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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第六話 夏休み金策事情
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夏休み金策事情3


 ノールワント商会につき用件を告げると、すぐに頭領(ドルチェ)の執務室に通された。商会の頭領(ドルチェ)の名前はオレンス・ノールワント・エルフルト。本名は「オレンス・エルフルト」なのだが、頭領(ドルチェ)の座を継いだ者として仕事上は「ノールワント」のミドルネームを名乗るのがこの商会のやりかたらしい。


「やあ、ルクト君。ようこそ」


 そう言ってオレンスは人のいい笑みを浮かべた。年の頃は四十の半ばから五十くらいだろう。デップリと肥えた体に丸々としたお腹が飛び出している。頭はすでに六割がた禿げていて、頭の側面と後ろ側にモジャモジャとした髪の毛がかろうじて残っている程度だ。そのわりに鼻ひげは立派で、「毛の生え方というのは思うようにならないものだな」とルクトなどは思っている。


 丸々と肥えているおかげか、オレンスははつらつとしていて血色もいい。同じく商会の頭領(ドルチェ)であるドミニクと比べると、随分と余裕があるように感じられた。もっとも、どちらが商人としてやり手なのかなどはルクトにはさっぱり分からないが。


 簡単に挨拶を交わした後、ルクトは預かってきた手紙をオレンスに手渡した。その後すぐ、ルクトは案内役の職員に連れられてノールワント商会が所有している倉庫に向かう。そこで運んできた小麦などを取り出すためだ。


 案内された倉庫には、まばらな人気はあるものの少なかった。もう随分と日が傾いている時間帯だからこれは仕方がない。もっと日の高い時間なら、ここも活気に満ちているのだろう。


 倉庫の中に入ると、案内してくれた職員が声をかけて作業員たちを集めた。それからルクトが〈ゲート〉を開き、〈プライベート・ルーム〉の中に収められている小麦などの荷物の運び出しをはじめる。


(一気にやる方法もないわけじゃないんだけどな……)


 方法論として言えば、運び入れるのはともかく運び出すのは一気にやることができる。荷物を収めていた〈プライベート・ルーム〉を消すのだ。そうすればそこに収められていた荷物は実空間に現れる。この方法ならばいちいち人手をかけて荷物を運び出すことはしなくてもいい。


 だが現実問題として、あまり上手い手とはいえない。〈プライベート・ルーム〉を消せばそこに収められていた荷物は、収められていたままその通りに実空間に現れる。つまりその荷物の置き方は、必ずしもこの倉庫に即したものではないのだ。結局、後々のことを考えればこうして手作業で運び出したほうがなにかと都合がいいのである。


(と、まあ、それはそれとして……)


 流れ作業で〈プライベート・ルーム〉から荷物が運び出される様子をぼんやりと眺めていたルクトは、もう一つ個人的にやることを思い出して頭を切り替えた。


「少しいいですか? 個人的に買い取って貰いたいものがあるんですが……」


「はい、何でしょうか?」


 ルクトと同じく作業の様子を見ていた(とはいってもこちらは監督だが)ノールワント商会の職員がそう言ってルクトのほうを振り返る。


「今、取ってきます」


 そう言ってルクトは、荷物の運び出しをしているのとは別に、もう一つ〈ゲート〉を開いた。そこから〈プライベート・ルーム〉の中に入り、目当てのものを抱えて持ってくる。


(そういえば、〈ゲート〉って最大でいくつ開けるんだろうな……?)


 今現在二つ開いているから複数個開けることは間違いない。だが最大数がいくつなのか、試してみたことはなかった。今度試してみよう、と思いながらルクトは〈ゲート〉をくぐって外に出る。


「これです」


 ルクトが持ってきたもの。それは、一抱えほどもある大きな木箱一杯に詰め込まれた魔石だった。


 衛星都市オーフェルには迷宮(ダンジョン)がない。そもそも迷宮(ダンジョン)があれば「衛星都市」ではなく、立派な「都市国家」になっていたであろう。


 迷宮(ダンジョン)がないということは、そこから魔石やドロップアイテムを得ることができない、ということだ。しかしだからといってそれらのものが生活の中で必要ない、というわけではない。特に魔石は、塩を作る際に魔道具を使っているので、その動力源としてどうしても必要になる。


 ではどうすればよいか。ある所からもってくるしかない。つまりカーラルヒスから、である。そのような事情もあって、オーフェルはそれらの物資のほとんど全てをカーラルヒスに依存していた。これもまたこの都市が「衛星都市」と呼ばれる所以なのだろうが、まあそれはそれでいいとして。


 何が言いたいかというと、オーフェルでは魔石やドロップアイテムの取引のレートがカーラルヒスよりも高いのだ。つまり同じ魔石でも、カーラルヒスよりオーフェルで売った方が高値がつくのである。


 それを見越してルクトはここ三ヶ月ほどの間、学園の窓口で魔石を換金せず手元に保管していたのである。それがこの大きな木箱一杯に納められた魔石、というわけだ。すべてはより効率よく金を稼ぐためである。


 ちなみに、武術科には「魔石やドロップアイテムは学園の買い取り窓口でのみ換金すること」という校則があるが、ルクトのやっていることはその違反には当らない。少なくとも呼び出しをくらって怒られたことはない。なぜなら今は夏休み。学園の窓口自体が閉じているからだ。そのため、夏休みの期間に限りこの校則は緩む。


 また、この校則はあくまでもカーラルヒス内のことを想定しているのであって、他所の都市であるオーフェルでのことはそもそも想定外、という事情もある。まあ、夏休み以外でこんなことをすれば間違いなく呼び出しをくらうのだろうが。


「これはまた、沢山ありますね」


 大きな木箱一杯に詰め込まれた魔石を見て、職員の男は顔をほころばせた。ノールワント商会にとっても魔石は需要の大きい、売れ行きのいい商品である。つまり、いくら仕入れてもいい。


「幾らで買い取ってもらえますか?」


「そうですね……。これくらいの量だと……、103万、少しおまけして105万シクでどうでしょう?」


「切りよく120万シクでどうでしょうか?」


 学園の窓口で引き取ってもらうとすると、恐らく90~100万程度であろう。それを考えると105万というのは悪くない提示額だ。しかしルクトは笑顔を浮かべながらさらに価格を引き上げる。なかなか強気の交渉だ。だが、それでも相手はこの額を飲むとルクトには確信めいたものがある。


「う~ん、まあ、ここは勉強させてもらうとしましょうか」


 少しだけ悩む仕草を見せた後、職員の男はそう言ってルクトの提示した額を飲んだ。ただ、実際のところ本来の買い取り価格の上限はもっと高いのだろう、とルクトは思っている。でなければ生粋の商人である男がこんなに簡単に首を縦に振るはずがない。


 つまりルクトにしてみれば足元を見られているわけだが、それでも彼に不満はなかった。メリアージュに言われたとおり、ルクトはハンターになりたいのであって商人になりたいわけではない。それに学園の窓口で買い取ってもらうよりも高いのは間違いない。双方が満足できるならそれでいいのだ。


「では、支払いはむこうに戻ってからということで……」


「はい。それでお願いします」


 それからしばらく二人は荷物の運び出し作業を無言のまま眺める。作業が終わると二人は商会の本館に戻った。


 本館に戻ってくると、ルクトは今度は応接室に通された。出されたお茶を飲んで待っていると、少ししてからオレンスが現れる。


「ご苦労様でした、ルクト君。カデルハイト商会から荷物、確かに受け取りました」


 ソファーに重い体を沈め、にこやかな笑みを浮かべながらオレンスはまずそう言った。恐らく彼が予想していたのよりも多い分量だったと思うのだが、この様子なら問題はなさそうである。


「それと、こっちがルクト君が持ってきてくれた魔石の代金です」


 そう言ってオレンスはルクトに小さな皮袋を差し出した。受け取り中身を改めると金貨がきっちり十二枚、過不足なく包まれていた。


「ありがとうございます。確かにいただきました」


 受け取った包みをルクトは制服のポケットの中にねじ込む。後で〈プライベート・ルーム〉の中に入れておかねばなるまい。


「あれだけの量の魔石を一人で集めるとは、ルクト君はやっぱり将来有望ですなぁ」


 オレンスは魔石を直接見ていないはずだが、あるいは職員の男から話を聞いたのかもしれないし、もしくは手渡した金額からおおよそを察したのかもしれない。なお、ソロで迷宮(ダンジョン)攻略をしていることは以前に話してある。


「三ヶ月かかりましたけどね」


「いやいや、それでも十分優秀でしょう」


 今後ともお付き合いしたいものですなぁ、とオレンスは快活に笑った。商会の職員として雇いたいのか、それともハンターとしてのルクトと付き合いを続けたいのか、その言葉だけでは判断が付かない。また、どこまで本気なのかも。結局、ルクトは曖昧に笑うしかなかった。


(まあ、どっちにしても……)


 オレンスの思惑がどちらであるにせよ、ルクトがノールワント商会と付き合いを続けるのであれば故郷であるヴェミスには帰らず、こちらに居残ることになる。多くの人から必要とされていることは、ルクトも純粋に嬉しい。だが、それだけでは決心がつかないものまた事実だ。ヴェミスに帰ったら帰ったで、また同じような理由で必要としてくれる人はいるのだろうから。


「それと、カデルハイト商会からご注文されました塩ですが、明日の夕方ごろまでには用意できると思います」


「分かりました。では、明日の今頃またうかがいます」


 金銭的なことなどは全て手紙のほうで済んでいるらしく話には出てこなかった。つまりルクトは用意された塩を、〈プライベート・ルーム〉を駆使してカーラルヒスのカデルハイト商会まで運べばいいだけ。簡単なお仕事である。


 事務的な連絡を終え、しばらくの間他愛もない話をした後、ルクトはノールワント商会を辞した。外に出ると空はすでに薄暗くなっている。


「腹減ったなぁ……」


 時間的にもちょうど夕食の頃合である。涼しい海風に吹かれながら海猫亭へ帰ると、一階部分の食堂はすでに賑わいを見せていた。


「おや、おかえりルクト」


「ただいま、女将さん」


 給仕をしていた女将さんが目ざとくルクトに気づいて声を掛ける。ルクトはそれに軽く手を上げて応えた。


「すぐに食べるかい?」


「いえ、先に部屋で着替えてきます」


 そう言い、ルクトは階段を上って二階にあがった。受け取っていた鍵を確認すると、部屋は一番奥らしい。鍵を開け、木製のドアを押して中に入る。


 海猫亭の客室はさほど大きくない。ドアを開けた正面には窓があり、左側にベッド、右側に小さな机と背もたれのない椅子が置いてあった。ベッドの脇にはスリッパが用意されていて、建物の中ならそれを利用することができる。


 ルクトはまずベッドに腰掛けると一日履きっぱなしだった靴を脱いでスリッパに履き替える。やはりスリッパのほうがラクだ。


(寮の部屋にも置こうかな……、スリッパ)


 それなら〈プライベート・ルーム〉もあわせて二足ほど、とルクトはそんなことを考える。去年も同じようなことを考えていた気がするが、そこは気にしない。


 部屋の壁には幾つかハンガーが用意されており、衣服はそれにかけられるようになっていた。ただ、ルクトはそれを使わない。着替えも含め、持ってきた荷物は〈プライベート・ルーム〉のほうにしまってあるからだ。二泊しかしないのだ。わざわざ出しておく必要もない。


 パチン、と指を鳴らして〈ゲート〉を開きルクトは〈プライベート・ルーム〉の中に入る。スリッパを脱いですのこの上にラグを敷いたスペースに上がり、まずは制服のポケットに入れておいた金貨の小包を取り出してしまう。そして制服からラフな格好に着替え、脱いだ制服をきちんと畳んでから(この辺りメリアージュの教育の成果であろうか?)一階の食堂に下りていった。


「白ワインと、あとなんかつまみになるものお願いします」


 カウンター席に腰掛けたルクトはそう女性に注文をして伝票を差し出す。するとカウンターの奥にいた女性は少しだけ意地悪げな笑みを浮かべた。


「いっちょまえに一人で酒盛りかい? ルクト」


 大人になったもんだね、とからかうような口調で告げた女性の名前はルイーザ。海猫亭を経営している女将さんと旦那さんの一人娘だ。母親譲りの少し赤みがかった栗色の髪の毛をしている。十年位前は看板娘で鳴らしたらしいが、今は立派な人妻にして子持ちである。ただ、本人は今でも「看板娘」を自称しているが。


(少なくとも、「娘」じゃないよな……)


 年齢的に無理が、と考えていると、当のルイーザが怖い顔でルクトを睨む。


「なにか失礼なことを考えているんじゃないだろうね?」


「いえいえ幾つになってもお若いなとはい」


「ま、そういうことにしといてあげるよ」


 ふん、と鼻を鳴らしルイーザは伝票を受け取ると奥の厨房にオーダーを入れた。ちなみに奥の厨房で料理を作っているのは、彼女の父親にあたる人物である。海猫亭は食堂のほうがメインになっているくらいだから、彼の作る料理は大変すばらしい。決して高級で格式高いわけではないのだが、素人ではちょっと作れないレベルの料理を手ごろな値段で提供している。


「ルイーザ。ちょっと厨房手伝え」


 厨房から男の声が響く。怒鳴るような大声ではないが、よく通る低い声だった。


「あいよ。今行く」


 そう言ってルイーザは厨房に向かった。彼女は今現在父親のもとで料理修行中で、将来的には海猫亭を継ぐつもりでいるらしい。


 料理が出てくるまでの間、ルクトはカウンター席に座ったまま、ぼんやりと店内を見渡していた。決して広くない店内には、二十人弱の客がいるように見受けられる。地元オーフェルの人間もいれば、カーラルヒスから来た人もいるのだろう。それぞれかたまって旨い料理と酒を楽しみながら談笑している。


 その様子を眺めていたルクトは、ふと疎外感を覚えた。いや、疎外感というのは違うかもしれない。別に店内にいる人々が意識的にルクトを仲間外れにしているわけではないのだから。


(まあ、そもそも仲間がいないわけで……)


 ルクトは苦笑する。隊商を組むわけでもなく一人でオーフェルまでやって来た彼に同行している仲間などいない。


(一人でなにもかも出来てしまうのも、つまらないもんだな……)


 ただその一方で、その「一人で出来てしまう」というのが〈プライベート・ルーム〉の大きな利点でもある。攻略にしろ交易にしろ、一人で出来てしまうからこそ、ルクト・オクスの評価は高いのだ。


(こりゃ本当に〈シングル・ルーム〉向きってわけだ)


 ルクトは再び苦笑をもらし内心で自嘲した。さんざんその能力を利用しながら〈シングル・ルーム〉と呼ぶ。まったく、本当に度し難い。そう思った。


「はい、お待ち」


 威勢のいいルイーザの声と共に、ルクトの席に料理と白ワインの入ったグラスが置かれた。港町らしく、料理のメインはシーフードだ。


「お、旨そう」


「当然だね。アタシが作ったんだから」


 そう言ってルイーザは自慢げに笑った。


 その笑顔に促されるようにして、ルクトは料理に手をつけた。貝類の盛り合わせや白身魚のムニエルなど、素材が新鮮なおかげで生臭さもなく非常に食べやすく美味しい。白ワインは決して上等なものではなかったが、飲みやすく料理にも合っていた。少し酸味が強いようにも感じたが、それもまたいいアクセントになっている。


 ルクトが料理に舌鼓を打っていると、頬杖をついてそんな彼の様子を眺めていたルイーザと目が合った。


「……どうしたんですか?」


「いや、一年前に来たときと比べて顔つきが精悍になったなぁ、と思ってね」


 君くらいの歳の男の子はあっという間に成長しちゃうものなんだねぇ、とルイーザはしみじみと頷く。どういう反応をすればいいのか迷ったルクトは、結局白ワインを飲み干すことで逃げた。


「ワイン、おかわりは?」


「……貰います」


 あいよ、と言ってルイーザはカウンター越しにルクトのグラスに白ワインを注ぐ。結局この晩、ルクトはグラスを三杯開けた。


 次の日、ルクトは一日オーフェルの観光を楽しみ、それから昨日約束していた時間にノールワント商会の本館を尋ねた。用件を告げると、すぐに昨日と同じ倉庫に案内される。そこには麻袋に入れられた塩が山積みされていた。当たり前だが、カーラルヒスから持ってきた荷物の量に比べると少ない。


 ルクトが〈ゲート〉を開くと、すぐに積み込みが始まった。ルクトはただ見ているだけだ。どうでもいいことだが、作業をする男たちはみんな筋肉質で、細身のルクトなどよりもよほど“武芸者っぽい”体つきをしている。


 塩の積み込み作業が終わると、ルクトは商会の本館に戻った。そしてそこでオレンスからカデルハイト商会の頭領(ドルチェ)宛ての手紙を受け取る。塩を引き渡し、ドミニクにこの手紙を渡せばルクトの仕事は完了となる。


「次に来るときも、魔石を期待していますよ」


 別れ際にオレンスはルクトにそう声をかけた。それに対しルクトは「あんまり期待はしないでください」と苦笑混じりに応えた。次に来るのは恐らく一ヵ月後。今回持ってきたほどの量は、とてもではないが期待できない。


 ノールワント商会を後にしたルクトは海猫亭を目指す。すでに日が暮れかかっているので今晩もう一泊して、明日の朝オーフェルを発つつもりだ。


(さて、明日も暑くなりそうだな……)


 幾分涼しくなったとはいえまだまだぬるい海風を感じながら、ルクトは心の中でそんなことを呟いた。


 そしてオーフェルの観光を楽しみノールワント商会から塩を受け取った次の日、ルクトは朝早く起きて朝食を食べ、頼んでおいた昼食用の弁当を受け取り、それからこの二日分の旅費を清算した。


 代金は合計で2万1200シク。ルクトは赤金貨と銀貨を二枚ずつ合計で2万2000シクを支払い、そして釣銭と領収書を受け取る。


「毎度。今後ともご贔屓に」


 そう声をかける女将さんに見送られ、ルクトは海猫亭を後にした。そして来たときと同じく集気法を駆使して「塩の道」を駆け抜けカーラルヒスを目指す。カーラルヒスに着いたのは、やはり日暮れ間近の時間だった。


 およそ二日ぶりにカーラルヒスに舞い戻ったルクトは、ひとまず学園を目指す。体が汗にまみれていて気持ちが悪い。早く汗を流してさっぱりしたかった。


 井戸の水を使って汗を流した後、ルクトは制服に着替えるとカデルハイト商会の本館を目指した。用件を告げると、すぐにドミニクの執務室に通される。そこで彼にオレンスからの手紙と領収書を手渡すと、今度はすぐにカデルハイト商会の倉庫へ移動し、オーフェルから運んできた塩を〈プライベート・ルーム〉から取り出す。


 塩の運び出しが終わり商会の本館に戻ると、今度は応接室に通される。そこで出された紅茶を啜りながらしばらく待っているとドミニクが現れた。


「お疲れ様、ルクト君」


 おかげで随分助かった、とドミニクはルクトをねぎらった。「助かった」というのは、まあ社交辞令であろう。いくらか経費が節約できたのだろうが、いくらなんでも商会の経営状態を左右するような額だとは思えない。


「これが今回の報酬と必要経費分だ」


 ドミニクがそう言うと秘書が進み出て銀色のトレイを差し出す。そのトレイの上には硬貨の詰まった袋の包みと細目表が載っていた。


 ルクトが細目表を確認すると、「報酬料」の横の欄に「105万シク」と金額が記入されている。その下の「必要経費」の横の欄も同様で、こちらは「2万1200シク」。


 金額を確認するとルクトは満足そうに一つ頷いた。オーフェルで売却した魔石の分も合わせれば、今回の収入の合計は225万シク。金額的には合同遠征を行った場合とトントンと言った感じだが、危険の度合いが段違いに低いことを考えればかなり割のいい仕事といえるだろう。


「ありがとうございます」


 そういってルクトは包みと細目表を制服のポケットにしまった。これでルクトの荷物輸送のバイトは全て終わったことになる。


「なに、かまわないよ。来月もできるということだから、そちらもよろしく頼む」


「分かりました。具体的な日程が決まったらお知らせします」


 それから二言三言言葉を交わすと、すぐにドミニクは席を立った。それにあわせてルクトも席を立ちカデルハイト商会を後にする。


(やっぱ忙しいんだろうな……、ドミニクさん)


 学園の寮に向かう帰り道、ルクトはぼんやりとそんなことを考えながら歩いていた。本来ならばこの程度の商談、わざわざ頭領(ドルチェ)であるドミニクが直々に出てくるほどのものではないはずだ。にもかかわらず彼が直接応対してくれるのは、ひとえにルクトがメリアージュの関係者だからだろう。


(「潰す」とまで脅されてるからなぁ……)


 その上、メリアージュには本当に潰せるだけの力があるのだから性質が悪い。物理的にも、そして資金的にも。ルクトの相手をしていたドミニクも、もしかしたら胃の痛い思いをしていたのかもしれない。そんなことを考えてルクトは少しだけ苦笑を漏らした。



ひとまずきりのいい所、ということでここまでです。


続きは気長にお待ちください。

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