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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第七話 いと尊し
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いと尊し2

おかさまでお気に入り登録件数が4100件を突破しました!


これも読んでくださる皆様のおかげです。

今後もよろしくお願いいたします。

 入学式も無事に終わり、新学期が始まって今日で一週間。入学したての新入生はまだ新しい環境に慣れていない者もいるようだが、二年生以上の者は里帰りしていた者たちも学園に戻ってきてもうすっかり平常運転である。


「今日も今日とて金欠ですよ、っと」


 そして言葉ほどに嘆いた様子は見せず、ルクトは並べられた弁当の中から300シクのものを選ぶ。というより、これ以上の値段のものを選んだためしがない。一度だけ400シクの弁当を食べたことがあるが、アレは奢りだった。以来、弁当を奢ってくれるカモ、もとい馬鹿な先輩、もとい善い先輩は現れず、毎日の昼食の平均額は今日も300シクぴったりをキープしている。


 ルクト・オクスもまた、いつもどおりの平常運転である。


 弁当を買ったルクトは近くに設置されているテーブルの一つに向かう。そこには先客がいた。かつてルクトとパーティーを組んでいたロイニクス班の五人である。


「……珍しいな、このメンバーが揃うなんて」


 テーブルについているメンバーを見渡し、ルクトはそう言った。普通、パーティーはひとかたまりになって動くことが多い。ただ、ルクトはもうこのパーティーのメンバーではないし、またロイニクス班もその辺りは緩いパーティーで、各自がそれぞれ勝手にやるという場合が多かった。


「協調性のない奴ばっかりだからな。リーダーも大変だな」


「分かるかい、これでも苦労が多くてね」


 ルクトの意地悪げな視線を受けて、亜麻色の髪を持つ青年は大げさに肩をすくめる。このパーティーのリーダーであるロイニクス・ハーバンだ。黙っていれば優しげな好青年なのだが、彼の舌鋒は顔に似合わず鋭く加えて腹黒だ。


「……苦労ついでにパーティー内の問題をいろいろと解決してくれるとありがたいんだけど」


 無意味な寸劇に呆れながらそう言ったのはルーシェ・カルキ。さっぱりとした性格で、ルクト曰く「付き合いやすい」とのこと。苦労人で、パーティー内で一番苦労しているのはロイではなく彼女であろう。


「あれ? 問題なんてあったっけ?」


「ないな」


「ありませんわ」


 なんの迷いもなくそう言い切ったのは、ソルジェート・リージンとテミストクレス・バレンシアだ。夏休みの間カーラルヒスを離れていた二人だが、どうやら離れていた間に精神的解脱を達成することはできなかったようである。それどころかテミスの場合、帰ってきた当日にルーシェが「本気で身の危険を感じた」らしく、むしろ煩悩募らせて帰ってきたと言うべきであろう。


 はぁ~、とルーシェはことさら大きなため息をついた。ちなみに演技ではなく素だ。ただ向けられる感情が好意であるためにあまり強く言えないのが、彼女の苦労人たる所以だろう。加えて二人とも迷宮(ダンジョン)攻略のときはしっかりと役割をこなすので、その点に関して文句はなくむしろ頼りにすらしている。出来のいい問題児とは、実に厄介な存在なのである。


「モテる女は大変だな」


 そう言っていつものじゃれ合いをまとめたのはイヴァン・ジーメンス。そんな彼にルーシェは恨みがましい視線を向けるが、イヴァンを含め全員がスルー。妙な方向に教育が行き届いたパーティーである。


「それにしても、お前は相変わらずその安い弁当か」


 そう言ってイヴァンはからかうような視線をルクトに向けた。露骨な話題変換だがこれ以上続けても面白くない、もとい誰も幸せになれないという判断であろう。


「節約だよ、節約。というか、お前だって同じだろ?」


 イヴァンは訓練生上がりで、つまり万年金欠気味である。そのため彼もまた、少なくとも夏休み以前までは300シクの弁当ばかり食べていた。


 しかし、イヴァンは「ふふん」と得意げに笑って買った弁当を掲げて見せる。その弁当は、なんと350シクのものだった。


「裏切り者!」


 思わず叫ぶルクト。安い弁当をかきこみながら育んだ友情はウソ偽りだったというのか。


「いや~、夏休みの迷宮攻略が思いのほか上手くいってさ。幾分余裕があるわけよ」


「堕落だよ、それは!」


「最近、そんなに切り詰めなくてもいいかなと思ってさ」


「くそう……、これが50シクの差か……」


 なんとも安い差である。


「お金ならルクト、君だって夏休みに随分と稼いだじゃないか」


 夏休みにパーティーを組んでいたロイがそう指摘する。合同遠征に普通の攻略にと、ルクトもまた充実した夏休みを過ごした。それに応じて収入も多くなっているわけで、本来ならばたった50シク程度で一喜一憂するような経済状況ではないはずだ。


「出費が重なったんだよ。装備を新しくしたし、授業料も一年分を一括で払ったし、その他諸々あったし……」


 ちなみに“諸々”の中身は九割九分借金の返済である。


「それにこの先、少し稼ぎが減るかもしれないからな」


 今のうちに節約しておかないと、ルクトはこともなさげに続けた。言った本人は平然としながら弁当を食べ始めたが、他の五人はそれとは逆に唖然として弁当を食べる手が止まった。


「ん? どうした?」


 沈黙のなか、ルクトが顔を上げると五人の視線が彼に集中していた。


「ルクト、お前どうしたよ? なんかヘンなもんでも食ったか?」


「そうですわ……。貴方が収入を減らすなんて……」


「困ってることがあるなら、相談に乗るわよ?」


 ソルとテミス、それにルーシェが心配そうにしながらルクトに声を掛けた。イヴァンとロイも彼らの言葉に頷きながら哀れむような目をルクトに向けた。


 少し稼ぎが減る、と言っただけでこの反応である。彼らのなかの自分の評価を垣間見たようで、ルクトは少し泣きたくなった。笑われるならまだしも、反応が同情的なのがまたツラい。


「お前ら……、人を一体なんだと……」


「守銭奴」


「ソロ、もしくはボッチ」


「貧乏性」


「器用貧乏」


「色情狂」


「最後のは断固違うと主張する!」


 最後だけでいいんかいと誰かがツッコみ、閑話休題。


「ちょっと個人鍛錬のほうに時間を割こうかと思ったんだよ」


 これ以上蛇足の話を続けたら精神的ダメージが立ち直れないレベルに達すると判断したルクトは、さっさと理由を説明した。それに合同遠征は回数を減らすことなく行われるから、稼ぎが減ると言ってもその額は決して大きいものではない。


「迷宮の中で?」


「迷宮の中で。しかも合同遠征のときは十階層で」


 馬鹿だ! と声が上がった。迷宮の浅い階層であれば、そこで武芸者が鍛錬を行うことはたまにある。マナの濃度が濃い分、より実践的な鍛錬が出来るからだ。だが、十階層といえば到達するだけでも遠征の必要がある場所である。そこまで潜っているのに狩り(ハント)をするでもなく訓練に精を出すなど、普通に考えれば狂気の沙汰であろう。


 また、十階層といえば武術科の学生にとってはゴール地点とでもいうべき場所である。そこに到達するために多くの学生が日々懸命なる努力を重ねていると言うのに、ルクトはあろうことかそこで自己鍛錬しているなどとぬかすのだ。馬鹿と罵りたくもなるというものである。


「そこまで余裕のある奴がセコセコと300シク弁当を食っているのはどう考えてもおかしい……」


「じゃあ奢ってくれ。できれば400シク弁当で」


「むしろお前が奢れ!」


 イヴァンの叫びに、他のメンバーが地味に頷く。客観的に見てルクトのほうが彼らよりもハンターとしての格が上なのだ。下にたかるのは良くない。というか、そもそもルクトの場合、ハンターとしての格と弁当の格が釣り合っていないのだ。


「もう弁当の話はいいよ。そろそろ食べ終わるから。それよりお前らは調子どうなんだ? クルルをメンバーに引き込んだんだろ?」


 クルーネベル・ラトージュは夏休みの間、ルクトとロイ、それに六年のセイヴィア・ルーニーと四人でパーティーを組んでいた。ただこのパーティーは夏休みだけの期間限定で、新学期が始まったらクルルはまた所属パーティーなしのソロに戻るはずであった。そんな時にロイが、「よければ僕らのパーティーに入らない?」と彼女を誘ったのだ。


 理由は、主に二つある。


 第一に、彼らのパーティーの人数だ。ルクトが抜けて以来、ロイらは新たなメンバーを補充していない。そのためメンバーの数は定石に一人足りない五人。この先、迷宮のより深い階層を目指さなければならず、そのためにもこの辺りで使えるメンバーを補充しておきたい、といったところだろう。


 第二の理由はクルルの個人能力(パーソナル・アビリティ)〈千里眼〉だ。これは“視る”ことに特化した個人能力なのだが、これを使うとモンスターの出現(ポップ)をいち早く察知することができる。〈千里眼〉それ自体に攻撃力はないが、この能力のおかげで遠征が非常にやりやすくなる事はロイも経験済みだ。加えて彼の個人能力と相性がよく、クルルがパーティーに加われば、きっと単純に人数が一人増えた以上の効果があるであろう。


(ま、それだけじゃないだろうけどな……)


 心の中でルクトは意地悪げにほくそ笑んだ。なにしろロイはクルルに惚れている。いろいろと理論武装してはいるが、そのあたりの事情が彼女をパーティーに誘った第三にして最大の理由だろう、というのが事情を知ったルクトとセイヴィアの共通見解だった。


「メンバーの補充はそのうちするだろうとは思っていたけど、まさか学外から引っ張ってくるとは思わなかったわ」


 呆れた表情を見せるルーシェの言うとおり、新たにメンバーとして加わることになったクルルは武術科の学生ではない。武術科の学生は学科内のメンバーでパーティーを組むのが普通だから、今回の件はかなり突飛というか、裏技じみているといえる。


 しかし、裏技じみているとはいえ、これは決してルール違反ではない。明確な校則違反になるのは、学外の人間、つまりプロのハンターをお金を出して雇った場合である。逆に言えば、お金を出して雇うという事をしなければ、学外の人間とパーティーを組むのはアリなのだ。


 そもそもパーティーというのは「迷宮攻略をするための集団」である。つまり迷宮の中で複数の人間が一緒に行動し攻略を行えば、彼らはすでにパーティーなのである。


 これに対し、武術科で「パーティーを組む」というのは、「名簿にメンバーの名前を記載して提出する」という意味になる。武術科という組織の中である程度システム化されている、と言ってもいいだろう。


 だから、ロイたちの場合も学園に提出してあるパーティーの名簿には五人分の名前しか書かれていない。その名簿に名前を書けるのは武術科の学生だけだからだ。そういう意味では、クルルは「パーティーに加入していない」と言える。


 しかし、だからと言って迷宮内で一緒に行動してはいけないわけではない。むしろ「絶対に一緒に行動するもんか」と意地を張って怪我でもしたら馬鹿らしくて仕方がない。ならば偶然一緒になってそのまま一緒に攻略をしても何も問題はない、という理屈である。


「問題はその偶然が毎度毎度続くってことだよな」


「大丈夫だよ。ゼファー爺さんにも確認取って『校則違反ではない』って言質貰ったから」


 苦笑しながら“都合が良すぎる偶然”を指摘するルクトに、ロイは爽やかな笑顔を浮かべて答えた。ちなみにこの話を聞いた武芸科長のゼファーは、頬をひくつかせながら苦笑を浮かべていたという。


「問題がないならそれでいいさ。腕利きが入ってくれるならありがたいしな」


 どこか割り切ったような口調でイヴァンがそう言った。ハンターにとって腕利きを集めてパーティーを組めるかは、文字通り死活問題に直結している。メンバーの構成によって攻略の効率や安全性が左右されると言っても過言ではないのだから。


 だから表立った問題が特にない限り、クルルをパーティーに入れてもまわりから異論が出ることはないだろう。「入れるな」といちゃもんをつけて、その結果メンバーが足らなくて怪我をしたなどと言われては責任が取れないからだ。それに、出来るメンバーを探すのもパーティーの力量の一つである。


「そうそう。おまけにカワイイしな!」


 そう言ってソルがイヴァンの首に腕を回しながら笑う。その様子をルーシェが冷めた目で見ていた。


「ルーシェ、新入りに害虫が付かないようによろしく頼むよ」


「まかせといて。念入りに駆除しておくから」


 ぐっと拳を握ってルーシェはロイに応じた。その拳が振るわれるであろう人物は引きつった笑みを浮かべているが、いつものことなので誰も気にしない。ちなみにテミスに頼まなかったのは、彼女の普段の言動が原因であろう。


「さて、と。そろそろ行こうか」


 昼休みも半分以上過ぎ腹もこなれてきた頃合を見計らい、ロイはパーティーのメンバーにそう声をかけた。それを合図にルクト以外の五人は立ち上がり、それぞれ食べ終えた弁当の後始末をする。


「これから迷宮?」


 午後から出るべき講義はない。これからしばらく時間も空くので、午後から遠征というパーティーもあるだろう。しかしロイは首を横に振った。


「新メンバーが加入してまだ日が浅いからね。クルルの家の道場で連携の確認だよ」


 出来れば今週中に浅い階層くらいには潜りたいねぇ、とロイは大雑把な見通しを語った。とはいえクルルは最前線で戦うタイプの武芸者ではない。連携をあわせていくのも、声をかければさほど難しくはないだろう。そして六人の連携がハマれば、このパーティーは一気に躍進する、かもしれない。


(ソロでボッチのオレには縁のない話ですよ、っと)


 胸のうちでやさぐれるルクト。やさぐれて、事実確認してダメージ受けてさらに落ち込む。自業自得である。


「道場に行くなら、ウォロジスさんにもよろしくな」


 内心のダメージを表に出さないよう繕いながらルクトはそう言った。ウォロジス・ラトージュはクルーネベル・ラトージュの父親で、レイシン流道場の師範でもある。少し前に負った大怪我が原因でずっと静養していたのだが、ここ最近になって体調も良くなってきたらしく、ルクトも夏休みの後半は彼から練気法の稽古をつけてもらうこともあったし、またリハビリもかねて手合わせをすることもあった。


 ただ、師範が動けるようになっても、今のところ道場に門下生は戻っていない。このままでは生活が成り立たないため、ウォロジスは伝手を頼って縁のあるギルドに入ることにした。手合わせをして確認済みだが、彼個人は優秀な武芸者で人格もしっかりしている。ギルド入りの話はむしろ向こうのほうが乗り気で、すぐに決まったらしい。


 ただ、ギルドに入ったことでウォロジスが道場で直接稽古を付ける機会はめっきり減り、今はクルルが主に道場で教えている。もっとも、現在のレイシン流の門下生はルクトやロイなど、クルルと同年代の者ばかり。あるいはウォロジスなりに考えがあるのかもしれない。


 なお、ウォロジスがギルドに入ったのは新学期が始まる九月からだ。ノートルベル学園を擁する都市国家カーラルヒスでは、一年の区切りを学園のカレンダーに合わせることが多い。学園は優秀な人材を毎年数多く輩出するから、その卒業や入学に区切りをあわせるのはむしろ当然なのかもしれない。


「ルクトはこれからどうするの?」


「トレイズ先生と今年度のアシスタントの打ち合わせ」


 ルクトは今年度も実技講義でアシスタントをすることになった。半分以上去年からの流れで決まり、ルクトもソロで予定は幾らでも調整できるため特に文句を言うこともなく受け入れてしまったのだが、まったくメリットがないわけではない。


 アシスタントになると、毎回の講義でもらえる小額のお金とは別に、授業料の一部免除という形で奨学金が出るのだ。もちろん普通に迷宮攻略をしていたほうがずっと稼げるのだが、それでも命の危険なしに多額の収入(実際には授業料の免除だが)が得られるのはオイシイ話だ。


 またパーティー全体でアシスタントになれば、奨学金も六人分出ることになり、その総額は結構な額になる。それをアテにして六人全員でアシスタントになるパーティーもあるそうだ。パーティー全員で参加すれば、個人的な予定で他のメンバーに迷惑かける心配もないわけだし。


「今日は実技講義に出なくていいのかい?」


「ああ、まだ実技演習は始まっていないからな」


 実技講義は主に一年生を対象にして、毎日午後に開かれている。実際のところ、この講義だけなら教官やボランティアなどで十分に手が足りる。だが、一年生を引率して迷宮の浅い階層に潜る実技演習が始まると一気に手が足りなくなるため、上級生を対象にしてアシスタントを募るのだ。


 そして、今は新学期が始まったばかりで一年生の実力の把握が終わっていないため、まだ実技演習は開催されていない。つまり講義の人手は十分に足りているわけで、この間にアシスタントの数を揃えてしまうのが例年の常であった。


「ま、打ち合わせって言ってもたいしたことはやらないからすぐに終わるけどな。もしかしたら道場のほうにも顔を出すかもしれない」


 夏休みが終わってもルクトはレイシン流の道場に通っている。夏休みの間に比べればその頻度は段違いに減っているが、それでも道場には練気法の応用について資料が揃っているし、またクルルやウォロジスに相談することも出来る。そんなこともあってこれからも月三回くらいは顔を出すつもりだった。


「了解。向こうで会うかもしれないね。ついでに連携の実験台になってくれるとありがたい」


「全力で拒否する」


 そんな話をしながらルクトはロイらと別れた。新学期が始まっても彼らは平常運転である。



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