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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第五話 晴れ後雨時々曇り
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晴れ後雨時々曇り4

 オリエンテーリングの初日は快晴で、気持ちのよい空が広がっていた。時刻は朝の八時前。出発点である鍛錬場には、四つのパーティーが集まっていた。もちろん、これがオリエンテーリングの全参加者、ではない。


 オリエンテーリングでは♠・♣・♦・♥の四つのチェックポイントを回ることになる。そうなると回り方は全部で24通りになるのだが、最初の一箇所目だけに限定すると当然四つしか選択肢がない。だから全てのパーティーが一度に出発すると、目指すチェックポイントが重なりついて行くだけでもそこに到達できる、ということになりかねない。


 そこで最初に回るチェックポイントがばらばらになるように四つのパーティーごとにグループを作り、一グループずつ一時間差をつけて出発することになっている。制限時間は72時間なので例えば朝の八時に出発した場合、三日後の朝八時がタイムリミットとなる。


 ちなみに、第一グループの出発時間は朝の七時であり、ルクトたちのパーティーは第二グループなので八時に出発することになる。


「いい天気になりそうでよかった。これなら今日中に二つくらい回れそうだよ」


 リーダーらしく地図を確認していたロイニクス・ハーバンが嬉しそうにそう言った。彼が持っているのはオリエンテーリングのために学園から貸し出されている地図で、カーラルヒスを中心にしておおよそ直径50キロの範囲が記載されている。かなり精密な地図で、一緒に貸し出された付録とあわせて詳細な地理情報を知ることができるようになっていた。ちなみになくした場合は罰金だとか。


「最初はどこを目指すんだっけ?」


「♣よ。それくらい覚えときなさい」


 ロイの首に腕を回してそう尋ねるソルジェート・リージンに、ルーシェ・カルキが少し冷たく答える。もっともソルは面白そうに笑うばかりで堪えた様子などないが。


 どんな順番でチェックポイントを回るかは、オリエンテーリングの一週間ほど前にくじ引きで決める。同時に地図も配布されるので、どんなルートでチェックポイントを回るのか、一週間の間にパーティー内で相談し決めておくのだ。


 ルクトたちのパーティーが回るチェックポイントの順番は♣→♥→♠→♦である。ロイが両手で広げる地図にはその四つのチェックポイントがしっかりと記載されており、♣はカーラルヒスからは南西、十二時の方向を北にすればだいたい七時くらいの方角だった。


「にしても、荷物、重いですわねぇ……」


 背負っていた大きなリュックサックをドスンと足元に下ろし、テミストクレス・バレンシアは大仰に嘆く。名家のお嬢様である彼女は、今までこういう荷物を持つことはなかったのかもしれない。ちなみにリュックサックも学園からの貸し出し品である。


「ま、迷宮(ダンジョン)みたくトロッコを押して歩くわけにはいかないからな」


 こればっかりは仕方がない、と言ってテミスをたしなめたのはイヴァン・ジーメンス。彼の言うとおり舗装などされていない道を、いやそもそも道なき道を進まなければならないオリエンテーリングでは、車輪で動くトロッコを押して歩くというわけにはいかない。使おうとすれば、石や窪みなどに車輪がとられて動かすどころではないだろう。迷宮(ダンジョン)の白い通路は舗装されたように綺麗になっているのでトロッコが使えるのだ。


「集気法の修行だと思って諦めな」


 やはりリュックサックを足元においてそう言ったのはルクト・オクス。たくさんの荷物を詰め込んだリュックサックの重さは、個人差はあるだろうがだいたい30キロ前後。普通であればこれを担いで長距離を歩くのは大変だろう。女の子であればなおのことだ。


 しかしながら、武芸者であれば話は違ってくる。集気法を使ってマナを集め、烈を練り上げて身体能力強化を施せば、自称か弱い乙女であってもこの重たいリュックサックを担いで移動することが可能になるのである。


「自称ではありませんわ!」


「じゃ他称か?」


 心外そうに叫ぶテミスにルクトがそう返すと、彼女は露骨に視線を逸らした。たとえ女性であっても迷宮(ダンジョン)でモンスター相手に戦っているハンターが、“か弱い”などと称されるわけがないのである。


「……そ、それよりもルクト! 〈プライベート・ルーム〉は使えませんの!?」


 ルクトの個人能力(パーソナル・アビリティ)〈プライベート・ルーム〉は空間を提供する能力だ。その能力は遠征において偉力を発揮するが、今回のオリエンテーリングにおいても有用である。なにしろ重い荷物は全てその中に放り込んでおけばいいのだから。


「言ったろ? 使用禁止だよ」


 しかしながら便利すぎるがゆえに、今回は学園側から使用禁止命令が出されていた。その理由は彼がソロで活動することになったそれと同じで、「ルクト・オクスは常にいるわけではないから」である。つまり武芸者としての能力を育成する以上、ルクト・オクスという一個人に頼り切って何かをする、というのは容認できないのだ。いつ彼がいなくなってしまうか、それは分からないのだから。


 ちなみに今回のオリエンテーリング、もしルクトがソロで参加していれば〈プライベート・ルーム〉は使用しても大丈夫だった。ルクトにしてみればそれは自分の能力であり、いつでも使用可能なものだからだ。まあどちらにせよテミスが重い荷物を背負って歩かなければいけないことに変わりはないが。


「もう! 使えませんわね!」


「おいおい」


 理不尽とも思える癇癪を起こすテミスに、ルクトは呆れた顔を向けた。もっともテミスとて本気で癇癪を起こしているわけではない。気恥ずかしさを隠すために、起こしたように見せているだけだ。


「よ~し、時間だな。出発していいぞ」


 時間を確認していた教師から許可が出ると、鍛錬場で待っていた学生たちは「うぃ~っす」と気の抜けた返事を口々に返す。そしてそれぞれ重いリュックサックを担ぐと、パーティーごとに固まって歩き始める。出発を前に長々とさして中身のない話をしたり、改めて注意事項を確認したり、ということはない。必要なことは事前に全て済ませてあるし、教師たちも一時間ごとに同じ話をするのは面倒なのだろう。


「じゃ、僕たちも行こうか?」


 リーダーであるロイがそう声をかけると、他の五人は皆一様に頷き重いリュックサックを背負った。さらにそれぞれ自分の得物も持っていかなければならない。迷宮(ダンジョン)にモンスターが出るように、都市の外は魔獣や野獣が跋扈する世界なのである。


 そういう意味では、都市とベースキャンプは似ているといえるだろう。どちらも外敵がいる環境の中で、人力によって作り上げられた安全圏である。ということは、やはりこの世界は人にとって危険な領域のほうが多いのだ。


 まあ、それはそれとして。


(テミスにはああ言ったが、やっぱり重いな……)


 肩にのしかかる重量は、やはりどうにもなれない。迷宮(ダンジョン)に潜るときは、多くの場合トロッコを使うからこうしてリュックサックを担ぐことは滅多にない。ましてやルクトの場合、荷物はいつも〈プライベート・ルーム〉の中である。テミスとはまた違う意味で、彼がこうして重い荷物を持つことはなかなかない。


(ソロでやればよかったかな……)


 苦笑気味にそんなことを考える。パーティーで参加しているからこそ〈プライベート・ルーム〉は使用禁止だが、逆に言うならばソロならば使いたい放題だった。


(ま、別にいいけど)


 ソロであれば〈プライベート・ルーム〉使い放題。それは初めから分かっていたことである。それでもルクトはパーティーに加わることを選んだ。オリエンテーリングの単位をとることだけを考えれば、ソロで〈プライベート・ルーム〉を使ったほうが効率は良かったかもしれない。それに、そもそもこの単位は必須ではないのだ。ならば少しぐらい趣味と願望を優先したっていいではないか。


 ルクトたち六人も、ほかのパーティーと同様に歩き始めた。歩いているうちに、自然とそれぞれの立ち位置が決まってくる。そのポジションを確認すると、ルクトはふと懐かしい気分になった。彼がいるその位置は、ルクトがかつてこのパーティーにいた頃に立っていたその場所だったのだ。


(まだ、オレの場所が残ってたんだな……)


 そう思うと、ほんの少しだけ目頭が熱くなった。そう、ほんの少しだけ。



▽▲▽▲▽▲▽



「それはつまり、その子たちはみんな君に気があるんじゃないのかな?」


「はあ!?」


 初夏の日差しが木の葉によって適度にさえぎられゆらゆらと揺れている。木漏れ日が差す木々の間を重いリュックサックを背負って歩いていたルクトは、素っ頓狂な声を上げて思わず足を止めた。


 空を見上げれば、日が随分と高くなっている。時間で言えば、十時を少し過ぎたくらいだ。涼しかった朝に比べ気温も随分と上がっているが、周りの木の葉が日差しを適度に遮ってくれ、そのおかげでここはそれほど暑くはない。


 ルクトら六人は、今は一つ目のチェックポイントを目指して歩を進めている。先ほどロイが地図とコンパスで方向を確認し、その上で適当な目印を決めて歩いているのだ。ロイ曰く、「サボれるところはサボる」。


 ロイもそうだが、ルクト、テミス、ソル、とこのパーティーには留学生が四人もいる。カーラルヒス出身なのはルーシェとイヴァンだけだ。


 留学生は、当たり前の話だがカーラルヒスの外からやってくる。個人にしろ集団にしろ、旅をしてやってくるのだ。そのため得意不得意はあれど、彼らは最低限地図の読み方とコンパスの使い方は覚えてやってくる。


 そんな人材が四人もいるパーティーなのだ。たとえばカーラルヒス出身の学生たちだけで固められたパーティーに比べれば、彼らがこのオリエンテーリングから感じる難易度は低い。そしてその分、余裕があった。


 余裕があれば、口が開く。というより、歩きながらできることといえばおしゃべりくらいしかない。そのおしゃべりの中で、ルクトがオリエンテーリングに参加するのに複数のパーティーから誘われたこと、そして誘いに来たのがほとんど女の子だったことを話したのだ。


「いやいやいやいや! パーティーに誘ったから気があるって、飛躍しすぎでしょ!?」


 少し早歩きになってもとのポジションに収まりなおし、ルクトはロイの意見を全力で否定した。しかし次にあがったのは、ルクトではなくロイへの同意だった。


「そうかぁ? オレはアリだと思うぜ、その線」


 そう言ったのはソルだ。彼の浮かべるニヤニヤとした笑みはいつもどおりだが、ルクトはそれにいつもの人懐っこさではなく、少々邪悪なものを感じずにはいられない。早い話、遊ばれていると直感した。


「気になっている彼はしかしソロ。お近づきになるチャンスはそうそうない。そんなところにこのオリエンテーリングだ。一気に距離を縮めてその後は……」


 グヘヘ、と芝居がかった仕草でソルが下品な笑い声を出す。他のメンバーは慣れたものでこの程度の小芝居には何も言わないが、一人ルーシェだけが最初の頃からそうであったように眉をひそめていた。


「いいねぇいいねぇルクト君! 青春してるねぇ!!」


「お前のほうがよっぽど青春してるだろうが……」


 なにがそんなに可笑しいのか腹を抱えて一人爆笑するソルに、ルクトは呆れ混じりの疲れた声を返す。自称色男で、そして実際にモテるソルは、「色気より食い気」なルクトなどよりはるかに青春を謳歌しまくっている。そのせいで本命たるルーシェには振られっぱなしなのだが、改める気は現状なさそうである。


「……それに、やっぱりおかしいだろ。何も知らないに等しい相手に、その、好意を持つなんて」


 ルクトの言葉は歯切れが悪い。他人の色恋沙汰であれば彼もはやし立てるくらいには楽しめるが、自分がその立場になるとそこまでの余裕はないらしい。


「そんなことはありませんわ。一目惚れから始まる恋もありますわ」


 わたくしがそうですし、と胸を張って惚気たのはテミスだ。テミスは人並みに乙女だが、彼女が求愛しているのは同性であるルーシェである。


「お前は一目惚れじゃないだろう」


「あら、バレてしまいましたか」


 ルクトの指摘に、テミスはあっさりと前言を撤回する。パーティーを組み始めた頃のテミスは自分のことで精一杯という感じで、とてもではないが色恋沙汰に現を抜かしているだけの余裕はなかった。〈プライベート・ルーム〉を駆使して効率最優先で迷宮(ダンジョン)攻略を進めようとする彼女を、ルーシェがひっぱたいて叱り付け、さらにその後諸々あって現在に至っている。


「……というかルーシェ、静かだな。ってそうか、お前の場合この手の話題に口出しすると自分のほうに飛び火するから……」


「……分かっているなら私に振らないで」


 少々げんなりした口調でルーシェが返す。彼女くらいの年頃ならば他人の恋バナは大好物だろうが、自分に被害が来る場合はその限りではないらしい。「参加したくありません」と露骨に態度で示すルーシェに、しかしテミスはお構いなしに抱きついた。


「大丈夫ですわ! 今ならわたくし、ルーシェに一目惚れできますわ!」


「いや、“今なら”の時点でおかしいから! というか同性に惚れるなぁ!」


 律儀にツッコむルーシェ。そうやって反応するからテミスが喜ぶのだ、と本人以外はちゃんと理解している。


 抱きつくな離れろ自分の足で立て、とルーシェはじたばた暴れるがテミスはその抵抗をものともせずに抱きついたままだ。その上、今は二人とも重たいリュックサックを背負っている。そんな状態で暴れればどうなるか。


「あ!?」


「あら?」


 ついにバランスを崩し倒れる二人。いくら集気法を使って身体能力強化を施していても、どうやら堪えることはできなかったらしい。それでも抱きついたままのテミスは、さすがというべきか否か。


「……女三人寄れば姦しいというが、二人でも十分に賑やかだな」


「まったくだね」


 イヴァンの感想にロイが同意してまとめに入る。男連中もなれたものである。


「ちょっと! 勝手にまとめないで助けなさいよ!」


 テミスに抱きつかれて起き上がれずにいるルーシェが叫ぶ。さすがにこのままにしておくわけにもいかないので、リーダーであるロイが「はいはい、どうどう」とじゃじゃ馬をあやすようにしてテミスを引き剥がす。


「ほらよ」


 テミスが離れたところを見計らいソルがルーシェに手を差し出した。自称色男はこういう点数を稼ぐチャンスを見逃さないのである。


「……ありがと」


 しぶしぶ、という顔でルーシェがその手を取る。どうやら彼女の中でソルの評価がちょっとだけ上がったようだ。


「イヴァンとルクトも覚えとけよ。こういうさり気ない気遣いに女の子はグッと来るもんなんだぜ?」


 ルーシェの手を握ったまま、ソルが得意げな顔でのたまう。言われた二人は適当に流すが、流せない人が一人いた。


「うっさい!」


 手を振り払い顔を真っ赤にして叫ぶルーシェ。さらにそれで収まりが付かなかったのか、彼女はソルの右足の膝関節に鋭い蹴りを叩き込んだ。


「へ?」


 間抜けな声を上げる間もあればこそ。たちまちソルはリュックサックの重みに潰されるようにして崩れ落ちた。


「ふん!」


 腕を組み“プイッ”と顔をそむけるルーシェ。どうやら彼女の中でソルの評価は大暴落したようだ。まあ、いつものことである。


「なんで僕は覚えとかなくていいんだい?」


「い、いやお前は腹黒だからな。こんな真っ当な手段は使わないかと思ってな」


 手を貸してくれるメンバーがいないため自力で起き上がるソル。ロイがその「優しげな好青年」という外面とは裏腹に腹黒であることは、パーティー内では常識である。


「ひどいなぁ、僕が何をしたって言うのさ?」


 心外そうに嘆くロイ。しかし他のメンバーには心当たりが山ほどある。


「この前、武器屋でかなり値切ってたよな」


「先輩のこと脅してなかったっけ?」


「学園のドロップ買取り係、貴方の対応をした後はいつも涙目よ?」


「ゼファー爺さんともやりあったよな、お前」


「廊下ですれ違った後輩が最敬礼していましたわ……」


 前科、少なくとも五件。叩けばさらにホコリが出てくるであろう。


「ひどいなぁ、みんなただの交渉だよ。オネガイしただけ」


「「「「「嘘付け!」」」」」


 五人の声が綺麗に重なった。しかしロイの鉄面皮を貫けた様子はない。


「それより何の話をしていたんだっけ?」


 ロイが露骨に話題をそらす。


「ルクトがたくさんの女の子から告白されたって話だな」


「バカ蒸し返すな! ていうか告白されてないし!」


 そんなわけで。閑話休題。



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