それは禁じ手にあらず2
都市国家カーラルヒス。ノートルベル学園を擁し学園都市とも呼ばれるこの都市には、当たり前の話だが学生が多い。都市全体の人口がおよそ五万人で、そのうちおよそ一万人が学園の学生だから、都市人口の約二割を学生が占めていることになる。
これだけ学生が多ければ、学生をターゲットにした商売が行われるのもまた当然の話である。商売の種類は多岐にわたるが、そのなかでもポピュラーで数が多いのはやはり飲食店だろうか。そのなかの一つ、学園のすぐ近くという好立地条件を獲得している居酒屋から歓声が響いた。
「そんじゃ、ルクトの実技卒業要件の達成を祝って、カンパ~イ!!」
「「「「乾杯!!」」」」
色とりどりの飲み物が入ったガラスのコップが互いにぶつけられる。大き目の円形テーブルを囲んでいるのは、ノートルベル学園武術科三年のルクト・オクスと、以前に彼とパーティーを組んでいたメンバー五人だ。
日付は十月の暮れ。彼らがこうして集まった理由はソルジェート・リージンの乾杯の音頭からも分かるように、先日ルクトが実技の卒業要件を満たしたことへのお祝いだった。
「〈ソロ〉のルクトが実技卒業要件を達成した」
そのニュースはまたたく間に武術科の間に広まった。達成までに要した時間は二年と二ヶ月。一年次はほとんど攻略を行えないことを考えれば、実質的には一年と二ヶ月である。間違いなく武術科設立以来の最速記録であった。
「いや~、三年次の間に達成するだろうとは思ってたけどよ、こんなに早いとは予想外だぜ」
ソルが泡立つビールの入ったグラスを片手に、馴れなれしくルクトの首に腕を回す。ちなみにカーラルヒスにおいて飲酒に年齢制限は設けられていない。ただ、一般的な良識として子供には飲ませないのが普通だ。
このテーブルを囲むのはみんな同級生だから、年齢も同じ十八である。それを「大人」と見るか、それとも「子供」と見るかは意見が分かれるところだろう。ただルクトに限って言えば、飲酒の経験は皆無ではないにしろ多いとは決していえない。故郷のヴェミスにいたころはメリアージュが飲ませてくれなかったし、カーラルヒスに来てからも好きこのんで飲もうとは思わなかった。主に価格的な理由で。酒類は普通のお茶に比べてどうしても高くなるのだ。
「まったくだね。さすがに耳を疑ったよ」
柑橘系のリキュールを飲みながら、ロイニクス・ハーバンがソルに同意する。そもそも遠征しての迷宮攻略を〈ソロ〉でやること自体が非常識なのだ。「十階層で安定した狩りができれば一人前」といわれているが、それはあくまでもパーティーでの攻略を前提にしたもので、それをソロで、しかも十八の小僧がやり遂げたと聞いても、多くの人間は信じようとはしないだろう。なにしろルクトの個人能力〈プライベート・ルーム〉を知っている人間のなかにも、この時期での卒業要件の達成に懐疑的な人間がいたくらいだ。
「やること成すこと何も信じてもらえないとは、まったくたまったもんじゃないぜ」
大げさに肩をすくめてルクトは嘆いて見せた。雰囲気を悪くしたくはないのでその言葉の調子は軽いが、言葉の中身は実はわりと本気の愚痴である。
ルクトは、自分の攻略スタイルが特異で突飛であることは認めているが、しかしそれは望んでのことではない。それなのに何かやるたびに、まるでペテン師か嘘吐きのように言われることさえあるのだ。本当にたまったものではない。
「まあまあ、そう拗ねないの」
苦笑気味にそう言い、料理の盛られた取り皿をルクトに差し出したのはルーシェ・カルキである。ルクトが礼を言ってその皿を受け取ると、彼の首に腕を回したままソルが声を上げた。
「お、ルーシェ。オレもオレも」
「ソルは自分でとりなさい」
「か~、相変わらず冷たいぜ」
「冷たいんじゃないわ。厳しいの」
ルーシェに素っ気なくそういわれ、ソルは苦笑しながら両手をあげた。しかしながら、その表情からちっともめげていない事は明白である。
「…………相変わらずの夫婦漫才だな」
「まあね。最近はキレも良くなってきたんだ」
ルクトとロイはそういって生温かく頷きあった。そんな二人の様子を見てルーシェは顔をしかめる。
「止めてよね。付き合ってすらいないのに夫婦だなんて」
「つまり付き合う前からオレたちの雰囲気はすでに夫婦ってことだな」
ソルが芝居がかった仕草で自分の言葉に「うんうん」と頷くのを見て、ルーシェは露骨に嫌そうな顔をした。言わずとも分かると思うがソルがふられっ放しの本命とは、つまりルーシェのことなのだ。
「ただし破局寸前、いや、破局後の」
「違いない」
ルクトの言葉にロイが同意し笑いが起こった。ソルまで笑い声を上げる中で、ルーシェだけが相変わらず嫌そうな顔をしている。
「ホントやめて。一度でもゴールインしたと思われるなんて業腹よ」
「そうですわ。それにルーシェはわたくしの嫁です!」
きっぱりとそう宣言したのは、やはりルクトの元パーティーメンバーであるテミストクレス・バレンシアだった。ちなみにテーブルを囲む六人の中で、女性は彼女とルーシェの二人だけだ。
テミスの愛称で呼ばれる彼女は、カーラルヒスの隣にある都市国家カヴィ・ダーレンの出身で、バレンシア家はその中でも武門の名家として知られている。つまり文句なしにお嬢様なのだが、先ほどの宣言からも分かるようにちょっと困った性癖の持ち主で、ルクトがまだパーティーにいた時分から彼女はルーシェに求愛を続けているのだ。
「いや、それもおかしいから…………」
ぐったりとした様子でルーシェはついにテーブルに突っ伏した。原因であるところのテミスは、しかしまったく気にする様子もなく嬉しそうに彼女に抱きついて頬擦りする。
「相変わらずモテモテだな」
呆れた様子でそういったのは、今まで傍観を決め込んでいたイヴァン・ジーメンスである。地元カーラルヒスの出身だが、訓練生上がりのため懐事情には厳しいものがある。ルクトとはまた違った意味で苦学生なのだ。ただ一時期とはいえルクトとパーティーを組んで八階層まで到達できたことで少々の余裕ができ、現在は道場にも通ってめきめきと実力を上げている。
ロイニクス・ハーバン、ルーシェ・カルキ、ソルジェート・リージ、テミストクレス・バレンシア、そしてイヴァン・ジーメンス。この五人がかつてルクトと同じパーティーにいたメンバーだ。彼が抜けた後も新たなメンバーを入れることなく、この五人で遠征と攻略を行っている。それでもルクトという例外を除けば、三年のなかではダントツに攻略を進めているパーティーなのだ。
「うれしくない…………」
テーブルに突っ伏したままルーシェが呻くようにして声を出す。ちなみにテミスはまだ引っ付いたままである。
「いやいや、罪な女だねまったく」
ルーシェの心情その他諸々を無視してロイがまとめた。もはやツッコむ気力も残っていないのかルーシェは黙ったままだ。
「相変わらず大変そうだな……」
なにしろルクトがこのパーティーにいたころからこうなのである。いや、それどころか目の前の寸劇を見る限りでは、ロイの言ったとおり予定調和的なキレの良さが増しているようにも思える。つまり早い話、ルーシェはこのネタでからかわれ続けているのだ。もっとも、ソルとテミスは掛け値なしに本気なのだろうが。
「…………問題児が一人減ったおかげで、これでも随分負担は軽くなったのよ?」
テーブルに突っ伏していたルーシェが、抱きつくテミスを乱暴に引き剥がして身体を起こした。彼女の言う「問題児」が一体誰なのか、あえて語らずともよかろう。
「オ、オレはそんな問題なんて起こしたことはないぞ!」
ルクトの反論に、「嘘つけ」という声が周りから起こる。そう言われれば心当たりはあれやこれやとあるような気がしないでもないが、ルクトはそれら不都合な記憶は努めて無視することにした。
「そういえば、ルクトのほかにも実技の卒業要件を達成したパーティーがあるんだけど、知ってるか?」
明後日の方向を向いているルクトに苦笑しつつ、そんなふうに話題を切り出したのはイヴァンだった。彼は結構な情報通で、遠征や攻略あるいはモンスターに関することなど、いわゆる“実用的な”情報を集めて教えてくれる。割り振られた役目ではないが、生来の性格的にあっていたのだろう。自然とそういう役回りになった。
ちなみに“実用的でない”情報、特に女性関係のあれやこれやは、主にソルが集めてくる。これもまた生来の性というべきものだろう。もっとも、そんなことばかりしているからルーシェに信用されないのだとルクトなどは思っているのだが、まあそれはそれでいいとして。
「いや。ルクトの話ばっかりで、そっちは聞いてないな。どこのパーティー?」
興味深そうにロイが身を乗り出してイヴァンに尋ねた。座学の単位の修得は比較的容易だから、武術科を卒業できるかはもっぱら実技の要件を満たせるかにかかっている、といっても過言ではない。それゆえその要件の達成は武術科の学生にとっては一大ニュースで、噂に疎いものでもその手の話は耳に入ってくる。が、ここ最近で実技卒業要件を達成したという話は、ルクトのもの以外はロイの耳には入っていない。
「〈赤薔薇の騎士〉さまが率いるパーティーだとさ」
〈赤薔薇の騎士〉。その二つ名を持つのは、五年で〈叡智の女神〉の幹部のヴィレッタ・レガロに他ならない。ルクトが〈彷徨える騎士〉に挑むべく迷宮に潜っていたとき彼女たちに会ったので、もしかしたらその遠征か、もしくは次の遠征で要件を達成したのかもしれない。
「へえ。でも〈赤薔薇の騎士〉が達成したのならもっと話題になってもいいと思うんだけど……」
「そこはやっぱり、三年が、しかも〈ソロ〉で達成したっていうニュースのほうが、インパクトがあったんじゃないのか?」
つまりヴィレッタたちはルクトに話題を喰われたということになる。あくまでも結果論的に、だが。
「かわいそうに」
「なんだ、オレのせいかよ」
意味ありげな視線を向けてくるロイに対し、ルクトは大仰に肩をすくめて見せた。彼にしてみれば、学内ギルド〈叡智の女神〉に入るようしつこく勧誘してくれていたヴィレッタに対しちょっとした意趣返しをしたことになるのだが、まあそれもまた結果論的に、である。
「今頃、あっちも祝賀会開いてるかもな」
ロイとルクトのやり取りを笑いながら見ていたイヴァンがそう言った。その可能性は十分にある。
「案外近くにいたりして」
ルクトがそういって立ち上がり店内を見渡す。学生と思しき年代の客は何人もいるが、当然の如くその中にヴィレッタたちの姿はない。ちなみにルクトたちのテーブルを挟んだ向かい側では、ソルとテミスがルーシェを巡って楽しそうに鞘当している。そんな二人に挟まれたルーシェはぐったりとした様子だ。
「…………ソルとテミスって仲いいよな」
「まあね。恋愛関係にはならないだろうけど」
ロイがそういうと、ルクトとイヴァンの二人は「確かに」といって笑い声を上げた。
「そしてルーシェはあれだな、面倒見が良すぎて苦労するタイプだ」
「おかげで楽させてもらっています」
「「おいおい」」
ルクトとイヴァンの声が重なる。それでいいのかパーティーリーダー。まあ、それでうまいようにまとまっているからいいのだろう、たぶん。
ルクトが腰を下ろすと話題も元に戻る。
「レガロ先輩たちの祝賀会だけどね、きっと〈叡智の女神〉のギルドメンバー総出で盛大にやっているよ」
なにしろ財力が違うからねぇ、とロイは妙にしみじみと話す。〈叡智の女神〉はそれなりに長い伝統を持つ学内ギルドだ。メンバーから集める積立金も、それなりの額を持っていると予想される。もっとも、それを祝賀会の費用に使っているかは不明だ。というより使っていたら内部から非難の声が上がるだろう。
が、そんな理屈は懐の寂しい苦学生二人には届かない。
「「いいなぁ~」」
ルクトとイヴァンが揃ってうらやましそうな声を出す。それを見たロイは「堪えきれない」とばかりに大声を上げて笑った。
「まあ、なんにしてもこれで先輩たちは“エリートコース”確定だね」
実技要件を満たしたのが、年末の少し前の今の時期。となれば五年生である彼女らは、年明けごろから卒業した後の就職先(多くの場合迷宮攻略を生業にしているギルド)を探し始めるはずだ。そして座学もほとんどなくなる六年次は、内定を貰った就職先で半分働きながら職場に慣れ、そして卒業後は即戦力として活躍する。これがロイの言う“エリートコース”である。
もちろんカーラルヒスの外から留学してきている学生の大多数は、この都市で就職先を探すことはしない。故郷の都市に帰って、そこで改めて働く先を探すのが普通である。ただ学内ギルドに所属している学生というのは大体カーラルヒスの出身なのだ。
ちなみに、学内ギルドはそれぞれ学外の、つまり一般のギルドと繋がりがある。それはOBが居たりだとか、親族が居たりだとか、つまりそういう繋がりだ。以前ヴィレッタがルクトを勧誘するとき、「ギルドに入っておけば就職に有利だぞ?」と言ったことがあるが、それはこの繋がりを持っているからにほかならない。また一般のギルドにとっても、この繋がりは優秀な学生を優先的に確保する上で大変に役立つものだ。
学内ギルドに入る学生のほとんどは、そういう「就職に有利」という点を見越して入っている。学内ギルドにカーラルヒス出身の学生が多いのはそういう事情もある。そしてそれはヴィレッタらもまた同じだろう。加えて彼女らもカーラルヒスの出身。“エリートコース”に乗って〈叡智の女神〉と繋がりのあるギルドに入ることはほぼ間違いない。それどころか、パーティー丸ごと同じところに就職、なんてことも十分にありえる。
またヴィレッタは〈赤薔薇の騎士〉などという二つ名まで持っている。そんな彼女を人手が欲しくてたまらないギルドが見逃すはずがない。ルクトと同じく、すでに勧誘を受けていることだろう。
「いいねぇ、エリート様は。将来安泰で」
「…………お前がそれを言うか、ルクト」
呆れ声に若干の苦さを混ぜてイヴァンがそう言った。ロイもまた「うんうん」と繰り返しその言葉に頷く。そんな二人の反応を見て、ルクトは大仰に肩をすくめた。
イヴァンの言葉はもっともであろう。〈プライベート・ルーム〉という稀有な個人能力を持っているルクトは、どこへ行っても間違いなく引く手数多だ。ただのエリート様などどこにでもいるが、〈プライベート・ルーム〉を持つルクト・オクスは一人しかいない。その価値は計り知れないというべきだろう。
「いやいや、オレなんか大したことないよ」
謙遜ではなく、本気でルクトはそう思っている。自分よりもはるかに深い階層にソロで潜れるハンターを、ルクトは少なくとも一人知っているのだ。そのハンターとは言うまでもなくメリアージュのことだが、彼女と比べると自分程度の実力は、本当になんでもないもののように思えてくる。
無論、これはルクト個人の感じ方だ。彼以外の人々も同じように感じてくれるわけではない。案の定、「大したことない」というルクトの自己評価をロイとイヴァンの二人は謙遜と受け取ったようだ。二人とも「これだから」といわんばかりに肩をすくめている。
「ええい、くそ!気に入らん!」
イヴァンが少し重くなった空気を振り払うようにして声を出す。そして「飲め飲め!」といいながら、自分のグラスに入っていたビールをルクトのグラスに混ぜいれる。ちなみにルクトのグラスの中身はビールではない。
「あー!!」
「ほれ一気に行け!」
イッキイッキ、とテーブルを囲む五人がはやし立てる。そのテンションに圧され、ルクトはついにグラスをあおる。即席のカクテル(?)は微妙な味だった。
▽▲▽▲▽▲▽
「そういえば、四年のガルジス・モルベア先輩の話、知ってるか?」
ルクトの祝賀会が始まって一時間ほど経ったころ、思い出したようにソルがそんな話題を切り出した。
「いや、知らない。っていうか、お前が男の話をするなんて珍しいな」
てっきり女の子にしか興味がないものと思っていたが、とルクトは大仰に驚いてみせる。そんなルクトに対して、ソルは「ふふん」と不敵に笑って胸を張った。
「いい男は女の子との会話の種を探すのにも手を抜かないんだよ」
「さいですか」
予想通りの答えにルクトは素っ気なく返事を返した。
「それで、そのモルベア先輩がどうかしたのか?」
「聞いた話によると、他学科の連中とポーカーをやってイカサマがばれたらしい」
うわ、と言ってルクトは顔をしかめた。
集気法と烈による強化が行える武芸者は、一般人に比べ無駄に身体能力が高い。それは武術科の学生にも同じことが言える。そしてその無駄に高い身体能力が何に使われているのかといえば、武術科では伝統的にイカサマのテクニックを身につけるために用いられてきたのである。
もちろんどれくらいのめりこんでそのテクニックを覚えるかは個人差がある。ただ最も簡単といわれている「セカンド・ディール」くらいなら、賭け事にまったく興味の無いルーシェでさえも覚えている。それくらいイカサマのテクニックというやつは武術科の中で広まり受け継がれてきたのである。
「ミスしたってことなんだろうけど、なんかあったのか?」
なにしろ学生とはいえ武芸者。その身体能力は無駄に高い。なにもないのにミスをしたとは考えにくい。
「酒を飲んでいたらしい」
なるほど、とルクトは納得した。酔っていたのであれば感覚が鈍って手元が狂ったとしてもおかしくはない。
「おまけに金をかけていたらしいんだわ」
おかげで問題が随分と大きくなったらしい。イカサマがばれたガルジスはしばらく謹慎という話だし、また一緒に賭けポーカーをやっていた他学科の学生もなんらかの処分を受けているのだろう。
「まあ、武術科の連中でポーカーやっても金なんか賭けないしな」
なにしろイカサマすることが前提である。何かを賭けるにしても、「一番負けたやつが学食をおごる」くらいのことしかしない。
「ま、それはそれで楽しいけどな」
お金が絡まないものだから、武術科の学生同士がポーカーをやる時には、「どれだけ強い役を作れるか」ということに走りがちだ。四人でポーカーをやっていて、四人ともロイヤルストレートフラッシュなんてこともザラにある。また四人ともファイブカードで「なんでジョーカーが四枚も入ってるんだよ!」なんて事もあった。
「いきなり“七並べ”に変えたら、一人がエースを四枚持ってたりとか………」
「あー、よくある」
そんなわけで武術科の学生をカモにしようとしても、そもそも勝負を受けてくれないのが普通だ。なにしろイカサマ仕掛けてくることがほぼ確定なのだから。もっとも「武術科の学生がイカサマを使う」という話は、学園内では結構有名で他学科の学生だって警戒しているはずなのだが。
「その先輩と賭けポーカーをやってた連中って、なんでわざわざ先輩を相手に選んだんだろうな…………?」
「さあな。大したことないと思っていたのか、逆にカモにするつもりだったのか…………」
武術科の学生は他学科の学生に比べてお金を持っている。それを狙って賭けポーカーを持ちかけた、というのは十分に考えられる。そもそも武術科でイカサマのテクニックが受け継がれてきたのは、カモにされないための自衛手段という意味合いもあるのだ。
「うん、あれだな。賭け事には手を出さないのが一番だな」
うんうん、とルクトは自分の言葉に頷いた。まったく、何ごともお金が絡むとすぐにきな臭くなる。賭け事なんてその最たるものだろう。メリアージュからは「借金を返し終わるまでは賭け事は禁止」と言い渡されているが、借金完済後も賭け事には手を出さないでおこうと決めたルクトであった。
▽▲▽▲▽▲▽
テーブルの上を見渡せば空の皿ばかり。かといって新たに食べ物や飲み物を注文することもない。各自十分に食べて飲んで楽しみ、祝賀会もお開きの頃合となっていた。
「それじゃあ、ここらでお開きにしようか」
ロイがそう声を掛けると、他の五人もまたそれぞれ満足した様子で頷く。
「それでお会計だけど……」
今回はルクトの祝賀会である。それで彼の分はおごりにして、残りは割りカンにしたい、とロイは言った。もともとそういう話だったので、とくに異論は出てこない。
「悪いな」
「なに、かまわないさ」
その代わり、とロイは少しばかり黒い笑みを浮かべて続けた。嫌な予感がルクトの脳裏に閃く。ロイがこういう笑みを浮かべるときは、大抵ろくでもないことを思いついたときなのだ。
「僕達が実技要件を達成したら、お返しにおごってね」
「はぁぁぁぁああ!!??」
酔いが一気にさめる。言うまでもなくロイたちは五人で迷宮攻略を行っている。つまり彼らにおごるということは五人分(自分も入れれば六人分)の代金を持つということだ。
「いや、ちょっと、ま…………」
「よ、太っ腹」
「楽しみにしているわ」
「よろしくな」
「三ツ星レストランを希望しますわ」
ルクトは抗議の声を上げるが、しかしそれはロイに賛同するメンバーの言葉によってはかなくも押し流されてしまった。こうして「ロイたちが実技要件を達成したら、今度はルクトがおごる」という約束は確定事項になったのであった。