。なので「〈ポット〉タイプが出現したら真っ先に倒せ」というのがセオリーになっていた。


 今回出現した〈マンドラゴラ〉は〈ポット〉タイプでないので、植物のクセに動いて襲い掛かってくる。だがその動きは遅いので脅威にはならない。注意すべきなのは、蔦が長いのでその分攻撃範囲が広いことくらいだ。


 三体目は巨大なカマキリだ。〈インセクト〉と呼ばれるタイプのモンスターだが、そのまま〈カマキリ〉でいいだろう。どのくらい巨大かというと、一緒に出現した〈化け猫〉の二周り以上大きい。


 カマキリらしく、両腕の先端は鋭い鎌になっている。どう見ても金属製で、鈍い光沢が嫌な迫力をかもし出す。切れ味は、よくはなさそうだ。左右に広がる口が、なんともグロテスクである。羽も持っており、短時間であれば飛ぶことも可能だった。


 三体のモンスターと一人の人間は一瞬だけ睨み合った。先に動いたのはモンスター。〈化け猫〉が跳躍して上から飛び掛り、〈カマキリ〉が自慢の鎌を振り上げて正面から迫る。そしてその後ろに〈マンドラゴラ〉が続いた。


 それに対し、ルクトは抜刀術の構えを取ったまま動かない。上から襲い掛かってくる〈化け猫〉の動きを神経を研ぎ澄まして捕捉し、そして視線は正面から迫る〈カマキリ〉を冷たく見据える。


(〈化け猫〉のほうが速い……!)


 そう見るやルクトはゆるゆると前に出て〈カマキリ〉との間合いを詰める。その背後で〈化け猫〉が着地する気配がした。ゆっくりと間合いに入ってきた獲物に対し、〈カマキリ〉はタイミングを合わせて鎌を振り下ろす。必殺のタイミングであったはずのその攻撃は、しかし虚しく空を切った。


 ルクトにしてみれば、タイミングを取りやすいようわざとゆっくり動いてやったのだ。それでなくとも真正面からの攻撃。タイミングが分かっていれば避けることなど造作もない。


 振り下ろされる鎌を、ルクトはサイドステップで回避した。錬気法を併用したその動きは稲妻の如くに素早く、一瞬にして消えてしまったかのようだった。


 さらにルクトは勢いを殺さずにそのまま円弧を描くようにして〈カマキリ〉の側面に回りこむ。ただし、狙いは〈カマキリ〉ではない。その後ろの〈マンドラゴラ〉だ。


 足を止めたその一瞬で目標を捕捉。同時に錬気法を脚にかけ直し、前に出る。その速度は、まさに神速と呼ぶに相応しい。


 ――――カストレイア流刀術、〈抜刀閃〉


 鞘から太刀が抜き放たれ、そしてまったく反応できていない〈マンドラゴラ〉のずんぐりとした胴体に吸い込まれていく。右手に残るかすかな手応えと、〈マンドラゴラ〉の胴体に残る斬線が攻撃の成果をルクトに教えてくれた。ついでに視界の端では蔦が一本、半ばから切断されている。


 ルクトの抜刀から遅れること二瞬半。ようやく〈マンドラゴラ〉が残った蔦を振るってルクトに攻撃を仕掛ける。が、見え見えだ。ルクトは慌てることなく二の太刀でその蔦を切り飛ばし、さらに返す刃で〈マンドラゴラ〉の胴体にもう一太刀。そして、それがトドメになった。


 体中から燐光を溢れさせてマナに還っていく〈マンドラゴラ〉。ルクトの意識はすでに消えゆく敵から残る二体のモンスターに移っている。


 視線を動かし〈化け猫〉と〈カマキリ〉を視界に捕らえた瞬間、ルクトは総毛立った。二体のモンスターが強くなっていたから、ではない。その二体の後ろに、ありえないほどのマナの高まりを感じたからだ。


 これはヤバい、とカンよりも深いところで本能が警鐘を鳴らす。例えるならば、メリアージュを本気で怒らせたときに感じた危機感に近い。


 だが当然のことながら、カーラルヒスの迷宮にメリアージュがいるはずもない。それを裏付けるかのように、次に響いたのは男の声だった。


「〈エクスゥゥ……カリバー〉!!」


 その声が響く直前から、ルクトはすでに動いていた。集気法を使ってマナを補充し、さらに錬気法を脚にかけて機動力を底上げする。そして声が響くのと同時に動き、それまで戦っていた広場の外、すなわちシャフト目掛けて跳んだ。


 ルクトがさっきまでいた広場を、白い閃光が暴風の如くに吹荒れて蹂躙する。閃光に巻き込まれた二体のモンスターは跡形もなく消え去り、閃光が収まると広場の上には一体として存在しなくなっていた。広場にはただ、放射状に抉られた床とモンスターの残したドロップアイテムだけが残っている。


「おや?」


 そんなことを呟きながら、人影が一つ広場に入ってくる。年の頃はルクトと同じくらいだろう。金髪碧眼で、顔立ちは非常に整っている。手には美しい剣を持っていた。サイズからして、両手で扱うタイプのものだろう。


 その青年が呑気に首を傾げるのを見た瞬間、ルクトは頭の血管が数本まとめて切れたかのように感じた。


 怒りに任せてルクトは動いた。もとより烈は十分に足りている。さらに無意識のうちに錬気法まで使い(この辺り自己鍛錬の成果かもしれない)、スピードを強化して跳びだした。青年との間合いを一瞬にしてつめ、その自分よりはるかに整った顔面に拳を叩き込んだ。躊躇などまったくない。


 このときのことを、ルクトは後にこう述懐している。


『怒りで我を忘れたのは久しぶりだった。抜刀しなかった自分を褒めてやりたい』


 殴りつけられた青年は咄嗟に踏ん張ったのか、それほど吹き飛ばされてはいなかった。でなければ広場から落とされていただろう。その辺り、さすがはハンターと言うべきか。だが、今のルクトにそこまで冷静に状況を分析する余裕はない。


「テメェ!! 殺す気か!?」


 興奮のあまり肩で息をしながら、ルクトはそう怒鳴り上げる。それに対し殴られた青年は頬を押さえながら鋭い視線をルクトに向けた。


「何をする!? せっかくこの僕が助けてあげたというのに!!」


「あの状況のどこに助ける必要があった!?」


「二対一、いや三対一だったではないか!」


 どうやらこの青年には、三対一で戦うルクトが絶体絶命の危機的状況に陥っているように見えたらしい。だがしかし、言うまでもなくルクトは劣勢になど陥っていない。多少時間はかかったかもしれないが、残る二体も危なげなく倒せたはずだ。


「手出しするならまずは声をかけるのが常識だろうがっ!! お前がやったのはただの横取りだ!」


「なっ!? 無礼な! ドロップが欲しくてやったわけではない!!」


「じゃあオレを殺すのが目的だったって言うのか!?」


「助けてあげたと言っただろう!」


 二人の言い争いがさらにエスカレートしそうになったその時、青年がやってきたのと同じ方向からパーティーと思しき集団が小走りになりながらやって来た。


「ルクト君! 大丈夫!? どこも怪我してない!?」


 顔を腫らした青年の横をすり抜け、小柄な女性がルクトに駆け寄ってきた。そして彼の体をベタベタと触って無事を確かめる。彼女は目に涙をいっぱいに溜め、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「あ!? あ、ああ……、タニアか……」


 頭に血が上っていたため最初の反応は随分刺々しくなってしまったが、駆け寄ってきた女性が見知った顔であることが分かると、ルクトも幾分落ち着いた。女性の名はタニアシス・クレイマン。ルクトの同級生であり、二年生の最初の頃は一緒に迷宮に潜っていたこともある。


「良かった……。本当に良かった……。ルクト君、死んじゃったかと思った……」


 しがみつく様にしてルクトの胸に顔をうずめ、ついにタニアは泣き出してしまった。なんだか怒りを持続させる雰囲気ではなくなってしまい、腹の中で空回りした感情をルクトはため息と共に吐き出した。そして「大丈夫だから」といってタニアの頭を軽くなで、それからゆっくりと彼女を引き剥がした。


「うん……、無事でよかったよ……」


 ルクトの胸から頭を上げたタニアはそういって微笑むと目尻にたまった涙を拭った。次に彼女が視線を向けたのは、ルクトが殴り飛ばした金髪の青年だ。


「ほら! サミュエル君もちゃんと謝って!」


「タニア! ソイツは僕を……!」


 タニアから謝るように言われたサミュエルは不満げに眉を跳ね上げた。彼のなかでは自分はルクトを助けた恩人で、そしてルクトはそんな自分を殴った恩知らずなのだ。しかしタニアはそんなサミュエルの反論を鋭い口調で遮った。


「もしもルクト君がさっきの攻撃を避けられなかったら、一体どうなっていたか分かっているの!?」


「そ、それは…………」


 その場合あの白い閃光の暴風に巻き込まれ、ルクトはまず間違いなく死んでいたであろう。さっきの攻撃にそれだけの威力があることは、放ったサミュエル本人が一番良く承知している。なにしろ、彼の自慢の一撃なのだから。


「だ、だが一刻も早く助けるためにはああするのが一番……」


「……サミュエル君がルクト君を本当に助けたかったことは分かるよ。だけど、そのために使うには〈絶対勝利の剣(エクスカリバー)〉の能力は強すぎる。助ける相手を危険にさらしたら本末転倒でしょう?」


 タニアの言葉に、彼女と同じパーティーの他のメンバーたちも頷く。日頃からあの一撃を見ている彼らにとって、タニアの言葉は至極尤もだった。


 サミュエル、〈絶対勝利の剣(エクスカリバー)〉。その二つの単語がようやくルクトの頭の中で結びつく。青年の名前はサミュエル・ディボン。〈絶対勝利の剣(エクスカリバー)〉という個人能力(パーソナル・アビリティ)をもつ、こちらもまた同級生だ。そういえば座学のときに何度か彼の顔も見ていたことを思い出す。頭に血が上っていたせいか、ルクトは彼のことを今の今までただの阿呆としか認識していなかったのだ。


(ってことはアレか、オレは同級生に殺されかけたのか)


 ルクトは怒りと同時に強い呆れを感じた。彼の同級生であるサミュエルは、言うまでもなくノートルベル学園武術科の四年生である。武術科は六年制だから、四年生と言えばもう上級生だ。そんな彼が数の差だけを見て劣勢と決め付けたり、声もかけずに戦闘に割り込んできたり、あまつさえ明らかにオーバーキルな大技をかましてくれたりと、今まで一体なにを学んできたのかと言いたくなる。


(入学しなおして来い)


 ルクトはそう思ったが、さすがにそれを口にしないくらいには冷静になっていた。他にも言いたいことは山ほどあったが、サミュエルの説教はタニアに任せてルクトはひとまず黙っている。二人のパーティーメンバーと思しきほかの四人も同様だ。


(なるほど……。タニアはこの阿呆のお守り役か……)


 手段や結果はともかくとして、「助けた」というサミュエルの主張は彼の本心だろう。加えて今までに見た言動から察するに、彼は(言い方は悪いが)独善的でプライドが高い。周りから頭ごなしにあれこれ言われれば強硬に反発するだろう。


 その一方で実力、とくに攻撃力に関しては、見て分かるとおりサミュエルは群を抜いている。武芸者全体のなかでも、あれほどの攻撃力を持っているのはほんの一握りだ。攻撃力に関して言えば、あのセイヴィア・ルーニーよりも上かもしれない。火力不足に悩まされているルクトからしてみれば、羨ましい限りである。


 パーティーメンバーからも、(主に攻撃力の面では)彼は頼りにされているのだろう。ただその一方であの性格では他のメンバーと衝突することも多いはず。そんな中でフォローする役回りなのがタニア、ということだろう。


「ほら、だからちゃんと謝らないと……!」


「しかし僕は……!」


 説得を続けるタニアと、しかしそれでも頑なに謝ろうとしないサミュエル。ルクトが今のところは沈黙を貫いている、やはり同級生の四人の方に目を向けると、彼らはそれぞれに無言ながらも頭を下げ謝罪の気持ちを示してくれた。パーティーメンバーでさえ、サミュエルのほうが悪いと思っているのだ。


「もういいよ、タニア。先に進みな」


 ルクトは口を挟み不毛な説得を止めさせた。見かねたわけではない。単純に時間の無駄だと思っただけだ。


「ルクト君……」


 タニアが申し訳なさそうにルクトを見る一方、サミュエルは不機嫌そうに顔をそむけた。本当に自分は悪いと思っていないのか、あるいは単に謝りたくないだけなのか。どちらにしても餓鬼っぽい反応だな、とルクトは思った。


「いいよ、もう。……それより、時間もおしているんだろ?」


 早く先に進んだらどうだ、とルクトはタニアたちを促した。タニアは少しの間難しい顔で逡巡していたが、「本当にごめんなさい」と頭を下げた。それに続いて他のメンバーたちも「悪かった」とか「すまない」などと謝罪の言葉を口にする。そんな中でサミュエルだけは相変わらず謝ろうとはしなかったが。


「……ルクト君は、どうするの?」


「オレはもう少し頭冷やしてから進むよ」


 ルクトとて怒りを完全に消化し切れているわけではない。表には出していないが、ちょっとしたきっかけでまた怒鳴り声を上げてしまいそうなのだ。


「……本当に、ごめんね。今度何か奢るから」


「期待しとくよ」


 最後にもう一度頭を下げ、タニアたちは広場の先へと進んでいった。そんな同級生たちの背中を、ルクトはやる気なさげにヒラヒラと手を振りながら見送る。


「……ったく、魔石もドロップも消えてるし」


 迷宮の外から持ち込んだものはそうでもないのだが、モンスターがドロップしたばかりの魔石などは白い床の上に放置しておくと、比較的短時間でマナに還元されて消えてしまうことが経験則的に知られている。その理由については喧々諤々の議論が学者らによって交わされているが、それはまあ端折るとして。


 普通は戦闘が終わってから拾うだけの時間は十分にあるのだが、今回は倒してから時間が経ちすぎたのだろう。三体のモンスターが残したはずの魔石やドロップは跡形もなく消えていた。まったく、死にかけた分大損である。


「はあ……。茶でも飲も……」


 イライラが消えない。このまま進むと大怪我をしそうな予感があった。仕方なくルクトは〈プライベート・ルーム〉のなかに引っ込んで頭が冷えるのを待つことにした。紅茶の一杯でも飲めば気分も落ち着くだろう。



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