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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第一話 勤労学生の懐事情
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勤労学生の懐事情4

 迷宮(ダンジョン)攻略によって資源を獲得することを生業としている〈ハンター〉は、たしかに儲かる職業ではある。ほとんど全ての都市国家は魔石と鉱物資源の供給を迷宮(ダンジョン)からのドロップアイテムに依存しており、またその二つは常に需要過多気味だから「取ってくれば売れる」という状態だ。少なくとも余って値崩れを起こした、などという事態は聞いたことがない。


 ただし、その反面多くのデメリットを抱える職業でもあった。迷宮(ダンジョン)攻略には常に命の危険が付きまとう。実際、都市内で最も死亡率が高いのは迷宮(ダンジョン)に潜るハンターたちで、五体満足の状態で引退できるのは全体の五割にも満たないといわれている。


 このほかにもあまり知られていないデメリットはまだまだ存在する。その一つが必要経費の多さだ。装備の購入や手入れ、遠征の準備などさまざまな面においてハンターの活動には金がかかる。ちなみに都市国家ヴェミスを旅立つときにメリアージュが用意してくれたルクトの装備は一式で350万シクした。しかもその装備も二年ほどでダメになり、現在は二代目、武器に至っては三代目を使っている。もっともその三代目もつい最近天に召されたが。


 収入は確かに多いが出費も多い。それがハンターという職業なのである。ハンターを志す人間は、まず最初の壁としてそこに突き当たる。つまりハンターとして必要最低限の装備を整えられるか否か、という壁だ。実力の壁よりも先に金銭の壁が立ちはだかるとは、なんとも世知辛い話である。


 大抵の人間は、まずこの段階で諦める。必要になるお金の多さに驚き、さらに命の危険も付きまとうとなれば、足踏みをするのも当然だろう。幸いなことに仕事はハンターだけではない。地味だが堅実な仕事について安全な一生を求めたとして、誰がそれを責められるだろう。


 だからハンターになる人間というのは、大雑把に二つに分けることができる。お金や伝手あるいはコネがあって装備を整えることができる人間と、金も伝手もコネもないが生きるためには迷宮(ダンジョン)攻略をするしかない人間、である。


 同じ初心者でもしっかりとした装備を持ち頼るべき先達がいる者は比較的安全だ。入り口に近い日帰りできる範囲であれば、重傷を負ったり命を落としたりすることはまずないと言っていい。勝手が分っている人がそばについているから、知らず知らずのうちに深いところに潜ってしまう、ということも避けられる。


 しかし、満足な装備も持たず頼るべき先達もいない者たち、こういう者たちは大抵貧民街の孤児やそうでなくとも生活が苦しい者が多いのだが、そういう者たちにとっては迷宮(ダンジョン)の入り口付近であろうとも危険な難所だ。また気づかずに深い階層に行ってしまい、強力なモンスターに襲われるということも起こる。


 実際、こういう者たちのおよそ三割が初めての迷宮(ダンジョン)攻略で命を落とす、とまで言われているのだ。


 そういう状態を何とかしようという目的で創られたのが〈ノートルベル学園武術科〉だった。武術科の目的は〈武芸者〉を育成することだが、通常の都市国家において武芸者のおよそ六割はハンターなので、ハンターの育成が目的と言い換えても間違いではない。迷宮(ダンジョン)攻略のために必要な知識と実力を身に着けさせ、学科内で仲間を見つけることでパーティーを組んで攻略を行えるようにする。学園を通すことで装備品を普通よりも安く購入できることもメリットだ。


 また武術科には〈訓練生制度〉というものがある。簡単に言ってしまえば、これは学力にしろ年齢にしろ入学基準に達していない子供たちが、武術科の下働きをしながら入学のための準備をする、という制度だ。勉強を教えてくれる孤児院のようなもので、小額ながら給与さえもでる。ただ、そのお金は学園側が管理し、多くの場合武術科の入学金に当てられている。入学しない場合は制度を終えた時点で一括給付される仕組みだ。


 はっきり言って慈善活動のような制度である。しかしそれもある意味当然だ。こうでもしなければ食うに困った子供たちは犯罪に走るか、迷宮(ダンジョン)で無謀な攻略を行うかしなければならなくなる。


「社会が生み出した弱者から、我々は目を背けてはいけない。自己責任などという都合のよい言葉だけで、すべてを片付けてしまうことは許されないのである」


 これはノートルベル学園に武術科を設立した際の初代武術科長の言葉だ。武術科の目的は武芸者を、特にハンターを育成することだが、この言葉は武術科設立のいわば“真の目的”とでも言うべきものを的確に表現している。


 無論、全てが上手くいっているわけではない。カーラルヒスにおいてはそれなりの成果を上げているが、都市国家連盟アーベンシュタット全体で見れば効果は微々たるものといわざるを得ないだろう。それにこれは今すぐにお金が必要な人を助けるための制度ではない。また武術科は設立以来ずっと赤字続きだ。都市からの補助金と毎年よせられる卒業生からの多額の寄付がなければ、とてもではないが今日まで存続することはできなかったはずだ。


 ちなみに都市側にしろ卒業生たちにしろ、お金を出すからにはもちろん思惑がある。都市としてはハンターの数と質を維持するためだし、卒業生たちには有望な学生を紹介して欲しい、よしんばそのままギルドに引き抜きたい、という思惑がある。


 閑話休題。つまり武術科の学生の半分以上は慢性的な金欠の状態にある。そして武術科に入ることができたからといって、すぐに迷宮(ダンジョン)攻略をして稼げるようになるわけではない。いくら授業料の免除や支払猶予の制度があるとはいえ、日々の生活の中でどうしても一定額のお金は必要になる。


 そんな中で金に困った学生がアルバイトを始めるのは当然のことといえるだろう。学園側もむしろこの動きを奨励し、仕事の斡旋と仲介を積極的に行っている。


 なにしろ学園の生徒数は全体で一万人近い。カーラルヒスの人口がおよそ五万人だから、全体の約二割を学生が占めている計算になる。カーラルヒスにとってこれらの学生は、貴重な労働資源でもあるのだ。


 それに加え、学園が間に入ることで学業の妨げになるのを防いだり、悪質で危険な仕事から学生を守る、という意図もある。特に留学生は万が一のことが起こった場合の保護者がいない。学園側が神経質になるのも当然だろう。


 当初ルクトはアルバイトをするつもりはなかった。迷宮(ダンジョン)に潜り攻略を行うことで十分に生活費を稼げると思っていたからだ。しかし、武術科には「一年次は個人的な迷宮(ダンジョン)攻略を行ってはならない」という校則があり、これに違反したものは例外なく退学処分に処されることになっていた。


 これは入学したばかりの新入生に無謀な攻略を行わせないための当然の措置なのだが、ルクトにとっては想定外の事態である。


『やばい………!生活費どうする………?』


 ルクトは焦った。メリアージュは「お金が足りなくなったら用立てる」と言ってくれたが、その分はきっちりと借金に加算されることになる。ただでさえ1億6000万シクという巨額の借金を負っているのだ。借金とは減らすべきものであるはずで、これ以上はどうあっても増やしたくはなかった。


 自然なこととして、ルクトは学園が紹介しているアルバイトを探すことにした。そして選んだのがダドウィンの工房〈ハンマー&スミス〉でのアルバイトだったのだ。


 ルクトが〈ハンマー&スミス〉で働いたのは一年と少しだが、その縁もあって現在でも彼はこの工房を贔屓にしている。もちろん働いている間に商品の質や、工房主であるダドウィンの人柄についてよく知ることができたのも大きな理由だ。


 装備の新調はもちろんのことメンテナンスもやってもらっているため、〈ハンマー&スミス〉はルクトにとってカーラルヒスにおける三番目に馴染み深い場所となっていた。ちなみに一番目は学園で、二番目は迷宮(ダンジョン)だ。


「おやっさん、いる~?」


 カランカラン、と入り口の扉につけられたベルが乾いた音をたてるのを聞きながら、ルクトは勝手知ったる様子で店の奥の工房を覗き込んだ。ダドウィンが経営する工房〈ハンマー&スミス〉は入り口から入ったところが品物を売る店で、その奥が品物を作る工房になっている。


 ちなみにルクトがバイトをしたときの仕事内容は店番であり、工房主であるダドウィンが表に出てくることは少なかった。現在もバイトを雇って店番をさせているはずなのだが、この時間は講義でも入っているのか店は無人だった。


 ベルの音を聞きつけたのか、あるいはルクトの声に反応したのか、店の奥からダドウィンが現れた。髭を生やした顔つきは厳しいが、その目元は不思議と優しい。がっちりとした体つきで、身長は二メートル近くあり肩幅は広く胸板も厚い。筋肉隆々でたくましいその姿は、はっきり言って鎧でも着込んで迷宮(ダンジョン)で戦っていたほうがよほど似合う。とても齢五十を越えているとは思えない体である。


「ルクトか。講義はどうした?」


「つつがなくサボりました」


「そうか。今日は、午後からの講義は入っていないのか」


「人をそんな真面目な学生みたいに言わないでくださいよ」


「ワシが知っとる武術科の学生はみんな真面目だよ」


 お前さんも含めてな、とダドウィンは笑った。彼は店番を任せるべくルクトのような学生をこれまで何人も雇ってきており、そしてそのほとんどが武術科の学生だという。経験則に裏打ちされたダドウィンの言葉に、ルクトはただ苦笑して肩をすくめ話題を変えた。


「それよりもあの大剣、どうでした?」


 ルクトが言っているのは、昨日迷宮(ダンジョン)で戦った巨人が作り出し、そしてドロップしたあの黒い大剣のことである。その大剣の鑑定を彼はダドウィンに依頼していたのだ。今日ここに来たのは鑑定結果を聞くためである。


「ああ、アレな。譲ってくれるなら、ウチの商品を買ったときに20万ほど負けてやらんこともない」


 二十万シクで買い取る、と言えばよさそうなものなのにダドウィンの言い方は随分と迂遠だった。ただ、その迂遠な言い方にはもちろん理由があって、「武術科の学生がドロップアイテムを換金する場合は必ず学園の窓口で行わなければならない」と校則で定められているのだ。しかも、学園側も学生から買い取ったドロップアイテムを転売して運営資金の足しにしているため、必然的にその買い取り価格は一般よりも安くなってしまう。


 一見して学生を食い物にする制度のようだが、それは違う。これは学生を守るための制度なのだ。


 学園側が買い取り窓口を設けなければ、学生たちは個人的にドロップアイテムを換金することになる。その場合、相手はプロの商人たちだ。そして悲しいことに、その商人たち全てが善意的なわけではない。特に儲け最優先な者たちからしてみれば、知識と経験の少ない学生などいいカモであろう。そういう連中と渡り合うのは、きちんとしたお金の知識のある人間(大手ギルドの会計係など)でないと難しいだろう。


 そうでなくともドロップアイテムの相場は流動的で、それを学生が把握するのは困難だ。何も知らないのをいいことに、足元を見る商人が出てくるのは容易に想像がつく。


 また、転売することで学園側が得た利益は遠征に必要な物資を安値で供給したり、提携を結んだ商店で学割を使えるようにするなどして、学生たちにきちんと還元されている。むしろ全体で見れば学園側のほうが損をしているはずで、そう考えれば少しぐらい買い取り価格が安くても仕方がない、とも言える。


 ただしこの制度には一つ抜け道がある。それは「お金を介さない直接的なやり取りは禁止されていない」というものだ。つまりドロップアイテムを買い取ってもらうのではなく、今さっきダドウィンが提案したようにその分の額を値引きしてもらうという形にしたり、素材として持ち込むことで材料費を浮かせたり、ということは禁止されていないのである。


 無論、こういう形であっても相手の足元を見ることは可能であろう。しかしダドウィンという職人はそういうセコい真似をしない、ということをルクトは知っている。それどころか彼は学生たちに対して好意的で、むしろ色をつけてくれている可能性さえある。


 まあ、それはともかくとして。


 20万、という額を聞いてルクトは少なからず目を輝かせた。ドロップアイテム一つの査定額としてはなかなかお目にかかれない額である。


「てことは、やっぱりレア物でした?」


「ああ。大部分は粗鉄なんだが、少量の〈アダマンダイト〉が含まれている」


 アダマンダイト、というのは迷宮(ダンジョン)内でのみ採取することができる希少金属(レアメタル)である。アダマンダイトのほかにも〈ミスリル〉、〈ダマスカス鋼〉、〈ヒヒイロカネ〉などの希少金属(レアメタル)も確認されている。


 これらの金属は“希少(レア)”とついているその名の通り、鉄や銅などといった一般的な金属と比べドロップ率が低い。その一方で金属として優れた性質を持っているため、武芸者たちは武器にしろ防具にしろこれら希少金属(レアメタル)製の、あるいはそれを用いた合金製の装備を好む。ルクトがダメにしてしまった太刀も、玉鋼とダマスカス鋼の合金製だった。


 まあそんなわけで市場における希少金属(レアメタル)の価格は常に高止まりしている。なかでもアダマンダイトは最も優れた金属とされ、同時に最も供給量が少ない金属でもある。必然的にその取引価格は天井知らずとなり、「二倍の重さの金よりも価値がある」とさえ言われている。


「で、どうする?」


「その値引き額でお願いします。ちょうど太刀を新調しないとなので………」


 ルクトがそう言うと、ダドウィンは「太刀ねぇ……」と少し不機嫌そうな声を出した。昨日、巨人との戦いの中で砕け散った太刀は、何を隠そうこのダドウィンの作品なのである。「なかなかいい物ができた」と言っていたその作品が、ある日突然柄だけになって帰ってきたのだ。腕に覚えのある職人としては面白くない部分もあるだろう。


「あ~、なんか、すいません………」


 目つきが鋭くなったダドウィンに、ルクトは若干及び腰になりながらひとまず謝る。もともと厳しい顔だけに、迫力はすごいものがある。


 のしかかるような沈黙に圧されるようにして、ルクトは“ごくり”と唾を飲み込む。それを見たダドウィンは「はぁ」と一つため息をつき、頬杖をつき表情を緩めた。


「別にお前さんに不満があるわけじゃない。お前さんの腕についていける太刀を打てなかった、自分の力不足が情けないだけだ」


「おやっさん………」


 それは決してダドウィンだけのせいではないだろう。それに武器の強度や耐久性というものは、用いる素材によって大きく左右される。それこそアダマンダイト製の太刀であれば、あの程度で壊れることなど絶対に無かったはずだ。


「いや、お前さんに愚痴るようなことじゃなかったな」


 忘れてくれ、とダドウィンはため息に苦笑を混ぜながらそういった。それから表情を改めて話題を変える。


「それより、新しい太刀はどういうふうにしたいんだ?」


「あ~、寸法なんかは前のと同じでいいんですけど、ダマスカス鋼の比率を上げたいんですよね………」


 ダドウィンがいつもと同じ調子に戻ったことに内心で安堵の息をつきながら、ルクトはそう答えた。


「ふむ。で、具体的には何割くらいにしたいんだ?」


 ちなみにダメにしてしまった太刀は、玉鋼七割ダマスカス鋼三割の合金製だ。このダマスカス鋼の割合を引き上げることで、太刀の強度や耐久性を上げることができる。


「ええっと、仮にダマスカス鋼だけで太刀を打ったら幾らくらいになります………?」


「そうだな………、140万、いや今の相場だと150万くらいか」


 その値段を聞いてルクトは押し黙った。完全なダマスカス鋼製の太刀ならば、恐らくルクトの〈切り札〉にも耐えられるだろう。今までは使うたびに太刀を壊してしまい、多用すれば大赤字になることが目に見えていたのでなるべく使わないようにしていた切り札だが、それに耐えられる太刀が手に入れば迷宮(ダンジョン)攻略は格段にやりやすくなる。


 しかしその一方で、太刀一本で150万という金額は大きすぎる。もちろんこれはざっくりとした見積もりだからもう少し安くなる可能性はあるが、なにしろダドウィンの見立てだ、そう大きく外れることもないだろう。


(どうする………!?メリアージュに借りるか………?)


 しかし借金は増やしたくない。だが、ここでいい太刀を手に入れておけば迷宮(ダンジョン)攻略がしやすくなり、それは結果的に借金を早く返すことに繋がるのではないか。ルクトの頭の中をさまざまな考えがグルグルと回る。


「………比率を五割にして95万。大剣の20万を引いて75万。この辺りがちょうどいいんじゃないのか?」


 ルクトの逡巡を見かねたわけではないだろうが、ダドウィンがそう提案する。75万シクというのはルクトがダメにしてしまった太刀と同じ値段であり、そして彼の懐事情を正確に察しているからこそ提示できた値段でもあった。


「う………、ち、ちなみに学割を利かせると………?」


「学割利かせてこの値段だ」


 無慈悲な(とルクトが一方的に思っている)宣告が響く。さらなる値下げ交渉を行おうかとも思ったが、思い返してみれば前回も値下げしてもらっての75万だ。今回の値段も値下げした結果、と考えたほうがいいだろう。


「………じゃあ、それでお願いします」


 そこはかとない敗北感を覚えながらルクトはダドウィンの提案を呑んだ。仕事を一件せしめた工房主はニカッと笑うと「毎度あり」とルクトの肩をバシバシと叩いた。


 ルクトは芝居がかった仕草で肩を落とすと一つ大きなため息をつき、それから「うし!」と声を出して気分を変えた。


「どれくらいで出来ます?」


「そうだな、いろいろと予定もあるから、一週間ってところか」


「じゃあ、来週のこの時間に取りに来ます」


 お金はその時に、とルクトが言うとダドウィンも「わかった」と言ってそれを了承した。これでルクトがこの工房に来た用事はすべて終わったのだが、まだまだ時間はあるし寮に戻ってもやることはない。となれば武術科の金欠学生として、やることは一つであろう。


「おやっさん。着替えるからちょっと部屋かしてください」


「かまわんが、これから迷宮(ダンジョン)にでも行くのか?」


「稼がなきゃなので」


 なにしろついさっき75万シクの出費が確定したばかりである。今この時に何もしないでいると、こう、精神的に追い詰められる。


「武器は?」


「予備の太刀があります」


 とはいえこちらは完全な玉鋼製の太刀で、以前のものに比べると心もとない。それを知っているダドウィンは(作ったのだから当然だ)、眉間にわずかにシワを寄せた。


「あまり無茶はするなよ。引き渡す前に使い手が死んだ武器ほど、おさまりのつかないものはないんだからな」


 ダドウィンの言葉は優しく、そしてそれ以上に重かった。学園の武術科は困窮した人々(特に子供)が無茶な迷宮(ダンジョン)攻略をして命を落とすのを防ぐために設立された。しかしそうであるにも関わらず武術科からは毎年死者が出る。その数は決して多くはないが、それでもゼロになったことはない。顔見知りの学生が死んでしまった、という経験をダドウィンは何度もしてきたのだろう。


 ダドウィンの言葉にルクトは無言で頷き、カウンターの奥の通路に通じる扉を開けてその向こうに消えて行った。倉庫代わりに使っている部屋で着替えるのだろう。勝手知ったるその様子に、ダドウィンは呆れたような苦笑をもらす。開けっ放しにされた店の奥の通路に通じる扉を見つめる彼の目は、まるで息子を見守るかのように温かかった。



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