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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第六話 夏休み金策事情

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夏休み金策事情7

 ルクト、ロイニクス、セイヴィア、クルーネベルの四人で組まれた夏休み限定パーティーはすこぶる順調に攻略を進めていた。ロイとクルルの経験不足を考慮して一度八階層まで引き返したが、そこから通常通りに下の階層目指して進み、今は十階層の広場に戻ってきていた。


「これは、楽だな……」


「そうだね。僕もそう思うよ」


 ポツリともらしたルクトの独り言にロイが同意した。おそらくセイヴィアやクルルも「いつもより楽」と感じているはずだ。ただ、男二人が言う「楽」と女二人が思う「楽」は多少意味合いが異なる。


 クルルとセイヴィアは、〈プライベート・ルーム〉を使った遠征はこれが初めてだ。荷物を気にせず身軽な状態で移動や戦闘を行えるのは非常に楽であろう。


 そのことはルクトとロイも承知している。ただ彼らの場合、〈プライベート・ルーム〉を利用した遠征はこれが初めてではない。だから、その時と比べても今のほうが楽、という比べ方になるのだ。


 楽と感じる、つまりいつもより負担が少ない理由は、四人の能力がかみ合っているからだ。それも凶悪に思えるほどにかみ合っている。下手に六人のパーティーを組むより、この四人のほうが負担が少ないと思えるほどだ。


 移動に関しては、ルクトの〈プライベート・ルーム〉に荷物を積み込んで身軽な状態を確保し、さらにクルルの〈千里眼〉で周辺を警戒する。これによって大幅な移動速度の向上と、精神的な疲労の抑制がなされている。


 また迷宮(ダンジョン)というのは基本的に一本道で、またモンスターは一度倒すと同じ場所に再出現(リポップ)するまでに時間がかかる。つまりクルルは前方だけを警戒していればいいわけで、迷宮という環境と能力の相性が良かった、といえるだろう。


 ただ、そうなるとクルルは常に〈千里眼〉を発動し続けていなければならない。それが負担にならないかルクトらは心配していたが、本人曰く「能力を限定しながら使えば大きな負担にはなりません」とのこと。無理をしている可能性はあるが、本人がそういうのであれば他人は引き下がるしかない。


「疲れたら言ってね。すぐに休めるからさ」


 そう言ってロイはくれぐれも無理だけはしないようにと言い聞かせた。実際〈プライベート・ルーム〉があるのだ。いつでもどこでも、休憩を取ることができる。そういう意味でも能力の相性はいいと言えるだろう。


 そして戦闘について言えば、ルクトとロイが〈伸縮自在の網(バンジー・ネット)〉で足を止め、クルルが弓術で牽制し、セイヴィアが〈流星の戦鎚(エストレア)〉で叩き潰す。もちろんモンスターの種類や戦う場所によって臨機応変に戦術を変えるが、ここまでは基本的にそのパターンで何とかなった。なにしろ今日は二十回以上戦闘を行ったのだが、そのうちルクトが太刀を抜いたのはたったの三回で、実際に振るってモンスターを切り伏せたのが二回である。ロイにいたっては一度も剣を鞘から抜かなかったくらいだ。


 ここまで手際よく、そして一方的に戦闘を行えるのは、やはり〈千里眼〉の力が大きいとルクトは思っている。なにしろモンスターが出現(ポップ)する前から、その位置と数を把握することができるのだ。


 位置と数さえ分かっていれば、そこに〈伸縮自在の網(バンジー・ネット)〉を仕掛けるのは容易い。なにしろモンスターはまだ出現すらしていないのだから。今日の戦闘でも面白いようにモンスターがその青白い網に引っ掛かった。


 そして網に掛かり団子になって身動きが取れなくなったモンスターは、圧倒的な攻撃力を誇る〈流星の戦鎚(エストレア)〉の格好の獲物だった。身動きの取れない状態であの一撃をくらうモンスターには同情を禁じえない。今日の戦いのなかで二撃以上耐えられたモンスターは皆無だった程である。


(網にかかった状態で、一撃耐えたと思ったらすぐにもう一撃だもんなぁ……)


 一撃に耐えたと思ったらセイヴィアはすでに銀色の戦鎚を振り上げているのだ。その上身動きが取れないとなれば、もはや悪夢であろう。


 移動にしろ戦闘にしろ、この四人は相当に相性がいいと言えるだろう。これが夏休みの間だけのパーティーというのはちょっと勿体無いくらいである。セイヴィアが途中で「いっそこのまま四人で本当にパーティー組むか?」などと言ったのも、彼女なりに手ごたえや将来性を感じていたからなのだろう。


 さて、合同遠征の帰りの待ち合わせ場所でもある十階層の広場に戻ってきたルクトら四人は、この日の攻略をここで切り上げることにした。〈プライベート・ルーム〉の中に引き上げ、胸当てや籠手などの防具を外して身軽になる。


「これで風呂でもあれば最高なんだがなぁ」


 セイヴィアがそんなことを言い、クルルが控えめに賛同した。もちろん〈プライベート・ルーム〉のなかにそんな贅沢なものはない。


「……いまさらですけど、セイヴィア先輩はこんなところにいて本当にいいんですか?」


 夕食を食べている最中、ルクトは疑問に思っていたことを聞いてみた。


 セイヴィア・ルーニーは〈エリート〉である。つまり、五年生の年が変わる前に実技要件を達成した“超”将来有望なハンターだ。彼女のパーティーメンバーで、同じく〈エリート〉になったヴィレッタ・レガロは、以前にあったときすでに就職先から内定を貰った、と言っていた。恐らくはセイヴィアも同様なはずで、なのにこんなところで遊んでいていいのだろうか。


「いいんだよ。本格的に動き始めるのは夏休みが終わってからだしな」


 夏休みが終わって新学期が始まれば、〈エリート〉である彼女たちは内定を貰ったギルドに入り浸って仕事を覚えていくことになる。逆を言えば、それまでは自由に過ごしていても問題はないらしい。


「ま、ヴィレッタの奴は夏休みの間から顔出してるみたいだけどな」


 真面目なヤツだよまったく、とセイヴィアは大げさに苦笑してみせる。そして肩をすくめてから「それに」と続けた。


「アタシ達はこれが最後の夏休みだからな」


 少しさびしそうにセイヴィアはそう言った。新学期が始まれば彼女は六年生になる。武術科は六年制だから、次の夏休みを迎える前に彼女たちは卒業する。来年の今頃は、もう社会人だ。


「それで、まあ『最後だし各自好き勝手にやろう』ってことにしたのさ」


「それで迷宮に潜ってたんですか?」


 しかも一人で、とロイは呆れ気味に言った。だがセイヴィアは面白そうに笑うばかりに頓着しない。


「そうだよ。外は暑いからな」


 つまり避暑ということだ。ルクトがそうだったように、この季節であれば同じような理由で迷宮に潜っているハンターは多いはずだ。また衛士や騎士は潤沢なマナが存在する迷宮内で訓練を行うことがあるのだが、その頻度がこの季節は多くなる。それは、言ってみれば避暑をかねてのことなのだろう。


 ただ、それをこうもあけっぴろげに公言する武芸者も珍しい。大抵は建前を用意してそちらを前面に出すのだが、そういうまどろっこしいのはセイヴィアの趣味に合わないらしい。


「それにギルドで働くようになったら、そうそうモンスターをぶっ飛ばすなんてできないからな。今のうちに楽しんどこって思ったわけだ」


 どうやらこちらが本命らしい。なんにしてもろくでもないことである。それを聞いたロイとクルルは、そろって苦笑を浮かべ肩をすくめた。


 その横で、頬を引きつらせているのが若干一名。ロイとクルルは知らないかもしれないが、ルクトはセイヴィアがモンスターを迷宮の彼方にまでぶっ飛ばすのを実際に目撃している。だから彼女の言う「ぶっ飛ばす」がどういうことなのか正しく理解できてしまい、笑うに笑えなかった。


「……この遠征中は止めてくださいよ」


 お金を全力でぶっ飛ばされてはたまらない、とルクトは一応釘を刺しておいた。以前に迷宮のなかで出合ったときには、彼女のパーティーメンバーが同じような苦言を呈していたが、その時のメンバーの気持ちが理解できてしまうルクトである。


「分かってるよ。ぶっ飛ばすのもいいけどぶっ潰すのも悪くないからな」


 こう手ごたえと余韻がまたいい感じで、とセイヴィアは熱っぽく語る。だがそれを理解できる奇特な人物は三人の中にはいなかった。


「さ、寝るか」


「そうだね。明日も早いし」


「明日もよろしくお願いします」


 そういって三人はセイヴィアの話を無視してさっさと就寝の準備を始めた。だんだんとセイヴィアの扱いがぞんざいになってきたのは気のせいではないだろう。ルクトとロイだけならともかく、クルルまでそこに混じっているのだから、昨日と今日で随分と遠慮がなくなったようだ。恐らくは良い方向に。


「ったく。なんで誰もあの快感を理解できないかねぇ……」


 大仰に嘆くセイヴィア。彼女らしいその言葉に苦笑を浮かべながら、ルクトは寝袋のなかで眼を閉じた。



▽▲▽▲▽▲▽



 クルーネベル・ラトージュはこれまでハンターとしての自分に自信がなかった。自己評価が低かった、といってもいい。その要因は主に二つある。


 一つは、客観的にも、そして主観的にも、クルーネベル自身の実力が足りていないことだ。


 クルルは武術科に通っていない。それはカーラルヒスで武芸者を目指す者のなかではかなりの少数派であることを意味する。もちろん彼女がそうすることにしたのはそれ相応の理由があってのことだが、それは今はいい。


 武術科に入らなかった以上、クルルが武芸者として一人前になるには、どこかのパーティーに入れてもらって迷宮(ダンジョン)に潜るしかない。実際彼女は父であるウォロジス・ラトージュや道場の門下生たちと一緒に迷宮に潜っていた。


 だがその際、彼女の周りに居るのは皆一人前のハンターたちである。彼らに比べればクルルはどうしようもなく未熟で、できることが限られており、また足を引っ張っているようにさえ思えた。実際、クルルはこれまで八階層までしか遠征することができていない。到底一人前とは呼べないレベルである。


 もちろんそれは仕方のないことなのだが、生来生真面目なクルルはそれが申し訳なくて仕方がなかった。できる事ではなくできない事にばかり目が行き、自分が役に立っているなどとは思えなかったのである。


 またもう一つは武器、つまり「弓」に原因があった。つまり弓のような射撃武器はハンターたちからは敬遠されがちなのだ。


 迷宮での戦闘においてパーティーは前衛と後衛に分かれる、という話は以前にもした。そして弓のような射撃武器は、その間合いの特性上後衛の位置から援護を行うのが一番やりやすい。


 しかし、そもそもモンスターを倒すのは前衛の仕事であり、その援護は後衛の仕事ではない。後衛の仕事は荷物を守ることである。


 よって後衛がモンスターと戦う場合、間合いはすでに詰められている場合が多い。そのような近距離において弓のような射撃武器は実力を発揮できず、使用者は危険に陥ることになる。そして後衛がやられて荷物がダメになれば、パーティー全体の帰還すら危うくなるだろう。


 もちろん役割分担やフォーメーションを工夫することで“アーチャー”を上手に使うことは可能だろう。だがどうしても変則的になってしまうことは否めない。バランスや安定性を重視すると、弓を使うハンターはどうしても敬遠されてしまうのだ。


 クルルが得物として弓を選んだとき、そういう事情は父であるウォロジスから説明されてはいた。だがそれで彼女は弓を選んだ。それはその武器がレイシン流と合っているように思えたからだ。


 しかし実際に迷宮に潜りパーティーのなかで戦うにつれ、クルルは現実を思い知らされることになる。動きづらくて仕方がないのだ。前で戦っているハンターたちも、そもそも後ろから援護されるという経験や意識がないものだからタイミングが非常に合わせづらい。結局何もできずに戦闘が終わることが続いた。


 役に立てない。役に立っていない。そんな想いがつのり、だんだんとパーティーの中に居場所がないような気さえしてきていた。


 そんな矢先、父であるウォロジスが大怪我を負ってしまった。幸いにも一命は取り留めたが、長期の療養が必要になった。そして療養には多額のお金が必要になる。


 しかし道場主が臥せってしまった道場からは門下生が次々にやめてしまい、そこから得ていた収入もなくなってしまった。迷宮攻略をして稼ごうとも思ったが、門下生が辞めてしまったことでクルルが迷宮に潜るためのパーティーもまた無くなってしまったのである。


 もちろんクルルは可能な限り伝手を頼ってパーティーに加えてもらえるよう、あちこち訪ねて頼み込んではみた。しかし結果は散々なもので、彼女を受け入れてくれるギルドやパーティーは一つもなかった。


 なかには露骨に肉体関係を要求してくる者までいた。その時クルルが感じたのは嫌悪ではなく、ただただ恐怖であった。相手がどこまで本気だったのかは分からないが、それでも彼女が感じた恐怖は本物だ。


 弓使いで、しかも武術科を卒業しているわけでもない未熟者だ。冷静に考えれば当然の結果かもしれない。だがクルルはそう考えられるほど冷静にはなれなかった。


「やっぱり私、才能ないのかな……」


 そう考え、落ち込んだ。まるで自分の存在全てが否定されたかのように感じる。その一方で出費は積み重なり、ついに蓄えが底をつき始めた。


「道場を手放してもいい」


 ウォロジスはそう言ったが、それが自分に余計な心配と負担を負わせないための気遣いであることはクルルにも分かる。それに道場を手放すということはレイシン流が幕を閉じるということだ。彼女自身レイシン流には強い愛着がある。それが終わってしまうのは、にわかに受け入れがたかった。


 また、時を同じくしてクルル自身に縁談が舞い込み始めた。本来ならウォロジスがあれこれ考えて対応するはずなのだろうが、生憎と臥せっている。仕方なく、というのも変な話だがクルル自身が対応した。


 申し込んできたのはラトージュ家と同じく道場を営んでいる武門で、見合い相手はクルルも知っている人物だ。確か武術科のこの秋から五年生だったはずで、そろそろ十階層に到達するとかしないとか。特別親しいわけではないが、悪い噂も聞かない。


 縁談の申し込みにこれといった感慨はなかった。来るべきモノが来た、という感じでしかない。一つの都市国家内における武芸者の社会というのは存外狭い。そのなかで歳の近い異性となれば、自然と相手は限られてくる。それにクルル自身も結婚の適齢期。遅かれ早かれこういう話は来たであろう。


 ただ、タイミングは少し気になった。ラトージュ家が困窮しレイシン流が何度目かの(初めてではないのがまた微妙だ)存亡の危機に陥ったこのタイミング。


 この縁談を受ければ、おそらくレイシン流はその歴史に幕を下ろすことになるだろう。その時、今使っている道場の建物は相手方の武門の道場として使われることになるかも知れない。言ってみれば、体のいい乗っ取りだ。


(そして、たぶん私も……)


 武芸者としての道を諦め、家庭に入ることになるだろう。それを相手方が求めているかはともかく、この縁談を受けてレイシン流が終われば自分の心は折れてしまう。クルルにはそんな確信があった。


 それが不幸な生き方であるとは思わない。それどころか、夫を支えて子供を育て、女性としてごく当たり前の幸せを手にすることができるだろう。怪我を負った父の世話も、今よりずっと手厚くできるかもしれない。


 悩んだ末、しかしクルルはこの話を断った。我儘かもしれないが、今はまだいろいろなことを諦めたくなかった。父であるウォロジスにそのことを伝えると、彼はただ一言「そうか」とだけ言ってそれ以上は何も言わなかった。


 さて、縁談を断った以上、お金を稼がなければならない。道場の収入が当てにならない以上、クルルに残された金策の手段は迷宮攻略しかない。他の仕事では駄目なのだ。他の仕事なれば縁談を受けても同じこと。それを断ったクルルには、武芸者としての在りようを貫くしか道は残されていなかった。


 だが現実問題として加えてくれるパーティーやギルドは存在しない。仕方なくソロで潜り、そして早々に壁に突き当たった。


 なにしろ弓使いが一人で潜っているのだ。効率が悪すぎる。一応ダガータイプの武器は持っていたし、〈千里眼〉のおかげで何とか戦えていたが、それでも四階層まで到達するのがやっと。とてもではないがまともな稼ぎになどなりはしない。


「やっぱり、もうダメなのかな……?」


 夜、一人ベッドの上で弱音をこぼす。心が、折れかかっていた。


 そんな時だった。ただ一人残っていた(というより最近道場に来ていなくて辞める機会がなかっただけなのだが)門下生、ロイニクス・ハーバンが夏休みに入ってひょっこりと道場に顔を出したのは。


「うわ、それはちょっと……」


 クルルが一通りの事情(縁談の件は省いたが)を説明すると、ロイはなんともいえない顔をした。そして少しの間考え込み、それから遠慮がちにこう提案した。


「もしよければ、夏休みの間だけでもパーティー組む?」


 ほとんど即答に近い形でクルルはその申し出を受けた。弓使いが一人で迷宮に潜ることに限界を感じていたし、また「パーティーを組もう」と誰かから言ってもらえたことそれ自体がたまらなく嬉しかった。


 ただ、一時の興奮が去り冷静になると、クルルはある重大な真実に気がついた。


(あれ……? ロイさんと二人きり……?)


 ロイもほかに誰か誘うとはいっていなかった。であれば、恐らく二人だけで遠征を行うことになる。


 そう、二人だけで。異性と、二人っきりで。


 その事に気づいたクルルは赤くなったり青くなったりさまざまに忙しく顔色を変えたが、幸いにもロイと二人だけでの遠征は一時間も続かなかった。


「面白そうだな。アタシも混ぜろ」


 そう言って、なぜか一人で迷宮に潜っていたセイヴィア・ルーニーがパーティーに加わったのだ。クルルもロイもセイヴィアとはほとんど初対面だったのだが、それを感じさせずすぐにこのパーティーに馴染んでしまったのは彼女の人徳のなせる業かもしれない。


 なんにせよパーティーメンバーが増えるのはありがたい。ただ、それでもまだ三人だ。まともな遠征などできるはずもなく、四階層のベースキャンプを拠点に六階層程度をうろつくような攻略が続いた。


「やっぱり三人じゃ思うように進めないな」


 セイヴィアが淡々とそういった。愚痴るわけでもなく、ただの事実確認と言った口調だ。


「……お二人には、協力していただいて感謝しています」


 曖昧な笑みを浮かべながら、クルルはそう言った。一人で潜っていたときよりは稼げている。だが、決して十分な額というわけではない。本音を言えばもっと深い階層に潜りたかったが、それは実際問題として三人のパーティーでは無理な話だ。


(これ以上我儘を言ってお二人を困らせるわけにはいかない)


 クルルはそう思っていた。今でさえ、自分には過分だと思っている。どこのパーティーにも入れてもらえなかった自分が、三人とは言えこうしてパーティーを組んで攻略を行えているのだ。これ以上何を望むべきだろうか。そう思っていた。


 だが、レイシン流にただ一人残った門下生ロイニクス・ハーバンの考えはどうやら違ったらしい。


「確かにこのままじゃ埒が明かない……」


 小さな声でそう呟き、ロイは数秒の間考え込んだ。それから顔を上げて少しだけ意地の悪い笑みを浮かべこう言った。


「アイツを引っ張り込むかなぁ……」


 アイツ、というのが誰なのかクルルにはわからない。だが、セイヴィアのほうはその言葉だけで一体誰のことなのか察したらしい。


「ああ、そりゃいいな。だけど大丈夫なのか?」


「ま、望み薄ではありますけどね」


 頼むだけ頼んでみますよ、とロイは請け負った。話がここまで来ればクルルは「よろしくお願いします」と頭を下げておくしかない。若干話に付いていけない部分を感じながらも、ロイやセイヴィアが推す人物であれば大丈夫だろうと自分を納得させた。


 そして後日四人目のパーティーメンバーとして紹介されたのが、ルクト・オクスだった。彼がパーティーに加わったことで、四人の遠征は一挙に様変わりすることになる。なにしろ六階層辺りでウロウロしていたのが、たった一日で十階層まで到達してしまったのである。


(はは……、本当にここは十階層なんですか……?)


 合同遠征に参加しているパーティーを見送りながら、クルルは心のなかで乾いた笑みを浮かべていた。なにしろこれまで彼女は八階層程度までしか到達できていなかった。それがいきなり、しかも一日で十階層である。常識的に考えればありえない。だがここまで非常識な速度で進んできたのも事実だ。


(私、本当にここで戦えるんでしょうか……)


 ふいに不安が胸にこみ上げる。八階層までしか行ったことのない弓使いが、いきなり十階層だ。役に立てるのか。足を引っ張らないですむのか。愛想を尽かされたりはしないか。考え始めれば悪いことしか浮かばず、不安がグルグルとお腹のなかで回り続け気分が重くなった。


 もっとも、セイヴィアのせいでその不安はすぐに羞恥心で塗り消されてしまう。悲鳴を上げて思いっきりビンタをかましながらも、気持ちが軽くなったことをクルルはちょっとだけ彼女に感謝した。


 合同遠征の二日目から、クルルら四人も本格的な攻略を開始した。ただ、最初はクルルとロイの経験不足を考慮して下ではなく上の階層を目指す。


 長い髪の毛を後ろで結い上げ、クルルは覚悟を決めた。できることをやるしかない。単純なことだが、彼女はようやくそこにたどり着いた。


 そうやって臨んだその日の一連の戦闘は、クルルに途轍もなく大きなものを与えてくれた。それは、今までは決して得られなかったもの。


 それぞれの力がかみ合っているのが分かる。それはクルルが今まで感じたことのない感覚だ。自分の力を十全に発揮できることに、クルルはこれまでにない興奮を覚えた。


 一度も戦闘で手間取らなかった。それが奇跡のように思える。才能がないと、役に立たないと諦めていたのがウソのようだった。


 自信、充足感、そして自尊心。一言でまとめてしまえば、それはたぶん「誇り」だ。


 パーティー内で役割があり、アテにされ、そして感謝される。クルーネベルは、ようやく自分の居場所を見つけたような気がした。


 ただそれだけに。このパーティーが夏休み限定であることが、ものすごく惜しい。


(今このときがずっと続けばいいのに……)


 横になった寝袋のなかで目を閉じ、まるで夢見がちな少女のようにクルルはそう願わずにはいられなかった。


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