それは禁じ手にあらず11
ルクトにとっては予想通りに、アーカインたちにとっては非常識なことに、彼らはたった一度の遠征で目的を達成した。すなわちアーカインたちは見事に卒業要件を満たすために必要な、十階層以下で取れる魔石を三十個以上確保したのである。
「ありがとう、助かったよ。報酬の後金は迷宮を出たら必ず支払う」
四階層を目前にしたところでルクトはパーティーを離れ、その別れ際にアーカインは彼にそう言った。こうしてルクトはパーティー外メンバーとしての仕事を終えたのである。
しかしながら、これもまたルクトが半ば予想していた通りに、この話はこのままで終わりはしなかった。事態が動いたのはルクトがアーカインから後金の200万シクを受け取った三日後のことである。ルクトに対し、武術科長から直々に呼び出しが掛かったのである。
(気をつけたつもりでも意外と人の目は多かった、ってことか………)
そんなことを考えながら、ルクトは呼び出しに応じた。武芸科長室、と無骨に銘打たれた木製の扉を軽くノックし「三年のルクト・オクスです」と呼びかける。そうするとすぐになかから「入れ」と返事があった。
「失礼します」
そう言ってからルクトは扉を開けて中に入る。部屋の中に入ると正面には大きな執務机があり、その向こうに一人の老人が座っていた。
頭の髪の毛と伸ばした顎ひげはすべて真っ白だ。顔には歳相応のシワが刻まれている。しかし眼光はいまだに鋭く、その一点について言えば老いを感じさせることはない。ただ片目にかけたモノクルがその眼光を和らげ、全体の印象としては理知的に感じさせる。ゆったりとしたローブを身に着けているため体の線は隠れているが、それでも無駄な肉がついていないのは明らかだ。
老人の名前はゼファー・ブレイズソン。五十路を過ぎるまで第一線で活躍した元ハンターだ。引退後は武術科で後進の育成に尽力し、今では武芸科長にまで出世した。武術科の学生からは親しみを込めて「ゼファー爺さん」と呼ばれている。ルクトに対し「パーティーを組むことを禁じる」という判断を下したもの彼だ。
「……呼び出された理由はわかるかの?ルクト君」
「いえ。悪いことをした覚えはありませんので」
いけしゃあしゃあとルクトは言い放った。彼のその物言いに、しかしゼファーは怒ることなく「言いおるわい」とただ苦笑して身体を椅子の背もたれに預けた。
「五年のアーカイン・ルード君のパーティーじゃがな、今回は実技要件の認定は出さんことにした」
「ああ、やっぱりそういうことになりましたか」
ルクトは特に驚くこともなくそういった。その判断はルクトがパーティーを組むことを禁止された理由を考えれば至極妥当なものだ。
ルクトと一緒に攻略ができれば、卒業要件の達成など簡単にできてしまう。それはつまり実力の足りていない学生まで卒業できてしまうということである。そんな学生が世に出れば、ノートルベル学園武術科が長年かけて積み上げてきた信頼と実績が一気に崩れてしまう。学園側としては、決して看過できぬことであろう。
「さて、これを聞いてもまだ理由は分からぬかね?」
「ええ。パーティー外メンバーになることは禁止されていませんでしたので」
鋭い視線を向けるゼファーに対し、臆することなくルクトは言い切った。目を細めるゼファーには確かに経験と実績に裏打ちされた重厚な迫力があるが、あいにくとルクトはその手の圧力はメリアージュで散々体験済みである。
短いにらみ合いのすえ、先に目をそらしてため息をついたのはゼファーのほうだった。
「まったく。少しはこちらの都合も気にして欲しいんじゃが……」
「それを気にするのは貴方の仕事でしょう。オレが気にするのは借金の残高だけです」
「……ちなみに幾らじゃ?」
「ざっと1億4600万シク」
その額を聞いたゼファーがなんともいえない顔をした。冗談のような額だがルクトの表情と声から本当だと察したのだろう。
「……まあともかく、じゃ」
ゴホン、とわざとらしく咳払いをしてゼファーは話を元に戻した。
「武術科としては今回のようなことを容認するわけにはいかんのじゃ」
「でしょうね」
ルクトはあっさりとゼファーに同意した。カーラルヒス学園武術科のネームブランドを守るため、なにより学生に堅実な実力を身につけさせるため、〈プライベート・ルーム〉などという一種卑怯ともいえる手段を容認するわけにはいかない。「ルクト・オクスを雇えば卒業要件を達成できる」などという前例を作るわけにはいかないのである。
「では、オレは今後一切、迷宮での団体行動は禁止ですか?」
自分のことであるにもかかわらず、ルクトの口調はまるで他人事だった。実際、今回のようなことを防ぐのであればそうするしかないだろう。それにルクトはこれまで一年と数ヶ月を〈ソロ〉でやってきたのだから、そうなってもこれまでどおりあまり変わりはないとも言える。
しかしゼファーは頭を振って否定の意を示した。
「ソロでやらせておいて何をいまさらと思うかもしれんが、君に対しこれ以上制限を加えることはできん」
それが迷宮の中での行動ならばなおのことじゃ、とゼファーは苦い声でそう言った。ソロでやらせるという自分の判断に、彼自身納得し切れていない部分があることがありありと分かる声だった。
迷宮攻略における最大の危険といえば、それは言うまでもなくモンスターとの戦闘である。普通であれば、ハンターたちは人数をかけてモンスターを圧倒することでその危険を最大限減らすことができるし、実際そうしている。
しかしソロでの攻略を余儀なくされているルクトはそれができない。それはつまり戦闘における危険が他のハンターたちに比べ段違いに高いことを意味している。それも命の危険に直結するレベルで。
仮にルクトがプロのハンターであれば、その行動はすべて自己責任ということになるだろう。しかし今の彼は学生である。学生に対して責任がありその安全に最大限腐心すべき学園が、しかしその学生に対してリスクを背負わせる。武術科の存在意義にかかわる矛盾と言っていいだろう。一方でそのリスクを背負わせなくとも、同じように存在意義にかかわる矛盾を抱えることになるのだから大変である。
そんな二律背反な問題に対してゼファーが武術科長として下した決断こそが「ルクト・オクスがパーティーを組むことを禁じる」というものだったのである。嫌な言い方をすれば、大多数のために一人を切り捨てたとも言えるであろう。
ルクトとしては、そういう事情は分かるし納得もしている。なにしろ目の前の老人から懇切丁寧に直接説明されたのだから。それでもなお今回のような事件を起こしたのは、学園の事情よりも自分の借金返済を優先したからだ。先ほど宣言したとおり、彼がまず気にするのは借金の残高なのである。
まあ借金うんぬんはおいておくとしても、さらにこの上、迷宮中で他のハンターと行動することを制限すればどうなるか。万が一のときに助けを求めることも禁則対象、という考え方さえもできてしまう。それならばいっそのこと「迷宮に潜るな」と言ってやるべきであろう。それができないのであれば、特例でさっさと卒業させてしまうべきだ。なにしろ最も大切な実技要件はすでに達成しているのだから。
「……今でも君にソロでやらせることに反対している者はおる。君が実技要件を達成してからはその数も増えた」
「ではパーティー加入解禁ですか?」
「それはならん」
ゼファーが即答し、ルクトも「でしょうね」とあっさり引き下がる。このタイミングで解禁するくらいなら、そもそも禁止などしなかったであろう。
「では何の用件でオレは呼び出されたんですかね」
さらなる制限を設けるわけではなく、さりとてパーティーを組めるようにするわけでもない。では何のために呼び出したのか。
「……制限を設けるわけにはいかん。そもそもできん」
じゃからこれはワシの個人的なお願いということになる、とゼファーはそう言って椅子から立ち上がった。
「今回のようなことはこれっきりにしてもらいたい」
この通りじゃ、とゼファーはルクトに対して深々と頭を下げる。それを見てルクトは「やられた」と言わんばかりに楽しげな苦笑を浮かべた。頭ごなしに押さえつけられれば屁理屈こねて隙間をつつきたくなるが、こうも清々しく頭を下げられるとそういう気分もうせてしまう。
(それに同じような依頼は、もう来ないだろうしな……)
アーカインたちのへの措置が知れ渡れば、同じようにして実技要件を達成しようとする者はいなくなるだろう。仮に同じ方法で実技要件の達成を目指すとすれば決して人に見られないようにする必要があり、それは相当に面倒くさい。そしてそういう面倒臭いことはルクトもやりたくなかった。
(ま、300万も稼げたし、これで手打ちにするか)
そう考え、「分かりました」と返事をしようとした矢先、ゼファーが頭を上げてルクトよりも先に口を開いた。
「もしこのお願いを聞き入れてくれるのであれば、これをやろう」
そう言ってゼファーは一振りの剣を取り出した。基本的には片手用の直剣だが、柄の長さからすれば両手で持つことも十分に可能であろう。鞘に収まったままではあるが装飾は見受けられず、全体として無骨で愚直さをイメージさせる剣だった。
「これはワシが現役のころに使っておった剣でな、純ダマスカス鋼製じゃ」
つまり実戦向きの相当いい品物、と言うことだ。直接金銭を手渡すのはまずいと思ってこういうやり方にしたのであろう。ただ、ルクトのほうは少し困ったように笑った。
「オレが使っているのは太刀なんですが……」
太刀も分類としては剣の中に入るだろう。しかし直剣と太刀では求められる動きがまるで違ってくる。なによりカストレイア流は刀術であり、直剣で使えないこともないが、使いにくい技も多い。つまり直剣をもらってもルクトとしては使い道がない。
「わかっておるよ」
ゼファーは苦笑気味そう言った。それから彼はおもむろに剣を鞘から抜いて、その剣身をルクトに見せる。そこには大きな傷がついており、多少刀剣類を知っている者ならば誰でも「もう使い物にならない」と判断するであろう状態であった。
「この通りこの剣はもう使い物にならんでな。潰してインゴットにして、そこから太刀に仕立て直せばいいじゃろう」
なるほど、とルクトは思った。剣として使い物にならないとは言っても、純ダマスカス鋼製。素材と考えても十分に価値のある代物だ。
「……いいんですか?」
その直剣を受け取る前に、最後の確認としてルクトはそうたずねた。直剣を本当にもらっていいか、と言う意味ではない。今回の問題の決着として、学園側が、ゼファーが一方的に損をするような形にしていいのか、という問いかけだ。
「かまわんよ。今回の件は学園側の落ち度が大きい」
パーティーを組むことを禁止する、というのはつまり学園のシステム上での話だ。それだけならば抜け道はいくらでもある。実際、今回の件ではその抜け道をつかれた。その抜け道をあらかじめ潰しておかなかったのは学園側のミスだ。
「それに、な。事情を説明するのであれば、君だけでなく全学にするべきじゃった」
いくらルクトが諸々の事情を承知していても、彼を利用しようとする側は承知していない。そのような状況であれば、似たような問題はいずれ起きたであろう。
説明責任は学園側にあり、そして学園側はそれを怠ったのだ。それを自覚しているからこそ、学園側は多少の損失を出したとしてもどこからも文句が出ない仕方でこの問題を決着させることにしたのである。
「分かりました。今回のような手伝いはもうしないとお約束します」
なんなら一筆書きましょうか、とルクトはわりと真面目にたずねた。ダマスカス鋼はそれ自体がなかなか貴重な品物だ。それを貰うのだから、これはただの口約束ではなく契約と考えるべき。そう思ってのことだ。
「いや、かまわんよ。君は約束を守ってくれると信じておる」
大真面目にそう言い切り、ゼファーは鞘に収めた剣をルクトに差し出す。ルクトは苦笑しながらそれを受け取った。
(かなわないなぁ…………)
ルクトは胸のうちでそう呟いた。メリアージュとは別の意味でこのゼファーという老人にはかないそうにない。それでも不思議と悔しさは感じなかった。それはきっと彼がいい年の取り方をしてきたからなのだろう。
(てことはあれか、オレがかなうようになる頃にはあの爺さんはもう死んでるのか)
そんな、わりと失礼なことを考えながらルクトは武術科長室を後にした。
▽▲▽▲▽▲▽
武術科長のゼファー・ブレイズソンから呼び出しを受けた次の日、午前の講義を終えたルクトは元パーティーメンバーのイヴァンとエントランスで弁当を食べていた。ちなみにルクトがイヴァンに「奢ってくれ」と頼んだら、「むしろお前が奢れ!」と逆ギレされた。まったく怒りっぽいやつである。
二人が食べているのは同じ300シク弁当である。ルクトは余裕を見せようとして350シク弁当に手を伸ばしたのだが、背筋に冷や汗を感じるほどの精神的圧迫を覚えたため泣く泣くその手を横にスライド。いつもどおりの300シク弁当と相成った。貧乏性もここに極まれり、である。
(日替わりで中身が変わってくれて本当に良かった……)
パッとしない弁当を食べながらしみじみ思うルクト。訓練生上がりで懐に余裕のないイヴァンも、きっと同じようなことを考えているに違いない。
「……それじゃあ、もう助っ人になって雇われることはしないのか?」
ルクトから今回の件の顛末を聞いたイヴァンは確認するようにそうたずねた。
「まあね。おかげで“在学中老後安定化計画”がおじゃんだ」
「老後安定化計画って……。お前、そんなこと考えてたのか?」
大仰に嘆いて見せるルクトに対し、イヴァンはどこまでも冷ややかで呆れに満ちた視線を向ける。まあ、ルクトのいかにも「この場で思いつきました」的な計画はさておくとしても、実技要件を満たすための助っ人を続けていければそれくらいの稼ぎになるのは事実であろう。
「ま、ゼファー爺さんとも約束しちゃったし、今後は自重するさ」
肩をすくめて特に未練を感じさせることもなく、ルクトは弁当の中身を消費しながらそう答える。そのとき、話し込む二人のところに人影が一つ近づいてきた。
「失礼、一緒にいいかな?」
ルクトとイヴァンの二人にそう話しかけてきたのは、まさに今回の件の中心となったもう一人、アーカイン・ルードであった。手には未開封の弁当を持っている。
「あ、じゃあオレは……」
アーカインが来たと言うことは、話の相手は間違いなくルクトであろう。そう思ったイヴァンは気を利かせ、食べかけの弁当を持って腰を浮かした。そんな彼を、しかしアーカインは制止する。
「いや、いてくれてかまわない」
そう大した話をするわけでもないからと言って、アーカインは椅子を引いて腰掛けた。それからまずは弁当を開いて食べ始める。彼が買ってきた弁当は、なんと400シク弁当だった。
「「…………!」」
ルクトとイヴァンは二人揃って生唾飲み込みながらアーカインの弁当を凝視する。
「……やらんよ?」
アーカインの言葉に苦学生二人はガックリと崩れ落ちた。それからいかにも「不貞腐れてます」と言わんばかりの態度で300シク弁当の残りを平らげにかかる。そんな後輩二人の様子を見て、アーカインは忍び笑いを漏らすのだった。
「……今回の件だけど、僕たちの措置についてルクトは何か聞いたかい?」
「今回は実技要件の認定は出さない、とゼファー爺さんから聞きましたが……」
より正確に言うならば、「今後一ヶ月は実技要件の認定は出さない。その代わり今回集めた認定に必要な分の魔石は300万シクで買い取る」というのが、今回アーカインたちに下された措置、というか処分であった。ちなみにこの処分には続きがあって、「これを受け入れない場合は、今後一年間認定を受け付けない」となっている。
認定に必要な分の魔石は300万シクで買い取る、というのは破格を通り越してもはや法外だ。学園側としては結構痛い出費ではないだろうか。しかしそれでも、ルクトを雇った分を補充してやらなければアーカインたちに不満が残る。パーティー外メンバーのような抜け道をあらかじめ禁止しておかなかったのは学園側の不手際で、アーカインたちに明確な非があるわけではない。だからこそ損失を抱え込んででも不満の残らない処分にしたのだろう。
「……それで受け入れたんですか、その措置」
「一年粘るのも馬鹿らしいからね、300万シクで買い取ってもらったよ」
イヴァンの問いかけにアーカインは気負いを感じさせない声でそう答えた。しかしそうなると今後一ヶ月は実技要件の認定を受けられないことになる。
「それじゃあ〈エリート〉になるのは……」
今はすでに十二月の半ば過ぎ。認定を受けられるようになるのは一ヵ月後の一月の半ば過ぎからだ。
「年内の達成は不可能、ってことだね」
五年生の年が変わる前に実技要件を達成した者を特に〈エリート〉と呼ぶ。年内の達成が不可能ということは、アーカインたちはもはやどうあがいても〈エリート〉にはなれないということだ。
「まあ、ズルしたんだ。これくらいのペナルティーは仕方ないさ」
悲壮さを感じさせない軽い調子でアーカインはそう言った。何となくだが、憑き物が落ちたような顔をしているとルクトは思った。
「……少し、話を聞いてもらってもいいかな?」
「……どうぞ」
ありがとう、と言ってからアーカインは話し始めた。
「僕の出身都市は〈アルネビア〉と言うのだけれど、父がそこの名門の当主でね。僕はいわゆる妾の子、なんだ」
ルクトとイヴァンは黙ってアーカインの話を聞いていた。ルクトは親に捨てられたし、イヴァンは孤児だ。二人とも普通の家族とは程遠い環境で育った。まして名家名門のお家事情など完全な埒外である。
「母がはやり病で死んでからは、父のほうに引き取られたんだけどね。そこはやっぱり妾の子。本妻にも子供はいたし、あまりいい目では見られなかった」
そのせいか家の中にはあまり居場所がなくてね、とアーカインは続けた。
「逃げるようにしてカーラルヒスに留学に来た、という次第さ」
自嘲気味に笑ってアーカインはそう言った。それから、「それでも」と言葉をさらに続ける。
「それでも、カーラルヒスに来てからは楽しかった」
故郷でのしがらみから解放されて、一留学生として学ぶことができた。気の合う仲間も見つかり、彼らと迷宮を攻略していくのは本当に楽しかった。
「……だけど卒業が近くなるにつれて、置いて来たはずのものに追いつかれた」
それはきっと、卒業後の進路のことを言っているのだろう。留学生であるならば、卒業後は故郷に帰るのが普通である。親にしてみれば、わざわざ子供を留学に出すのは、将来故郷の都市で活躍してほしいと思っているからだ。帰って来て欲しいと思うのは当然だろう。
「父からは帰って来いと言われている。だけど、正直なところ言ってしまえば帰りたくないんだなぁ、これが」
情けないことにね、とアーカインは自虐気味に笑った。
「別に『自分の力で生きてみたい』とか、そんなことを言うつもりはないんだ。ただ、なんていうのかな、帰らないでいい理由が欲しかった」
それが〈エリート〉であった、とアーカインはいう。〈エリート〉になってカーラルヒスの様々なギルドから声をかけてもらえれば、それを理由にアルネビアに帰らなくてもいいかもしれない。そう考えたという。
「いや、それさえ今となっては言い訳だね」
僕はただ誰かに必要とされたかっただけなのかもしれない、とアーカインはどこか遠い目をしてそう呟いた。
「情けないことを聞かせてしまったね。すまない、忘れてくれ」
苦笑気味にそう言ってから、アーカインは話のために中断していた食事を再開した。若干早食いになっているのは、気恥ずかしさのせいだろうか。
「……先輩は、故郷に帰るんですか?」
そう尋ねたのはイヴァンだった。孤児である彼が家族というものに対して特別な憧憬を持っていることをルクトも知っている。家に居場所がなかったと語ったアーカインに、彼なりに思うところがあったのかもしれない。
「やっぱり帰りたくはないかなぁ……」
少し躊躇いがちにアーカインはそう答えた。〈エリート〉になれずとも、ノートルベル学園武術科を卒業できれば、ハンターとして仕事に困ることはあるまい。仮にカーラルヒスで就職できなかったとしても、武術科の卒業証書があれば都市国家連盟アーベンシュタット内、あるいはその外でも優秀な人材として引く手あまたであろう。
「第一目標はカーラルヒスでの就職だけど、まあそのためにもまずは実技要件を達成しないとね」
今度こそ自力で、と真剣ながらも穏やかな声でアーカインは続けた。それから食べ終わった弁当を片付け、視線をルクトのほうに向けた。
「それで、そのためにもルクトに聞いてみたいことがあるんだけど、いいかな?」
「……なんでしょうか?」
若干身構えながらルクトは続きを促した。
「遠征を成功させるためには何が必要なのか、君の意見を聞いてみたいと思ってね」
あまりにも幅の広い問いかけにルクトは苦笑した。何を持って遠征が成功したとするのか。それによっても答えはだいぶ違ってくるだろう。少し考えてから、ルクトは「受け売りですが」と断ってから答えた。
「オレが知っているパーティーリーダーの人は、『メンバーを一人も欠かすことなく、全員が生還できれば遠征は成功だ』って言ってました」
どれだけドロップアイテムを得られたか、あるいはどれだけ進むことができたか、など。遠征成功の指標となる数字は色々とあるだろう。しかし最も大切なのはその数字を継続することであって、そのためには信頼できる仲間を死なせないことが絶対条件なのだ、とそのリーダーさんは語っていた。
「だから先輩は今までずっと遠征を成功させてきたんだと思いますよ」
それを聞いたアーカインは一瞬驚いたように目を見開き、それからすぐに照れくさそうに笑った。
「ありがとう。〈ソロ〉のルクトにそう言ってもらえると自信になるよ」
ソロ、と呼ばれたルクトは少し嫌そうな顔をしたがアーカインにそれを気にした様子はない。それから彼は「それじゃあ僕はこれで」と言って話を切り上げ椅子から立ち上がった。
「……次の遠征も成功させて見せるよ」
そう言い残してアーカインはその場を離れた。
「……あの人たちはもうすぐ実技要件を達成できるな」
「そうだな。オレもそう思う」
アーカインの背中を見送りながら呟いたイヴァンの意見に、ルクトも賛成する。
そんな二人の予想通り、アーカインたちのパーティーは年が変わった四月の半ばごろに実技の卒業要件を達成した。年は変わってしまったが五年次中の要件達成であり、彼らが十分以上に優秀なことの証明であった。
というわけで「それは禁じ手にあらず」、いかがだったでしょうか。
この話はもちろんダンジョン攻略がメインになってきますが、それだけでは単調になってしまう。
というわけで今回は少し変化球気味?な話にしてみました。
いかがだったでしょうか。
次回は、幕間を挟みたいと思います。
お楽しみに。