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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第三話 それは禁じ手にあらず
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それは禁じ手にあらず10

 迷宮(ダンジョン)での戦闘にはいろいろとセオリーがある。一体だけのモンスターを相手にする場合と、複数のモンスターを相手にする場合では、戦い方が異なるのは当たり前だ。


 またモンスターの種類によっても戦い方は異なってくる。〈リーダー〉タイプが率いる群れや、上空から襲い掛かってくる〈飛行タイプ〉などが相手のときは、単純な強さだけでなく巧さもまた求められる。


 戦い方はモンスターの種類や数によってのみ決まるものではない。迷宮(ダンジョン)の中においては戦う“場所”もまた、重要な要素となってくる。


 開けた広場のような場所であれば、ある程度いつもどおりの感覚で戦うことができる。広い場所であれば半径が100メートル近くもあるようなスペースが、迷宮(ダンジョン)の中にはいくつもある。そういう場所であればハンターはかなり自由に動くことが可能だ。


 しかし迷宮(ダンジョン)内を移動する上で、そういう広場にいる時間と言うのは実はそれほど長くはない。それよりも細い通路を歩いている時間のほうがずっと長いのだ。


 ただ“細い”といっても、それは広場と比較しての話だ。迷宮(ダンジョン)の中を縦横無尽に走る白い通路は場所によって異なりはするが、だいたい3~10メートル程度の幅がある。この数字をどう見るかは人それぞれだろうが、少なくとも歩くのに苦労するような狭さではない。ただし、戦闘となると話は別だ。


 近いとすれば橋の上での戦闘だろうか。通路の上で戦う際には、基本的に敵と真正面から戦うことになる。その上、連携も取りづらい。狭いところに何人もいると、互いが邪魔になってかえって動きが阻害されてしまうからだ。


 そこで重要になってくるのが、“スイッチ”と呼ばれる技術だ。左右でなく前後の連携と言えば分かりやすいかもしれない。つまり攻撃する人間を入れ替える技術である。これを用いることで、例えば一人が隙を作り出してもう一人が止めを刺す、というような連携が可能になる。加えて後ろに下がった人間は、その間に集気法を使って安全に烈を練り直すことができる。これは大きなメリットだ。


 言うまでもなくスイッチは、入れ替わるタイミングがすべてを決する。上手くスイッチできるようになるには、相当の訓練が必要だ。


 もっとも、ソロであるルクトにはまったく縁のない技術だ。なにせ入れ替わるべき味方がいない。ヴェミスにいたころは迷宮(ダンジョン)に潜るときの付き添いはメリアージュだけで、彼女は後ろで見守っていて危なくなったら手を出すという感じだったから、スイッチして入れ替わるということはなかった。ロイたちとパーティーを組んでいた頃は練習したし、実戦でも何度かやったことがあるがそれっきりである。


 ただ、実際にスイッチして戦うことはせずともそれを見る機会は結構ある。迷宮(ダンジョン)の中で他のパーティーと合流してしまい一緒に行動しているときに、通路での戦闘になりそこで見学のような形で見ることが良くあるのだ。しかもプロのハンターたちの戦闘だ。自然と目が肥えて、良し悪しの見分けが付くようになった。


 そんなルクトの目から見ても、アーカイン・ルードとカルシェナ・メレスの連携は息が合っていた。


「スイッチ!」


 全身が岩でできたモンスター、〈ゴーレム〉が太い腕を振りかぶる。それを見た瞬間、槍を両手で構えたカルシェナが下がり、代わりに右手に片手剣を、左手に青い盾を構えたアーカインが素早く前に出る。


 アーカインは剣と盾を使って〈ゴーレム〉の攻撃を丁寧にいなしていく。もともと〈ゴーレム〉は動きの遅いモンスターだから、注意していればその攻撃を見切るのはそう難しくはない。しかしここは広場ではなく幅の狭い通路の上。端により過ぎないよう、アーカインは慎重に動く。


 アーカインの動きを捉えきれず苛立ってきたのか、〈ゴーレム〉が一際大きく右腕を振りかぶった。そのモーションを見るとアーカインは動きを止め、腰を落として青い盾を構える。


 空気を引き千切りながら岩でできた〈ゴーレム〉の拳がアーカインを襲う。彼はその攻撃をまばたき一つすることなく見据え、そして盾で受け止めた。


 ――――ドゴォォン!!


 鈍い衝撃音が迷宮(ダンジョン)に響く。〈ゴーレム〉タイプのモンスターは動きが鈍い代わりに力が強い。いかに盾を構えて防いだとはいえ、普通であればその攻撃を真正面から受け止めればタダではすまない。腕の骨が折れることは十分にありえるし、最悪そのまま吹き飛ばされて通路から落とされてしまうかもしれない。


 しかし〈ゴーレム〉の拳を受け止めたアーカインにダメージを負った様子はない。それどころかまったく体勢を崩してさえいなかった。


 逆に攻撃した側の〈ゴーレム〉が体勢を崩していた。アーカインの青い盾に叩き付けた岩の拳は弾き飛ばされ、〈ゴーレム〉の右腕は完全に伸びきって上半身が泳いでいる。


 ――――〈反射する空色の盾リフレクション・ブルー〉。


 それがアーカインの構える青い盾の名前であり、その盾こそが彼の個人能力(パーソナル・アビリティ)だ。いわゆる〈創造(クリエイト)〉と呼ばれる種類の個人能力(パーソナル・アビリティ)である。


 空を思わせる透き通った青で統一された盾で、装飾の類は一切付いていない。しかし安っぽさは少しも感じさせない。それどころか完全に無駄をそぎ落とした実用向きの装備として、洗練された気品と美しささえ感じさせる。


 ルクトはアーカインの持つ青い盾、〈反射する空色の盾リフレクション・ブルー〉について詳しいことは何も知らされていない。そのことについて特に不満はない。一般常識的にそういうものだからだ。自分だけの力を与えてくれる個人能力(パーソナル・アビリティ)はハンターにとって生命線とも言うべきもので、それをみだりに人に教えることはしないのである。むしろ知れ渡ってしまっているルクトのほうが異常なのだ。


 しかし能力について何も教えてもらっていなくとも、名前や目の前の現象からある程度は推察が可能だ。〈反射する空色の盾リフレクション・ブルー〉の能力、それは「敵の攻撃を反射すること」なのだろう。


 もちろん、分からない点は沢山ある。反射は自動で行われるのか。その際の出力はどう決まるのか。物理的な攻撃は反射が可能なようだが、例えば火炎弾のようなものも反射できるのか。ちょっと考えただけでも疑問は尽きない。


 そういう疑問はさておくとしても、〈反射する空色の盾リフレクション・ブルー〉を構えるアーカインを見てルクトはこう思った。「非常にやりにくそうな相手だ」と。


 なにしろ、いつか戦った〈彷徨える騎士〉と同じくなにやってもすべてあの盾に防がれてしまう。正確にはそういうところしか想像できない。まあ、アーカインはモンスターではなく人間で、しかも同じ学園の先輩だ。本気で戦う機会などそうあるものではないだろう。


 ルクトが妙なことで安堵している間にも戦闘は続行され推移して行く。腕を大きく弾き飛ばされ、さらに体勢までも崩した〈ゴーレム〉の隙をアーカインは容赦なく突いた。大きく一歩踏み込むと、右手に持った剣を力強く振るう。狙いは右腕の付け根、肩の関節である。


 いかに全身が岩でできていて防御力が高かろうとも、動かさなければならない関節部分はどうしても他よりも脆くなる。だから狙いとしては正しいと言えるだろう。しかし脆いとはいえ岩で、しかも相手はモンスターだ。たった一度の斬撃では目に見える効果は与えられない。


 それでもかまわずにアーカインは下から振り上げた剣を引き戻し、今度は鋭く突き出した。狙いは同じく右肩の関節部分である。


 アーカインの突き出した剣先は正確に〈ゴーレム〉の右肩を突いたが、やはり表面上大きなダメージは無いように見える。だが、後方から戦いの様子を見学していたルクトは、アーカインの剣に込められた烈がきれいになくなっていることを敏感に察知した。つまり何らかの闘術を使ったと言うことだ。


(たぶん浸透系……)


 ルクトはそう当たりをつける。敵の表面の防御を透過して、相手の内部に直接烈を叩き込む攻撃法だ。ただ〈ゴーレム〉は内部も当然岩なのですぐに大きな効果は現れない。実際、〈ゴーレム〉は攻撃を受けたはずの右腕を振るってアーカインに攻撃を仕掛けている。その動きに違和感があるようには思えない。


 振り回される〈ゴーレム〉の両腕を、アーカインは剣と盾を使いながら丁寧に捌いていく。そして右腕の攻撃の一つを選んで体を滑り込ませ、〈反射する空色の盾リフレクション・ブルー〉を使って岩石でできた腕を跳ね上げるようにして弾く。


「スイッチ!」


 敵が体勢を崩したところでアーカインとカルシェナが素早くスイッチする。カルシェナが構えた槍の穂先が狙うのは、やはり〈ゴーレム〉の右肩の関節部分。どうやらそこをしつこく狙って行く作戦らしい。


 カルシェナが斧か何かのごとくに槍を大上段から振り下ろす。鋭い一閃は狙い通りの場所を直撃するが、それでも砕くには至らない。しかしカルシェナはそれを気にした様子も見せず、同じ場所に今度は連続の突きを叩き込む。


 その一撃一撃が、恐らくは浸透系の闘術。一つ一つの威力はそう大きくはなさそうだが、しかしそれを連続してやってみせる技量はたいしたものである。


 そしてついに〈ゴーレム〉の右肩にヒビが入った。カルシェナは一瞬だけ笑みを浮かべ、しかし攻撃の手を緩めることはない。一度槍が突き入れられるたびにヒビは大きくなり岩がボロボロと崩れていく。


「グオォォォォ!!」


 くぐもった悲鳴が迷宮(ダンジョン)に響く。〈ゴーレム〉の右肩が砕けて、そこから先の腕が重々しい音を立てて白い通路の上に落ちたのだ。その戦果にカルシェナは華やかな会心の笑みを浮かべた。


 しかしながら敵もただやられているだけではない。岩でできたもう一本の腕、〈ゴーレム〉の左腕がカルシェナの体をつかもうと迫る。カルシェナはそれを槍で大きく払いのけると、そのまま「スイッチ!」と叫んで後ろに飛んだ。


 カルシェナの合図に合わせてアーカインが再び前に出る。明らかに彼のほうが前に出ている時間が長いのだが、そこはそのまま防御力の差であろう。動きが制限される場所での戦いにおいて、〈反射する空色の盾リフレクション・ブルー〉の力は十全以上に発揮されているように思えた。


 アーカインは右腕の場合と同じようにして、今度は左肩を狙い始めた。〈ゴーレム〉は腕を一本失ったことで攻撃の手数が減り、しかも単調になっている。その分アーカインの負担は減ったようで、先ほどまでと比べると彼の手数は明らかに増えている。


 硬く握られた〈ゴーレム〉の拳が、上から叩きつけるようにして振るわれる。アーカインはその一撃を〈反射する空色の盾リフレクション・ブルー〉で受け止め、そして反射した。


 反射を受けた〈ゴーレム〉の左腕が面白いように跳ね上がる。跳ね上がっただけではない。その動きの起点となるのは肩であり、アーカインが何度も攻撃を加えていた場所だ。つまり、もう限界だったのである。


 ビシリ、と大きな音を立てて〈ゴーレム〉の肩が割れた。そしてやはり重々しい音を立てて白い通路の上に落ちる。


 これで〈ゴーレム〉は両腕を失った。しかしモンスターとは闘争本能の塊だ。そんな状態になっても逃げ出すことはせず、今度は足を振り上げてなお攻撃する。


 だが、それが通用するかは別問題。加えて〈ゴーレム〉の動きは鈍い。相手が片足を大きく振り上げたところにアーカインはすばやく潜り込み、〈ゴーレム〉の体を支えているただ一本の足を青い盾で払う。


 尻餅をつくようにして〈ゴーレム〉が転倒する。それを確認すると後ろにいたカルシェナも前に出て、アーカインと起き上がれないでもがいている〈ゴーレム〉に一方的な連続攻撃を仕掛ける。


(うわ……、えげつない……)


 両腕を奪ってから転倒させ、反撃できない相手を一方的に叩く。そのあまりにも容赦のない戦い方にルクトは若干引いた。


 ただ、ハンターの戦い方としてはひどく常識的である。ハンターは“殺し合い”などという割に合わないことをしようとは思わない。そんなことをしていては稼ぐ前に死んでしまう。彼らがするべきは一方的な“狩り”なのだ。


 ルクトが頬を引きつらせながら見守る先で、〈ゴーレム〉が最後の断末魔を上げながらマナへと還っていく。どうやら無事に倒すことができたらしい。アーカインとカルシェナが〈ゴーレム〉が残したドロップアイテムを手に、後ろで見守っていたメンバーたちのところに合流する。


「これで何個目だ?」


「十二個。いいペースだな」


 十階層で入手した魔石の個数である。遠征は二日目で今はすでにその夕方。アーカインたちはもともと六人のパーティーだから、卒業要件を満たすためには全部で三十個の魔石を集める必要があり、あとさらに十八個あつめる必要がある。


 アーカインは〈ゴーレム〉から入手したドロップアイテムをルクトに渡し、彼はそれを〈プライベート・ルーム〉のなかに片付ける。


「ロージュ、イリス。交代だ」


「あいよ」


「わかったわ」


 つい先ほど戦闘を終えたばかりの二人に代わって、今度はロージュとイリスがパーティーの先頭を歩く。アーカインとカルシェナには疲労が残っているのだろうが、そこは集気法による強化でごまかす。なにより細い通路の上で立ち止まっているわけにもいかないのだ。


 それからしばらくはモンスターが出現(ポップ)することもなく一行は順調に進んだ。


「もう少しで広場に出る。注意な」


 気の抜けた調子で先頭をいくロージュが注意を促す。それに対して後ろにいるメンバーが「おー」とやはり気の抜けた返事を返す。その様子にリーダーであるアーカインが少々渋い顔をしたが、結局何も言わなかった。


 注意の中身に大きな意味があるわけではないのだ。なにしろ迷宮(ダンジョン)の中はきわめて見晴らしが良い。この先にある広場についても、随分前から全員が確認していた。


 迷宮(ダンジョン)内の開けた場所にはモンスターが出現(ポップ)しやすい。よく知られた事実だ。それゆえの注意で、注意することそれ自体に意味があると言うべきだろう。ようは、臨戦態勢に移る合図なのだ。


 ルクトを含めた全員が十分な強化を行ったことを確認してから、一行は広場へと足を踏み入れた。予想通りというか、期待通りというかマナが燐光を放ちながら一箇所へと集まって行く。モンスターが出現(ポップ)する前兆だ。


「数一!囲め!」


 アーカインの指示に五人のメンバーは即座に応じた。左右に散開して十分に距離をとりながら燐光を囲むようにして位置を取っていく。


 その包囲が完成するまえに集まったマナが一際大きな光を放った。モンスターが誕生する合図である。


「〈反射する空色の盾リフレクション・ブルー〉!」


 アーカインがそう叫ぶと、彼の左腕に青い盾が現れる。開戦の合図だ。



▽▲▽▲▽▲▽



 出現(ポップ)したモンスターは牛ほどの巨躯を持つオオトカゲであった。口には鋭い歯が何本も並び、四本の足には鋭い爪が揃っている。体も硬いうろこに覆われ、通常の攻撃では効果的にダメージを与えることは難しそうだ。完全にルクトの独断と偏見ではあるが、先ほど戦った〈ゴーレム〉よりもよほど手ごわそうに思える。


 しかしフタを開けてみれば、この戦闘は〈ゴーレム〉戦よりも短い時間で決着がついたし、戦い方も堅実であるように見えた。要因はいろいろあるのだろうが、一番大きいのはやはり全員でモンスターを囲んで攻めることができたことだろう。


 青い盾、〈反射する空色の盾リフレクション・ブルー〉を構えたアーカインがオオトカゲの正面に陣取って牽制と防御を行い、その間に他の五人が周りから浸透系の闘術を中心に攻撃して撃破したのである。〈ゴーレム〉とは違い中身が柔らかい肉体であるオオトカゲには、浸透系の攻撃が良く効いた。


 オオトカゲは魔石のほかに金属のインゴットをドロップした。なぜ生物が鉱物をドロップするのかと思わないでもないが、迷宮(ダンジョン)は人知の及ばぬ魔境。何が起こっても不思議ではない。とりあえずみんなそうやって納得するのである。


「ルクト。時間は?」


 アーカインが尋ねる。時計は壊れやすくまた高価なので、戦闘にはほとんど参加しないルクトが預かっているのだ。


「十八時すぎですね」


「頃合だな。メシにしよう」


 ルクトとアメリシアは中で支度を頼む、とアーカインが指示を出す。どうやら他の五人は〈プライベート・ルーム〉の外で待っているらしい。


「外にいると、モンスターが再出現(リポップ)するかもしれませんよ」


「まさにそれが狙いだ」


 アーカインがしたり顔で頷くのを見て、ルクトは「なるほど」と納得した。これは一般に〈出待ち〉と呼ばれる狩り(ハント)の手法だ。


 迷宮(ダンジョン)攻略をする際はモンスターを求めてハンターの側が移動するのが普通である。モンスターは一度倒してしまうと、同じ場所に再出現(リポップ)するまでに時間が掛かるからだ。限られた時間の中でより多くのドロップアイテムを得るには、移動しながら狩り(ハント)をするのが一番効率的なのである。


 しかしながらモンスターと戦うときには、その場所も大きな要素になる。つまり戦いにくい不利な場所よりも、戦いやすい有利な場所で戦ったほうが安全だしまた効率的でもあるのだ。


 そこで行われるのが〈出待ち〉である。ようは戦いやすい場所でモンスターが出現(ポップ)あるいは再出現(リポップ)するのを待つのだ。


 ただ、再出現(リポップ)するまでの時間はまちまちだ。一般的に同じ場所で何度もモンスターを倒すほどに再出現(リポップ)までの時間は長くなると言われているが、それさえも経験則に基づく憶測でしかない。


 だから〈出待ち〉は休憩などのついでに行われることが多い。今の場合で言えば、ルクトとアメリシアが〈プライベート・ルーム〉の中で夕飯の支度をしている間、アーカインたちは外でモンスターが再出現(リポップ)するのを待つことになる。


「それじゃあ、お気をつけて」


「ああ、そちらもな。……と、これは無用な心配か」


 アーカインの言葉にルクトは曖昧に笑って応じた。〈プライベート・ルーム〉の中にモンスターが出現(ポップ)することはない。そういう意味では迷宮(ダンジョン)の中で最も安全な場所である。


 アメリシアと共に〈プライベート・ルーム〉の中に入ると、二人はさっそく夕飯の支度を始める。とはいえ、ここは迷宮(ダンジョン)。そうたいしたものなど用意できるはずもない。作るのは干し肉などの保存食を放り込んで煮込む、簡単なスープ一品だけである。


「いやいや。そもそも迷宮(ダンジョン)の中で料理しようっていう発想がおかしいから」


 アメリシアが大鍋と魔道具のコンロを用意しながら苦笑気味にそう言った。料理をしようと思えば食材だけでなく鍋などの道具や、食べるための食器も必要だ。また熱を通そうと思えば燃料か、あるいは専用の魔道具が必要になる。


 それらのものを、しかもパーティーの人数分持って行こうとすれば、相当な量の荷物になってしまう。そしてすき好んでその荷物を抱え込もうとするパーティーはそうそういない。ルクトだからこそ、〈プライベート・ルーム〉という“倉庫”があればこその力技である。


「〈炊き出し屋〉の人たちはするでしょう、料理」


 至極正論であるはずのルクトの反論に、アメリシアは「やれやれ」と肩をすくめるばかりだ。〈炊き出し屋〉の場合はそれが仕事で、しかもドロップアイテムを稼ぐことが目的ではないのだから、普通のハンターたちと事情が異なるのは当然である。


 鍋に水を入れてコンロにかける。水が煮立つまでの間に具材を切っておき、湯が沸いたら中に投入。後は煮込んで最後に味を調えるだけである。調理と呼ぶのもおこがましい手抜き料理だが、迷宮(ダンジョン)の中では温かい料理はただそれだけでご馳走である。


「…………なんか、ごめんね」


 具材を鍋の中に放り込み手持ち無沙汰になっていると、アメリシアが唐突にそんなことを呟いた。


「なんで謝るんです?」


 というか何を謝ってるんですか、とルクトが聞くとアメリシアは力なく笑ってからぽつぽつと話し始めた。


「なんか、君を面倒ごとに巻き込んでしまったみたいで…………」


 それはきっと、ルクトをパーティー外メンバーとして雇ったことを言っているのだろう。


「かまいませんよ。ていうか、コッチはちゃんと報酬もらっているんですから、先輩が気にする必要はないと思いますけど」


「そうじゃなくて、なんていうのかな……」


 苦笑気味に笑ってからアメリシアは言葉を探すようにしてしばし沈黙した。それからゆっくりと言葉を続ける。


「……たぶん、アーカインがこんなことを言い出したのは、わたしのせいだから」


 一体どういうことだ、とルクトは一瞬頭をひねったがすぐにあることを思い出す。アメリシアの家名は〈ルクランジュ〉。たしかどこかのギルドの中心になっている家柄だったはずだ。


 ルクトの表情から彼の考えていることを察したのか、アメリシアは力なく笑ってさらに言葉を続けた。


「……二年生の頃までは、親に『学内ギルドに入れば』って勧められていたし、わたしもそのつもりだったの」


 だけど今の連中とパーティー組むことにしちゃったから、とアメリシアは続ける。


「別に親とケンカしたとか、そういうことはないの。ただ、カーラルヒスの名家名門と呼ばれる家の子たちはほとんどギルドに入っているし、そのせいかギルドには社交界的な側面があるのは知っているでしょう?ウチの親、そっち方面でもいろいろと期待していたらしいから、それで…………」


 社交界的側面というのは、要はコネ作りである。カーラルヒスなどの都市国家内におけるハンターの社会と言うのは存外狭く、そして他の都市国家のハンターたちとのかかわりを持つことはほぼない。狭い社会だからこそ、コネというのは力を持ってくる。ギルドの中心になるような家柄であれば特にそうであろう。


『ギルドにも入らず、どこの馬の骨とも知れない連中と何を遊んでいるのか』


 極端なことを言えば、アメリシアはそういうふうに思われているのだ。面と向かって言われたことはないかもしれないが、彼女自身そういう空気を感じているに違いない。大人が、親が思う以上に子供はそういうことに敏感なのだから。


親の期待を裏切ってしまった。少なくともアメリシアはそう感じているのだろう。


「あ、でも誤解しないでね。今のパーティー、わたしはすごく好きよ」


 それゆえにこそ、その仲間を否定されるのはアメリシアにとっても辛いに違いない。加えて今年は〈叡智の女神(ミネルヴァ)〉に所属しているヴィレッタたちが〈エリート〉になった。「お前だってギルドに入っていれば……」とか「ギルドにも入らないで遊んでいるから……」とか。そんなふうに言われる、いやもしかしたらすでに言われたのかもしれない。理不尽で感情的な言葉だが、それゆえ言われた側はたまったものではないだろう。


「……パーティーごとどこかのギルドに入るってことは考えなかったんですか?」


 ルクトの見たところ、このパーティーは十分に優秀だ。ルクトの力を借りずとも、今年度は無理でも来年度の六年次中には卒業要件を自力で達成できたであろう。そういうパーティーであればどこの学内ギルドであっても、歓迎こそすれ門前払いなどしないはずである。


「わたし以外には、あんまりメリットがないかなぁ」


 アーカインとカルシェナ、それにイリスは都市外からの留学生。カーラルヒスでコネを作ってもさしたる意味はない。パスカルは訓練生上がりで、カーラルヒスの名家名門の子弟が集まるギルドを敬遠している。ロージュはしがらみの少ない一般家庭の出で、コネ作りには興味がない。一応ギルドに入れば就職に有利というメリットはあるが、卒業さえできれば仕事に困ることなどない。


「どのみち今からじゃあ、わたしにもメリットなんてないし」


 学内ギルドのなかでは上級生が下級生を指導している。上級生になってからギルドに入ると指導を受けられないばかりか、かえって自分の時間を削って下級生の指導をしなければならなくなる。それはつまり攻略に費やせる時間が減るということで、五年生のアメリシアには大きな痛手であろう。


「まあそれで、わたしが色々あるから、アーカインは君を雇ってまで〈エリートコース〉を目指してくれたんだと思う」


 もし〈エリート〉になれれば、それはこの上なく分かりやすい“勲章”になるだろう。ルクランジュの家にふさわしい成績として、アメリシアの親も満足するに違いない。


 ただ、それだけではないだろう、とルクトは思った。アメリシアには悪いが彼女一人のために300万という大金を用意するとは思えない。特に留学生である三人にどんなメリットがあったのかは分からないが、全員が〈エリート〉になることに意義を見出していたからこそ、大金を出してでもルクトを雇おうという話になったのではないだろうか。


「…………君は、どう思う?」


「どう、とは?」


「〈エリート〉とか、ギルドとか、色々」


 つまりここまでの話を聞いた上での感想、と言うことだろう。そうですねぇ、と呟いて考えをまとめて、「これは受け売りですけど」と前置きしてからルクトは話し始めた。


迷宮(ダンジョン)のなかでは、万人が平等です」


 これはルクトの故郷であるヴェミスで、彼をかわいがってくれたとあるハンターの言葉である。ちなみにメリアージュの場合は、彼女自身ソロで活動することが多いので、パーティー内での心得はあまり教えてもらえなかった。


そのハンター曰く「生まれも育ちも家柄も、迷宮(ダンジョン)の中では何の意味もない」。迷宮(ダンジョン)の中で信頼すべきはパーティーの仲間たちであり、そしてそれがすべてだ。


「だから先輩が、『信頼できて、一緒に攻略をしたいと思える仲間』を見つけたんだと胸を張れるなら、それがすべてだと思いますよ」


 ギルドとは本来、迷宮(ダンジョン)攻略のためのハンターたちの共助組織であり、目的のための手段であったはずだ。なのに手段が目的を妨げているようでは本末転倒だろう。


 ルクトの言葉を聴くとアメリシアは一度目を見開き、それから目を細めて穏やかに微笑んだ。


「……ありがとう。なんだか色々と軽くなった気がするわ」


 決してルクトの言葉によって、アメリシアを取り巻く諸々が解決したわけではない。「軽くなった」というのは、結局彼女の気分の問題だ。パーティーのメンバーにも、いやパーティーのメンバーだからこそ話せなかった胸のうちを部外者であるルクトに打ち明け、さらにその上で自分を肯定してもらうことでストレスの発散になった、ということだろう。


「……というわけでルクト君、結婚しよう」


「“というわけで”の中身を詳しく教えてください……」


 がっくりと脱力しながらルクトはそう言った。頭痛がしてきたように感じるのは恐らく錯覚だ。そう思いたい。


「だって、君をゲットすれば〈エリート〉になるよりもはるかに大きな大金星なのよ?」


「いやいやいや、ご冗談を」


「冗談じゃないわ」


 ルクトは笑い飛ばそうとしたが、思いがけず真剣な視線を向けるアメリシアはそれを許さなかった。


 特定の人材を身内に引き入れるために最も有効かつ簡単な手段は、古来より婚姻と相場が決まっている。特にルクトはカーラルヒスの外から来た留学生。そんな彼にこの都市での永住を決意させるのであれば、婚姻というのは最上の手段であろう。


「まあ、わたしのは冗談だけど、この先こういう話は絶対に申し込まれるわよ」


 卒業が近くなればそれこそ大挙してね、とアメリシアは若干脅すような口調で続けた。結婚、といきなり言われてもルクトは“ピン”とこない。もとより今の彼の最大の関心事は「いかにして借金を減らすか」でありそれ以外の、特に恋愛だの結婚だのということはまだ考えていない、というのが正直なところだ。ただ、仮にアメリシアの言うとおりになったとしたら大変に困りそうだ、ということだけはなんとなく予想できた。


「…………どうしましょう?」


「故郷に帰るって言えば相手も引き下がるとは思うけど……」


 まあその時になってから困りなさい、とアメリシアはいかにも他人事と言ったふうに答えた。


「はは、そうします……」


 力なく笑ってルクトは答えた。そうこうしている内にスープも完成へと近づく。具材に火が通っていることを確認し、最後に調味料で味を調える。


「完成ですね。外にいる先輩たちを呼んできます」


「うん、よろしくね。わたしは器を用意しておくわ」


 二人はそれぞれに動き出す。さて、外にいるアーカインたちは首尾よく〈出待ち〉に成功しただろうか。


今は遠征の途中、攻略の最中である。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 28話関係ないけど、シングルルームの《ゲート》は横向きに設置できるのでしょうか? こんな感じです。《ゲート》→ ───── [一言] マジ面白い。最後まで読みます‼︎ アッシュ・クラウ…
2021/07/20 14:25 ベルゼバブ4世
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