勤労学生の懐事情1
コツコツコツ、と硬質な音を立ててルクトは〈迷宮〉の白い光沢のある床の上を歩く。
彼が黒鉄屋のメリアージュに拾われてから今年で八年が経つ。現在、ルクトは生まれ育った都市国家ヴェミスを離れ、〈カーラルヒス〉という名の別の都市国家にきていた。今彼が潜っているのはこのカーラルヒスにある迷宮だ。というより、この迷宮を中心にしてカーラルヒスという都市国家ができあがった、と言ったほうが正しい。
カーラルヒスは別名〈学園都市〉とも呼ばれ都市国家連盟アーベンシュタットの全域、ともすればその外側からさえも学生が集まる。彼らの目的はカーラルヒスの最高学府である〈ノートルベル学園〉、通称〈学園〉である。
ルクトがカーラルヒスに来たのは、彼の年代で外からやってくる者のほとんどがそうであるように、学園に入学するためである。そして彼が学園に入ることになったのは、彼を拾ったメリアージュの勧め、あるいは命令によるものだった。なにしろ彼女はルクトにとって恩人であると同時に債権者である。逆らえるはずもない。
学園にはさまざまな学科があるが、ルクト・オクスが在籍しているのは〈武術科〉である。ノートルベル学園武術科三年。それが今の彼の肩書きであった。
ルクトが在籍する武術科は、〈武芸者〉の育成を目的としている。そしてそのために武術科は、在籍する学生が迷宮に潜り攻略を行うことを推奨していた。迷宮に潜りそこで研鑽を積むことで、武芸者として成長していくことができるのだ。また、そもそも武術科の卒業要件を満たすためには、どうしても迷宮を攻略しなければならない、という事情もあった。
そのようなわけでここカーラルヒスにおいて、ルクトのような学生が迷宮に潜っていることは珍しくない。しかしルクトのような武芸者は珍しい。なぜなら彼は一人で攻略を行う、いわゆる〈ソロ〉というスタイルで迷宮に挑んでいるからだ。
迷宮の中は不思議な空間だ。広すぎるその空間は、果ても、底も、天井も見通すことは出来ない。すべては闇の向こう側に隠されている。
その真っ暗な空間の中に〈シャフト〉と呼ばれる岩の柱が、浮かぶように無数に乱立している。そしてシャフトからシャフトへ、またはその間を縫うようにして幾つもの白い通路が存在していた。それらの白い通路は曲がりくねって枝分かれし、またその幅も不規則に変えながら、基本的に下へ下へと向かっている。これが迷宮に“潜る”といわれる所以であろう。
迷宮の内部には〈モンスター〉と呼ばれる擬似生命体が出現する。このモンスターを倒し〈ドロップアイテム〉という形で迷宮からさまざまな資源を得てくることを生業としている者たちを、武芸者の中でも特に〈ハンター〉と呼ぶ。
迷宮内は、光源は見当たらないのに視界はすこぶる良好で、中で暗くて物がよく見えないという経験をこれまでルクトはしたことがない。白い通路が発光しているのでは、とも言われているが正確なところはまだ何も分っていない。迷宮とはそれ自体が人智を超えた存在なのである。
迷宮の内部は常に一定である。迷宮内に昼と夜の区別はなく、また気温も四季の移ろいに関わらず常に十五℃前後と一定なのだ。無論、入り口のすぐ近くであればそれらの変化を感じることはできるが、すこしでも奥へと進めばもう無理である。
昼と夜の区別、つまり時間経過に起因する目に見える何かしらの変化がないことは、ハンターたちの時間感覚を狂わせるため歓迎されることはほぼない。しかし気温が十五℃前後で一定なのは、多くのハンターたちがその恩恵を受けている。
ハンターを含め、迷宮に挑む武芸者たちは、モンスターと戦うことを想定してそこに潜っている。そのためほとんどの者たちが武器を持ち防具に身を固めて迷宮に挑む。つまり武芸者は迷宮に挑む際には基本的に厚着なのだ。その上戦闘、つまり体を激しく動かすことになれば体温は急上昇する。「迷宮内の気温がもう十℃高ければ、攻略は桁違いに難しくなっていたであろう」とまで言われているのだ。
迷宮を一人で行くルクトも、その例に漏れない。特殊な繊維で編まれた防刃仕様の戦闘服を上下に着込み、金属製の胸当てと籠手を装備し、頭にはヘッドギア、足には脛まで覆うロングブーツを履き、そしてその上から黒のロングコートを羽織っていた。ルクトは髪の毛も瞳も黒だから、全身真っ黒である。
羽織ったコートの上から軽くベルトを締め、そのベルトに剣帯を付けて太刀を吊っている。またコートに隠れてしまっているが、腰のところにはダガーを一本装備していた。
ルクトの場合、ソロで潜っているためまずは動きやすさを優先し、装備は軽装になっている。しかしその軽装であっても、迷宮の外では暑く感じる季節のほうが多い。迷宮内が涼しい環境で本当に良かった、と思っている武芸者はルクトだけではあるまい。
「何か、出てきそうなところじゃないか………」
一人で迷宮を進むルクトは開けた場所にたどり着いた。それまで細かった白い通路がそこで突然幅を広げて、直径が30メートルほどの空間ができあがっている。そしてその先にはまた細い通路が伸びていた。
こういう場所ではモンスターが出現しやすい、ということをルクトは経験則として知っている。もちろんなにも起こらない場合もあるが、こういう場所で気を抜くことは死に直結する。ソロであり、助けてくれる仲間のいないルクトの場合は特に。
剣帯で腰に吊るした太刀を左手で握って警戒を強め、ルクトはその開けた空間に足を踏み入れた。そしてそのまま広場の真ん中辺りまで来たとき、ピシリ、と何かが割れるような音がした。
その音を聞いた瞬間、ルクトの目が鋭くなる。腰を軽く落として左手を鋼鉄製の鞘に、右手を太刀の柄に添えて周りを警戒し音の出所を探る。そしてルクトの視線は広場のすぐ近くにそびえ立つ岩の柱、シャフトに固定された。
音は次第に大きくなり、そしてついに崩落音と共にシャフトから太い、緑色の腕が突き出された。
(〈亜人〉タイプ………!)
人の腕に良く似たそれを見て、ルクトは現れたモンスターの種類を察する。そして軽く後ろに下がってから、冷静に観察を続けた。
シャフトの岩の中から現れたのは、緑色の肌をした巨人だった。決してシャフトの中で身を潜め誰かが現れるのを待っていたわけではない。この巨人は、今この瞬間に誕生したのである。
巨人の身長は目算で2メートル以上。成人男性の二倍はありそうな肩幅をしており、右手には木製とおもわれるこん棒をもっている。御伽噺に出てくるオークやオーガといった存在はもしかしたらこういう姿をしているのかもしれない、とルクトは思った。
シャフトから広場に飛び降りた巨人は、自らの生誕を祝うように呼哮を張り上げる。それから狂気をたぎらせた目を、広場にいる自分以外の存在つまりルクトに向けた。その目にあるのは、飽くなき破壊と捕食の衝動だけだ。
ギラつく目を向けられたルクトは、しかし臆することなく深く、腹のそこに空気を落とし込むようにして息を吸った。そしてそれに合わせて迷宮内の大気中に存在する濃密な〈マナ〉を取り込む。〈集気法〉と呼ばれる技法だ。そして〈集気法〉で集めたマナを、今度は体内で〈烈〉に変換する。
全身の筋肉が膨張するかのような感覚と共に、ルクトは体に力が満ちていくのを感じた。彼の気配が変わったことを察したのか、緑色の巨人は警戒するように低く唸る。
睨みあいは一瞬。先に動いたのは巨人のほうだった。こん棒を振り上げ足を踏み鳴らしながら、巨人はルクトへと突進していく。
それに対し、ルクトはまだ動かない。広場の縁で戦闘を行い足を滑らせて落下、などという事態を避けるためだ。巨人が十分近づいてきたのを見計らってから、ルクトは低い姿勢のまま飛び出した。
〈烈〉によって強化された脚力を駆使して、ルクトは一瞬にして巨人との間合いを詰める。押しつぶさんと真上から振り下ろされるこん棒を、ルクトは左にステップして避けた。そして太刀に〈烈〉を流し込み、目の前に見える無防備なわき腹にむけて抜刀した。
高速で振るわれた太刀は巨人のわき腹を易々と切り裂く。そして一瞬遅れてその傷口から血が噴き出した。流れ出す巨人の血は、青い。
飛び散るその青い血を見ていると、ルクトは不思議な気持ちになる。普通、血は赤いものだ。では赤い血を持たないこの巨人は、いや、この迷宮の中で現れるモンスターたちは果たして生きているのだろうか。戦闘中にもかかわらず、そんな疑問がルクトの頭をよぎる。
彼の意識を引き戻したのは巨人の悲鳴だった。巨人は痛みを訴える悲鳴を上げながら手に持ったこん棒をでたらめに振り回す。そのこん棒をルクトは後ろに飛んで距離を取ることでやり過ごした。
巨人の青い血を振り落としてから、ルクトは太刀を鞘に収める。彼が得意とするのは高速で太刀を鞘から打ち抜く一撃、つまり〈居合い〉とも呼ばれる〈抜刀術〉だ。無論、それだけで戦いぬけるほど迷宮は優しい場所ではないが、ルクトが放つことのできる最高の一撃は抜刀術による一撃だ。
巨人が雄叫びを上げる。全身から怒りをたぎらせ、青い血を撒き散らしながら傷を負わせてくれた敵に向けて突進した。ルクトは抜刀の構えを取り、右手から太刀に〈烈〉を流し込みながら突進してくる巨人を冷徹な目で見据える。狙いは、振り下ろされるこん棒。
鋭く息を吐きながら、ルクトは鞘から太刀を走らせる。十分に〈烈〉を流し込んだ太刀は巨人の振り下したこん棒を、ほとんど何の抵抗もなく真っ二つに切り裂いた。
抗議するかのように巨人が絶叫を上げる。ルクトはそれを無視して二の太刀を振るうが、巨人は意外な素早さを発揮してそれをかわし距離を取った。
これで巨人は得物を失った。さて、次は己の四肢を武器として肉弾戦を仕掛けてくるのか、それとも逃げるのか。いや迷宮で現れるモンスターが逃げることはない。少なくともルクトはそういうモンスターに出会ったことはない。
ならば向かってくるだろう。拳を振り上げ牙をむき、敵を殺さんと襲い掛かってくるだろう。そう予想したルクトは再び太刀を鞘に収めて抜刀の構えを取った。
しかし、巨人の取った行動はルクトの予想を超えていた。武器を失った巨人はその両手を“ドゴン!”という大きな音を立てて迷宮の白い床に突き入れたのである。
「おいおい………」
巨人の思いがけない行動にルクトは頬を引きつらせる。今までこのような行動に出るモンスターはいなかった。
一体何を、と思うルクトの目の前で巨人は何かを引き抜くようにしてゆっくりと立ち上がる。その手には、黒光りする大剣が握られていた。
巨人が引き抜く黒い大剣は、もともと白い床の下に埋まっていたわけではない。先ほどあの巨人が生まれたのと同様に、黒い大剣も今この瞬間に生成されたのである。迷宮が人智の及ばぬ場所であることを、ルクトはまざまざと見せ付けられた。
引き抜いた大剣を巨人は高々と掲げ雄叫びを上げる。新たな得物を手にした巨人は仕切りなおしとばかりにギラつく目をルクトに向け、一瞬笑うかのように口元を歪め猛然と突進を開始した。
巨人が動くより前からルクトはすでに迎撃の準備を開始していた。〈集気法〉によって新たに〈マナ〉を集めて体内を〈烈〉で満たし、その〈烈〉を太刀に流し込んで攻撃力と耐久性を強化する。巨人の得物はこん棒から大剣に変わった。先ほどのように容易く切り裂くことは出来ないだろう。そう考えルクトは念入りに、しかし上限を超えないよう〈烈〉を太刀に流し込む。
大剣を振りかぶった巨人がルクトに肉薄する。振り下ろされる大剣の中ほどをめがけてルクトは太刀を鞘から走らせた。
――――ギイン!!
耳障りな金属音を立てて太刀が大剣をはじく。しかし切り裂くことは出来なかった。おまけに強力な衝撃がルクトの手首にのしかかり痺れをもたらす。太刀を落とさぬように柄を握るが、きちんと力を込められているかは疑わしい。
「ち………!」
大剣をはじかれただけでは巨人の攻撃は止まらない。無理やりに軌道を修正された大剣がルクトを襲う。完全に力任せで型も何もあったものでない。しかしそれゆえに一撃一撃が明確な殺意を持っており、また大剣が振るわれるたびに起こされる風の圧力がルクトの動きを阻害する。
その嵐のように激しい巨人の攻撃を、ルクトは回避を最優先にしてさばいていく。太刀を持つ右手の手首がしびれた状態では巨人の一撃を受けることなど出来ないからだ。そんな状態で一撃を受ければ、それは致命的な傷に直結する。
ルクトは攻撃を回避しながら〈烈〉を右の手首に集める。その痺れを少しでも取るためだ。だんだんと右手に感覚が戻り、柄を握る手にも力が戻ってくる。
しかしそれでも回避が最優先だ。抜刀術での一撃ではじくしか出来なかったのだ。烈で強化しているにもかかわらず腕力は巨人のほうが上と考えたほうがいいだろう。しっかりと踏ん張れない状態で攻撃を受ければ太刀ごと押し切られるか、そうでなくとも広場の場外にはじき出されてしまうかもしれない。
ただ、ルクトとて回避だけに集中しているわけではない。隙を見つけては太刀を振るい反撃を試みている。しかし回避に重点を置いているため決定的な攻撃はできない。浅い傷ばかりが巨人の体に増えていく。
一分ほどの攻防のすえ、一人と一体は互いに距離を取った。満身創痍、というべきは巨人のほうだろう。細かいとはいえ全身に傷が付き青い血を流している。しかしそれが痛手になっているかは疑わしい。そもそも一番最初に受けたわき腹の傷は結構深いはずなのにそれを気にした様子もないのだ。斬られた際に叫び声を上げていたが、それが痛みによるものだったのかも疑わしい。
(そもそも、モンスターって痛覚あるのかね………?)
そんなことを考えているルクトのほうは無傷だ。しかし呼吸を乱し肩で息をしている事を考えれば、むしろ追い詰められているのは彼のほうかもしれない。
なにしろ、決定的な攻撃ができないのだ。
得物の間合いは、太刀よりも大剣のほうが広い。また腕の長さも巨人のほうが長い。つまりルクトが攻撃を仕掛けようと思えば、必然的に巨人の間合いに入らなければならないのだ。しかしそうなれば必ずや大剣の攻撃に襲われる。そして回避に重点を置けば決定打は入れられない。さりとて攻撃を受けて防げる可能性は低いといわざるを得ないし、防御を捨てれば待っているのは死だ。
遁走、という選択肢が頭にちらつく。今この瞬間にも安全圏に逃げ込むことは可能だ。少なくともルクトにはその手段がある。
「ま、やれることをやってからにしますかね」
退路の存在はルクトに余裕と冷静さを与える。互いが距離をとったこの状態はルクトにとってチャンスだ。賭けるべきは最初の一撃。相手の攻撃をかわすなり迎え撃つなりして、その上で凌駕する。それしかない。そしてそのために使うべきは………。
ルクトは太刀を鞘に収めて腰を落とす。右手は太刀の柄を握ったままで、一見して抜刀術の構えと分る。ルクトが持つ最高にして最速の一撃は、やはりこれしかない。
〈集気法〉を駆使して〈マナ〉を集め体を〈烈〉で満たす。そして右手から太刀に、左手から鋼鉄製の鞘にそれぞれ〈烈〉を流し込む。
巨人が動いた。黒い大剣を引きずるようにしながら駆け、一直線にルクトのほうへ向かってくる。そしてルクトもまた白い床を蹴って間合いを詰める。
巨人が大剣を振りかぶる。大上段からの一撃だ。速度を上げてタイミングを狂わせることも考えたが、体内の烈の量はもうギリギリだ。一瞬の思考で巨人の攻撃を迎え撃つことを決め、後はただその決定に従い体が動くに任せる。
振り下ろされる大剣。先ほどと同じく、その中ほどをめがけてルクトは太刀を鞘から走らせた。
抜刀するその瞬間、ルクトは鞘に込めておいた〈烈〉を内側、つまり太刀に押し込む。許容量をはるかに越えた〈烈〉に刀身が悲鳴を上げるが、それを無視してルクトは太刀を振るう。そして大剣と接触したその瞬間、ルクトは太刀に込められていた〈烈〉を一挙に解き放った。
そのただ一回の攻防で一人と一体は同じものを失っていた。巨人の大剣はさきのこん棒と同じく真っ二つに切り裂かれている。かたやルクトの太刀は込められた〈烈〉の量に耐えることができず、ガラスのように砕けてしまっていた。
しかしそれでも。ルクトの攻撃は巨人に届いていた。解き放たれた〈烈〉は刃となり、大剣を切り裂いただけではなくその向こう、巨人の体にも到達し深い斬撃を刻み込んでいたのだ。
胸を大きく切り裂かれた巨人が後ろによろめく。まだだ。まだ巨人は死んでいない。ルクトはすぐさま柄だけになった太刀を手放して四肢に力を込めて跳躍し、よろける巨人の顎先を蹴り飛ばす。そしてルクトは腰に装備していたダガーを引き抜き、押し倒すようにして蹴りによって伸びきった巨人の首にその刃を突き立てる。
巨人が仰向けに倒れるのと同時に、ルクトは“ガツン”という硬い手ごたえを感じた。どうやら突き刺したダガーは巨人の首を貫通し白い床に達したようだ。それにも関わらず巨人はいまだ絶命はしておらず、目には反抗の意志をやどし震えながらも手を動かしてルクトを引き剥がそうとする。
それを察知したルクトは、ダガーを捻り巨人の首をえぐった。傷口から青い血が噴き出し彼の顔を汚す。しかしルクトは微動だにすることなくダガーに力を込め続ける。
しばらくして、抵抗の意志を宿していた巨人の目から光が消えた。ルクトを掴まんと伸ばされていた腕も力を失って崩れ落ちる。ついに巨人が絶命したのである。
ルクトはダガーを引き抜いて立ち上がる。冷たく見下ろす彼の視線の先で、巨人の骸が淡く発光し、そして光の粒子になって迷宮内に溶けていく。倒されたモンスターはこのようにして消え去り死体すら残さない。これが、モンスターが“擬似生命体”と呼ばれる理由である。
巨人の骸が光の粒子となって消えるにつれ、ルクトの顔についていた巨人の青い血も同じく光の粒子になって消えていく。後に残ったのは手のひらより少し小さいくらいの紅色の石、〈魔石〉と、二つに切り裂かれた黒い大剣だけである。
それを回収するルクトに、しかし勝利の感慨はない。
「はあ………、赤字だ………」
刀身が砕け柄だけになってしまった太刀を恨めしく見つめ、がっくりと肩を落としため息をつくルクトであった。