晴れ後雨時々曇り5
この話は、前の話の後半部分から続けて読むと、話がつながって分かりやすいと思います。
「だからつまりね、その子たちはみんな君に気があるんだと思うよ?」
バカ話が一段落し、再び歩き始めたルクトら六人。ついでに話題もきっちりと元に戻っている。
「いや、だから可笑しいだろ。なんで『オリエンテーリングを一緒にやろう』ってだけの話が色恋沙汰に飛ぶんだよ?」
さっぱり理解できない、と言わんばかりにルクトがロイの意見を否定する。
「分かってないねぇ、ルクト。十八・九といえば思春期、もとい春季発情期の真っ只中じゃないか。肩先触れ合ったって恋が始まるようなお年頃だ。些細なきっかけでその気になったって不思議じゃないよ」
楽しそうに饒舌を振るうロイ。ただしその言葉の中身ほど彼が恋愛に通じているわけではないことをルクトは知っている。つまるところ、にわか知識を総動員して遊んでいるのだ。
「で、モテモテなルクト君は一体どんな子がタイプなんだ?」
ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべるソル。からかって楽しもうという邪な魂胆が見え見えである。
「色気より食い気だよ、オレは」
そっけなくそう答えるルクト。まともに相手をしていてはソルを喜ばせるだけなのだ。
「もったいないねぇ……。より取り見取りだってのによ」
「だからさっきから言っているだろう。告白すらされていないんだ。色恋沙汰と考えるほうがおかしい」
「だが声をかけてきたのは、女の子が多かったのは事実だろう?」
話を終えようとするルクトに、そう応じたのはイヴァンだった。一時的とはいえパーティーのメンバーを増やすような場合は、普通リーダーがその判断を行う。そして武術科全体を見渡しても、女性のパーティーリーダーというのは少数だ。だからリーダーが誘いに来たのであれば自然と男の比率が高くなるはずで、にも関わらず女の子が多かったということは、やはり通常とはちょっと違った理由があるのではと疑いたくなる。
「それが恋愛感情だと?」
邪推だよ、とルクトは笑い飛ばした。ここで笑い飛ばしておかなければこの話は終わらない。そして終わらなければからかわれ続けることになる。ルクト以外のメンバーにとっては愉快かもしれないが、本人にとっては愉快じゃない。
「でも、女子の何人かがルクトに興味を持っているのは事実よ」
私、付き合ってる子がいるかどうか聞かれたことあるわよ、とルーシェ。ひとしきり巻き込まれた彼女は、もう傍観する気はないらしい。
「マジか……」
少々呆然とした口調になるルクト。本人であるはずの彼はこれが完全に初耳だ。当然、直接告白されたことなど皆無だ。そのせいかそういう空気があることさえ、今の今まで気づかなかった。まあ、その点についてはルクトが鈍感だったせい、という線も捨て切れないが。
「まあ、『恋は盲目』っていうからな。むしろ本人のことを知らないのが良かったんじゃね?」
相変わらずニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべソルがそう言った。新たな証言が出てきたせいか、さっきまでよりもさらに楽しそうだ。さりげなくルクトの人格を否定しているが、恐らくは気のせいではない。いつもならばルーシェあたりが黙らせるのだが、今日はその前に援護が入った。
「ああ、それはあるかもね」
そう言ってソルに同意したのはロイである。
本人について詳しく知らなければ、その人物像については流布されている情報や評価から勝手に妄想することになる。そして一般に知られているルクト・オクスについての情報や評価というのは、なかなかに過激でスケールが大きい。
曰く、ソロで迷宮攻略を行い、三年次で実技の卒業要件を達成。
曰く、すでに複数のギルドが勧誘。
曰く、プロのハンターを相手に合同遠征を主催している。
曰く、多額の借金があるとかないとか。
曰く、カーラルヒス中の名家から縁談が舞い込んでいる。
曰く、彼を居残らせるべく都市国家政府が直々に動いている。
簡単に要約すれば、「すでに実績を上げており、将来も有望」といったところか。もちろんこれは噂話だから真偽入り混じっている。だが学園の女の子たちにしてみれば、事実が混じっているだけで十分なのだろう。
「周りの評価が高ければ、それだけでカッコ良く見えるもんさ」
特に僕たちみたいなお年頃はね、とロイは少しだけ口調に毒を混ぜた。もっともそうやって毒舌を弄ぶのは彼の趣味のようなものだから誰も気にしない。
「これは……、本当に起こるかもしれないねぇ。告白の雨あられの大嵐!」
「そしてそれに触発されて起こる名家名門のお見合い攻勢!」
「その行き着く先は泥沼の愛憎劇!」
「そこまで織り込み済みなのか!?」
本人そっちのけで盛り上がるロイとテミスとソル。そんな彼らにルクトは思わずツッコんだが、話が収束する気配はない。本人の意向を無視して三人で盛り上がった結果、ルクトは「一般の女の子と恋仲になるが、それに嫉妬した名家の令嬢に無理心中させられる」ことになった。
ちなみにソルはハーレムエンドを主張していたが多数決の結果没に。テミスはともかくロイが反対にまわった理由は、「ルクトにそんな甲斐性はない」からだとか。
「だめよ、そんなの」
それまで三人の話し合いには加わっていなかったルーシェが、ここへ来て真顔で乱入する。味方の登場かと期待したルクトだが、しかしその期待はすぐに絶望へと変わった。
「心中するなら恋仲になった女の子じゃないと悲劇にならないわ。そして最後の台詞は『生が二人を分かつなら、死をもって永遠に結ばれん』ね」
まるで演劇の台本を考える脚本家のように、ルーシェは古典調の台詞を楽しそうに口にした。テミスもそうだが、彼女も人並み以上に乙女である。
「誰が心中なんぞするか! その前に逃げるわ!」
そのための〈プライベート・ルーム〉である。しかし、たちまち「えー」と不満そうな声が上がった。
「ルクト……、そこは死んでおくのが形式美というものだよ?」
まるで出来の悪い生徒に言い聞かせる教師のように、ロイはルクトの肩に手を置いてそう説いた。口調と態度はソレっぽいが、言葉の中身で台無しである。というか、遊んでいるのが丸分かりだ。
「お前ら……、そんなにオレを殺したいのか……」
がっくりと肩を落としたルクトが、げんなりとした声を出した。そんな彼の首に、ソルが馴れ馴れしく腕を回す。
「やっぱ男ならハーレムエンドだよな、ルクト!?」
それもどうかと思うが、まあ死ぬよりはましであろう。ルクトはそう思い、「……まあ、死ぬよりは」と深く考えずに口にする。しかしその反応は氷点下並みに冷ややかであった。
「最低ね」
「不潔ですわ」
女性二人の、まるで汚物を見るかのような絶対零度の視線が男二人に突き刺さる。もっともダメージを受けたのはルクト一人で、ソルはいつも通りにヘラヘラ笑っているだけだったが。
「恋愛感情だけじゃなくて、打算込みで近づいている子もいると思うが……」
一応ヒドイなりにオチがついて話が終わりかけたとき、それまで静観していたイヴァンが控えめな口調で劇薬をぶちまけてくれた。
「ハニートラップか!?」
釣り上げられる魚のようにすぐさまソルが食いついた。さっきまで以上に彼の目が輝いているのは、決してルクトの見間違いではあるまい。余計なことを、とルクトはイヴァンを睨むが、睨まれたイヴァンはそ知らぬ顔で視線を逸らした。
ハニートラップ。別名、美人局。つまり女性関係で弱みを握り、それをネタにして強請る、ということだ。強請るモノはこの際何でもいい。金、個人能力。すぐに思いつくのはこの辺りだが、それ以外にもルクト・オクスという人間には価値や魅力がある、はずだ。たぶん。
「なにげに言いたい放題だな……」
ルクトが苦々しく呟くがそれはともかくとして。ルクト・オクスという人間をある程度コントロールし思い通りに動かす方法があるとすれば、それは例えばギルドなどにとっては非常に魅力的だろう。そしてそのためには弱みを握るというのが常套手段だ。
その中でも女性関係の弱みというのは握りやすい。いや、意図的に作り出すことが可能なのだ。なにしろこちらから能動的に女を一人あてがってやればいいのだから。
つまり、それがハニートラップ。
「よぅしルクト! 今度綺麗なお姉さんがしっとりと相手をしてくれるところに遊びにいこうぜ!」
「この流れでなぜそんな所に……」
わざわざ渦中に飛び込んで行くようなものである。普通ならばそういうところには近づくな、と助言するべきではないだろうか。
「バッカ、今のうちに耐性付けとかなきゃいざという時にあっさりさっくり丸め込まれちまうぜ?」
ニヤニヤと得意げな笑みを浮かべ力説するソル。普通に考えればコイツが遊びたいだけなのだが、正論に聞こえてしまう辺り恐ろしい。
「あ、でもパーティーの金使うと怒られるから、お前の奢りで宜しく」
「自分の金じゃないのかよ!?」
思わずツッコむルクト。どうやらソルは自分の金を使う気はないらしい。稼いでいるくせにケチくさいことである。
「おい、ソル。お前、まさかパーティーの金を使い込んでいるんじゃないだろうな?」
少々剣呑な声を出したのはイヴァンだった。見ればテミスやルーシェも口には出さないものの同じ懸念を持っていることが伺える。
「まさか。パーティーの金はロイが一括で管理していることぐらい知ってるだろ?」
しかしソルは肩をすくめて両手を上げ、その懸念を否定した。そしてパーティーの積立金を管理しているロイは、「そのお金を使い込むようなマネはしない」という程度にはリーダーとして信頼されている。
「それは分かっているが、お前の日頃の言動を見ていると、な……」
イヴァンは苦笑しながらそう言って、一応矛先を収めた。ルーシェとテミスを見れば、彼女たちは地味に「うんうん」と頷いている。日頃の行いの積み重ねというのは、とても大切なものなのだ。
「ヒデー評価だな、おい」
そう言いつつもソルはいつも通りにヘラヘラと笑っている。その様子を見るに、日頃の行いを改める気はなさそうである。ここまでくると大物なのかそれともただの馬鹿なのか判断に迷うが、まあ恐らくは後者であろう。
「まあそんなわけだから、ルクト、ハニートラップ対策に遊びに行こうぜ、お前の奢りで!」
「まだその話終わってなかったんだ……」
苦笑するルクト。そこまで綺麗なお姉さんたちと遊びたいのかと呆れるや感心するやらだ。周りのメンバーたちも呆れたようにため息をついている。
「う~ん、ルクトにハニートラップ仕掛けても、あんまり意味がないと思うんだけどなぁ……」
そうハニートラップに否定的な意見を言ったのは腹黒さに定評のあるロイ。この手の謀略はコイツが一番やりそうなだけに、その彼が真っ先に否定したことにメンバーは少なからず驚く。
「……なにさ? 珍しいものを見るような顔をして」
「いや、なんでもない。それよりなんで意味がないと思うんだ?」
イヴァンに促されてロイが自分の意見を話し出す。
そもそもハニートラップとは、人間関係に問題を起こし弱みを作るというやり方だ。だが、この世界において人間関係というのは一つの都市国家内で完結する場合がほとんどである。
多くの人間は一つの都市国家に根を下ろして生活している。当然そこには人間関係があり、だからこそそこに問題が、それも女性関係の問題が起これば、それは立派な弱みになり得る。それによってハニートラップが成立するのだ。
だがルクトは留学生であり、カーラルヒスに根を張って生活しているわけではない。仮にここで人間関係に問題が起こったとしても、カーラルヒスを離れることによって問題は解決する。最悪、夜逃げでもすればいいのだ。〈プライベート・ルーム〉は夜逃げにも役立つ能力なのである。
「だけど卒業まではあと三年ちょい残ってるぜ?」
「夜逃げは最悪の場合だよ。その前にうてる手は沢山ある」
例えばギルドに頼るというのも一つの方法だろう。ルクト・オクスに貸しを作れるとなれば、多くのギルドは喜んで彼を保護するはずである。
「じゃあ自作自演もアリじゃね?」
あくまでハニートラップにこだわるソル。自作自演とはつまり、ハニートラップで問題を起こしルクトが困っているところに颯爽と登場。問題を解決してルクトに恩を売る、ということだ。しかし、やはりソルは首を横に振った。
「下策だね」
自演しきれるか不透明だ、とロイは指摘する。問題を起こすだけおこしておき、しかしその解決は他所のギルドに掠め取られるかもしれない。なにしろどこのギルドを頼るかはルクトの胸三寸で決まるのだから。例えば〈水銀鋼の剣〉のように、すでに付き合いのあるギルドを頼る可能性は大いに高い。そしてそのような友好的なギルドが、わざわざハニートラップを仕掛けることはないであろう。
またカーラルヒスという都市国家もそうだが、ギルドにしてみればルクト・オクスには卒業後もここに居残ってもらいたい。だからわざわざ問題を起こして居心地を悪くするような真似はしないはずだ。
「やりようはあると思うんだけどなぁ……」
「お前はオレに一体なにを期待しているんだ?」
ぼやくソルに呆れた視線を向けるルクト。
「いざとなったら逃げる、っていう選択肢があるのが大きいね」
追い詰めれば逃げる。それが分かっているから追い詰めない。それにハニートラップというのは、仕掛ける対象の人間関係が広くそして深いほど効果が大きくなるものだ。その点、留学生であるルクトのカーラルヒスにおける人間関係というのは、さして広くもないし深くもない。そういう意味でもあまり効果のある策とはいえないだろう。
「女を使うって言うのなら、惚れさせるか溺れさせるか、まあそっち方面だろうね」
つまり依存させて縛り付ける。たしかにルクト・オクスという人間には、高圧的なハニートラップよりもそちらのほうが有効かもしれない。
「というより、卒業が近くなったらこの手のちょっかいは出されると思うよ。多かれ少なかれ、ね」
ルクトをカーラルヒスに居残らせるために。そのための重石として考えれば、なるほど女は確かに有効で強力な手だ。そして女を重石に使うというのであれば、そこには政略結婚的な手段も含まれることになる。
「うわ、一気に話が生臭くなった」
ルクトが顔をしかめる。これまで話は、言いたい事やツッコミたいことは山ほどあったが、まあ冗談として聞き流せた。だが卒業間近になったときに縁談やら見合いの話が舞い込んでくるというのは、冗談としてはあまりにも確率が高い。
「いいねぇいいねぇ、モテモテじゃねえか」
「代わってやろうか?」
ニヤニヤと笑うソルに、不機嫌そうに応じるルクト。もちろんソルがどんなに代わりたくとも、そしてルクトがどんなに代わって欲しくとも、個人能力が絡んでいる以上二人の立場を入れ替えることなど絶対に不可能だ。
「いやいや、欲しいものがあれば自分の力で手に入れるさ」
ソルはルクトになれないし、その逆もまたしかり。それを分かった上で、しかしソルは前向きに答えた。恐らくは、無駄に。
「……だ、そうだが? ルーシェ?」
「……なんで私に振るのよ?」
彼女こそがソルの本命であることは、このパーティーのメンバーは全員が知っている。つまり今のは、遠回しな告白とも取れる。だがされた側のルーシェはこれ以上ないくらいに不機嫌だった。
そんなルーシェの様子を見ると、ルクトは肩をすくめてそれ以上突っつくのを止めた。バカ話は双方が楽しんでいるからバカ話で済むのだ。誰かが嫌がったり不快に感じたりしていては、それはもう“言葉の暴力”の域であろう。
「ダメです、ルーシェはわたくしの嫁ですもの! ソルになんてあげませんわ!」
不機嫌そうな顔をするルーシェに、彼女とは対照的な満面の笑みを浮かべて抱きつくテミス。ルーシェはさらに顔をしかめて迷惑そうな顔をするが、それでも険が取れているのは見間違いではない。
「結局ここに落ち着くか……」
「安定と安心の愛情だね。テミスの場合」
「やれやれ、強敵だぜ、こりゃ」
「ちょっと! 勝手に終わらせないでよ!」
テミスに抱きつかれたままルーシェがわめく。もうすっかりいつもの光景だ。
「これにて一件落着、っと」
ルクトが苦笑気味にそう呟く。
騒がしくも歩き続ける彼らの目の前に小高い丘が近づいてきた。地図によれば、その頂上に一番目のチェックポイントがある。
ひとまずはここまでです。
続きは気長にお待ちください。