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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第六話 夏休み金策事情
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夏休み金策事情6

 合同遠征二日目。〈プライベート・ルーム〉の中でゆっくりと休み前日の疲れを取ったルクトら四人は、外に出て本格的な攻略を開始した。とはいえ、下の階層を目指しているわけではない。むしろ逆で、上の階層に戻るようにして彼らは移動していた。


 方向感覚がおかしくなったから、ではない。昨日話し合った結果である。


『クルルはどの辺りまで潜ったことがある?』


『父や門下生の方と一緒に八階層くらいまでです。それより下は……』


『ああ、気にしないで。僕もそれくらいだから』


 申し訳なさそうにするクルーネベルに対し、ロイニクスは優しげな笑みを浮かべてそう言った。その笑みだけ見ていれば、彼が実は“腹黒”だなどとは決して信じられないだろう。


『しかしそうなると……』


 小さくそう呟いてロイは考え込む。パーティーの戦力は四人。荷物は全て〈プライベート・ルーム〉にしまってあるから、そちらを気にする必要はない。よってモンスターが出現(ポップ)した場合、四人全てが戦闘に参加することができる。


 ただ、四人のなかで迷宮(ダンジョン)の十階層まで潜りそこで狩り(ハント)をしたことがあるのはセイヴィアとルクトの二人だけ。戦力的には一抹の不安が残る。そしてさらに大きな不安として、戦闘になったらちゃんとこの四人で連携が取れるのか心配だった。


 三人でやっている間は特に問題はなかった。それは連携のレベルに問題がない、という意味ではない。潜れる階層が六階層程度と比較的浅かったせいでモンスターも弱く、連携に不安があっても個人の能力で何とかなっていたのだ。


 だがここは十階層。出現するモンスターもそれ相応に手ごわい。そんなモンスター相手に、連携を取れずとも個人の能力だけでなんとかなる、と呑気に考えることはロイにはできなかった。この際、ルクトがソロで戦ってきたことは無視する。周りに人がいれば、良かれ悪かれソロの場合と同じように戦うことなどできないのだから。


『明日からの攻略は一度上に戻ろうと思うんだけど、どうかな?』


 しばしの間考えをめぐらせた後、ロイは結論を口にした。そしてその理由もあわせて説明していく。


『戻るって、どのくらいだ?』


 そう尋ねたのはセイヴィアだ。まさかせっかく十階層まで来ておいて入り口まで戻るなどということはするまい。ロイも「八階層くらいまで」と答えた。そのあたりならばクルルもロイも潜ってきたことがありちょうどいいと思ったのだろう。


 十階層から八階層に行くには九階層を通らなければいけないのだが、それを指摘するのは無益であろう。少なくともここからさらに下を目指すよりは安全であることに変わりはない。


『分かった。アタシはそれでいい』


『オレもそれでいいよ』


 セイヴィアとルクトが了解したことで大まかな方針が決定した。ロイは一つ頷くと、さらにもう一つ、どうしても決めておかなければいけないことを口にした。


『それで、リーダーだけど……』


 迷宮攻略をするのであれば戦闘などで指示を出す人間、すなわちパーティーリーダーが必要になる。メンバーがばらばらに動いていては連携など取れないからだ。特に今回の四人のように、パーティーを組んでから日が浅い場合は特にそうだといえる。


『ロイでいいだろう』


『お前がやれ』


『ロイさん、お願いします』


 三人から指名を受けたロイは頬を引きつらせて苦笑を浮かべた。どうやら自分の名前が上がるとは思っていなかったようだ。


『僕としてはセイヴィア先輩が適任だと思っていたんですが……』


『ヤダよ。めんどくさい』


『いやほら、このなかでは一番年長ですし』


『つまりアタシが年増だと言いたいのか?』


『そんなこと…………、あるわけないじゃないですか』


『今の微妙な間は何だ!?』


 うんぬんかんぬん、かくかくしかじか。


 結局、この夏休み限定パーティーのリーダーになったのはロイだった。理由は至極単純で、彼以外の三人にはリーダーの経験が皆無だったからである。その点ロイなら現役のパーティーリーダーだ。少なくとも他の三人よりは適任であろう。


『うわー、先輩に指示出すとかやり難い!』


 脅すのは躊躇なくやるくせに、とルクトは大仰に嘆くロイを尻目にそう思ったが口には出さない。


 そんなわけでルクトら四人は現在八階層を目指して迷宮の中を進んでいる。ここまでに何度か戦闘はあったが、ここでもやはりクルルの〈千里眼〉が偉力を発揮した。早目に情報を得て準備を整えることが出来るのは、かなりありがたい。


「そういえば、八階層のどこを目指しているんだ?」


 ルクトはふと気になったことをロイに尋ねる。クルルが〈千里眼〉で周りを警戒してくれているから、緊張の度合いはいつもに比べてかなり低い。


「八階層に地底湖があるだろ? ひとまずはそこを目指すつもり」


 そう言ってロイはルクトに意味ありげな視線を向ける。その視線の意味するところを、ルクトはすぐに察した。


「おいおい、地底湖なんて目指してどうするつもりだ?」


 地底湖を目指すと言うロイの意図はルクトには通じたが、他の二人には通じなかったようだ。疑問を口に出したセイヴィアはもちろん、話を黙って聞いていたクルルも不思議そうな顔をしている。


狩り(ハント)をするんですよ、もちろん」


「はあ? どうやって?」


 呆れたように聞き返すセイヴィアの疑問は、普通に考えれば尤もだった。


 地底湖にいるのは、水生タイプのモンスターである。これを狩るためには水中に入るか、あるいは釣り上げるかしなければならない。だが、普通ハンターたちは使う場所が限定される水中装備など持ってこないし、また時間との戦いである遠征の最中にのん気に釣り糸を垂れるなどということもしない。


 よって、普通であれば地底湖は効率的な狩場にはなりえず、そのためハンターたちからは敬遠されがちだ。ただし、ルクト・オクスにとっては違う。


「水さえ何とかできればかなりおいしい狩場ですよ、地底湖は」


 そう言ってルクトは〈プライベート・ルーム〉を使った地底湖の水の抜き方を説明する。水さえなくなってしまえば、後に残るのは跳ねることしか出来ないモンスターたち。ほとんど抵抗されることもなく、しかも多数のモンスターを狩ることができるのだ。その上、ハンターたちはほとんど近づいてこないのだから、もはやルクト専用の狩場と言っても過言ではない。


「ほほう? じゃあ、水さえ何とかできればいいんだな?」


 セイヴィアが目を輝かせる。なにかいい方法を思いついたのかもしれない。


「やってみますか?」


「うん、そうだな。やってみよう」


 少しウキウキした様子でセイヴィアはそう応えた。狩場を広げられれば、それは他のハンターやパーティーに対してのアドバンテージとなる。また、直接的な収入を増やすと言う意味でも重要だった。


「ロイも〈伸縮自在の網(バンジー・ネット)〉を使えば、地底湖を狩場にできそうだよな」


 ロイの個人能力(パーソナル・アビリティ)は、簡単に言えば「よく伸び、よく縮む網」だ。海があるオーフェルに行ってきたせいか、ルクトは「網」という単語から「漁」を連想した。工夫次第では案外上手くいくかもしれない。


「ああ、そうだね……。今度やってみようかな」


 網を構えて地底湖で漁をするロイ。その構図を想像してルクトはこみ上げてくる笑いを必死にかみ殺した。


 それにしても、とルクトは胸のうちで苦笑する。もしもセイヴィアとロイが地底湖で狩り(ハント)できるようになれば、ライバル出現である。これまでほとんど専有していた狩場にちょっかい出されれば、もしかしたら収入に響くかもしれない。


(ま、別にいいけど)


 ごく自然にルクトはそう思った。合同遠征のおかげで、実は借金完済のメドは立ち始めている。そのおかげで今は気持ちと懐事情に少し余裕があった。遮二無二稼ぐ必要はない、と最近ではそう思い始めている。


(ま、無駄遣いはできないけど)


 加えて、個人的な迷宮攻略をやめる気もない。ただ、そこに臨む意気込みに前ほど切羽詰ったものを感じなくなったと言うだけだ。


「皆さん、この先の広場でモンスターが出現します。数は二つ。場所は広場の中央。隣り合わせで出現します」


 警戒していたクルルの声で、三人はおしゃべりをやめて気配を尖らせた。そして集気法で烈を練り上げ、臨戦態勢に移行する。


 クルルの言った広場に視線を向ける。そこにはモンスター出現の前兆もなく、ただ静かな空間があるだけだ。だがクルルが〈千里眼〉で視た以上、あそこに足を踏み込めばモンスターが出現する。


「じゃ、行こうか」


 優しげな顔に好戦的な笑みを浮かべながらロイがそう言う。それに対し三人は無言で頷いた。そして戦場へと向かう。


 広場の手前でロイは一瞬だけ立ち止まった。しかしすぐに広場へと足を踏み入れる。後ろの三人もそれに続く。


 四人が広場に足を踏み入れると、すぐにマナが収束し始め燐光を放ち始めた。モンスター出現の前兆である。場所は広場の中央。数は二つで、隣り合うようにして並んでいた。全てクルルが事前に教えてくれた通りである。


「手はずどおりに! 行くよ、ルクト!」


「あいよ!」


 まず動いたのはロイとルクト。二人はモンスターが完全に出現する前から行動を開始した。〈伸縮自在の網(バンジー・ネット)〉の両端を持った二人はそれぞれ左右に分かれて駆け出す。ちょうど広場の中央に出現するモンスターを挟み込むような感じだ。


 そして広場の中央ではマナの収束が完了し、一際強い光を放ちながらついにモンスターが出現する。出現したのは、いわゆる〈リザードマン〉と呼ばれるタイプのモンスターだった。


 鈍く光る青い鱗。縦に割れた爬虫類特有の眼。口には鋭い牙が並び、舌の先は二又に割れていた。二本の足で立ち、両手にはそれぞれ剣と盾を、胴体には胸当てを装備している。なかなかに堅牢な出で立ち、と言っていいだろう。


 だが、遅い。いや、“遅い”というのも変な話かもしれない。何しろ二体のリザードマンはついさっき出現したばかり。なにをするほどの時間もない。


 だからこう言うべきなのだろう。「彼らが出現したとき、すでに状況は開始されていた」と。二体のリザードマンが自らの生誕を祝う雄叫びを上げるより早く、青白い網が彼らの眼前に迫っていた。


「そらよっ!」


「縮め!」


 二体のリザードマンを引っ掛け、そして十分に伸びた青白い網をルクトとロイは同時に手放した。するとその網は弾かれたように縮み、二体のリザードマンにさらに絡み付いて彼らの動きを封じる。


「グルウゥゥウウウアアアァァァア!!」


 二体のうちの片方が苛立たしげに吼える。そしてがむしゃらに剣を振り上げるが、それが振り下ろされることはなかった。


 ギイィン! と耳障りな金属音を立てて烈で編まれた矢が振り上げられた剣を弾いたのだ。リザードマンは剣を手放しはしなかったが、そのせいでバランスを崩す。無茶な姿勢から剣を振り上げたのも悪かった。


 バランスを崩したリザードマンに、さらに烈の矢が続けざまに撃ち込まれる。その攻撃を加えているのはクルーネベル・ラトージュ。彼女が手に持っているのは、弓だった。


 クルルが持つ金属製の弓に実際の矢はつがえられていない。矢の代わりにそこにあるのは、高密度に圧縮され光さえ放つようになった烈そのものだ。


 ただしクルルはその烈全てを一度に放っているわけではない。むしろ彼女は弓を引いた姿勢のまま微動だにすることなく、光を放つ烈の矢も射られることなく弦につがえられたままになっている。


 では、どこから矢は撃ち込まれているのか。


 ――――ピイィィィン………。


 僅かな余韻を残しながら、弦を弾く音が響く。その音と同時にクルルが弦につがえた烈の矢から、本体よりも細く短い烈の矢が何本か分離するようにして放たれていく。〈弦鳴り〉と彼女が名付けた弓術だ。


 クルルは右手の人差し指で弓の弦をはじく。その度に烈の矢が放たれ二体のリザードマンに襲い掛かる。どれだけ烈の矢を放とうとも本体が目減りしているようには見えない。それはきっと、こうして矢を放ちながらも集気法を使って烈を補充しているからに違いない。


 ただ、クルルのこの攻撃は有効打にはなりえていない。二体のリザードマンはすでに盾を構えて彼女の攻撃の大部分を防いでいる。また全身を鱗に覆われたリザードマンは比較的防御力の高いモンスターだ。生身の部分に当たっても、〈弦鳴り〉では浅い傷を付けるのが精一杯だった。


「…………ッ!」


 手数と連射性を優先した〈弦鳴り〉では埒が明かないと判断したのか、クルルはついに本体の烈の矢を解き放った。〈弦鳴り〉の細い矢とは比べ物にならない程に太いその矢はもはや“槍”と呼ぶべきしろもので、その“槍”は狙い違わずにリザードマンの構える盾に突き刺さってそれを吹き飛ばした。


 盾を吹き飛ばした衝撃は、その盾を持っていたリザードマンにも及ぶ。衝撃に耐え切れず上半身を大きく仰け反らせたリザードマンは〈伸縮自在の網(バンジー・ネット)〉に絡まり、さらにもう一体のリザードマンを巻き添えにして倒れた。


「先輩! 今!」


「任せろ!!」


 ロイの言葉を合図にセイヴィアは大きく跳躍した。その拍子に被っていたつばの広い男物の帽子が飛んで長い銀髪が踊る。あらわになった端正な顔には、獰猛で、しかし非常に楽しそうな笑みを浮かべていた。


 そして、叫ぶ。


「〈流星の戦鎚(エストレア)〉!!」


 その瞬間、セイヴィアの手の中に巨大な戦鎚が現れた。全体的に鈍い銀色の光を放っており、柄の長さは二メートル以上あるように見える。先端に無骨な金属製の打撃部分が二つ付いていた。


「ぶっ潰れな!!」


 およそ女性らしからぬ台詞を吐きながらセイヴィアは巨大な戦鎚を両手で振りかぶり、そして青白い網の下でもみ合う二体のリザードマンめがけて振り下ろした。


 ――――衝撃(インパクト)


 凄まじい衝撃が突きつけ、広場が震える。ルクトは立っていられず、思わず膝をついた。見ればロイやクルルも同じだ。震源地のほうに視線を向ければ、なんと広場の床にクレーターが出来上がっていた。当然、二体のリザードマンの姿はもはやどこにもない。


(なんつー攻撃力……)


 ルクトは呆れるのを通り越してもはや感動さえ覚えた。個人能力に攻撃力が皆無で、火力不足に陥りがちな彼にしてみれば羨ましい威力である。


「ふう……」


 余韻を楽しむように銀色の戦鎚を振り下ろした姿勢のまま残心を保っていたセイヴィアが、小さく息を吐きながら構えをとき左手で乱れた銀髪をかきあげた。いかにも気取った仕草だが、嫌味を感じずむしろ自然に見えるのは彼女の人徳かもしれない。


「ぶっ飛ばすのもいいがぶっ潰すのもまたいい……」


 そんな物騒なことを呟いているのはご愛嬌。近寄ってきたクルルから帽子を受け取ると、セイヴィアは〈流星の戦鎚(エストレア)〉を消した。ルクトとロイも近づいてきて、四人でクレーターの中を覗き込む。そこにあったのは魔石が二つと青い鱗が何枚か。上々の戦果といえるだろう。ルクトがそれを拾い上げ、そして〈プライベート・ルーム〉のなかに放り込んだ。


「いい感じだね。即席パーティーだとはちょっと思えないよ」


「はい! 皆さん素晴らしいと思います」


 ロイの言葉にクルルも手を叩いて喜びながら同意した。どうやら興奮冷め止まぬ様子で、普段楚々としている彼女にしては珍しい。


「さて、進むとしよう。地底湖までは?」


「あと少し」


 ロイの問い掛けにルクトが答える。そして一行は再び迷宮を登り始めた。


 ルクトの言ったとおり、二体のリザードマンと戦ったおよそ三十分後、一行は八階層の地底湖に到着していた。ここまでにもう二回ほど戦闘があったが、問題なく勝利を収めドロップを回収することができている。まあ、迷宮を登っている以上モンスターは徐々に弱くなっているはずで、当然といえば当然の結果だ。


 まあそれはともかくとして。ここに来るとルクトは少しだけ感傷的な気分になる。理由は、この先の広場で戦った〈彷徨える騎士〉だ。


(さすがに出てこないか……)


 最初に〈彷徨える騎士〉が目撃されたのはこの地底湖の対岸だった。以来、短期間のうちに複数回〈彷徨える騎士〉は目撃されている。


 だがルクトが倒してからは、〈彷徨える騎士〉の目撃情報は一切ない。人々の記憶からも忘れ去られている頃だろう。今日も、まったく期待はしていなかったが、やはりその姿はない。


(ま、過去の話さ……)


 そう思い、ルクトは頭を切り替えた。視線を巡らせて向けるのは、長身で銀髪の女性。


「先輩、やってみますか?」


「そうだな。やって見るか!」


 ウキウキとした様子でそう言い、セイヴィアは前に進み出た。そして地底湖のほとりに歩み寄ると腕を一振りして〈流星の戦鎚(エストレア)〉を構える。


「フウゥゥゥ……」


 セイヴィアが大きく深呼吸する。集気法だ。しかもかなり丁寧に烈を練り上げているらしい。


「フッ!」


 短く呼気を吐き出すと共にセイヴィアは鋭く踏み込んだ。そして大きく振りかぶった銀色の戦鎚を地底湖の水面めがけて叩きつける。


 その様子をルクトは後ろから注意深く観察していた。振り下ろされた戦鎚は、厳密には水面に触れていない。ただそこから一種の衝撃波のようなものが放たれて水面に叩き込まれ、その結果轟音と共に巨大な水柱が吹き上がった。


 そう、恐らくはセイヴィア本人が想像していたのよりもはるかに巨大な水柱が。


 恐らくセイヴィアの思惑としては、こうやって邪魔な水だけを押しのけて取り除き、後に残った水生タイプのモンスターを平らげるつもりだったのだろう。だが強力な衝撃波は水と一緒にモンスターも吹き飛ばしてしまっていた。モンスターは倒したのかもしれないが、しかし当然のことながらドロップアイテムの回収などできるはずもない。


 しかも、その上……。


「なんか……、嫌な予感が……」


 頬を引きつらせながらそう呟いたルクトの言葉に、ロイも無言で頷いて同意する。その瞬間、〈千里眼〉を発動していたクルルが叫んだ。


「セイヴィアさん! 下がって!!」


 その声に従い、セイヴィアは反射的に後ろに飛びのく。そんな彼女の目の前で、次の瞬間、なんと、地底湖が崩落した。


 後になって考えたことだが、おそらく地底湖の部分は他の箇所に比べて、床の厚さが薄いのだろう。そのためセイヴィアが放った衝撃波に耐えられずにひび割れて、そのまま崩落してしまったのだ。そう考えれば一応の筋は通る。


 とはいえ、そんなものは後付けの理論でしかない。そしてそんなものに意味はないと思わせるほど、目の前の光景は衝撃的だった。なにしろ、さっきまで繋がっていた迷宮の通路が、目の前で寸断されているのだ。両岸に残る荒々しい傷跡が、これが人為的な破壊行為の結果であることを主張している。


「……迷宮の床が崩れるところなんて、初めて見た」


 ロイが呆然と呟く。後ろで見ていたあとの二人も、全く同じことを考えていたに違いない。


「……さ、さあ行こう!!」


 目指せ十階層! とセイヴィアは引きつった笑みを浮かべながら右手を突き上げる。その言葉がなんとも白々しく響いたのは、この際仕方がないだろう。


「そ、そうですね! セイヴィアさんもご無事だったことですし!?」


 クルルはそう声を上げるが、無理をしているのがありありと分かる。ルクトとロイは顔を見合わせ、そして同時に肩をすくめた。


「あ~、勿体ね」


 ルクトがそうぼやくと、セイヴィアはさらに頬を引きつらせるのだった。


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