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学園祭

おかげさまでお気に入り登録件数が2100件を突破いたしました!


今後も「403 シングル・ルーム」を生温かく見守ってください!

 都市国家連盟アーベンシュタット、というものがある。つまり複数の都市国家が加盟する同盟組織だ。その設立目的や種々の働きはさておくとしても、つまりこの世界には都市国家間に何かしらのつながりがあるということだ。


 しかしながらそのつながりは決して強いものではない。都市国家というのは基本的に自給自足が可能な単位であり、他所の都市に頼らなければ立ち行かないようでは、そもそも〈都市国家〉として成立し得ないのである。


 つまり自給自足が可能であるために、他の都市とつながっておく必然性が弱いのである。また逆に、他の都市とのつながりを強められないために自給自足することを求められる、とも言えるかもしれない。


 まあそれはそれでいいとして。つまりなにが言いたいのかといえば、この世界において都市国家間における人とモノの行き来はそう盛んではない、ということだ。そしてそれはカーラルヒスのノートルベル学園に来る留学生たちにも同じことが言える。


 ノートルベル学園は二学期制であり、前期と後期の間には長期休暇が設けられている。長期休暇の期間は八月と九月の二ヶ月間であり、その休みを利用して故郷に帰省する留学生もいる。


 実は、学園を設立するにあたって、「長期休暇は十二月と一月に」という意見も出ていたという。その理由は「新年を故郷で家族と迎えられるようにするため」であった。


 確かに新年を迎えるというのは一年の中でも特に大きな行事だ。それぞれの都市国家においても神事や祭りが行われると聞く。


 しかしながらこの案は結局却下となった。なぜなら、冬の旅は危険だからだ。特にカーラルヒスの周辺では雪が降りそして積もる。当然、気温が氷点下を下回ることも珍しくはない。そのような中を徒歩にしろ馬車にしろ何日もかけて移動することには大変な危険が付きまとう、ということは誰でもすぐに思いつくことだ。


 そのようなわけでノートルベル学園の長期休暇は八月と九月の二ヶ月間になった。ただカーラルヒスにおいても新年を迎えるのは一大イベントであり、その時期は何かと忙しい。そこで年の変わり目を真ん中にして、前後あわせて十日ほどが冬休みとして設定されている。


 そしてその冬休みの期間中、一月二日から三日間行われるのがノートルベル学園の〈学園祭〉である。


 もともとノートルベル学園には〈学園祭〉と呼ばれる行事はなかった。故郷にかえるでもなく、またカーラルヒスで何かすることがあるわけでもない、そんな暇をもてあました留学生たちが企画したお祭りが学園祭の最初であったといわれている。


 最初はそう大掛かりなものではなかった。それぞれの都市の伝統料理などを持ち寄り、それを肴にして飲み会を開いたのが雛形だ。それが学園の長い歴史のなかでいつの間にやら全学を巻き込んで行われるようになったのが、現在の学園祭である。


 だからノートルベル学園の学園祭において、すべての学生はなにか出し物をしなければならない、ということは決してない。しかしながら学園祭が定着するにつれて、そこは一種の発表の場として見なされるようになった。つまり各学科の一年の研究の成果やサークル活動などでの練習の成果をそこで発表するのである。


 明確な目標がある、というのはいいことだ。研究にしろ練習にしろ力が入るし、高いモチベーションを維持することができる。そうであればこそ、それを発表する場である学園祭が盛り上がらないわけがない。


 また、ただでさえ学生というのはエネルギーの塊だ。「馬鹿と無茶をやるのは学生の特権」などとほざく輩もいるが、つまり馬鹿と無茶をやるだけのエネルギーを持っているのだ。そして学園祭という格好の場があるのに、そのエネルギーがそこへ向かわないわけがない。


 意気込みと若き情熱と汗と血潮とその他諸々が爆発、もとい暴走するイベント。それがノートルベル学園の学園祭である。



▽▲▽▲▽▲▽



 ノートルベル学園祭の“華”や“目玉”というのは決して一つではない。


 例えば研究室で試作された魔道具。


 例えばサークルが用意してきた演劇や演奏会。


 例えばトーナメント方式の武術大会。


 なかには似通ったものも多いが、とにかく多種多様でともすれば雑多とすら思える数の出し物が学園祭では催される。


 そのなかでも特に、いやダントツで数の多いモノが在る。すなわち「模擬店」、あるいは「出店」・「露店」・「屋台」といわれるもので、ようは軽食を扱った店である。


 その賑わいたるや凄まじい。学園祭の期間中、それらの店では一日で一万食が振舞われるとも言われている。いくら軽食とはいえ異常な数といえるだろう。


 さて基本的なこととして、料理を振舞うためには作らなければならない。そして料理を作るためには材料が必要である。


 一日当り一万食ともなれば、その材料もまた膨大になることは想像に難くない。しかし学園にそれだけ大量の食材を保管しておく場所はない。それらの食材はあらかじめ注文されて学園側が借り上げた倉庫に保管されているのだが、その倉庫というのが学園から少しはなれたところにあるのだ。


 その“少し”というのが、ネックである。距離的には徒歩十五分、往復三十分と言ったところか。常時であれば「少々面倒くさい」と感じる程度の距離であろう。しかしながら学園祭の期間中は“常時”ではない。


 見渡す限りの人、人、人。その混雑具合たるや尋常ではない。そのような混雑した中、倉庫まで必要な食材を補充しに行くのは「少々面倒くさい」程度ではすまない。その上多量の荷物を運ぶのであれば人力だけでは不可能で、馬車を使うことが必要になる。


 混雑している中、図体のでかい馬車を使う。はっきり言って迷惑なことこの上ないだろう。とはいえそれ以外に方法もないため、去年までは迷惑なことを承知の上で馬車を使い、食材を取りに行っていた。


 そう、去年までは。


「いくら適任だからって、たった二人に丸投げってどーよ」


 学園祭の喧騒とは無縁の寂しい倉庫の中で、保管されていた食材を〈プライベート・ルーム〉に運び込みながらルクト・オクスはそうぼやいた。


「お前がもう何人かに声を掛ければよかっただけのことじゃないのか?」


 少々冷めた声でそう応じたのは、ルクトの元パーティーメンバーであるイヴァン・ジーメンスだった。彼もまたルクトと同じようにせっせと食材を〈プライベート・ルーム〉のなかに運び込んでいる。


 食材の運搬とは、つまり荷物の運搬である。毎年そのことで頭を悩ませていた学園と模擬店を出店する学生達であったが、今年は天啓の如くその悩みを一挙に解決するアイディアを閃いたのだ。すなわち「〈プライベート・ルーム〉の活用」である。


 思えばこれほど荷物の運搬に適した能力はないであろう。大量の荷物を個人で運ぶことができ、しかも運ぶ際に大掛かりな輸送手段を必要としない。おまけに運搬専門の人手を確保できれば、殺人的に忙しい作業中に食材補給のために人手を割くことをせずに済む。これを使わない手はないであろう。


 こうしてルクトの意志とは関係のないところで彼の学園祭裏方への投入が決定された。知らぬ間に外堀と内堀を埋められ、トドメに「バイト代出すよ?」と耳元で囁かれたルクトはあっけなく陥落。今現在こうして愚痴りながらも肉体労働に勤しんでいる、というわけである。


「だって他の連中『やらない』って言うし……」


 姦計に嵌められた(最後はほとんど自業自得だが)ルクトは巻き添え、もとい協力者を求めた。なにしろ一日当り一万食分といえば膨大な量である。いかに〈プライベート・ルーム〉があるとは言え、それを一人で運ぶのはどう考えても無理があった。


 ルクトが真っ先に目をつけた、もとい声を掛けたのはかつて一緒にパーティーを組んでいたメンバーたちである。しかしながら結果は決して思わしいものではなかった。


「テミスは『ルーシェを誘って学園祭を回る』っていうし、その流れでルーシェももちろんダメ。あぶれたソルは懲りもせずに『他の女の子を誘う』っていうし……」


 そういう軟派な事をしとるから真面目なルーシェとうまくいかんのだ、というのがルクトたち一同の共通見解である。もっとも、ソルに身の振り方を改めるつもりは毛頭なさそうだが。


「ルーシェが『手伝おうか?』って言ったときのテミスの形相はすごかったな」


「ああ、殺されるかと思った」


 ルーシェは単純に二人のことを心配してそう言ってくれたのだろうが、テミスの反応はすごかった。「外法使ってんじゃないのか」と思わせるほどの烈を垂れ流しにし、モンスターでさえ逃げ出しそうな威圧感を撒き散らしながら、しかしそれでも顔は笑顔のままルクトに迫り、いっそ穏やかな声でこう囁いたのである。


『……潰しますわよ?』


 何を!? と聞き返さなかったのは英断であろう。あの時その場にいた男連中はこう思ったものである。「あの目はマジだった」と。


 ちなみにロイは別の予定があるとかで辞退。結局ルクトの「バイト代出るよ?」の甘言に惑わされたイヴァンだけがとっ捕まった、という次第である。


「ウチのメンバーだけじゃなくて、他にも声を掛ければよかったじゃないか」


 お前が面倒見ている一年とか、とイヴァンが不満そうな声を出す。寒いなか黙々と重労働をするのはなかなか大変である。その他大勢が学園祭で遊んでいる最中と思うとなおのことやってられない。


「そういうお前だって誰も見つけてこなかったじゃないか」


「『人数増やすと一人当たりのバイト代が減る』って言ったの誰だよ」


 ちなみに双方である。


 なんだかんだ言いつつもルクトとイヴァンはテキパキと食材を〈プライベート・ルーム〉の中に収納していく。マナの密度が低いとは言え、集気法を使って身体能力を強化してありその動きはよどみがない。


「ああ……、闘術って便利……」


 しみじみ呟く。むしろ便利すぎるせいでいいように使われているようなきもするが、そこはあえて無視する。悲しくなるから。


 さて頼まれた食材を〈プライベート・ルーム〉に運び入れ終えた二人は、休むまもなく学園に直行した。言うまでもなく烈による強化は維持している。ただ、通りには人が溢れているので武芸者のスピードで駆け抜けることはできない。


 そんな人でごった返した通りの様子をルクトとイヴァンの二人はそろって気だるげに眺め、やはりそろってため息をついてから視線を交わしあいお互いに頷いた。集気法を使って念入りに烈を練り上げ、そしてその場からジャンプして飛んだ。


 もし武芸者でもなんでもない一般人がこの二人の様子を見ていたとしたら、消えたと勘違いして我が目を疑ったかもしれない。なにしろジャンプした二人はそのまま下には降りてこなかったのだから。


 倉庫の屋根の上に降り立ったルクトとイヴァンの二人は、そのまま屋根伝いに学園のほうへと向かう。時折、屋根と屋根の間の谷間(つまり普通の道路のことだが)が行く手を阻むが、強化された武芸者の身体能力はそれをものともしない。軽やかに、そして大きく跳躍して二人は障害を乗り越えていく。


屋根の上、ベランダの手すり、街灯の天辺。多少足場を選びながらも二人は基本的に一直線に進む。効率だけ考えれば、曲がりくねった街路をいくよりもよほど速い。マナの濃度が薄いため頻繁に烈を練り直さなければならないが、それでも一瞬以上足を止めることなく二人は学園へと向かう。


 普通であれば、武芸者がこんなふうに移動することはしない。いや、可能か不可能かを問われれば、現に二人の学生武芸者がやっているように可能ではあるし効率的だ。しかし自分の家の屋根の上をまったくの他人が我が物顔で走っていれば、多くの人は不快げに顔をしかめるであろう。それに常識的に考えて「屋根の上を移動する」というのはいかにも非常識だ。


 しかしながら今は“非常事態”である。“非常”とはつまり“常”ではないことを意味し、一年に一度しかない学園祭のこの時期は間違いなく“非常”である、はずだ。


 そんな苦しい言い訳を心の中で並べながらも足を止めることはなく、二人は学園に到着した。所要時間は五分もかかってはいない。


 二人はそのまま食材を配達すべく歩き始める。まず向かう先は最も近い「第一学生食堂」。学園祭における“戦場”の真っ只中である。



▽▲▽▲▽▲▽



 作業をするには、それに適した場所というものがある。では料理をするのに適した場所とはどこだろうか。それは言うまでもなく「厨房」である。


 ノートルベル学園には学生の腹を満たすための学食が三つあり、さらに留学生が寝泊りしている学生寮の幾つかにも食堂が用意されていた。そしてそれらの場所には、当然ながら厨房が隣接している。


 これらの厨房は大きい。一戸建て住宅の台所など比べ物にならない。そしてその大きくて設備の整った厨房は、学園祭でなにかしらの食べ物を作って売ることにした学生たちにとって、まさに“楽園”か“約束の地”にも思える場所なのである。


 そのため、毎年使用場所の割り振りをめぐって“戦争”が勃発するという。今年はスイーツ研〈オペラハウス〉が激闘を制し、死屍累々の上に見事サークル旗(?)を立てたというが、まあそれはそれでいいとして。


「食材持ってきました~」


「「「「遅い!!」」」」


「叱られた!?」


 殺気立った学生たちの反応に思わずのけぞるルクトとイヴァン。第一学生食堂は完全に調理場と化していた。普段は学生たちが食事をしているテーブルも、今は魔道具のコンロなど調理道具が置かれている。ここで作ったものをそれぞれの露店や模擬店に持っていって売るのだ。露店の中にはその場で作って売っている店もあるが、そういう店で使う食材もここに集積され、それぞれが必要な分だけ持っていくことになっている。


 レストラン風の営業をしている学食もあるのだが、第一学生食堂ではお客さんをいれることはなく、食堂全体が調理場となっている。客の目がないのをいいことにここの空気は随分と騒がしくて慌しい。


「小麦粉! 小麦粉がないんだよ!!」


「卵速く出して!」


「肉! 肉がなきゃ話にならん!」


 バター、塩、油、砂糖。次から次へと食材を求める声が上がる。身体能力で言えばむしろ圧倒的に勝っているはずの武芸者二人は、しかしそれらの声に急きたてられるように慌てて〈プライベート・ルーム〉から食材を取り出す。だがそこでもまた「遅い!」とブーイングの嵐。結局、最後は手伝ってもらい“バケツリレー”方式で運び出して積み上げていく。


 調理を担当している学生たちは目当ての食材を手に入れると、すぐさま割り振られた調理場に戻って作業を開始する。礼の一つもありはしない。むしろ食材を補給し終えたら邪魔だからさっさと失せろといった感じの扱いである。


 役割の終わったルクトとイヴァンのことなど完全に無視して(それぐらい集中していて一生懸命でかつ必死というだけのことなのだが)、第一学生食堂はさながら戦場のような慌しさと緊迫感に包まれていく。二人は端っこで見ていることしかできない。


「これは……、すごいな」


「ああ、ここまで……、なんというか……、壮絶だとは」


 忙しい忙しいとは聞いていたが、実際に見るのはこれが初めてである。呆れるやら圧倒されるやらで、早い話二人ともその場の雰囲気に飲まれていた。場違いなところにいるのがありありと伝わってきてなんともいたたまれない。その上、かわいらしい女子学生に「邪魔!」と押しのけられれば心も折れる。


「……次行こ、次」


「……ああ、そうしよう」


 幸いにしてまだ食材を補給すべき場所は残っている。それを言い訳にしてルクトとイヴァンは足早に第一学生食堂を離れるのであった。


 もっとも、他の場所も忙しさという点ではそう違いがない。第二・第三学生食堂においても同じような対応で心を折られ、ルクトとイヴァンはほうほうの体で逃げ出すのであった。


「……キツイ。これはキツイ……!」


「ああ……、こう、精神的に再起不能……」


 心をボッキボキに折られた男子学生二人は、奇跡的に空いていたベンチに力なくだべった。もっとも、疲弊しきったその姿のおよそ五割は雰囲気と配役に乗っかった演技だが。彼らも彼らなりに学園祭を楽しんでいるのである。


「やあ、若人二人よ。お疲れさん」


 だべる二人に声をかけたのは、つい先ほど食材を届けた第三学生食堂で調理をしていた女子学生である。その物言いや雰囲気から学年が上、つまり先輩であることは何となく分かるのだが、制服を着ているわけではないので具体的に何学科の何年生であるかはわからない。髪の毛をショートカットにしていて口調もさばさばしているので全体としてボーイッシュな雰囲気だが、身につけたシンプルなエプロンが女性的な暖かさをかもし出している。


「これ、ウチで作ったターキーサンドなんだけど、売り物にならないから良かったら食べて」


 そう言ってエプロン姿の女子学生は紙袋を二つ取り出して二人に渡した。受け取ってみると結構重い。遅めの昼食として十分な量が入っているようだ。


 二人は礼を言って紙袋を受け取り、中身を頬張る。売り物にならないと言っていたが、味は文句なしに美味しい。


「いや~、君らのおかげで随分助かったよ」


 毎年食材の補充が遅くってさ、厨房がピリピリしちゃうんだよね~、とエプロン姿の先輩は苦笑気味に語る。


「今年は補充が早くて助かったよ」


「『遅い!』って文句言われましたけど……」


「そりゃあ、ベストタイミングってわけじゃなかったけど、例年に比べれば断然早いよ」


 アタシがこうして抜け出して来れるくらいには余裕ができたしね、と先輩は人懐っこい猫のような笑みを浮かべた。


「センパイ、早く戻ってください! 人手が!!」


 後輩らしい女子学生がかなり切羽詰った表情で声を上げ、そしてすぐに顔を引っ込めた。余裕がないことがありありと分かる一コマだ。


「あいよ、今戻る!」


 呼ばれた女子学生はすでに姿の見えなくなった後輩に大きな声を返し、それから「やれやれ」といわんばかりに苦笑を浮かべた。


「来年からはあの子らだけで回さなきゃいけないってのにねぇ……」


 アタシがいるうちにシゴいときますか、と少々不穏な声で呟くエプロン姿の女子学生。武芸者ですらない彼女のその雰囲気に、しかしルクトとイヴァンはなぜか薄ら寒いものを感じた。


「じゃ、アタシはもう行くから。明日もよろしくね」


「あ、はい。ご馳走様でした」


「仕事頑張ってください」


 小走りで厨房に戻っていく女子学生を、ルクトとイヴァンは二人揃って見送る。


「……姉御、とか呼ばれてそうな人だな」


「うんまあ、お姉様、とは呼ばれないだろうな」


 そんな無駄口を叩きながら。そして昼食分の代金が浮いたことを喜びながら。



▽▲▽▲▽▲▽



 差し入れてもらったターキーサンドを食べ終えたルクトとイヴァンの二人は、少しばかり学園祭を見て回ることにした。今日はもう一回それぞれの厨房に食材を補充する予定なのだが、その予定まで少々空き時間ができたのだ。


 さてどこに行こうかと相談するが、二人ともこれといって見たい出し物もない。そうなると二人の足は自然と武術科棟に向かった。


 武術科棟に近づくと、鍛錬場の方から歓声が聞こえてきた。そういえばトーナメント方式の武術大会をやっていたはずだ、とルクトは思い出す。日程としては学園祭の期間中は毎日やっており、最終日の決勝戦は結構な盛り上がりを見せる。


 ルクトとイヴァンは何か目的があって武術科棟を目指していたわけではない。自然と二人の足は賑わいを見せる鍛錬場のほうに向かった。


 一歩進むたびに耳に届く歓声が大きくなっていく。息を吐けば白くなるような寒空の下、しかし鍛錬場は熱気に満ちていた。鍛錬場の周りには観客席も組まれていて、満員ではないにしろそれなりの観客が入っている。鍛錬場の真ん中に視線を向けると、見知った二人がまさに戦っている最中だ。


「レガロ先輩とルード先輩か……」


 戦いながら何か話しているようだが、歓声にまぎれてしまって聞こえない。特に興味がある訳ではなかったが、ルクトはなんとなく集気法を使って聴力を強化し二人の会話を拾った。


「……相変わらず、厄介な、盾だ!」


「僕としては、君の、個人能力(パーソナル・アビリティ)のほうが、よほど、厄介だよ! 反射、しきれない!」


 深紅の、薔薇の花弁に似た無数の刃〈ブラッティ・ローズ〉を剣に纏わせて振るうヴィレッタ。その攻撃をアーカインは青い盾〈反射する空色の盾リフレクション・ブルー〉で防ぐ。「反射しきれない」という言葉からすれば、個人能力(パーソナル・アビリティ)の相性は悪いのかもしれない。ただ、ヴィレッタのほうもアーカインの防御を崩せていない。


「攻撃がいつもより雑だぞ! どうした!?」


「ストレス発散、だ! ギルドに入っていないお前に、あの修羅場は想像もできまい!」


 嬉々としてアーカインを攻め立てるヴィレッタ。ナニカから開放されたかのように爛々と目を輝かせるヴィレッタにアーカインのほうは若干引き気味だ。それでも戦いの趨勢をわたすことなく攻撃をしのいでいるのは流石だ。


「どっちが勝つと思う?」


「さあ? 見た感じ実力差はなさそうだし……。でもこの先勝ち進んで有利なのはルード先輩かな」


 イヴァンの問いかけにルクトはそう答えた。短期間のうちに何度も戦うような場合は、防御に秀でているほうが有利。そんなセオリーを前にどこかで聴いたことがある。そのセオリーにのっとれば〈反射する空色の盾リフレクション・ブルー〉を持つアーカインのほうが有利、といえるはずだ。


「お~い、ルクト、イヴァン!」


 名前を呼ばれて声のした方を向くと、仮設の屋台に腰掛けたロイがいた。どうやら彼の用事とはこれのことだったらしい。どうやら武術大会を対象とした賭博の窓口係りをやっているらしい。


「一口100シク。お二人さんもどう?」


 この試合は無理だけど次の試合からならまだ間に合うよ、とロイは二人を誘った。この賭博のシステムとしては、券を買い対戦する二人の名前を書いて勝つと思うほうに丸をつけ、係員(今であればロイ)から判子を押してもらい、見事予想が当たれば150シクで販売している飲み物と交換してもらえる、というものだ。ちなみにこの飲み物は100シクで販売しても原価割れはしないそうだ。つまりどっちに転んでも儲かる。えげつないことである。


 学園で賭博ってどうなのよ、と思わなくもないが公式にやらなければ裏で誰かがやるだけだ。多額の金が動いて問題になるくらいなら、いっそのこと公認して制御したほうがいい。そういうことなのだろう。


「止めとくよ。賭け事ははまると怖い」


「同じく」


 ルクトとイヴァンの答えにロイは肩をすくめて引き下がる。三人はそれ以上なにか話をするわけでもなく、彼らの視線は自然と鍛錬場の真ん中で戦うヴィレッタとアーカインのほうに向いた。


 基本的にヴィレッタが攻め、アーカインは防ぐ。ただ、アーカインもやられっぱなしではなく、隙を見つけては鋭い反撃をはさんでいる。


 迷宮(ダンジョン)の外はマナの濃度が薄いため、身体能力が強化されているとはいえ二人の動きは決して本調子ではない。しかしそれでも一般人にとっては間近で見る武芸者の戦いは十分な迫力だ。それにヴィレッタの個人能力(パーソナル・アビリティ)である〈ブラッティ・ローズ〉は見た目にも派手で、観客は興奮した様子で歓声を飛ばしている。


 興奮した会場の中、しかし冷静に試合を見据える観客もちらほらと見受けられる。彼らはいわゆる〈スカウト〉だ。ギルドにとって将来有望な若手の確保は極めて重要であり、この武術大会は学生たちの実際の戦いぶりを観察できるまたとない機会なのだ。ここで目をつけた学生を、卒業後に実際に誘うという例は珍しくない。


 そのことは学生たちも承知しており、就活に向けたアピールのために大会に参加する学生も多い。というよりほとんどだ。そのため武術大会に出場するのは五・六年の上級生が多く、そこに腕試しの三・四年生が混じるというのが例年の構成となっている。


「……そういえば、去年鹿の解体ショーをやった〈力渦巻く場所(ヴォルテックス)〉。今年は何やるのか、知ってるか?」


 アーカインとヴィレッタの試合から目をそらさずにルクトはそうたずねた。


「聞いたところによると、今年は豚の丸焼きをやるそうだよ」


 そう答えたのはロイだった。ドン引きされた去年の反省を踏まえてマイルドにしつつ、それでもワイルドさは失わずに、ということなのだろう。あらかじめ血抜きをして内蔵などを取り除いておけば、去年のようにビミョ~な空気になることもない、はずだ。


「うまそうだな。いつやるんだ?」


「明日のお昼ごろ」


 イヴァンにロイが答える。もし行くのであれば、明日の食材の配達は今日よりも早く始めなければならないだろう。


「お、決着がついたな」


 一際大きな歓声が響く。三人が見守る視線の先で審判が試合を止めていた。どうやらヴィレッタがアーカインを押し切ったらしい。勝ったヴィレッタは妙に艶やかで晴ればれとした笑顔を浮かべて歓声に応え、負けたアーカインは悔しさを滲ませつつもその様子を眺めて苦笑を浮かべている。


「……さて。そろそろ倉庫に行って、食材を〈プライベート・ルーム〉に運び入れ始めたほうがいいんじゃないのか」


 二人の試合を見届けたイヴァンは、そう言ってルクトに時間を確認するよう促す。ルクトが懐中時計を取り出してみると、確かにそろそろ動き始めたほうがいい時間である。食材を〈プライベート・ルーム〉に運び入れるだけでも、結構時間が掛かるのだ。


「あ~あ、何が悲しくて人様が遊んでいるときに労働をせにゃならんのか……」


「ぼやくな。これもバイト代のためだ」


 大げさに嘆くルクトを物欲でなだめるイヴァン。ちなみに三割ほどが演技である。


「じゃ、オレらそろそろ行くから」


「ん~、お疲れさん」


 気の抜けたロイの返事に苦笑しつつ、ルクトとイヴァンは鍛錬場を離れた。


 一月らしく雪が舞い始める。生憎の天気の中でも学園祭の盛り上がりにかげりはない。多くの人が訪れ、出店や露店は大繁盛である。そしてルクトとイヴァンはそれらの店を支えるために食材を届けなければならない。


「そんじゃまあ、きりきり働きますか」


 言葉と裏腹に、ルクトの声は存外明るい。学園祭は祭りだ。そして祭りは楽しむためにある。しかしその楽しみ方は決して一通りではないはずだ。ましてこれは学園祭。祭りを企画する学生たちも楽しまねば意味がない。ならば祭りを支える裏方が楽しめぬ道理はないだろう。


 そんな理屈をこねつつも、二人は二人なりに祭りを楽しんでいる。



▽▲▽▲▽▲▽



 ルクトが寮の自室である403号室に帰ってきたのは、夜の八時を過ぎた頃だった。あれからまた心を折られながら食材を各厨房に配り、さらにもう一度明日の朝の分として食材を届けてきたのだ。


 当たり前だが、もう日は完全に落ちていて部屋のなかは暗い。ルクトは机の上にあるランプに火をつけると、カーテンを閉めるために窓に近づいた。


「あれ? メリアージュ、来てたんだ」


 カーテンに手をかけたところで、ルクトは窓の外に客人を見つけた。〈闇〉を固めて鳥の形にした何か。メリアージュが毎月の取立てのために使う“黒い鳥”である。


「ごめんごめん。随分待たせた?」


 ルクトは慌てて窓を開け、その“黒い鳥”を部屋の中に招き入れる。メリアージュがこうして彼の元を尋ねるのはいつも日が高くて明るい時間だ。今日もそういう時間に来ていたのであれば、部屋に戻ってくるまで随分待たせてしまったことになる。


「なに。かまわんよ」


 メリアージュは穏やかな声で応じた。そして「学園祭を見させてもらった。なかなか面白かったぞえ」と楽しげな声で続ける。


「まあ、さすがに食べ物を頂戴するわけにはいかんかったがの」


 メリアージュの楽しげな声にルクトは苦笑をかえす。この“黒い鳥”が屋台の列に並んでいたらさぞかし珍妙であろう。その上、金貨を吐き出すようにして支払いをするのだ。もはや立派な怪奇現象(?)である。


「ヴェミスも新年の祭りをやってるんじゃないのか?」


「それはそれ。これはこれじゃよ」


 まあ楽しんでいたのならそれでいいか、とルクトは思った。“黒い鳥”が机の上に降り立ったところで、ルクトは窓とカーテンを閉めた。そしてストーブのスイッチを入れえ部屋を暖め始める。


 ちなみにこのストーブは魔道具で、これ自体は学園の備品だが燃料費は学生持ちという、苦学生にはつらい仕様になっている。もっとも燃料、つまり魔力の補充は学園側も手配してくれていて、かかる費用は一般よりも安くなっていた。さらに言えば魔力を抽出する魔石は、そのほとんどが武術科の学生が迷宮(ダンジョン)から入手してきたもので、そう考えれば自給自足しているといえなくもない、かもしれない。


「それで、調子はどうじゃ、ルクトよ」


「ぼちぼち、かな」


 いつもの問いかけに、いつものように返す。そしてメリアージュもまた「おぬしはいつも“ぼちぼち”じゃな」と、いつものように笑った。予定調和的な、二人にしてみれば挨拶のような会話だ。


「はいこれ。今月分」


 そう言ってルクトは“黒い鳥”の前に金貨の山を積み上げた。金貨は全部で35枚。つまり350万シク。一ヶ月での返済額としては、文句なしに歴代最高である。


「ほう! 随分と稼いだではないか!」


 積み上げられた35枚の金貨を前に、メリアージュが驚きの声をあげる。ただ彼女の場合、350万シクという金額そのものに驚いたわけではない。なにしろ8000万シクを常時即金で用意できる黒鉄(くろがね)屋のメリアージュ。彼女にしてみれば350万シクなど、大した金額であるはずもない。大金であることは認識しているが、驚くような額ではないのだ。


 メリアージュが驚いたのは、学生であるルクトが一ヶ月でその金額を稼いで見せたことである。


「さてさて、一体何をしたのやら?」


 面白がるようにして、メリアージュがそう尋ねる。彼女は気づいている。ルクトが真っ当な迷宮(ダンジョン)攻略をしてこの金を稼いだわけではない、という事に。


「ちょっとね。先輩たちに雇われてみたんだ」


 もともと隠す気もなかったが、そこは気分の問題として両手を上げながらルクトはそう答えた。それからパーティー外メンバーとなってアーカインたちと迷宮(ダンジョン)攻略をしたことをかいつまんで話す。


「青いのう……」


 ルクトの話を聞き終わると、メリアージュは呆れつつも面白がるような声を出した。


「先輩たちが?」


「学園側が嫌がると知りつつそれでも屁理屈をこねるおぬしも、じゃ」


 そういわれたルクトは苦笑しながら明後日の方を向いてごまかす。まあ、メリアージュが本気で追求してくればごまかせるはずもないのだが。


「しかしそれで何もなし、というわけではあるまい?」


「まあね。『もうこれっきりにしてくれ』って武術科長から頭下げられたよ」


 それを聞くと、メリアージュは「なるほどのぅ」と何か納得したように小さく呟いた。大方の事情は察したらしい。


「ところでルクトよ。楽して稼げなくなったのは残念かえ?」


 そう聞かれてルクトは改めて「どうだろうか?」と考える。アーカインたちと一緒にした遠征で、ルクトは一度もモンスターと戦うことはなかった。そういう意味では文句なしに「楽だった」と言える。


「……いや、それほど残念でもないよ。どっちにしろ、続けていたら面倒事は起きただろうから」


 仮に学園側が何もいわず、この先も同じように稼ぐことができたとして。迷宮(ダンジョン)の中は楽だとしても、迷宮(ダンジョン)の外で色々と面倒なことが起こるであろう。多額の金が動くのであればなおのことその可能性は高くなる。


「そういう面倒事にあくせくするもの嫌だしね」


「まったく。おぬしはがめついのやら淡白なのやら……」


 メリアージュが呆れたように苦笑をもらす。世の中には金のためならば厄介事や面倒事に自分から首を突っ込む人間もいる。しかしルクトは、守銭奴だがそういう人種でもないらしい。


「あれだね、後腐れなく大金を稼ぐ手段ってないもんかな?」


「それこそ、〈ハンター〉がそうではないか」


 それもそうか、とルクトは笑った。


 そんなわけで。ハンターになるべくルクト・オクスはノートルベル学園武術科に通っている。



 ――――借金残高は、あと1億4320万シク。


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