夏休み金策事情9
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ルクトにとって初めてとなるパーティーを組んでの合同遠征は、大成功と呼んでも差し支えないだけの戦果を上げた。得られたドロップアイテムの量は、概算ではあるがソロでやっているときの六倍以上。一般的なパーティーの稼ぎよりも多いくらいで、それを四人で分けるのだから一人当たりの取り分はさらに多くなる。危険が減り戦果は増え、大満足な結果であった。
合同遠征四日目の昼前に、参加していた十個のパーティーは全てが無事に十階層の広場に戻ってきた。ルクトら四人は朝からその広場で彼らを待っていて、その傍ら時々現れるモンスターを倒しておいた。そのおかげで大人数が集まっているど真ん中に突然モンスターが出現、などという事態は避けられている。
もっとも、大人数が一箇所に集まっているのが危険であることに変わりはない。いざという時に身動きが取れないからだ。話がしたければ〈プライベート・ルーム〉の中ですればよく、それぞれのパーティーは到着した順に〈ゲート〉を潜ってその中へ入ってく。最後に点呼を取り、全員が揃っていることを確認してからパーティーの一つに先導されつつ、ルクトたちは迷宮の出口を目指す。もちろん、全力で。汗だくになりながら。
迷宮の出口、あるいは入り口のすぐ前に広がるエントランスで合同遠征に参加したパーティーは解散する。それを四人は疲れた様子で見送り、これにて合同遠征は終了。次は三日あけて四日後だ。
「あ~、腹減った~」
会館の外に出ると、セイヴィアは大きく体を伸ばしながらそうぼやいた。すでに日は沈み東の空が暗くなり始めているとはいえ、この時間になっても夏の空気は蒸し暑い。今さっきまで涼しい迷宮の中にいたせいでなおのことそう感じられる。
(……戻るか?)
迷宮に。汗が噴出してくるのを感じ、わりと本気でそんなことを考えるルクト。だがセイヴィアと同じようにルクトだって腹が減っている。〈プライベート・ルーム〉の中に食料が残っているとはいえ、それは遠征のための保存食。せっかく合同遠征から戻ってきたばかりなのだからちゃんとした食事が食べたかった。
「打ち上げかねてどこかに食べに行く?」
「いいな! が、その前に汗も流したい……」
その意見にはルクトもロイも賛成だった。近くに遠征帰りのハンターたちが良く使う公共浴場があるのでそこに行ってから食事を、ということで話がまとまりかけた時、クルーネベルが申し訳なさそうに口を開いた。
「すみません……。わたし、家に帰らないと……」
クルルの父であるウォロジス・ラトージュは怪我が原因で現在も臥せっている。もちろんクルルが遠征で四日間家を空けられるくらいには回復してきているが、それでもそんな父を放っておいて自分だけ外で遊んでくるというのは気が咎めるのだろう。
「あ、でも、わたしのことは気にせずに三人で……」
どうぞ、とクルルが言うより早くセイヴィアが快活な笑みを浮かべながら彼女の肩を叩いた。
「んじゃ、クルルの家に行くか」
「え? ええ!?」
突然の話に頭がついていかないのか、クルルが素っ頓狂な声を上げた。だが彼女の家で打ち上げをするというのは、なかなか旨い案だ。彼女の家ならば風呂もあるだろうから汗も流せる。出来合い品を買っていけば料理を作る手間もかからない。母屋ではなく道場のほうを使えば、多少騒いでも問題ないはずだ。
ではそういうことで、と話はまとまった。まとまったのだが……。
「で? オレはいったい何を持っているんだ?」
「何って、食材だろ」
「出来合い品買うんじゃなかったのかよ!?」
「バカ! あのクルルにそんな事言えるか!?」
小声で叫ぶという器用なことをしながらセイヴィアは視線を動かした。その先には困り果てた肉屋の店主と、ちょっと怖いくらい真剣な様子で値引き交渉を行うクルーネベル・ラトージュがいる。
『わたしでよければ料理作りますよ』
クルルがそう申し出たのが出来合い品ではなく食材を買い込んでいる理由だ。最初は面倒だからと遠慮したのだが、全く同じ台詞をにっこりと微笑みながら言われては無下に断ることもできなかったのだ。
ちなみに。穏やかなはずのクルルの笑みに、なぜかプレッシャーを感じたのは三人だけの秘密だ。
「お待たせしました。次に行きましょう」
「ま、まだ回るんですか……?」
大幅な値引きに成功し満足そうに戦利品を胸に抱いて戻ってくるクルルに対し、思わず敬語になるルクト。出来合い品でも何でもいいからとりあえず何か食べたい、というのが腹をすかせた彼の正直なところである。そして他の二人も同じようことを思っているに違いない。
「もちろんです。ええっと、次は……」
無慈悲な(と一方的に思っている)宣告が下される。そして最大限の費用対効果を狙うクルルを止める術もなく。結局四人は後三軒、お店をはしごした。
全ての買い物を終えて四人がクルルの家にたどり着いたとき、あたりはすっかり薄暗くなっていた。通りを歩くくらいならば問題はないが読み書きには支障が出るような、そんな程度の明るさである。
「すみません……。なんか熱くなっちゃって……」
少し恥ずかしそうに俯きながらクルルがそう謝る。
「いやあ、見ていて惚れ惚れするくらいの値切りっぷりだったよ!」
ロイの言葉にルクトも頷いて同意する。実際、クルルの値切り交渉術は凄まじく、あそこまでいくともはや一つの技能だ。泣きながら見送りをしてくれた店主さんもいたほどで、感心するのを通り越して感嘆してしまうほどである。ちなみに空腹はピークを越えたおかげでそれほど気にならなくなっていた。
家に入り主であるウォロジスに簡単に挨拶をしてから、四人はとりあえず汗を流す。クルルとセイヴィアは風呂で、ルクトとロイは母屋と道場の間にある井戸の水を使う。それからそれぞれラフな格好に着替え、夕食の支度に取り掛かった。
「アタシとルクトで道場のほうを準備しとくよ」
「じゃあその間に作っちゃいますね。ロイさん、手伝ってもらえますか?」
「仰せのままに。お嬢様」
ロイがそう言って芝居がかった仕草で一礼する。それを見たクルルは「まあ」と微笑み、口元を隠してクスクスと笑った。
母屋から道場に向かったセイヴィアとルクトは、まず道場の床を一通り雑巾がけして掃除する。門下生が来なくなってからもクルルが定期的に掃除しているのだが、彼女が遠征に出ていたこの四日間は掃除されていなかったらしい。怪我で臥せっている人間に「掃除しろ」というのも酷な話で、これは仕方がない。
掃除が終わると次は母屋からテーブルを運んでくる。ついでにクッションも幾つか運び込み、これにて会場の準備は完了である。
「どうします? 料理もまだできてないみたいだし、手伝いに行きますか?」
「二人の邪魔になるんじゃねえの?」
「料理はできますよ? 得意ではないですけど」
「バーカ、そういう意味じゃねえよ」
そう言ってニヤニヤと笑うセイヴィア。彼女の言わんとすることがいまいち分からないルクトは首を傾げるばかりだ。
「鈍いねぇ……。なんでロイの野郎はクルルに手を貸してると思う?」
「『今レイシン流がなくなると困るから』って言ってましたけど」
ルクトは本人から聞いたとおりに答える。だがその答えは不十分だったらしく、セイヴィアはこれ見よがしに大きなため息をついた。
「まあ、最初はそうだったのかも知んないけどよ。お前は遠征中のロイを見てどう思った?」
「舌鋒が鈍いな、とは思いましたけど……」
いつもならズケズケと言いそうな場面でも毒舌を抑えていたように思う。ただ、それも初めてパーティーを組むセイヴィアやクルルに気を使ったため、と考えれば筋は通る。そうやって毒舌を制御する術を知っているのも、ロイが“腹黒”と呼ばれる所以だ。
「そこまで気づいていて……、まったく……」
救いようがない、と言わんばかりにセイヴィアは肩をすくめて見せた。
はて、とルクトは考える。セイヴィアは明らかに、ロイの行動の裏には本人が語った以上の理由があると考えている。遠征中、彼の舌鋒が鈍かったこと。さらにこの四日間の彼の行動をもう一度よく思い出し、あの優しげな笑みの下でなにを考えていたのかを洞察する。
ニヤニヤと意味深に笑うセイヴィアが見守る先でルクトはおよそ一分考え続け、そしてはたとそのことに思い至った。
「……え? まさか、そゆこと?」
「むしろそれ以外に何があるよ?」
呆れるように。あるいは、面白がるように。自分の出した結論に驚き間抜け面をさらすルクトに、セイヴィアはやはりニヤニヤと下世話な笑みを向ける。
「いや、でも……、えぇ!?」
「アタシはむしろ、四日間も一緒にいてお前さんが気づかなかったことに驚きだよ」
確かにそう言われてみると、それらしい場面が幾つかあったような気もする。その時は単純に気を使っているだけだと思っていたが……。
「はあぁ……。そっか、そっか。そういうことだったのか……!」
ルクトの顔にもだんだんと笑みが浮かんでくる。少しばかり意地の悪い、悪戯を思いついた悪餓鬼のような笑みだ。
ロイニクス・ハーバンはクルーネベル・ラトージュに惚れている。
それがセイヴィアの見立てであり、ルクトが思い至った結論だ。そして遠征中や帰ってきてからのクルルの反応を見る限り、彼女のほうもロイのことを憎からず思っているはずだ。まあ社交辞令の可能性もあるが。
「それで、オレじゃなくてロイに手伝いをさせたんですね」
「まあな。出来る先輩のささやかな気遣い、ってやつだ」
セイヴィアが偉そうにふんぞり返る。しかしこうなると台所の様子が気になってくる。おもに野次馬根性的な意味で。
セイヴィアとルクトは無言で頷き合うと、気配を消し足音を立てないようにして母屋の台所へと向かう。武芸者的能力の無駄使いも甚だしいが、こういう時に限って技は冴えまくる。二人は物陰からそっと台所の様子を窺った。
セイヴィアとルクトの二人がニヤニヤと見守る先で、クルルとロイの二人は楽しそうに料理を作っていた。二人とも常に動いているが、その動きには余裕がある。ときに談笑を交えながら、二人は手際よく料理を作り上げていく。
(ったく。青春しやがって……)
そんな二人の様子を見ながらルクトは苦笑をもらした。オリエンテーリングのとき、「肩先触れ合ったって恋が始まるようなお年頃だ」と饒舌を振るっていたのはほかでもないロイだ。そんな彼が二ヶ月もしないうちに恋に落ちるとは、いやはやなんとも青い話である。
「あ、お二人とも。あちらの準備は終わりました?」
「まあね。雑巾がけしてテーブルと、後はクッションを幾つか運んでおいたよ」
「何か手伝うことある?」
振り向いたクルルが二人に気づいた瞬間、セイヴィアとルクトはさも今来た風を装い彼女に答えた。
「ありがとうございます。では、出来た料理を道場のほうに運んでもらえますか?」
「あと、食器なんかもお願い」
へーい、と生返事を返し。ルクトとセイヴィアはそれぞれ料理の盛り付けられた皿や食器を手に持って道場へと向かう。
三歩ほど歩いてから二人は不意に振り向いた。視線の先には仲良く台所に向かう男女の姿。
「……夫婦みたいだな」
セイヴィアがもらした感想は笑えなかった。あまりにも的確すぎて。
▽▲▽▲▽▲▽
主にクルルが作った料理は、どれも美味しいものだった。いや、過去形にするのはよくない。なにしろまだ食べている最中だ。
食材と一緒に買い込んでおいたお酒の類も楽しみながら夜会は進んでいく。ここは道場。少々騒いでも母屋にいるウォロジスの迷惑にはならないだろう。
「そういやさ……」
料理が半分ほどなくなった頃、おもむろにルクトが口を開いた。その声はこれまでのバカ話とはすこし調子が違っている。
「ドロップの換金、どうする?」
当たり前の話だが、ドロップアイテムはお金ではない。よってお金にするためにはしかるべきところで買い取ってもらわなければならない。そして今は夏休みで学園の買い取り窓口はしまっている。夏休みが明けるまではさすがに待てないだろう。となると、どこかの商会かお店で買い取ってもらうことになる。
ただ、「買い取ってもらう」といっても話はそう簡単ではない。いや、買い取ってもらうだけならば簡単ではある。ただその場合、足元を見られて安く買い叩かれることを覚悟しなければならない。なにしろ相手は生粋の商人で、こちらはハンター未満が四人。ドロップアイテムの相場など埒外だ。
これが普通のギルドであれば、実際に攻略を行うハンターたちが換金のことでまで頭を悩ませる必要はない。専門の会計係がいて、担当の者が懇意にしている商会などと話をつけることになるからだ。
しかし今回のルクトらのパーティーはあくまで臨時で、そのため全てのことを自分たちだけでやらなければならない。その中にはもちろん換金も含まれている。そして足元を見られずに換金するには、信頼の置ける商会なりに買い取りを依頼するしかない。
「アテのあるヤツ、この中にいるか?」
そう言ってセイヴィアが見渡すと、クルルとロイは苦笑を浮かべた。どうやら二人ともアテはなさそうである。
「僕は留学生ですからね。普段の買取りは学園の窓口を使ってるし、さっぱりですね」
「わたしも心当たりは……。道場で遠征を行っていたときも、換金は主に父がやっていましたから……」
父に頼めばあるいは、とクルルは言ったが怪我で臥せっている人間にやらせるわけにも行かないだろう。
「セイヴィア先輩はどうなんです?」
「あると思うか?」
ですよねー、とロイは苦笑を浮かべる。彼女とてつい最近まで学園の窓口しか利用していなかったのだから当然だ。
「……で? 言いだしっぺのルクト君はなにかいい案でも?」
そう言ってロイがルクトにからかうような、あるいは試すような目を向ける。
「まあ、な。一応顔が利く商会はある」
言うまでもなくカデルハイト商会のことである。今までにそこでドロップアイテムの買取りをしてもらったことはないが、まあ頼めばやってくれるだろう。
「ただあんまり期待はしないでくれよ」
そう言ってルクトは釘を刺した。顔が利くとはいえ、カデルハイト商会は慈善事業団体ではない。彼らは彼らで利益が出るようにドロップの査定額を決めるだろう。
そしてその査定額は、恐らく学園の買取り窓口と同じくらいになるだろうとルクトは予想している。つまり相場より少し安め、ということだ。つまりは足元見られると思っているわけだが、そもそもその“相場”を知らないのだから交渉などできるはずもない。まあ学生基準で損をしない分良心的、とルクトは思っている。
「世知辛いねぇ……」
ロイがにやにや笑いながらそんなことを言う。言葉の中身にはルクトも全面的に賛成だが、彼の場合は裏に別の意味も含んでいることが多い。そしてそれは大抵の場合、ロクでもないことなのだ。
「金が絡めば人は変わる。多かれ少なかれ、良かれ悪かれ、な」
少し突き放すようにしてルクトはそう言った。その言葉には彼の人生観が現れているといってもいいだろう。そしてまたそれ以上のことを拒絶するニュアンスを含んだ声音だった。
「じゃあ、ドロップの換金はルクトに任せていい?」
肩をすくめたロイは視線をルクトからセイヴィアとクルルに移しそう尋ねた。二人ともすぐに頷きそれで話は決まった。また四人とも可及的速やかに現金が必要という訳ではなかったので、今回得たドロップアイテムはしばらく保管しておき次かその次くらいにまとめて換金することにした。
「ああ、そうそう。魔石はしばらく換金しないでおきたいんだけど、いいか?」
ルクトがそう言うと、三者三様に「どういうことか」と聞いてきたので理由を説明する。つまり取引のレートが違うからオーフェルに持っていってそっちで換金したほうが割高なのだ、と話すと三人は納得してくれた。
「ふーん。お前、オーフェルに行くのか……」
「ええ、まあ。件の商会のバイトで」
どうかしましたか、とルクトが尋ねるとセイヴィアは「なんでもない」と言って首を振った。
お金の話が済んだところで、四人は再び雑談に戻る。夏の夜は長い。